大河原克行のクローズアップ!エンタープライズ

日立とパナソニックによる海外ソフトウェア企業の大型買収、その狙いは?

日立のGlobalLogic、パナソニックのBlue Yonder、それぞれの買収を解説する

 日立製作所(以下、日立)とパナソニックが相次いで、米国ソフトウェア企業の大型買収を発表した。

 日立は、デジタルエンジニアリングサービスの米GlobalLogic買収を発表。2021年7月末までに買収を完了し、日立グローバルデジタルホールディングスの完全子会社とする。また、パナソニックは、サプライチェーンソフトウェア専門企業の米Blue Yonderの全株式を取得すると発表。2021年度第3四半期までに買収を完了する予定だ。

 いずれも日本ではあまりなじみがない企業だが、日立製作所による買収総額は、有利子負債返済を含み96億ドル(約1兆500億円)と、日本の電機業界では過去最高となる買収金額。パナソニックは、すでにBlue Yonderの20%の株式を8億ドル(約880億円)で取得しており、残りの80%の株式取得と有利子負債返済を含めて71億ドル(約7700億円)で買収。ピーク時には2兆円の売上高を誇った三洋電機の買収額を上回る。

 両社が買収した米ソフトウェア企業の売上高は、いずれも10億ドル前後(約1100億円)の企業だ。

 国内電機大手が相次ぎ、海外ソフトウェア企業を大型買収する狙いはなにか。

Blue Yonderとは?

 パナソニックが完全子会社化するBlue Yonderは、1985年に設立した企業で、以前はJDA Softwareという社名だった。2018年にはAIおよび機械学習技術を持つドイツのBlue Yonderを買収し、2020年2月に社名を変更している。

Blue Yonder社の歴史

 創業以来35年間に渡ってサプライチェーン分野で定着してきた社名を変更した理由を、「AIおよび機械学習エンジンを最大限に活用することを意図したもの」と説明。つまり、“AIおよび機械学習が今後のサプライチェーンには重要な技術である”という認識のもと、その分野でのイメージが強いBlue Yonderに社名を変更したというわけだ。ここにも、Blue Yonderの企業風土の一端が感じられる。

 店舗向けPOSで創業した旧JDAは、買収を繰り返して小売業におけるサプライチェーンソリューションに事業領域を拡大。消費財や食品飲料業界のほか、ハイテク、自動車、プロセス、倉庫管理など、製造、物流分野にも対象を広げてきた。

 2020年度の売上高は10億ドル。現在、76カ国で3000社が導入しており、特に製造業では世界トップ100社のうち48社が導入しているという。また物流業では、上位10社中9社、小売業では100社中65社が導入しているとのことで、世界最大のサプライチェーンソフトウェア企業というべき存在だ。

 さらに、3000社のうち約1000社がBlue Yonderの複数のパッケージを活用。他社に乗り換える企業は5%前後にとどまっており、安定的なユーザー基盤も特徴となっている。また、AIおよび機械学習のエンジニアは100人以上在籍しているほか、600人以上のマーケティング部門、1600人以上のパートナーエコシステムを持つ。

Blue Yonderは世界最大のサプライチェーン・ソフトウェア専門企業

 そうした企業であるBlue Yonderとパナソニックは、2018年2月からと協業を開始し、2019年1月に正式に提携を発表した。同年11月には、日本市場における提携強化のために、パナソニックが49%を出資して、Blue Yonder パナソニックビジネスソリューションズを設立。2020年7月には、Blue Yonder本体に20%を出資して協業関係を深めてきた。

 「日本市場はサプライチェーンパッケージソフトウェアの導入がこれからであり、パナソニックのフットプリントも生かせる」(パナソニック コネクティッドソリューションズ社の樋口泰行社長)と、当初は国内市場でのビジネス拡大においてシナジー効果を期待していた。

 だが出資以降は、パナソニック コネクティッドソリューションズ社の樋口社長自らが、Blue Yonderの取締役の一人として経営に参画。樋口社長は、「理解を深め、相手のことを十分にわかった上で、今回の100%出資を決定した。シナジーを生み出すには、人と人の親和性も重要であり、その点でもベストマッチであると考えた」と語り、ステップを踏んだ形で完全子会社化したことを明かす。

パナソニック 代表取締役 専務執行役員 コネクティッドソリューションズ社社長の樋口泰行氏

Blue Yonder製品とパナソニック製品の連携で実現できること

 パナソニックが、Blue Yonderを完全子会社化した狙いはどこにあるのだろうか。

 ひとつは、バナソニック コネクティッドソリューションズ社が推進している「現場プロセスソリューション」を進化させ、同社において、押しも押されもせぬ基幹事業に昇華させることだ。

 パナソニックは2022年4月から持ち株会社制に移行し、パナソニックホールディングスの傘下に8つの事業会社を置く新体制へと移行する。コネクティッドソリューションズ社はパナソニックコネクト株式会社となり、事業会社としての独立性を高める。

 パナソニックの楠見雄規CEOは、「Blue Yonderの100%子会社化は、コネクティッドソリューションズ社が攻めるべき領域である『現場プロセスイノベーション』を徹底的に強化するために、どうしても必要なものである。Blue Yonderは、将来に渡って、高い成長を見込めるだけでなく、コネクティッドソリューションズ社が『現場プロセスイノベーション』を軸に、サプライチェーン全体における革命的なソリューションを起こしていくために不可欠なピースであると考えた。コネクティッドソリューションズ社がソリューションプロバイダーとして、サプライチェーンに革命を起こし、世界一のリーディングカンパニーになるために不可欠な投資である」と語る。

現場プロセスイノベーションが劇的に進化するという
パナソニックの楠見雄規CEO

 Blue Yonderの中核製品は、Luminateソリューションである。

 Luminate Platform上では、製造現場における部品や材料の調達および在庫状況、製造状況、製造ラインの状況をLuminate Planningでリアルタイムに収集。物流現場では仕分け、配送、発送状況をLuminate Logisticsでリアルタイムにデータ収集する。

 また小売店舗では、店舗の販売状況や在庫状況、来店客の属性情報などの情報をLuminate Commerceでリアルタイムに収集することになる。これらの情報をLuminate Control Towerで蓄積、統合、分析、可視化し、最適なサプライチェーンの実現や、経営判断のサポートを支援する。

 具体的には、輸送の削減、過剰在庫や欠品の撲滅、納期順守率の向上などが可能になるほか、サプライチェーンの混乱が予想される場合には、AIや機械学習によって、事前にアラートを発信する。昨今では、コロナ禍による全世界のさまざまな影響や、スエズ運河でのコンテナ運搬船の座礁といった、サプライチェーンに影響を及ぼす状況も予測に反映し、経営環境の変化に柔軟に対応した運用が可能になる。

 Blue Yonderのソリューションは、ガートナーのマジッククアドラントでは、サプライチェーン計画、輸送管理、倉庫管理の3部門でリーダーに位置づけられており、これらの分野において、400件以上の特許を保有する。「特許数は、競合他社のすべてをあわせても100件程度であり、Blue Yonderが圧倒的である」(パナソニック コネクティッドソリューションズ社の原田秀昭上席副社長)という。

 パナソニックは、製造現場や物流現場、小売店舗などに、さまざまなセンサーやエッジデバイスを納入している。製造ラインを運用、監視するソリューションの提供や、倉庫管理者や配送ドライバーが持つ端末では多くの導入実績を持つ。また、小売店に設置される決済端末では、国内シェア7割を誇り、自販機、外食、流通、物流のほか、鉄道やタクシーなどの交通分野、ガソリンスタンドなどのエネルギー分野などにも幅広く導入されている。

 パナソニックが得意とする製造、物流、小売といった、モノが動く現場から収集される「地上」からの各種データを、サプライチャーンプラットフォームとグローバルスタンダードとなっているBlue YonderのLuminateソリューションで「低空」に引き上げ、これをプラットフォーム全体となる「上空」で結びつけ、それをもとに分析した結果を、再び「低空」を通じて現場である「地上」に戻し、サプライチェーン全体の課題解決を実現することになる。

 地上だけのソリューションでとどまっていたパナソニックの「現場プロセスイノベーション」の提案が、Blue Yonderの劇的に進化することになるのだ。

 そして、パナソニックとBlue Yonderが将来目指しているのは、サプライチェーン全体を結んで自律的な運用が行える「オートノマスサプライチェーン」の実現だ。

 オートノマスサプライチェーンが実現すると、車の自動運転のように、サプライチェーンが自律的に最適化され、オペレーションも自動化される。例えば、小売店の需要変動や在庫状況と食品メーカーの製造、仕入れ状況が自律的に連携することで、需要に最適な量の食品を生産し、迅速に供給。それが自律的に行われることで、食品廃棄ロスを大幅に減少したり、作業の削減によって業務の効率化や人手不足の課題を解決できたりする。

オートノマスサプライチェーン

 パナソニックの楠見CEOは、「あらゆるサプライチェーンの現場から自律的に無駄や滞留が省かれ、かつ継続的に改善のサイクルがまわる世界が実現することになる。これにより、現場を持つ企業の経営改革に貢献する。また、この取り組みは、エネルギーの削減や地球資源の有効か活用にもつながり、環境課題の解決に貢献できる。同時に、現場で働く人たちには、ゆとりある働き方を届けられる」と語る。

 サプライチェーンから企業や社会を変えていくという狙いがある。「社会の公器」を掲げるパナソニックらしいソリューションになる。

リカーリングビジネス定着のための基盤に

 2つめは、現場プロセスイノベーションを、リカーリングビジネスを定着させるための基盤にするという狙いだ。

 SaaSモデルへの移行を積極的に推進しているBlue Yonderのリカーリングビジネスの比率は67%に達しており、EBITDAマージンは24%という高い収益性を実現している。

 コネクティッドソリューションズ社は、航空機向け事業を行うアビオニクス事業によって、リカーリングビジネスの定着を狙っていた。機内のエンターテインメントサービスやコミュニケーションサービス、メンテナンスサービスなどによって継続的なビジネスを獲得できるが、それでも航空機の導入サイクルによってビジネスが影響されることになる。そしてコロナ禍においては、航空業界全体が打撃を受けて需要が減少。約5年前にはパナソニックを代表する優良事業だったものが、いまは事業構造の改革に取り組んでいる状況だ。

 また国内電機大手では、リカーリングビジネスに注力しているソニーが、2020年度に過去最高業績を達成したのに対して、リカーリングビジネスの定着に遅れたパナソニックは減収減益の決算となり、営業利益、税引前利益、当期純利益利益はいずれも前年比2けた減、売上高は25年ぶりに7兆円を切った。コロナ禍の影響で、難しい経営のかじ取りが求められるなか、リカーリングビジネスの差が、両社の明暗を分けたともいえる。

 パナソニック コネクティッドソリューションズ社の樋口社長は、「Blue Yonderのリカーリング比率を、さらに引き上げることを優先したい」とし、「サプライチェーンというミッションクリティカルな領域で、一度導入されたシステムは、代替されにくく、参入障壁を築くことができる。リカーリングにより、安定的で、高収益を得るビジネスを展開できる」と語る。

 また、「パナソニックが持たない手法を、Blue Yonderから学べるメリットは大きい。それにより、組織能力を強化し、ビジネスの拡大につなげることができる」とする。

 Blue Yonderは、サブスクリプション、リカーリング、コンサルティングというパナソニックが弱い領域で実績がある。家電を祖業とするパナソニックには浸透していないビジネスモデルを、まずはコネクティッドソリューションズ社に定着させ、それをパナソニック全体に広げていくという取り組みが注目される。

Blue Yonderの経営スピードを減速させないために

 3つめは、リカーリングビジネスの取り組みにも関連するが、パナソニック自らのDXを推進するという点だ。

 パナソニックの楠見CEOは、「今回の投資には、パナソニック自らのデジタルトランスフォーメーションを推進することで、現場力、オペレーション力を強化する狙いもある」とし、「経営スピードの向上にも貢献することを期待しており、グループ全体の競争力強化に向けた有効な手段として徹底的に活用したい」と語る。

 パナソニック コネクティッドソリューションズ社の樋口社長も、「Blue Yonderは近代的な経営をしており、働き方、ダイバーシティ、コンプライアンスなども学ぶことができる。自社のサプライチェーンにおけるオペレーション力強化を図るとともに、アジャイルな企業文化を取り入れることで、パナソニックのトランスフォーメーションを加速していくことも狙う」とする。

 パナソニック自らも、レッツノートの生産を行う同社神戸工場でBlue Yonderを導入しており、業務プロセスや調達プロセスの改革に成功。すでにROIでも効果が生まれているという。

 課題は、パナソニックの傘下になったことで、Blue Yonderの経営スピードを減速させないことだ。

 樋口社長は、「間違ってもパナソニックのハードウェアを売るために考え方を変えてもらうというようなことがあってはいけない」とし、「顧客から逆算した形で事業を展開していきたい。そのためには、自分自身の時間の半分を、Blue Yonderの本社がある米国アリゾナ州スコッツデールで過ごすくらいの気持ちを持ち、コネクティッドソリューションズ社のインターナショナルの起点に位置づけたい」とする。

 アビオニクス事業も、本社機能を米国ロサンゼルスに残しながら事業を展開してきた経緯がある。それによって、成功と失敗を経験してきたパナソニックが、Blue Yonderの良さを残しながら、シナジー効果を発揮できるかに注目が集まる。

 71億ドルという巨額の買収に関して、パナソニックの楠見CEOは、「Blue Yonderを100%子会社化したいという話はずっと聞いていたが、これだけの巨額の買収に疑問があった。パナソニックがどう変革するのか、コネクティッドソリューションズ社がどう変わるのかというイメージが持ち切れていなかった」と明かす。

 楠見氏は、2021年4月にCEOに就任し、2021年6月には代表取締役社長に就任する予定である。だが、Blue Yonderの完全子会社化の話が進行しているときは、別カンパニーであるオートモーティブ社の社長として、この話を聞いていた。ある意味、当事者とは異なり、外部の人たちが感じるイメージを持っていたともいえる。

 「だが立場が変わって、しっかりと中身を見て判断し、現場プロセスの現状を見てイメージが湧いた。今回の買収は巨額だが、この投資を行ったことで、ほかに投資ができなくなるものではない。また、この買収は短期間にシナジーが出るものではないと認識しているが、将来に向かって変革を起こしていく機会として、いまやらなくてはならないと判断した」と語る。

 楠見CEO自らも、パナソニックで先行導入した現場を見学して、高度なデータ分析によってサプライチェーン全体を見える化し、AIを活用してPSI(生産、販売計画、在庫)精度の向上が可能になることを認識したという。「パナソニックの多様な現場で先行活用した経験をもとに、ソリューション力を磨き上げ、それを顧客に提供したい」と述べる。

 パナソニックによるBlue Yonderの完全子会社化は、パナソニックの次代を担うビジネスモデルの構築だけでなく、パナソニックの構造改革という点でも重要な意味を持つものになりそうだ。