大河原克行のクローズアップ!エンタープライズ

3つの異なる研究所を経験し、日立のすべてを知っている――、日立・小島啓二新社長の経営戦略を探る

 株式会社日立製作所(以下、日立)は23日、東原敏昭会長兼CEOと、小島啓二社長兼COOによる新たな経営体制をスタートさせた。小島社長は、「3つの異なる研究所を経験したことで、日立のすべてを知っていることが私の強み。日立を、サイバーフィジカル企業の代表格に成長させる」と抱負を語る。

 そして、これまでの大規模な構造改革を、「さらなる成長に向けた『基礎工事』の完了」と表現していた小島社長は、今回の取材で、「基礎の上に建つのは『揺るがない建物』。相当なことがあっても、1兆円の営業利益を確保できる企業を作りたい」と語った。

 これが、2021年春に打ち出す次期中期経営計画に向けた基本的な考え方になる。小島社長に、日立製作所のいまと今後の方向性について聞いた。

執行役社長兼最高執行責任者(COO)の小島啓二氏

建てたいのは「揺るがない建物」

 現在、日立製作所が取り組んでいる「2021中期経営計画」は、社会イノベーション事業におけるグローバルリーダーを目指し、「Lumadaを軸にしたグローバルでのデジタルプラットフォームの拡大」、「OT×IT×プロダクトを強みにし、グローバルでOTのアセットを獲得」、「デジタル活用の効率化や共通化によるグローバル基盤の整備」の3点に取り組んできた。

 この実現に向けて、国内電機業界では過去最大の買収額となる1兆円規模(96億ドル)を投じたGlobalLogicの買収や、日立ABBパワーグリッドの統合、新たなVantaraや日立Astemoを発足する一方で、上場子会社であった日立化成や日立金属の売却といった大規模な事業ポートフォリオの変革を実施してきた。

2021中期経営計画の取り組み

 こうした大規模な構造改革について、小島社長は、「これがゴールではない。さらなる成長に向けた『基礎工事』の完了である」との認識を示していたが、今回の取材のなかで、新たにひとつの考えを示した。

 それは、基礎工事の上に、どんな上物を建てたいのかということである。

 小島社長兼COOは、「建てたいのは、揺るがない建物」と比喩(ひゆ)する。

 「日立の転換点はリーマンショック。そこで大きな落ち込みを経験し、社員も会社がつぶれるのではないかという危機感を持った。そこから経営体質を変え、新型コロナウイルスの感染が世界中に広がるなかでも、経営のリスク耐性は相当あがったと認識している」としながらも、「だが、本来ならば、7000億円以上の営業利益が出ていたはずだったものが、約5000億円にとどまった。もっとレジリエントな会社にしたい」と、さらなる体質強化に挑む姿勢をみせる。

 2021年6月8日に行われた「Hitachi Investor Day 2021」での小島社長兼COOの発言をとらえて、新聞各紙は「2025年度に営業利益1兆円」という見出しを打った。

 これについて、小島社長兼COOは、「日立は営業利益1兆円を目指すという報道が多かったが、私が言いたかったのは、相当なことがあっても、1兆円の営業利益を確保できる企業を作りたいということである。そのためには、結構なバッファも必要であり、地域的にも、事業的にも、リスクを分散する必要がある」とし、「基礎工事が終わった上には、4つ、5つの建物が建ち、その中心にある建物がデジタルになっているというのが、私が描く上物(うわもの)の姿である。それらの建物が響きあって価値を作りあげる。雨や風が来ても、揺らがない強い上物を建てたい」とする。

 小島社長兼COOは、もうひとつこんな比喩をしてみせた。

 「私が尊敬している日立の外国人社外取締役の一人に、『経営は庭師だ』と言われたことがある。庭の基本的な造成が終わったら、どこに、なにを植えて、水や肥料をどう与えるかが大切。また、それを、どういうタイミングで植え替えるかも考えなくてはいけない」。

 こうした視野で取り組むのが、小島社長兼COOの経営術になりそうだ。

3つの研究所の要職を歴任、各研究領域において「土地勘」を持つ強み

 小島社長兼COOは、入社以来、研究開発部門を歩み、中央研究所および日立研究所、システム開発研究所の、3つの研究所のトップおよびナンバー2を務めた。

 だが、この3つの研究所は、まったく異なる研究開発を行う組織だ。

 小島社長兼COOによると、「システム開発研究所はピュアITの研究所。中央研究所はバイオを含めて、基礎研究などのディープな研究を行う組織であり、ノーベル賞候補者が何人も在籍している。そして日立研究所は、鉄道、発電、建設など、大型機器に関する研究所」だという。これらのすべての研究領域において「土地勘」を持っているのが、小島社長兼COOの強みだ。

 「ピュアITの技術者はタービンの羽根のことはあまり知らない。私は、IT、基礎研究、大型機器の研究を経験したことで、日立のすべてを知っていると思っている。日立は珍しい人材を作ったと思う。その経験を成長に生かし、次の日立を作りたい」と語る。
 小島社長兼COOは、今後、生き残る企業は、3つに分類できるとする。

 ピュアデジタルの会社、ピュアフィジカルの会社、そして、サイバーフィジカルの会社だ。

 「日立は、サイバーフィジカル企業の代表格として成長したい。それをドライブするには、日立のすべてを見てきたことが役に立つ。全体のトレンドはどうなのか、どんなサイバーフィジカルが出てくるのか。そうしたことが理解できる感覚は、この育ちゆえのもの」と自信をみせる。

 日立は、今後の目指す方向性のひとつとして、「デジタルで成長する企業」を掲げる。
 そこに小島社長兼COOの研究開発領域での幅広い経験が生きることになる。

日立の研究開発の強みと弱み

 では、振り返って、日立の研究開発の強みはなんだろうか。

 小島社長兼COOは、「日立の研究開発の強みは、ポートフォリオが広い点。技術のカバレッジが広いため、全体のトレンドを把握しやすいという総合的な強みがある」とする。

 だが、その一方で課題も指摘する。

 ひとつめは、「顧客に近いところで課題をつかみ、それを研究テーマに反映することが弱かった点」だという。

 だが、Lumadaをきっかけにそれが変化したとのことで、「人員の多くをお客さまの近くにおき、顧客と話をすることで、特にITセクターにおける研究開発がうまく回るようになった」とする。

 実は、小島社長兼COOはLumadaの基盤を作った人物でもある。

 Lumadaの立ち上げにあわせて、システムインテグレーションのリソースは強いが受け身となっているという、日立の体質を転換。日立自らがデータ活用に関する提案を行い、顧客とともに協創するという考え方にシフトした。

 つまりLumadaによって、研究開発部門の課題解決とSI部門の体質改善を同時に図ったというわけだ。

 小島社長兼COOが指摘するもうひとつの弱点が、“点”の研究開発となっていることだ。

 それぞれのセクターが、事業や製品を発展させるための研究開発を行っていたり、基礎研究も、将来は、これが面白くなるという領域に向けて研究開発を行ったりという体制だったことを指摘する。

 「すべての研究開発が点であった。ポートフォリオを作るという考えがなかった。その結果、研究開発テーマ同士の関連性がうまく作れていなかった。これを改善したい」とし、「2050年に想定される将来の産業予測や解決されている課題からバックキャストし、それをもとにして、研究開発に対して投資する」と述べる。

 2050年に癌が撲滅されていると予測した場合、そこから逆算して、何年にはこんなことが起こる、この年にはこんなことが起こると推定。それに向けて、いまは、どんな研究ポートフォリオを持っていれば2050年に向けて勝てるのか、という議論を行うという。

 「点の集合ではなく、将来、勝つための研究ポートフォリオの構築を目指す。日立は、アセットがそろい、自分の力で成長することが問われるフェーズに入ってきた。その時に最も重要なのが研究開発分野であり、そこにあらためて力を入れたい」と語る。

 研究開発畑出身の小島社長兼COOならではの着眼点ともいえるだろう。

大規模M&Aで獲得したアセットを企業価値の向上に結びつける

 東原会長兼CEOと小島社長兼COOの役割分担は、「東原会長兼CEOがなにをやるかという方向を決める。私はその方向に向けて、どこで、どういったリソースを、いつアサインするかを決め、実行することである」とする。その上で小島社長兼COOが、「社長としてやり遂げなくてはいけない責務」と位置づけているのが、「大規模M&Aで獲得したアセットを企業価値の向上に確実に結びつけること」である。

 大胆な構造改革を推進してきた東原敏昭会長兼CEOは、社内に対しても、「黒船を呼ぶ」と語りながら、スイスABBのパワーグリッド事業と米GlobalLogicという大型買収を進めた。

執行役会長兼CEOの東原敏昭氏(過去の記者会見より)

 小島社長兼COOは、「黒船が2隻も来てしまった」と笑いながら、「その黒船を前にして思うことは、いままでとは違うやり方をしなくてはいけないということ。江戸幕府をトランスフォームしても、スピード感覚が追いつかないだろう。維新政府ではないが、これまでの成長とは違ったモードで、アセットを運用しなくてはならない。そこに全力を尽くしたい」とする。

 そのひとつとして、北米、欧州、アジアに新たなグローバルコーポレートを作り、徹底的に速く回し、世界で成長するための体制づくりを進める考えを示した。

 なお、2025年までに「相当なことがあっても、安定して1兆円超の営業利益を稼ぎ出す」ことを目標にするなかで、その半分を稼ぐのがLumadaである。

 東原会長兼CEOは、「日立の今後の成長のドライバーは、Lumadaを中心とした、デジタル技術を用いた社会イノベーション事業」と位置づける。

 Lumada事業は、2020年度の売上収益が1兆1000億円。これを、2021年度には1兆6000億円に拡大。さらに2025年度には、売上収益で3兆円、調整後営業利益で5000億円を目指している。

 まさに、成長ドライバーとしての役割を果たすことになる。

 では、Lumadaに課題はないのか。

 小島社長兼COOは、「Lumadaの課題は、はっきりしている」と語り、次の2点を挙げる。

 1点目は、製品事業でのLumada利用にばらつきがあり、しかも規模が小さいという点。そして、もうひとつが、グローバルでの実績が少ない点だ。

 前者については、ITセクターでのLumada活用は順調に進展し、協創の実績も出ているが、モビリティ、インダストリー、エネルギー、ライフといった領域での事例がまだ少ないとする。また、Lumada事業の海外売上比率は約3割。日立全体の海外売上比率は52%であり、Lumadaが国内偏重型であることがわかる。

 「この解決に向けた議論をかなり進めてきた。その結論がGlobalLogicの買収であった」とし、「GlobalLogicは、Lumada化が進まない製品事業を革新していくこととともに、GlobalLogicという成長事業をITセクターに取り込むことで、グローバルに進化し、ITセクターをさらに伸ばしていくことになる」とする。

 そして、「高額な買収ではあるが、日立が次の段階に進む上では必要不可欠であった。だが、GlobalLogicを日立のなかに取り込んで、バラバラにするといったことをすれば、あっという間におかしなことになる。GlobalLogicの本来の力を、さらに増すことができる組織を作る。GlobalLogicは速いスピードで成長している。新規の人材採用だけでなく、日立が持つ人材リソースも、GlobalLogicに活用してくことになる」と語る。

 またGlobalLogicは、日立の製品そのもののデジタルイノベーションを実現することになるという。

 「GlobalLogicの強みはSIだけではない。AppleがiPhoneを作り、ハードウェアを革新し、デジタルサービスを提供したように、日立自身の製品を革新したり、世界中の製品事業者の革新を支援したりできるところに、GlobalLogicの強みがある。日立の製品事業の取り組みを見ても決してDXが速いわけではない。GlobalLogicのリソースを日本の製品事業に注入し、Lumadaの拡大につなげることができる。これが、Lumadaの次の姿につながることになる」とする。

GlobalLogicをLumadaの成長エンジンとして位置付けている

デジタル領域での貢献が期待されている日立ABBパワーグリッド

 もうひとつの黒船である日立ABBパワーグリッドは、エネルギーソリューション事業をグローバルに展開していく企業だが、実はデジタル領域での貢献が期待されている。

 日立では、2018年12月にABBのパワーグリッド事業の買収契約を発表。分社した事業会社に80.1%を出資して、日立ABBパワーグリッド(Hitachi ABB Power Grids)を2020年7月に設立させた。買収金額は68億5000万ドル(約7400億円)であり、2023年以降に残りの19.9%の株式を取得して完全子会社する予定だ。これもGlobalLogicに匹敵する大規模投資である。

 日立ABBパワーグリッドが持つ強固な顧客基盤を生かすほか、Vantaraとの協業により、EAM(Enterprise Asset Management)などのデジタルアセットをLumadaに実装。GlobalLogicとの連携も期待できる。

 小島社長兼COOは、「日立ABBパワーグリッドが持つデジタルの能力は結構大きい。特にグリッドオートメーション事業は、ほとんどがデジタルによるビジネスであり、高い実力を持っている。これがLumadaにインテグレーションされ、フレームワークを形成している」と自己評価する。

 そして、見逃せないのが、日立ABBパワーグリッドが持つERPやシェアードサービスを、日立全社のオペレーション基盤に導入することだ。

 「日立の次の成長を考えた時に、これまでとは違う考え方や行動をしなくてはならない。このベースになるのが日立ABBパワーグリッド。次の日立を作る礎になる」と位置づける。

 日立ABBパワーグリッドの基盤を活用して2025年度までに共通ERPを構築し、700億円の効果を見込むほか、グローバルシェアードサービスの活用では1000億円の効果を見込む。

 小島社長兼COOは、自らのかじ取りにおいて、「経営の質をさらに改善する必要がある」とし、その姿を「経営のシンプル化」という言葉で表現している。

 「資産を入れ替え、これから成長する際に、もっと回転数を上げる必要がある。それを実現する方法が『経営のシンプル化』である」とする。

 ここでは、アセット特性の近い事業をまとめて経営する考えを示す。

 例えば、ITセクターは「人」がアセットとなる事業である。また、鉄道などのモビリティ事業やエネルギーを担当する日立ABBパワーグリッドは、「プロジェクト」そのものがアセットとなっている。さらに、製品を量産する事業領域では、「工場設備(インフラ)」がアセットになる。

 「人をいかに回転させるか、プロジェクトのロスを少なくして、資産を回すことが必要になり、生産整備もいかに回転を高めるかが重要になる。それぞれのアセットごとにまとめていくことが、経営のシンプル化につながる。今後は、アセットごとの回転数なども開示をしていきたい」とする。

 そして、Lumadaを活用することも、経営のシンプル化につながる早道だと位置づける。

 日立の目指す方向性として、「デジタルで成長する企業」、「利益の還元」とともに、掲げているのが、「ESG経営の深化」である。

 ダイバーシティ&インクルージョンや、環境経営、コーポレートガバナンスにおいて、世界トップクラスと認知される企業になることを非財務指標のひとつとして重視する考えだ。

 「日立ABBパワーグリッドとGlobalLogicによって、ダイバーシティは進んでいる。これからの課題は、ダイバーシティを、インクルージョンすることである。ここにも、日立と黒船の掛け算による効果が生まれることを期待したい」とし、「ダイバーシティ&インクルージョンが実現することで、こんな仕事をしたいと思った人が日立に入ってくるようになり、日立の社員が外で活躍することが増える環境を作りたい。人の出入りがオープンで、ダイナミックな会社を作りたい」とする。

 これまでの構造改革について、東原会長兼CEOは、「資産の入れ替えはかなり進んできた。私のイメージでは、9割5分は終わったと考えている」とする。

「データ」という視点を経営戦略の軸に取り入れ

 構造改革の総仕上げに向けて注目されるのが、上場子会社である日立建機の動向だ。小島社長兼COOは、「今後、日立建機がどう伸びていきたいかということを、日立が後押しするというスキームである。日立からファンドに話をするといったものではない。2021年度中にはしっかりと方向性を出していくことになる」とする。

 その上で、次のようにも語る。「日立建機は、IoTを活用し、Lumada関連の売り上げも多い。データの活用から見ると、Lumadaと親和性が高い。データ活用において関係が継続できることになれば、日立建機の企業価値を高めることにつながる」。

 日立には、戦略的に保有している会社がある。ホンダの自動車部品会社3社を統合して設立した日立Astemoのほか、家電事業においては、エアコンでは、ジョンソンコンロールズとの合弁会社であるジョンソンコントロールズ日立空調を、海外白物家電事業では、トルコのアルチェリック(Arcelik)とそれぞれ合弁会社を設立し、この家電2社は日立の出資比率はいずれも4割とマイノリティーにとどまる。

 「これらの企業に共通しているのは、データを活用でき、Lumadaとの親和性が高いことである」とする。

 今後の経営戦略の軸にも、こうした「データ」という視点が取り入れられることになるだろう。

 1982年に日立に入社して以来、一貫して取り組んできたテーマが、「データから価値を作ることだった」と語る小島社長兼COOらしい今後の経営手法が、そうした観点からも感じることができそうだ。