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パナソニックCNS社をITプロバイダーへ――、元・日本マイクロソフトCTOの榊原彰氏が取り組む企業変革

 2021年11月に、IT業界内で話題を集めた人事があった。

 日本マイクロソフトの最高技術責任者(CTO)であり、兼務でマイクロソフトディベロップメントの社長を務めた榊原彰氏が、パナソニックコネクティッドソリューションズ社(CNS社)の常務 最高技術責任者兼イノベーションセンター所長、知財担当に就任したのだ。

 パナソニック CNS社は、日本マイクロソフトの社長だった樋口泰行氏が社長を務める、パナソニックの社内カンパニー。樋口氏は2017年に、かつて新卒で入社したパナソニックに出戻る形で再入社。発足したばかりのCNS社の陣頭指揮を執り、東京への本社機能の移転や働き方の近代化、内向き業務の徹底した削減のほか、各事業における製品力、オペレーション力、ビジネスモデルの強化などに取り組んできた。2021年9月にはBlue Yonderを100%子会社化。サプライチェーン領域におけるDXの推進において、一気に存在感を増している。

 なお同社は2022年4月から、パナソニックの持ち株会社制への移行に伴い、パナソニックコネクト株式会社に社名を変更することになる。

パナソニック株式会社 コネクティッドソリューションズ社 常務 最高技術責任者の榊原彰氏

技術者であり続けるCTOを目指す

 榊原氏のパナソニック CNS社入りは、裏では樋口社長の強い意向が働いたものと推測される。

 榊原氏は、そのあたりを明確にはしていないが、「樋口社長と、また一緒に仕事をしたいという気持ちがあり、それを実現できることにエキサイトしている」と語る。

 「パナソニック CNS社は、ビジネスそのものの転換を図ろうとしている。BlueYonderの買収によってITプロバイダーになることを目指しており、そのジャンプの大きさと、それに向けた本気度を感じていた。最初は強い関心を持って動向を見ていたが、いいタイミングでパナソニック CNS社に誘ってもらい、この波に乗ろうと考えた。パナソニックのビジネスモデルの変革に携わりたいと思っており、BlueYonderの買収が今回の強い動機づけになっている」とする。

BlueYonder買収によるパナソニックのビジネス転換への本気度を感じたことを、入社の決め手として挙げた

 そして「CNS社CTOとしての私の最大の使命は、テクノロジー面からBlue Yonderのソリューションをドライブしていくこと、CNS社をITプロバイダーにすることであり、そこに力を注ぐ」と宣言する。

 また「将来、成し遂げたいのは。パナソニックグループ全体を変えることである。CNS社を突破口として、パナソニック全体が、時代にマッチしたテクノロジーを、B2BでもB2Cでも提供できる企業に変革していく。そのためのステップストーンになりたい」とも語る。

 さらに、目指しているCTOの姿にも言及する。

 「私自身、技術が大好きで、技術力を持っていると自負している」と前置きしながら、「大企業のCTOは管理業務が多くなり、技術から離れる人も多い。しかし、私は技術戦略を作り、技術に触れて、技術者であり続けるCTOを目指す」と語る。

「技術者であり続けるCTO」であることが自身の最大の強みだという

マーケットトレンドや産業の未来像を把握したテクノロジーの研究開発へ

 CTOととともに、所長を兼務するイノベーションセンターは、CNS社のR&D組織であり、パナソニックが得意とする顔認証や各種センシング技術などの開発を担う。

 「パナソニックは、さまざまなテクノロジーを持っている。だが、その多くの研究プロジェクトがボトムアップで推進されている色合いが強く、出口戦略は後づけで考え、テクノロジーをビジネスに結びつけていると感じられる。私が最初にやりたいことは、CNS社のR&Dにマーケットドリブンの色を濃くつけることである。マーケットトレンドや産業の未来像を把握し、そこに向かってテクノロジーの研究開発を行っていきたい」とする。

CNS社のR&Dを、よりマーケットドリブンな組織へ変革する

 CNS社イノベーションセンターが手掛けている技術には、画像認識、顔認証、音声認識、発話解析、音響解析、空間認識、人の行動分析などがある。また、ミリウェーブやLiDAR(ライダー)などの技術も持ち、周りの状況をデータとして取得することも可能だ。

 「ひとつひとつのセンシング技術は、確実にコモディティ化していくだろう。世界トップ水準の精度を持つ顔認証も同様である。だが、これらを組み合わせたマルチモーダルセンシングになると話は違ってくる。トータルでセンシング技術を提供できること、それをBlue Yonderのような領域で、エンジンに組み込んで具体的に活用する点がパナソニックの強みであり、知見を生かせる部分である。パナソニックが持つマルチモーダルセンシングを、Blue Yonderに効果的に活用したい」と述べる。

 パナソニックが提供してきたエッジサービスをBlue Yonderに組み込んで標準サービス化したり、Blue Yonderが持つAIチームとの共同研究を推進したりといった方向性を示しながら、「グローバルスケールで展開するためには、SaaSに標準パッケージとて組み込むことが必要である。Blue YonderのSaaSのなかに、パナソニックのセンシングエンジンなどを組み込んだり、顔認証技術と連携させる一方、Blue Yonderの高度なAIを、エッジのテクノロジーを用いたAIへと昇華させていく」とも語った。

 そして、「クラウドでの利用に抵抗がある案件では、プライベートクラウドやエッジサーバーでの活用を前提にした提案が行える。まだ具体的にはないっていないが、ここでは、パナソニックの知見も生かした多種多様なサポートができると考えている」とする。

Blue Yonderへのエッジ組み込みによる標準サービス化を図る
Blue Yonder AIチームとの共同研究も推進

 榊原氏は、テクノロジーの観点からの改革だけでなく、ビジネスモデルの転換やそれに伴う社内オペレーションの改革、人事評価制度の変更、新たな社内文化の醸成といった領域にまで影響を及ぼしたいと考えているようだ。

 「Blue Yonderの開発チームと直接話をすると、彼らが考えているスピード感と、日本で考えているスピード感が違う。Blue Yonderのノウハウを生かし、学びたい」と語る一方で、「CNS社がITプロバイダーになるには、テクニカルの領域を変えるだけでなく、社内のオペレーションを変えたり、経理や資材調達などのプロセスを変えたりする必要がある。テクノロジーの専門家としてだけでなく、経営に関するノウハウも注入していきたい」とする。

榊原氏の経歴

 ここで、榊原氏の経歴に触れておこう。これまでの経歴から、榊原氏がテクノロジー以外の観点からもCNS社を変えていきたいという意図が理解できるからだ。

榊原氏の経歴

 榊原氏は、弘前大学人文学部経済学科卒という文系出身でありながら、大学時代に触れたコンピュータが自分に合っていると感じ、証券マンになるという目標を転換。コンピュータ関連企業の面接を受けて、1986年4月に、最初に内定を受けた日本IBMにSEとして入社した。

 同社時代は、都銀の第3次オンラインをはじめとする金融機関、自動車や鉄鋼などの製造業を中心に各種開発プロジェクトに従事。2005年には、日本で約20人のディスティングイッシュト・エンジニア(技術理事)に就任するとともに、IBM東京基礎研究所でサービス・ソフトウェア・エンジニアリングの研究を開始した。2008年には、グローバル・ビジネス・サービス(GBS)事業を担当し、エンタープライズ・アーキテクチャ&テクノロジー部門グローバル・リードに就任。また、2010年にはGBSのCTOに就任に、2012年にはスマーターシティ事業CTOに、それぞれ就任した。

 日本マイクロソフトには2016年1月に入り、執行役員CTOに就任。このとき日本マイクロソフトでは、樋口氏が社長から会長に就任して約半年を経過したタイミングであった。2018年には、米本社の直轄法人であるマイクロソフトディベロップメントの社長にも兼務で就任。WindowsやBing、Azureに関する日本市場向けの開発にも携わった。

 「幼少のころから家中の家電製品を分解するのが好きで、大学の経済数学(金融工学)の授業で出会ったオプション評価やリスク計算の問題をプログラミングすることで、コンピュータに興味が湧き、IT業界を目指した」という。

 社会人になったときのメンターが、Unified Modeling Languageの生みの親の一人であるJames E. Rumbaugh氏。「アーキテクチャとは、絶えずトレードオフの意思決定をし続けること」という言葉に感銘を受けたという。

 「トレードオフの判断はどんな場面でも起こる。アーキテクトに大切なのは、なぜ、その決定をしたのかをしっかり説明できることである。この言葉を知って以来、自分のディシジョンに説明がつくように深く考えるようになった」という。

 また、IBMのExecutive Vice PresidentであったNick Donofrio氏からは、「何かが変わらなければ、何も変わらない」との言葉に影響を受けたそうで、「テクノロジーで世の中を変えるのであれば、まずは自らの行動を変えることが大切だと感じた」という。

 そして、Netscapeの創設者であり、ベンチャーキャピタリストのMarc Andreessen氏による「ソフトウェアが世界のすべてを飲み込んでいく」という言葉を用いながら、「パナソニックCNS社がチャレンジすることに合致する言葉である。現在の世界を表す言葉である」とする。

DXの肝であるフィードバックループを浸透させる

 こうした経験をもとに、榊原氏は次のように語る。

 「IBMとマイクロソフトというテックジャイアントに在籍していたが、どちらも、決して順風満帆ではなかった。厳しいときに、IBMはサービスビジネスへの転換を図り、マイクロソフトはクラウドを中心としたリカーリング型ビジネスモデルに転換した。いずれも強いビジネスモデルにシフトするための挑戦であり、それを体験することができた。そこで得た経験やノウハウを、今回のパナソニック CNS社のビジネスモデルの転換に生かしたいと考えている」

 日本マイクロソフトでは、クラウドビジネスへの転換にあわせて、ソフトウェアライセンスを売ることでボーナスが出る仕組みから、リカーリングビジネスで成果を上げる社員にボーナスができる仕組みへと転換したことがあった。

 「テクノロジーを変えるだけでなく、リカーリングビジネスを推進するための人事制度、新たなことに挑戦するために企業文化に変えていく必要があった。テクノロジーだけでなく、トータルに変えていくことが必要である」とする。

米国のテックジャイアントがリカーリングシフトの渦中で得たノウハウを活用していく

 また、「パナソニックは品質に対して慎重な会社である。ITプロバイダーになるには、過剰な品質よりも、早く失敗し、その教訓を次の改訂に生かすサイクルを生むことが重要である。それにあわせて、企業文化やオペレーションを変えなくてはならない。グローバルスケールで対応できるスピードも必要である」と指摘する。

 さらに、「DXは総力戦である。社員全員がデジタル人材にならないといけない。そのもとになるのがデータの取得である。業務のあらゆる場面からデータを取得して、解析し、知見を得て、アクションを現場にフィードバックするループを永遠に回すのがDXの肝である。パナソニック CNS社は、このサイクルを持って、現場プロセスイノベーションを推進していくことになる」とする。

現場データからのフィードバックループを当たり前のものに

 パナソニック CNS社が掲げる「現場プロセスイノベーション」では、サプライチェーンマネジメントにおける課題解決の取り組みにより、サステイナブルで、より良い社会の実現を目指すことを掲げている。

 「日本のITは周回遅れと言われるが、そんなことはない。底力はある。ベクトルを変えて、使うツールを変えて、オペレーションを変えて、ちょっとした修正で、日本は息を吹き返すと感じている。それをお客さまやパートナーと一緒に変えていきたい」とする。

 新たなCTOが、パナソニックCNS社に、どんな新風を吹き込むのか。その手腕が楽しみだ。

現場プロセスイノベーション