イベント

IBMの社長となったホワイトハースト氏が語る“Red Hatの価値”

「Think Digital Event Experience」基調講演レポート

 米IBMは5日(米国東部時間)から、オンラインでバーチャルイベント「Think Digital Event Experience」を開催している。アービンド・クリシュナCEOに続いて基調講演に登壇したのが、2020年4月に社長に就任したジム・ホワイトハースト氏だ。

 2008年から米Red Hatの社長兼CEOを務め、2008年度には約5億ドルだった収益を、2019年度には34億ドルにまで成長させた手腕を持つ。2019年に、IBMがRed Hatを340億ドルで買収していたが、先ごろ、米IBMの社長に就任した。

 2019年2月に米国サンフランシスコで開催されたIBMのプライベートイベント「Think 2019」では、Red HatのCEOとしてジニー・ロメッティ会長の基調講演に登場したことがあったが、IBMの経営陣として基調講演に登壇するのは、これが初めてとなる。

米IBMのジム・ホワイトハースト社長

どこでもアプリケーションを確実に実行できる共通インフラが必要となる

 今回の基調講演では、「Scale Innovation at Speed with Hybrid Cloud(ハイブリッドクラウドとAIによるスピーディなイノベーションの拡大)」と題し、Red Hatのテクノロジーで構築したIBMのハイブリッドクラウドとAIの最新情報などについて触れた。

「Scale Innovation at Speed with Hybrid Cloud(ハイブリッドクラウドとAIによるスピーディなイノベーションの拡大)」と題した基調講演が行われた

 冒頭、ホワイトハースト社長は、「新型コロナウイルスがもたらした困難な時代の到来が、新しい製品をより迅速に立ち上げたり、データをインサイトに迅速に変換したりといったことにつながっている。また、仕事のやり方の急激な変化に適応するためのスピード、俊敏性、柔軟性が必要とされていることを実感している。そして、何事にも備えておく必要があり、必要とされるときに、いつでも、どこでも、ワークロードを動かすことができるようにしなければならないことも理解されている。企業には、ビジネスの喫緊の課題を解決し、長期的な事業の継続性を保証する適応可能なテクノロジー戦略が必要である」と切り出した。

 一方、「ワークロードを断片的にクラウドに移行したり、単純な導入モデルという観点だけで考えたりすると、クラウドのメリットを十分に享受できない。平均的な企業は、すでに5つのクラウドを使用しており、なかには12以上のクラウドを使用している企業もある。複数のクラウドを利用していても、ハイブリッドクラウドにはなっていない企業も多い」という点を指摘。

 「これらのシステムの設計やアーキテクチャには戦略的な意図がなく、その結果、断片化したり、独自のものだったり、サイロ化されたまま、手がつけられない状態だったりしている。これが、企業の変革を制限し、革新の能力を制限している」とする。

 その上で、「未来につながる唯一の方法が、オープンアーキテクチャ、オープンスタンダード、オープンソースの採用であり、どこでもアプリケーションを確実に実行できる共通のインフラストラクチャが必要になる」と説明。ホワイトハースト社長は、これを支援するために、IBMは多額の投資を行っていると述べた。

 ハイブリッドクラウドについては、「IBMは業界唯一のハイブリッドクラウドプラットフォームを構築しており、そのプラットフォームの中心には、Red Hatのテクノロジーがある」と前置き。

 「Red Hat Enterprise LinuxとRed Hat OpenShiftは、世界をリードするLinuxコンテナとKubernetesプラットフォームであり、最も豊富なオープンソースエコシステムを備えている。これらを組み合わせることで、唯一のオープンなマルチベンダークラウドプラットフォームを提供し、ワークロードを一度の開発で構築し、どこでも実行できるようにする」とアピールし、「Red Hatのミッションは、プロプライエタリなソフトウェアやロックインの限界を克服することにある」と述べた。

新たなマーケットプレイス「Red Hat Marketplace」を紹介

 今回の基調講演でテクノロジープレビュー版として新たに紹介されたのが、「Red Hat Marketplace」だ。OpenShift上で認証されたソフトウェアを購入できるサイトで、開発者がこれを利用することにより、開発プロセスの各ステップを簡素化できるとともに、透明性のある環境で利用できるようになるという。

 またビジネスリーダーにとっても、ソフトウェアのパフォーマンスや速度、使用状況を監視し、クラウド全体でそれを追跡可能なため、企業のイノベーションを加速できるとした。

 ここでは、エコシステムの考え方についても述べた。

 ホワイトハースト社長は、「Red HatのパートナーのほとんどがIBMのパートナーであるが、率直に言うと、いくつかのパートナーとは競合している。そのため、Red Hatは今後も独立した企業であり続けることを宣言する。それがエコシステムに対するRed Hatのコミットメントである」とした。

 その一方で、「IBMとRed Hatは、最高のハイブリッドクラウドアーキテクチャを提供するだけでなく、企業の複雑なワークロードを、簡単に構築して移行できるようにする。IBMは、クラウドへの移行を簡素化するように設計した、相互運用可能なエンタープライズグレードのハードウェアとソフトウェアを提供している。IBM Cloud Paksは、IBM のソフトウェアをどこに配置しても、最新のインフラストラクチャー上で簡単に実行できるようにし、Watson Anywhereは、データがあれば、どこにいてもAIを活用できるように設計できる。また、zメインフレームのストレージパワーシステムは、ハイブリッドクラウド環境での使用を最大限に高めるように再設計されている」とアピール。

 また、「IBMには、ヘルスケアやテレコミュニケーション、金融サービス、小売業の専門家が何千人もおり、業界特有のミッションクリティカルなワークロードの実行と管理を支援するために、業界で最も深い専門知識を提供している。これも大きな特徴になる」とも述べた。

エッジコンピューティング向けの2つの新製品を紹介

 講演の中盤に差し掛かったところで、ホワイトハースト社長は、「クラウドの視野を広げ、ハイブリッドクラウドの定義を拡大したい」と切り出した。

 そして、「小型デバイスから工場の床、高速道路システムや空港など、あらゆるところにテクノロジーが爆発的に広がっている。そのため、コンピューティングアーキテクチャを考える際には、パブリッククラウド、プライベートクラウド、オンプレミスのデータセンターを超えた考え方をする必要がある」という点を指摘する。

 さらに、「それは、ワークロードはネットワークのエッジで発生しているからである。これはエッジコンピューティングと呼ばれ、ハイブリッドクラウド環境で必要とされる相互運用性やオープンスタンダード、柔軟性とセキュリティも必要とされる。エッジコンピューティングでは、何十億ものデバイスが小さなクラウドのように動作し、データの保存と安全性を確保し、AIや自動化により、データを分析して行動することになる。そして、これらのすべてがオーケストレーションと相互運用性を必要としている」とした。

 ここで、ホワイトハースト社長は、2つの製品を紹介した。

 ひとつは、IBMの「Edge Application Manager」である。5GやIoT、AIといった新たな技術によって増加するデータを処理するアプリケーションをサポート。業界初の自律管理ソリューションと位置づける。ワークロードにAIによるリアルタイムの分析とインサイトを提供。1万台以上のエッジデバイスに同時に拡張できる。

 2つ目の「Telco Network Cloud Manager」は、ネットワークサービスの市場投入までの時間を短縮し、運用コストの削減を支援するIBMとRed Hatの共同ソリューションだ。これは、通信分野におけるワークロードに向けて、仮想およびコンテナ機能のインテリジェントな自動化とオーケストレーションを提供するもので、80%の工数削減とコスト削減ができるという。

 「これらは、5G時代のエッジコンピューティングのためのオープンで、セキュアなエコシステムの構築を支援する新しいサービスになる」とした。

 ここでは、インドVodafone Idea(ボーダフォン・アイデア)のCTOであるVishant Vora氏が登場した。

米IBMのジム・ホワイトハースト社長(左)と、インドVodafone IdeaのVishant Vora CTO

 Vodafone Ideaは、インドの第2位と第3位の携帯電話会社が統合して誕生した企業で、現在は3億人以上の加入者があり、そのうち1億人以上が4Gを利用しているという。合併にあわせて、OpenStackを活用したクラウドプラットフォームを採用することを決定。このプラットフォーム上でさまざまなアプリケーションを統合できるようにしたという。

 Vora氏は、「当社は国内で80以上の拠点でクラウドを導入しており、どの通信事業者よりもはるかに多く、広範囲に分散している。つまり、国内の誰よりもエッジに近い環境を実現している。これは、レイテンシにおいて優位性をもたらし、コストの削減にもつながっている」とした。

 従来は1Gbpsの容量を提供するために数百ドルの設備投資が必要だったが、現在は20ドル以下となり、80%以上の設備投資を削減。低遅延で高機能なサービスの提供や、ユニバーサルクラウド化により、ネットワークワークロード、ITワークロード、サードパーティのエンタープライズワークロードなどの実行が可能であるといったメリットも示した。

 そして、「分散型クラウド環境は、低遅延であり、今後のIoTアプリケーションの広がりとともに、大きなアドバンテージを持つことになる」と語った。

IBMのパブリッククラウドは何をするために設計されたのか?

 続いて、ホワイトハースト社長は、「どのクラウドを選択するかは、とても重要なことである。ミッションクリティカルなワークロードであればなおさらだ」とし、IBMのフェローであり、IBM CloudのCTO兼バイスプレジデントのヒラリー・ハンター氏を迎えた。

IBM CloudのCTO兼バイスプレジデントのヒラリー・ハンター氏

 ハンターCTOは、「すべてのクラウドが同じではなく、特定のワークロードに適したクラウドもあれば、異なる目的で設計されたクラウドもある。では、IBMパブリッククラウドは何をするために設計されたのか。それを伝えたい」と切り出した。

 「IBM Cloudは、オープン、セキュア、そしてエンタープライズグレードを目指して構築した。オープンとは、開発者やデータサイエンティストのほか、機能を横断的に取り入れようとしている人たちのために、最新のオープンソース機能を採用していることを意味する。Kubernetesを利用し、コミュニティに参加し、これらの機能を大規模に運用している」のだという。

 また、「エンタープライズグレードとは、ミッションクリティカルなワークロードの移行やデプロイメント、パブリッククラウド上での本番への移行を可能にするシステムやサービスに投資することを意味する」と説明。

 さらに、「複雑なミッションクリティカルなワークロードを、クラウドに移行する必要があると考えていても、ほとんどの企業はそれができていない。だが、IBM Cloudは、デプロイメント管理とデータの保護を可能にするために特別に構築されたものであり、競合他社の環境に比べて、ワークロード移行の成功率が高いことがわかっている。IBM Cloudは、ミッションクリティカルな機能を提供することに重点を置き、特定の業界のニーズに合わせてパブリッククラウド環境をカスタマイズする能力を提供することができる。それが選ばれている理由である」とアピールした。

 このほか、新たに発表したIBM Cloud Satelliteにも触れ、最も理にかなった場所でワークロードを実行できること、Kubernetesの基盤で設計されていることからIBM Cloudのポータビリティを向上させ、ワークロードを実行したい場所に提供できること、サービスの可用性と可視化、制御を簡素化できることをメリットとして訴求。

 「これにより、真の分散型クラウドを実現できる。セキュリティとコンプライアンスは、最も重要な検討事項であり、パブリッククラウドベンダーを選択する上で重要な要素になる。また、業界の専門家と協力して、結果を重視した設計に取り組み、業界に配慮した方法でお客さまとともにイノベーションを推進する体制も必要である。IBMは、金融サービスに対応したクラウドプログラムを開始するが、これは、今後、大きな勢いにつながるだろう」などと述べた。

 最後にホワイトハースト社長は、「IBMは、クラウドとAIが次世代の基盤技術であると考えている。オープンハイブリッドクラウドによって、企業全体でAIをスケールさせることができる方法が必要であり、エコシステム内のどこからでもイノベーションを調達し、スピードを持ち、広い選択肢を持つ企業にならなくてはならない。これがスマートビジネスの未来を実現することなる。そこにIBMの仕事がある」と語った。