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AIと自動化は働き方をどのように変えるか――、IBMが示すAI活用への道筋
「Think Digital Event Experience」基調講演レポート
2020年5月8日 13:13
米IBMが開催しているバーチャルイベント「Think Digital Event Experience」の会期2日目となる5月6日(米国東部時間)、米IBMのIBM Cloud & Data Platform担当シニアバイスプレジデント、Rob Thomas氏が、「Act, Don't React: How AI and Automation Will Change the Way You Work(AIと自動化は働き方をどのように変えるのか)」をテーマに基調講演を行った。
講演には、パートナー企業6社が登壇。IBMによるアプローチを活用して、AIと自動化を組織に導入することでビジネスを変革した成果や、オープンの重要性などについて議論した。
IBMの「信頼できるAI」が持つ強み
IBMのThomas氏が最初に触れたのが、米国サンフランシスコに本社を置くSpeedlancerのジョン・ウェステンバーグ氏の、「ストーリーテリングは、人類がこれまでに生み出した最大のテクノロジーだ」という言葉だった。
「この異常な環境下で、誰もが異なるストーリーを持っている。だが、将来に過去を振り返った時、今がビジネスを変えることができた時間だったといえるだろう。今は、それぞれのビジネスを加速させるチャンスでもある。全員の目の前にあるのはチャンスである」とした。
Thomas氏が最初のテーマにあげたのが「AI」であった。
画面に表示したのは「165%」という数字だ。Thomas氏は「新型コロナウイルスの感染が拡大する以前から、AIに積極投資していた企業は165%も高い成長になっている」としながら、「IBMが語っているAIは、コンシューマ向けのAIとは違う。ビジネスで活用できるAIであり、より良い意思決定をするために信頼できるAIとなっている点が特徴である」と述べた。
そして、IBMの「信頼できるAI」は、新型コロナウイルスの広がりにおいても活躍したという。そのひとつがWatson Assistant for Citizensだ。Watson Assistantはコールセンターの業務などを支援するAIチャットボットで、このほか、アメリカ疾病予防管理センター(CDC)が公開しているデータに基づいて学習し、新型コロナウイルスに関する人々からの問い合わせに対応できるようにした。
すでに、全世界で25を超える自治体や組織がWatson Assistant for Citizensを導入。多くの自治体で、わずか24時間でサービスを立ち上げているとのことで、現在、100以上の組織への展開を開始しているところだとした。
「まったくなにもない状態から、24時間で市民にサービスを提供できるようになったのは、信頼できるデータと、それを活用するための情報アーキテクチャがあったからだ。IBMは、IA(情報アーキテクチャ)なしには、AIは存在しないといってきた。AIをさらに優れたものにするためには、信頼できるIAが必要である。Watsonは全世界で3万件以上の活用実績があり、どうやってデータを収集し、どうやってデータを整理し、どうやってデータを分析するのかということを理解している。それがIBMのAIの強みである」と述べた。
AIを活用した事例を紹介
ゲストスピーカーとして最初に登壇したのが、ルフトハンザグループのHead of Data & AnalyticsであるMirco Bharpalania氏と、UPSのData Science and Machine Learning担当ディレクターであるMallory Freeman氏だ。
ルフトハンザでは、AIを活用して顧客によりよい体験を提供するとともに、社員の意思決定を支援することに成功したという。
ルフトハンザのBharpalania氏は、「航空機のフライトネットワークをどう拡大するかといった長期的な視点での意思決定から、乗り継ぎが遅れた乗客を待ってから出発するといった短期的な意思決定までを行うことができる。膨大なデータ資産を活用し、最新のデータサイエンスとデータプラットフォームの構築によって実現したものである」などと述べた。
また、UPSのFreeman氏は、ドライバーが巡回する1日の効率的なルートを自動的に作成する、同社独自の配送ソリューション「ORION」について説明。AIの活用によって、配送ルートの最適化を図ることで、年間移動距離で1億マイルを削減しているほか、燃料では1000万ガロンを削減。5000万ドルのコスト削減と、約10万メトリックトンの二酸化炭素の削減につなげているという。
さらに同社では、IBM Garageとの協業によって、税関費用の削減に貢献する、新たなシステムの構築を進めていることも紹介。「今でも、IBMの助けを借りて、データサイエンスの近代化に取り組んでいる」と述べた。
続いて登壇したのが、PayPalのCommon Platforms兼 Data Strategy & Vendor Relations担当ディレクターであるMelissa Molstad氏である。
1998年に創業したPayPalは、消費者と企業を結んだデジタル決済プラットフォームにいち早く注目。現在、3億人以上の顧客と2700万店の加盟店が、PayPalのプラットフォームを使用しているという。同社ではWatsonの技術を活用して、顧客の問い合わせにチャットボットで対応。Watson DiscoveryとWatson knowledge studioを使用して、より複雑な質問に、さまざまな言語で答えられるように進化させているとした。
「チャットポットによる回答は月間125万件に達し、チャットボットによる対応率は全体の40%以上になった。カスタマーサービスチームは、現在、オフィスからの電話対応から在宅勤務へと移行しているが、チャットボットが多くの顧客からの最初のコンタクトポイントとなっている」と説明している。
AIを活用してITインフラのレジリエンシーを向上
続いて、IBMのThomas氏は、「システムのダウンタイムによって、年間265億ドルの収益が失われている。その一方で、ITインフラで生成されるデータは、毎年2~3倍に増加している。指数関数的なスケーリングが起きている。イノベーションと運用のバランスを取ることが大切であり、その取り組みが課題を解決するためのレシピになる」と前置き。
「では、システムダウンによる影響を解決するためには、ダウンしてしまったものを修正するのか、それともそれを防ぐことに投資するのがいいのだろうか。その答えは両方である。一方、多くの企業が、イノベーションのための新しいプロジェクトと、既存システムのオペレーションのバランスを取ろうとしているが、この2つを組み合わせて考えるのは災いの元となる。ここでは、自分の意志を持って何ができるかを考えていく必要がある。それを支援するのがWatson AIOpsになる」とした。
Watson AIOpsは、AIを活用することにより、ITインフラのレジリエンシーを向上できるように支援するもので、企業がITの異常に対する自己検知、診断、対応を行う過程を、AIを使用して自動化する。
「問題が発生しても、それを修正し、しかも、それを信じられないほど迅速に行うことができる」と、Thomas氏は説明する。
またWatson AIOpsでは、ミッションクリティカルなITワークロードへのWatsonの導入を可能にし、AIおよび自動化によって問題解決に向けた行動へと移すことができることや、オープンエコシステムであることも強調した。
ここで登壇したのが、IBMの開発担当バイスプレジデントであるJessica Rockwood氏である。同氏は、「Watson AIOpsは、IBM Researchが持つ100以上の特許を活用した、IBMのAIを搭載したアプリケーション。問題の迅速な検出と診断を支援し、すべてのITオペレーターをスーパーヒーローにすることができる」として、Watson AIOpsのデモンストレーションを行った。
また「Watson AIOpsは、過去の状況との類似性だけでなく、空間や時間といった観点からも推論を行い、ログの異常とアラートを多様なセットでグループ化し、アルゴリズムによって全体的な問題を抽出し、問題を報告することができる」と語っている。
さらに、「Watson AIOpsはRed Hat OpenShift上で構築されており、ハイブリッドクラウド環境全体で動作する。オープンソースであり、世界中のあらゆる優れたアプリケーションとの接続性を持っている。例えば、SlackやBoxといった分散作業環境の中心を占めるテクノロジーと連動するほか、Matter mostやServiceNowのような、従来型のIT監視ソリューションのプロバイダーとも連携する」などとした。
SlackとBoxのCEOが登壇
続いて登場したのが、SlackのCEOであるStewart Butterfield氏と、Boxの会長兼CEOであるAaron Levie氏だ。
まずは、それぞれのリモートワークの状況について情報を交換。Butterfield氏は、「私たちは在宅勤務に慣れてきているが、家族がキッチンで一緒になる確率は80%に達している」と語った。
一方のLevie氏は「IBMの35万人の従業員は、10日間で95%がリモートになったと聞いている。Boxでもリモートワークが完全に稼働している。ITがクラウド化されていたのが幸運であった。多くの組織では、従業員が在宅環境で仕事ができるように、WebExやZoom、Slackなどのクラウドソリューションをすでに活用しており、迅速に移行することができた」との状況認識を示す。
また「3~5カ月前に、『1週間後に会社全体で在宅勤務を始めることができるか』と聞かれても、100%の人がノーと答えたはずだ。だが、コミュニケーション文化に投資をしてきた企業は、今それを実現し、不可能に見えたことが可能になった。とはいえ、かなり粗い形での移行であることは明らかである。私たちは、もう少し支援を必要としている利用者の役に立てるように全力を尽くす」と述べている。
またIBMのThomas氏は、「短期的な変化の量を過大評価し、長期的な変化の量を過小評価することが一般的である。これは、新しい技術の兆しを見ると何が起こるかをすぐに推測するが、その技術が社会に広く普及し、私たちの仕事のパターンを変えるまでには時間がかかるという考え方につながる。だが今起こった出来事は、その概念を圧縮するものになった」と発言した。
一方、IBMが新たに発表したWatson AIOpsに触れながら、CIOが、AIをどのように活用すべきかについても触れた。
Butterfield氏は、「コンピュータの歴史は、その時点で最も自動化が可能なものを自動化してきた。だが、ここ数十年、IT管理者の作業は、精神的な疲労を伴う手作業や反復的な作業が多くなっていた。これが変化し洗練されると、人間は創造性で知性などがより要求される仕事をすることができる。人間が行わなくてはならないと思われていた手作業が、ソフトウェアやテクノロジーによって解決される。今後の展開を楽しみにしている」と述べた。
またBoxのLevie氏は、Watson AIOpsについて「ITを管理するために多くの手作業が発生し、実際に管理しなければならない技術が何十も何百もあるといえる。ハイブリッドクラウドの世界では、アプリケーションやインフラが異なる環境で管理されているという実態がある。この問題を解決するための投資をし続ける企業が成長する企業になるといえる」と前置き。
「今、大切なのは、ベストオブブリードの機能をどのようにして単一のアーキテクチャとして機能させるかということであり、これはハイブリッドクラウドの考え方と同じことである。企業は生き残るために、テクノロジーから最大限の価値を得なくてはならない。そのためには、さまざまなベンダーから提供されている最高のサービスを利用するしかない」という点を指摘した。
そして、「コンテンツ管理やコミュニケーション、ビデオ会議など、企業が実行しているソリューションは混在している。IBMはこれらの技術をつなぎ合わせるために大きな役割を果たしており、どのようにしてセキュリティを確保するか、どのように自動化するか、ワークフローをどのように駆動するか、ベストオブリードの環境でこれらの技術をどのように統合するかという大きな問題に取り組んでいる」と語っている。
企業がAIに移行するためには重要な「AIのはしご」
最後にIBMのThomas氏は、「The AI Ladder(AIのはしご)」について触れた。
AI Ladderでは、Collect(収集)、Organize(整理)、Analyze(分析)、Infuse(情報提供)を段階的に進めることが大切であり、このステップが、企業がAIに移行するためには重要なものになると位置づける。
「データをAIに対応できるようにすることで、自動化のレベルを上げることができ、予測やビジネスの最適化の方法を変えることができる。そして、はしごのステップにおいて、すべてに重要なのはセキュリティである。データは安全でなければならないし、アプリケーションも安全でなければいけない。AIで行っていることをすべて保護するためにシールドするという考え方が大切である」とした。
さらに、誰かを助ける、指導するという意味を持つ英語のコーチング(coaching)という言葉が、ハンガリー語を語源としていることを紹介。そこには、「起こりうるすべてのことから守り、助けて、指導する」という意味があるという。
「ハンガリー語での定義を考えると、この言葉が、今回のテーマにぴったりだと思った。これは、私たちが今直面している問題である。そして、この状況を乗り越えなくてはいけない。乗り越えるには、座って待つこともでき、何かが起きた時にだけ反応することもできる。だが、今日伝えたい最も重要なメッセージは、今こそ行動する時だというである。それはあなたの会社でもできることだ」と呼びかけて、基調講演を締めくくった。