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IBMが語る、「先進デジタル企業が備えるべき3つのポイント」とは? さまざまな新製品・サービスも紹介

オンラインイベント「Think Digital Japan」基調講演レポート

 日本アイ・ビー・エム株式会社(以下、日本IBM)は、5月22日午後3時から、オンラインイベント「Think Digital Japan」を開催した。

 Think Digital Japanでは、日本IBMの山口明夫社長が、「先進テクノロジーでけん引するニューノーマル」と題して講演したほか、さまざまな登壇者による基調講演が行われている。本稿では、山口社長を除く講演部分についてお届けする。

不確実性の社会において適応力が求められる

 山口社長に続いては、日本IBM 専務執行役員 グローバル・ビジネス・サービス事業本部長の加藤洋氏が、「洞察から素早く実行に移す、事業を止めない よりスマートなビジネスの構築」として講演。Think Digital Event Experienceにおいて、米IBM マーク・フォスター シニアバイスプレジデントが行った基調講演をもとに、同社の取り組みについて説明した。

 加藤専務執行役員は、「不確実性の社会において求められているのは、適応力である」とし、「適応力を持つ企業は、デジタルビジネス戦略、デジタルテクノロジー基盤、組織変革能力を持っている。先端デジタル企業(コグニティブ・エンタープライズ)はこの3つを備えなくてならない。この3つを三位一体で推進すれば、DXが実行できる」と切り出す。

先進デジタル企業が備えるべき3つのポイント
日本IBM 専務執行役員 グローバル・ビジネス・サービス事業本部長の加藤洋氏

 そして「新たな時代において、企業はリスクを抑制し、ビジネスを取り巻く環境に安全を確保しながら、変革しなくてはならない状況にある。より一層、デジタルが求められている時代になった」と述べた。

 デジタルビジネス戦略では、「局所的なデジタルではなく、エンドトゥエンドでデジタル化し、それぞれをつなげる必要がある」とし、「顧客価値、従業員価値、エコシステムに対する価値を提供することが重要であり、デジタル空間でのやりとりが、対面と変わらないクオリティを確保できているのか、従業員が感じている業務改善ポイントが解決させているのか、自動的に解決されるものになっているのかといったように、人の体験にフォーカスしたビジネスプラットフォームをデジタルで構築することが、企業の優位性につながる」と述べた。

 また、ここで触れたビジネスプラットフォームには、社内支援型ビジネスプラットフォーム、社内戦略型ビジネスプラットフォーム、業界ビジネスプラットフォーム、業界横断型ビジネスプラットフォームの4つがあり、企業は自らの戦略に基づいて、どのプラットフォームからはじめて、どのプラットフォームにたどり着くのかを考える必要があるとした。

デジタルビジネス戦略:ビジネスプラットフォーム
ビジネスプラットフォームの選択肢

 2つめのデジタルテクノロジー基盤では、「企業のなかに眠っている80%のデータを、AIやIoT、ブロックチェーンといった最新技術によって活用し、得られる洞察をワークフローに組み込み、人手を介さずにプロセスを改善していく基盤が大切である」とし、「先進テクノロジーを用いて、動的にプロセスやルールが変化し、企業全体でこれを活用すること、人間的な判断をすることが必要である。これをインテリジェントワークフローと呼ぶ」とした。

デジタルテクノロジー基盤:インテリジェントワークフロー

 エネルギー企業のシェルは、社内戦略型ビジネスプラットフォームを構築。350社の採掘事業者および関係会社からインタビューを行い、課題を整理したうえで、縦割り企業の連携やオペレーションコストの削減などを検討したという。また、AIなどの先端テクノロジーを用いて、インテリジェントワークフローを実現。人が鉱山に行かなくても業務をコントロールして、業務を継続できるようにしている。

 結果として、それぞれの関連会社にメリットを享受する仕組みへと変革することができたという。「新型コロナウイルスの感染拡大に伴っても、シェルは事業を継続できた」という。

 そして、組織変革能力では、「どうやって失敗を許容するアジャイル的な文化に変えるのか、どうやってスピーディーに変化に対応する組織を作るのか。さらに、自律的な組織を設計し、それを担う人材育成をどうするのかが大切である」とした。

組織変革能力:組織としてのアジリティ

 世界最大のスナック菓子メーカーであるフリトレーでは、多様化するニーズにスピーディーに対応するためにアジャイル型の組織を構築。本社が決定してから現場に落とすのでなく、現場が得た情報を自ら意思決定に反映する11のアジャイルチームを組織化。2週間に一度のペースで新製品を投入できる体制を構築しているという。「リモートで仕事ができる体制を構築していたため、新型コロナウイルスの感染拡大の影響を大きく受けることがなかった」という。

 また、加藤専務執行役員は、「IBMは、あらゆる業界、業種の企業とともに、デジタル企業にどのように変革するのかを、ロードマップをひき、一緒に考えていきたい。業種ごとに異なる課題、ユースケース、環境の知見を集約して、11のインダストリーごとに、ロードマップのベストプラクティスをまとめている。これに照らし合わせて、先進デジタル企業への転換を一緒に進めていく」とした。

 さらに、「日本IBMでは、コロナ対策のビジネスソリューションを構築している。これは一過性のものでなく、デジタル企業化に向けたアプローチのひとつである。また、日本IBMは、開発、保守をフルリモートで行いたいと考えている。そのためにはテクニカルな部分でのリモート対応だけでなく、人事評価、業績評価、セキュリティ、顧客のビジネスプロセスの変革も必要である。そこも検討している。そのひとつがIBM Garageになる。顧客にもデジタル化の最初の一歩として、これを活用してもらいたい」とした。
 最後に、「組織、ビジネスの変革を、先進テクノロジーを活用して実施したい。変革されたビジネスを、ハイブリッドクラウドの環境で稼働させるアプリケーション、インフラの両面から支えていきたい。先進デジタル企業へのロードマップを進めるために、顧客と一緒になって、課題を深堀りし、ソリューションを構築し、困難なビジネス環境を乗り切りたい」と締めくくった。

Watson AIOpsをはじめとするさまざまな新製品群を紹介

 また、日本IBM 常務執行役員 クラウド&コグニティブ・ソフトウェア事業本部長の伊藤昇氏は、「クラウドとAIによるイノベーションの拡大」とし、Think Digital Event Experienceで発表されたWatson AIOpsをはじめとする新製品群などについて説明した。

日本IBM 常務執行役員 クラウド&コグニティブ・ソフトウェア事業本部長の伊藤昇氏

 伊藤常務執行役員は、「激変する環境下において、ビジネス部門ではデータから知見をビジネスに活用。一方の情報システム部門では、最適なデータのインフラと、速やかに開発したシステムを安定運用することが重要になっている。そのため、ビジネス部門ではDataOpsを加速させ、AIをいかにビジネスに生かすのか、情報システム部門では、ITOpsを安定させながら、DevOpsをいかに加速させるかが重要である」とした。

 伊藤氏は、ITOpsの安定には、新たに発表したWatson AIOpsが大きく貢献すると主張。「インシデントの検知、特定、診断、対応といった流れにおいて、Watson AIOpsを活用することで、所要時間を劇的に削減できる。自己検知、診断、対応の過程を、AIを活用して自動化。ITのコンロトール性、効率性、ビジネス継続性の向上を実現。検知特定はリアルタイムであり、診断も2時間で完了。インシデントへの対応も劇的な改善ができる。また、OpenShift上で構築されていることから、すべてのクラウドで動作し、SlackやBoxといったパートナーエコシステムとも連携できる」とした。

Watson AIOps

 また、DataOpsについては、AI Ladder(AIのはしご)と呼ぶAIの実用を加速するためのアプローチについて説明。ここでは、データを簡単にアクセス可能な形で収集する「COLLECT」、データを分析可能な形に整理する「ORGANIZE」、AIモデルを構築し、説明性を担保し、洞察を発見する「ANALYZE」、AIモデルをビジネスに活用する「INFUSE」を示し、「成功のためにはこの4つが必要である。例えば、AIの失敗の大半は、AIモデルではなく、データの準備と組織化の不足によるものである。データへのアクセス可能になり、準備が整って、初めて高度なAIモデルが構築できる」とした。

The AI Ladder

 欧州の小売り大手では、AIによるデータ活用によって、20日間かかっていた顧客の属性分析が1日未満で終わったり、在庫管理の分析が24時間かかっていたものが、4時間未満で完了するようになったりしたという事例を挙げながら、「DataOpsが実現されていない企業ではExcelを利用するなど、人手を介した作業が多い」と指摘。

 さらに、「DataOpsは段階的に進化をしていくことになるが、最も理想的な姿は、データカタログが日々更新され、拡充したり、タグが自動追加されたりし、自動的にコンプライアンス確認され、これらがすべてのデータパイプラインに適用されるものである。これは一朝一夕にはいかないが、データとAIを活用した進化を遂げようとしている企業にとっては必要不可欠な取り組みになる」など説明したほか、「これを支援するのがIBM Cloud Pak for Dataであり、ビジネスにおけるAIの幅広い採用を促進するように設計されたデータおよびAIの統合プラットフォームとなる。日本では6月の提供を予定している」とした。

データ整備の経営価値
DataOpsの成熟度
IBM Cloud Pak for Data

 また、一度開発したものはどこでも稼働する「シングルオープンITアーキテクチャ」が重要だとし、「ここに、IBMがRed Hatと一緒になった大きな意義がある。オープンソースとオープンスタンダードにより、最適なハイブリッドクラウドアーキテクチャを実現できるようになる。Linux OS上にアプリケーションを構築し、コンテナで展開し、Kubernetesで管理できる。そこにIBMが持つ業界の深い専門性を組み入れ、クリティカルなワークロードを移行・実行・管理できるようになる。IBMが他社に比べて優位な点は、ハイブリッドクラウド/マルチクラウド戦略に基づき、オンプレミスからクラウドまで一貫したアーキテクチャを、OpenShiftをベースに利用できることである」と語る。

 また「今回、その領域をエッジにまで拡大し、同じ仕組みで管理し、アプリケーションサービスも提供できる。そのための製品が、IBM Edge Application Managerであり、リモートから自律的に管理できる機能を、エッジに対して提供する」と述べた。

 ここでは、LF EdgeのOpen HorizonをIBM Edge Application Managerに採用していることを示しながら、「エッジコンピューティングでは、エコシステムへの取り組みが重要になる。オープンテクノロジーを活用し、エコシステムを拡大することが、顧客の新たなビジネス創出に貢献する。日本でもこの取り組みを進めていくことになる」とした。

Single Open Architecture
共通アーキテクチャをEdgeまで
IBM Edge Application Manager

 さらにIBM Cloudの特徴として、「オープンイノベーション」、「セキュリティリーダーシップ」、「エンタープライズグレード」の3点を示したほか、ガートナーの調査では、AWS、Google Cloud、Microsoft Azureを抑えて、ユーザーから最高評価を得たことを紹介した。

 またThink Digital Event Experience において、IBM Cloud Satelliteを発表したことに触れ、「IBM Cloudのコンテナ管理基盤を通して、分散クラウド環境を一元管理できるマネージドサービスがIBM Cloud Satelliteである。IBMが推進しているハイブリッドクラウド/マルチクラウド戦略のひとつのサービスになる。運用管理機能が手元に集約され、あらゆるOpenShiftに展開でき、運用と開発のスピードを高めることができる。6月からベータ版を提供し、9月には正式版をリリースする」と述べている。

IBM Cloud
IBM Cloud Satellite

IBMの量子コンピュータの取り組み

 最後に登壇した日本IBM 執行役員 研究開発担当の森本典繁氏は、「量子コンピュータが拓く新世界」として、IBMの量子コンピュータの取り組みについて触れた。

 冒頭、新型コロナウイルスの感染拡大による危機に対応するために設立したHigh Performance Computing Consortiumにおいて、米IBMなど30社が参加し、400ペタフロップス以上のリソースを活用。新型コロナウイルスへの対策方法やワクチン開発など、50以上の研究プロジェクトが動いていることを紹介した。

日本IBM 執行役員 研究開発担当の森本典繁氏
High Performance Computing Consortiumの取り組み

 続けて、「指数関数的に複雑化する課題には、指数的にスケールする計算能力が必要になる」とし、「これまでのコンピュータは、ムーアの法則に示されたように18カ月で2倍の性能向上にとどまっており、その進化は物理的な限界に近づいてきた。だが量子ビットによって、新たな計算機のための基本単位を獲得することができる」と、量子コンピュータによる新たな進化について触れた。

 「量子の世界では、同時に複数のビット状態を表現でき、量子干渉や量子もつれといった量子力学のさまざまな効果に基づいた力によって、バラエティのある表現ができるようになる。量子重ね合わせにおいては、ひとつの量子ビットで2つの状態を同時に表現でき、5つの量子ビットでは32通りの状態、10量子ビットでは1024通りの状態、20量子ビットでは100万通り以上の状態を同時に表現できるようになる。これが指数関数的にスケールするベースになる。また、量子もつれにより、複数の量子ビットをお互いに関連させることで、さらにバラエティのある表現でき、圧倒的な演算能力を獲得できる。100量子ビットあれば、現在の地球上にあるすべてのコンピュータの原子に匹敵する」と述べた。

指数的に増加する、扱える問題の規模

 その上で、「量子ビットに意味のある演算をさせるために必要なのが、量子アルゴリズムである。これにより、量子ビットを初期化し、問題を当てはめて、答えを観測できる状態に持って行くことができる。そのために量子論理ゲートが用意されている。これは、古典コンピュータの論理ゲートに比べて数も種類も多く、よりリッチな表現ができる。すでに数多くの研究者がアルゴリズムを開発し、インターネット上に公開している。量子アプリケーションの研究者は、これらのアルゴリズムを組み合わせて、自分の問題を解決できる仕組みを構築することができる」とした。

 また、森本執行役員は、IBMの量子コンピュータ「Q」についても説明。量子チップはマイナス273℃から1000分の15℃だけ温かい15mk(ミリケルビン)に冷やされており、そのために大きな希釈冷凍機が必要であること、マイクロ波制御装置やマイクロ波発生装置が常温環境に置かれており、これがコンピュータから来た命令を受けて、マイクロ波に変換して、量子チップに届けられる仕組みなどを説明した。

 さらに、森本執行役員は、量子コンピュータの進化についても言及。「量子ビットの数やノイズの小ささをもとにした性能を評価する指標として、量子ボリュームというものを用いているが、IBMは2016年から毎年2倍ずつこれを向上させ、2020年1月に発表された量子ボリュームは32となった。IBMは、これから先も2倍あるいは2倍以上のペースで量子コンピュータの性能を向上させていく計画である。これを示すことは重要なことである。科学者たちがやろうとしている活動がどのタイミングでできるようになるのか、それによって社会にどんな影響を及ぼすことができるのかといったことを、この量子コンピュータの性能進化をもとに予測できるからである。新素材の発見や創薬などの化学分野における活用のほか、物流や工程などにおける最適化、機械学習やニューラルネットといった人工知能への応用、リスク解析などのシミュレーションなどでの利用に期待が集まっている」とする。

量子コンピュータの指数関数的進化

 また、2016年開発されたIBMの量子コンピュータ「Q」は、これまでに18台が稼働し、それをIBMが保有していること、稼働率が97%を超えていること、Q Networkへの登録ユーザーが23万人に達していること、実行演算回数が1800億回に達していること、Qを使って得られた知見は200本の科学技術論文などとして発表されていることも示した。

 このなかで森本執行役員は、104のQ Networkのパートナー数がいることにも触れながら、「2018年5月には、世界第1号のIBM Q産学連携ハブを慶應義塾大学に設立。さらに2019年末には、東京大学とも研究開発で合意した」と語り、「東京大学との協業では、日本に量子コンピュータの実機を配置し、量子コンピュータのハードウェア拠点を設置。産学連携研究センターを設置することが含まれている」とした。

IBM Quantum Computer
日本における量子コンピュータの研究パートナーシップ強化

そして、「数年前には遠い未来の技術だと思われていた量子コンピュータが、いま動作している。それを日本の研究者が、日本のパートナーとともに、実機に触れながら研究を進めていく環境が整いつつある。この研究成果が、人類が直面するさまざまな複雑な問題の解決に貢献することを期待している」と述べた。

 ちなみに、Think Digital Event Experienceにおいては、IBMリサーチのダリオ・ギルディレクターが、これまで外部に公開されていない、量子コンピュータの研究室内部の様子を紹介。同イベントサイトで映像が公開されているとした。