大河原克行のキーマンウォッチ

日本IBMが本当の意味で攻める年に――、山口明夫社長に聞く2021年の戦略

 日本IBMが変革を加速している。2019年5月に社長に就任した山口明夫社長は、「3+1」と呼ぶ方針を打ち出すなかで、デジタル変革の推進や人材育成などを積極的に推進。それとともに、新たな時代の顧客との関係を模索する一方、Red Hatの買収以降、OpenShiftベースを核としたプラットフォームフリーの提案に注力。これを「システムのダイバーシティ」と語る。そして、2021年末までに、マネージドインフラストラクチャーサービス部門を分社化する計画であり、「3年後のIT業界に求められる姿を実現する」と意気込む。

 日本IBMの山口明夫社長に話を聞いた。

日本IBMの山口明夫社長

新型コロナウイルス対策に率先して取り組む

――2020年は、日本IBMにとって、どんな1年でしたか。

 多くの方々がそうであったように、あらゆる場面で新型コロナウイルスの影響を受けた1年でした。さまざまな形で新型コロナウイルスへの対策を行い、そして、それによってさらに加速ししたDX(デジタルトランスフォーメーション)への対応が求められた1年だったといえます。

 日本IBMは2020年1月21日に、新型コロナウイルスの危機管理チームを社内で招集し、ほぼ毎日のように、全リーダーが集まり、感染状況を確認したり、お客さまの状況を報告したりといったことを行ってきました。1月31日には在宅勤務を奨励し、政府から方針が示された2月25日には、在宅勤務を強く推奨する警戒レベルを引き上げ、在宅勤務を基本とする体制へと移行しました。また6月18日には、その後の出社を想定して、社内にソーシャルディスタンスのための職場環境づくりを開始していきました。

 その一方で、お客さまやビジネスパートナーと一緒に取り組んでいるプロジェクトにおいては、日本IBMが長年蓄積してきたリモートワークのノウハウを活用しながら、リモートでできる仕事はリモートに移行し、現場でやらなくてはならないことについては、徹底した感染対策を行って業務を継続しました。

 また2020年4月の入社式は完全リモートで行ったり、5月には、お客さま向けイベントの「Think Digital Japan」を完全オンラインで開催したりといったことにも、いち早く取り組みました。完全オンラインイベントにしたことで、何倍もの多くの方々に参加をしていただけたり、これまで参加できなかった地方の方々や、学生などにも参加していただけたりというメリットもあり、IBMのことをより理解していいただくチャンスになったと思っています。

さまざまなイベントがオンライン化されたが、日本IBMからの発信は増えたという

 入社式もオンライン化したことで、これまでのようにフェイストゥフェイスで会うことができないという課題はありましたが、その一方で、新入社員の家族が参加することができ、親御さんも、子供がどんな会社に入るのか、就職した会社の社長がどんな人かということもわかってもらえたのではないでしようか(笑)。

2020年4月に完全オンラインで開催された入社式

 一方米IBMでは、世界最高クラスの性能を誇るスーパーコンピュータ「Summit」を活用して、世界各国における新型コロナウイルスとの戦いを支援しました。ここでは、研究者がSummitを利用して、わずか数日で8000種類もの化合物に対してシミュレーションを行い、新型コロナウイルスの宿主細胞に取りつき、感染する能力を弱める可能性がある薬剤や天然化合物など、77の低分子化合物を発見することに成功するなど、多くの成果が生まれています。

――日本IBMは、テレワークやリモートワークという言葉がない30年以上前から、リモートワークに取り組んできたわけですが、コロナ禍での変化はありましたか。

 在宅勤務の導入やリモートオフィスの活用は、ずっと行っていましたし、それにあわせた制度なども導入していましたから、なにかを大きく変更するということはありませんでした。ただ経験したことがなかったのは、小学校や中学校が閉鎖されるということでした。この時は社内がちょっとざわつきましたね(笑)。子供が家にいると仕事に集中できないと感じた社員も多かったようです。そこで3月20日から、特別有給休暇を導入するなどの新たな取り組みも行いました。

――2020年8月に完全オンラインで開催した「IBM Family Day 2020」では、参加した子供たちに山口社長がかけた言葉に驚きました。「お父さんやお母さんが、家の中でPCを使って仕事をしていることが気になったら、PCの横からのぞいて見て、どんな会議をしているのか、どんな話をしているのかを聞いてみよう。ちょっと顔を出して会議に出てくれたらうれしいと思う」と呼びかけ、子供たちが会議にサプライズ参加を歓迎しましたよね。

 1時間の会議のなかで、30秒や1分ぐらい、子供たちが会議に入ってきてもいいじゃないですか(笑)。参加している別の社員も、「君のお父さん、がんばっているよ」などと声をかけてくれますしね(笑)。こういうことは、むしろオンラインのメリットだといえます。また若い社員の場合には、自分の子供が働いている姿を、家にいる両親が見る機会が生まれたのではないでしょうか。

腰を据えたDXに対応し、信頼されるパートナーに

――山口社長は2020年の方針として「信頼に基づく挑戦」を打ち出し、「お客さまの最も信頼されるパートナーとなる」ことを目指してきました。コロナ禍において、その目標は達成できたと考えていますか。

 日本IBMが信頼いただけているかどうかは、私たちが判断するものでもありませんし、それはわからないですね。ただ、みずほフィナンシャルグループと一緒に、システム運用業務を担うMIデジタルサービス(MIDS)を2020年7月に合弁で発足したり、JTBとは2021年4月にJTB情報システムの合弁会社化する予定だったり、お客さまと一緒に行う仕事が広がったり、深くなったりしています。信頼をいただけないとこうした話は出てきませんから、こうしたお話をいただけることはとてもありがたく思っています。

 2019年5月に社長に就任した際には、「3+1」という表現で、「デジタル変革の推進」、「先進テクノロジーによる新規ビジネスの共創」、「IT、AI人財の育成」、そして、「信頼性と透明性の確保」に取り組むことをお約束しました。

 社内向けには、これに加えて、「社員が輝ける働く環境の実現」、「社会貢献の推進」という2つの取り組みを加えて発信しています。

山口社長が取り組む「3+1」

 2019年5月に、この大枠を作ったのですが、1年半以上を経過して、そのなかでなにができていて、なにができていないかということが明確になってきました。

 例えば、デジタル変革については、その内容がとてもクリアになってきたと思っています。1年半前には、異業種からの市場参入に対抗するためにはどうすべきか、新たな事業を創出するにはどうするのか、そのためにDXをやるにはどうしたらいいのかといったように、DXに焦りを感じていた企業が多く、いわば「ホラーストーリー」のようにとらえられがちでした。「2025年の崖」や、特定製品のサポートが切れるということも、DXに対する焦りを感じさせるものになっていたかもしれません。

 ただ、ここにきて、そうした焦りが減ってきたような感じを受けます。DXというひとつの枠でとらえるのでなく、新たなテクノロジーを活用するものはどれか、外に置くものや中に置くものはどうするか、AIはどう活用していくのか、そして、新たなシステムを活用した上で、それをどうビジネスを変えていくかといったように、腰を据えてDXに取り組む企業が増え、DXの本質が浸透してきたように感じます。

 それをやるためには、従来のシステム構築のようにIT部門にすべてを任せるのではなく、経営者も一緒になってやらなくてはならないこと、あるいはIT企業をパートナーとしてとらえ、一緒にやっていくべきだということを理解する人たちが増えています。

 1年半前には、とにかくDXをしなくてはならないという恐怖感が先行していたものが、日本全体でDXに対する認識が変わり、なにがDXであるのかということが明確になってきた。やるべきことがだいぶ整理されたし、お客さまも、私たちも、落ち着きを持って(笑)、DXに取り組めるようになったといえます。

 コロナ禍で、デジタルに対する意識も大きく変化しました。これまでは、なにをデジタルにするかといった発想だったものが、これからはデジタルが前提となり、そのなかでなにをノンデジタルとして残すのかを選択する時代になってきました。

 例えば営業活動ひとつをとっても、これまでは、お客さまのもとにお邪魔して対面で行うのが当たり前でした。海外と結ぶ時など、どうしても仕方がない場合はオンラインを活用していたにすぎませんでした。

 しかし、いまはオンラインが前提です。どうしてもお会いした方がいい、という時だけお邪魔するということになっています。システム開発のやり方も、200人、300人が1カ所に集まるのではなく、リモートでつながって開発をすることが前提となっています。ニアショアやオフショアという考え方もなくなってきましたね。

 名古屋のプロジェクトに参加していたエンジニアは、一日かけて名古屋に出張していたものが、いまではデジタルの力を使って、1時間ごとに名古屋、大阪、札幌、福岡にプロジェクトに参加できる。距離という概念がなくなり、4人でやっていた仕事が1人でできるようになり、能力のあるエンジニアが活躍できる場が増えたといえます。

 このように、デジタルとノンデジタルの逆転現象が起こり、それが世界中で起こっている。生活の仕方も、ネットで購入するということが前提になった家庭が増えたり、仕事の仕方もリモートワークが前提となり、どうしても出社しなくてはならない時だけ出社するという働き方が増えたりしています。これまでにも、フィジカルとバーチャルの世界のハイブリッド化は進んでいました。そのハイブリッド環境を、フィジカルの方向から見るのか、バーチャルの方向から見るのかといったことが大きく変化した1年だったといえます。それが、未来の世界ではなく、いまの世界の現実です。

――腰を据えて取り組んだDXとしては、どんな事例がありますか。

 あいおいニッセイ同和損害保険では、交通事故が発生した際に、これまでのクルマの状態や運転履歴といったデータを活用したり、すぐに連絡が取れるサービスを用意したり、画像診断AIを使って過失割合の自動判定を行い、保険金支払いまでの期間の迅速化につなげたり、という例があります。

 JFEスチールでは、製鉄設備のメンテナンス業務にAI手法を導入し、データを活用してデジタルツインによって効率性を高めるといった例があります。

 そのほか、プロトタイプの開発に経営者が入って、短時間に新たなサービスを作りあげるという例も出ています。モダナイゼーションやマイグレーションがDXではなく、ましてやそれだけでは企業価値を上げられないという認識に変わってきたことを感じます。

――日本IBMは、その変化に対応できる体制を敷くことができていますか。

 この変化は、どんどん進んでいきますし、そのためには私たちのスキルも上げていかなくてはなりません。お客さまと、ITベンダーやシステムインテグレータとの関係は、いい意味で変わり、進化を遂げていくことになります。

 これまでは、ユーザー部門の要望を受けてIT部門がそれをシステムとして構築し、私たちはIT部門を支援するという形だったわけです。しかしDXの世界では、ユーザー部門、IT部門、経営層、そして、私たちが共創することが普通になり、関係性が大きく変わります。こうしたことがあちこちでおきています。

 この変化は劇的です。お客さまもスキルを高め、組織を活性化し、それによって強くならなくてはいけないということを理解し始めています。私たちもしっかりと入り込んで一緒に挑戦をしていく。まさに「共に創る」という言葉通りの取り組みが始まっています。

 日本IBMは、これを「得意技」であると言われるようにしていきたい。新たなことへの挑戦では、苦労してきた部分もありますが、共創するパートナーであり、信頼される存在であるということが、少しずつ理解されているのはうれしいことですね。いずれにしろ、従来の延長線上の進化のままではいけません。

 日本IBM自身が大きく変わっていかないと、流れから取り残され、役に立たない会社になってしまうだけです。そうした危機感を持っています。

IT人材の育成にも手応え

――「3+1」のなかで掲げた「IT、AI人財の育成」では、営業部門を含む日本IBMのすべての社員が、開発およびデータの解析スキルを身につけるための教育を行うことも話題になりました。この進捗はどうですか。

 日本IBMの社員であれば、SEも営業もテクノロジーの会話ができ、お客さまが変革を実感できるような提案を行ったり、プロジェクトを一緒になって推進できるようになったりすることを目指しています。営業は営業、SEとはSEというような従来のような役割分担はなくなり、すべての社員がお客さまと一緒になって取り組む、まさに「全員野球」の姿になっています。

 そうした姿に向けて、日本IBMは、コロナ禍においてもオンラインを活用して、継続的に人材教育を進めています。むしろ、2020年は社員に対する教育時間は大幅に増加したといえます。移動時間が減りましたし、オンラインでいつでも受講できることから、社員が率先してスキルアップに取り組む機会が増えましたし、社員同士が、ランチタイムを利用したざっくばらんなオンラインセッションを自主的に開催したりといったように、アイデアを出し合いながら、スキル向上に向けた取り組みが行われています。IBM Garageにもバーチャルで参加し、アイデアを創出し、新たなビジネス機会の発掘などに取り組む社員もいます。

 また、地方拠点の社員も距離を感じることなく参加できますし、社員が楽しそうに学んでいることが伝わってきます。私もエンジニア出身ですが、量子コンピュータをテーマにしたセッションの様子などを見ていると、社員に負けてはいられないという感じになりますよ(笑)

 また、教育は社内だけを対象にしたものではなく、パートナーやお客さま、学生までをとらえたものになります。この点に関しても多くのプログラムを用意し、受講していだたけるようにしています。その点でも成果が上がっています。

Red Hat買収効果で「システムのダイバーシティ」が進展

――2019年7月のRed Hatの買収完了から約1年半を経過していますが、ここではどんな変化がありましたか。

 OpenShiftベースの開発が圧倒的に増えました。正直なところ、買収が発表された時には私もびっくりしましたが、その成果は想定以上のものです。プラットフォームフリーの世界を作ることができ、コンテナに対するニーズにもしっかりと応えることができたといえます。DX=クラウド、DX=AIといった限定された認識がなくなり、既存システムとの親和性や、企業のデータを最大限活用することの大切さ、アプリケーションを迅速に、高い品質で作ることが大切であり、プラットフォームに縛られない環境で動かすことが必要であるという認識が広がるなかで、OpenShiftに対する期待が高まっています。

 私は、「システムのダイバーシティ」という表現をしているのですが、さまざまな人たちが集まることで、お互いの価値を認め合い、新たなことをつく上げることができるように、システムもオンプレミスの良さ、クラウドの良さがあり、適材適所でテクノロジーの力を発揮できた方が、メリットが生まれやすいと感じています。クラウドを使ってみて、オンプレミスの良さがあらためて理解できるという部分もあるわけです。

 またプラットフォーム同士が接続し、その上をデータがうまく流れるようになることでのメリットが広く理解されはじめています。データを積極的に活用する機運が生まれ、認識が高まるなかでOpenShiftのメリットが理解されてきたといえます。

 OpenShiftによって、日本IBMの提案の幅が広がったのは明らかです。また、Red Hatは独立した会社ですが、Red Hatのオープンな社風に触れたことで、IBMのなかに新たな風が吹いてきたということも感じます。

OpenShiftをベースにしたIBM Cloud Pakがプラットフォームフリーを実現する

 一方で、2020年には、「デジタルサービス・プラットフォーム(DSP)」も発表しましたが、これも、「システムのダイバーシティ」の実現においては大きな効果を発揮しています。

――DSPでは、どんな成果が出ていますか。

 DSPはRed Hat OpenShift上で開発しているため、「一度作ればどこでも実行できる(Build once and run anywhere)」環境を実現し、オンプレミスやパブリッククラウドなどのあらゆるシステム基盤で稼働し、さらに、DSPをユーザー企業やソリューション企業にも開放することで、自由な競争のなかで金融アプリケーションの相互利用を促すことができます。

 まずは金融サービス向けに提供を開始しています。基幹システムとFintechの新たなシステムを連携し、データを連携させようとすると、テスト作業ひとつをとっても大変なことでしたが、DSPでは、アダプタをプラットフォームのなかに置き、認証などの共通部分を用意してこれを活用することで、連携を容易にしています。

 DSPを発表して以降、地方銀行などでも積極的に使っていただいています。今後は、金融サービス以外の領域にも幅を広げていく予定です。これも、「システムのダイバーシティ」の実現につながるものになります。

 2021年は、デジタル庁の動きが本格化しますが、これも横のシステム連携が重要なポイントになります。政府や地方自治体、企業など、日本全体においてデータを活用したり、プラットフォームを連携したりといった新たなITアーキテクチャの考え方が定着していく1年になると考えています。

金融サービス向けDSP

――IBM Cloudに対する期待はどう変化していますか。

 2020年において、IBM Cloudは2けた成長を遂げました。大手企業では、システム運用におけるセキュリティ対策や、運用に関するレギュレーションという点で、高い水準のものが要求されますが、クラウド環境でもそれを実装できるのがIBM Cloudであるということが評価されたり、他社パブリッククラウドサービスやオンプレミスとの連携という点でも評価されており、AWS(Amazon Web Services)やMicrosoft Azure、GCP(Google Cloud Platform)との差が明確になってきたともいえます。ハイブリッドのニーズが前提となるなかで、IBM Cloudの特長が生かしやすい環境が整ってきたともいえます。

IBM Cloudの強み

分社化がもたらすメリットはなにか?

――2020年4月に、米IBMの経営体制が変わりました。技術畑出身のアービンド・クリシュナCEOと、Red HatのCEOだったジェームス・ホワイトハースト社長の体制になって、IBMになにか変化は生じましたか。

 ひとことでいえば、すごい勢いでテクノロジーフォーカスの企業へと変化しました。IBM自らがテクノロジーを活用してもっと変革をしないと、世の中のITの進化や企業の発展に貢献できないという考え方がより強くなりました。しかし、これはテクノロジーを売る会社になるということではありません。テクノロジーを活用して、お客さまの変革に一緒に取り組んでいくことを考える会社を目指しています。そして今後、データが爆発的に増加するなかで威力を発揮するのが量子コンピュータであり、そうした新たなテクノロジーに対しても、継続的に投資を進めています。

クリシュナCEO体制となりテクノロジーフォーカスが進展した

――IBMは、2021年末までを目標に、グローバルテクノロジーサービス(GTS)事業のマネージドインフラストラクチャーサービス部門を分社化し、IBMと新会社による2社体制となります。これは、お客さま、ビジネスパートナーにどんな価値を提供することになりますか。

 新たに必要とされるインテグレータの姿を実現するのが新会社となります。従来のSIとは異なり、新たな形のDXを推進し、エンドトゥエンドでのサービスを提供することになります。新会社は、これまでのIBMの枠にはとらわれず、もっと広く、さまざまな企業と連携し、お客さまをサポートすることになります。

 いまや、IBMのシステムだけですべてを運用しているというお客さまはいません。そして、システムだけにとどまらず、あらゆるものがつながり始めています。IoT、5G、AIなどのほか、クルマをはじめとして、あらゆるものが世界規模、地球規模でつながり、それを運用、管理しなくてはなりません。

 IBMは、まずはOpenShiftによって、アプリケーションがどんなプラットフォームでも動くという状況を作りました。その次のステップとして、プラットフォームがつながり、インフラ全体をマネージするために、新たな会社を設立することになります。

――新会社は、日本IBMとは連結対象外となり、ホールディングカンパニーも置かないという形になります。マネージドサービス事業が抜けた日本IBMという会社を見た場合、売り上げ規模が7000億円規模にまで縮小する可能性があります。また、お客さまとの接点が減ったり、接し方の深みが薄くなる可能性はありませんか。

 大切なのは、分社化しても日本IBMのお客さまの数が減るということではないという点です。また、GBS(グローバルビジネスサービス)部門が、日本IBMのなかに残りますから、デジタル変革を推進する役割は日本IBMのなかにあり、それは変わりません。さらに、日本IBMは新会社に製品を提供し、DXの業務変革、データの活用といった提案を行います。

 そして、必要なところは2社の強固なパートナーシップで、いままで以上の価値を提供できる体制を敷くことができるという点です。日本IBMは、AIやDXでは2けた成長を遂げており、高い利益率を維持しています。一方で、インフラの運用、保守は、そのままでは売り上げが減少していくだけです。

 新会社は、カバーする範囲を広げるとともに、付加価値によって利益率を高めることになります。また、両社とも、世の中の変化にあわせて、オンラインを活用したアプローチへと変わりますから、お客さまとの接点は減らず、むしろ、増えることになると思っています。

――分社化の理由や背景はなんでしょうか。

 これからは、お客さまのIT部門やIT子会社の位置づけが大きく変わると思っています。ITやインフラを管理し、効率化や自動化のためのアプリケーションを開発するといった役割だったものが、DXが進展するなかで、ビジネスアイデアを、アプリケーションに反映し、これを次々と開発をしていくという役割が増えます。アイデアがどんどん集まり、アプリケーションをどんどん開発していくという役割を担うのが、IT部門の新たな仕事になる可能性があります。その代わりに、インフラのマネージはIT部門の仕事から外れていくことになり、そこには、一気通貫で上から下までサポートしてくれるパートナーが必要になります。そうした次の変化をとらえたことが分社化の背景にあります。

――分社化において、懸念していることはありますか。

 日本のお客さまのいまの要望と、米国や中国、インドといった海外のお客さまの要望には、まだギャップがあります。今回の新たな体制を説明すると、いまから3年後、5年後を見たら、誰もが正しいといいます。

 しかし、日本のお客さまの多くは、いま時点では疑問に思っていることが多い。いや、もう少し正確にいうと、3年後の姿を理解している経営者は多く、そこに大きなギャップはないのですが、IT部門などでは、まだ見方や考え方にギャップがあります。こうした将来に対する疑問や不安を、われわれがしっかりと払拭し、伝えられるかが重要です。

 海外のお客さまは、プラットフォームはわれわれに任せて、自分たちは次々と戦略的なものをつくり、データを活用して、攻め始めています。これがどんどん進んでいったら、日本の企業の競争力はどうなるのかが心配です。日本の企業において、DXに対する関心が高まり、お客さまが新たなビジネスモデルを模索し、ビジネスアイデアをアプリケーションに落とし込んで、攻めて行くケースが出てきています。コロナ禍でそうした動きが顕在化してきたことも感じます。この動きを、次のステップへとつなげていくためのご支援をしたいですね。

――これは、日本IBMにとって、これまでの御用聞きモデルからの脱却といえますか。

 うちは御用聞きモデルをしていたつもりはないですが、お客さまとIT企業の関係がいい意味で変わるのは明らかです。共創し、戦略を一緒に実行していくバートナーに変わることになります。なんでもかんでも言われたとおりにやるというのではなく、お客さまも強くなり、われわれも強くなり、世界のなかで戦える企業になる。

 中国やインドの企業は、半端ないほどのスピードでビジネスを進めています。これまでのお付き合いの仕方や、このままのビジネススタイルでやっていると、世界のなかで、日本だけが取り残さる可能性があるという危機感があります。

 お客さまのなかには、リスクを感じたり、IBMだけが、まったく別のことを言っているのではなかと思ったりしているケースもあるかもしれません。いま、日本の企業が打ち出している戦略や要望とは、違う戦略であると認識されている場合があるかもしれません。しかし、いまから3年後に、この方向で攻めてよかったと、お客さまに思ってもらえるようしたいと、私は思っています。

――分社化した新会社の設立は、米国本社と日本IBMの動きに時間差はあるのですか。

 時間差はありません。一斉にやります。プラットフォームは待ってくれません。日本の企業が負けないためにも、同時にやらなくてはいけないと思っています。日本の企業のITシステムは素晴らしい。だが、次の世界をとらえた時に、データがうまく流れないアーキテクチャになっている部分が多々見受けられます。日本の企業には、スキルを持った優秀な人材がおり、そうした人たちがもっと能力を発揮できる環境づくりを支援したいですね。

――山口社長は昨年来、「枠を超えて、テクノロジーで実現する世界」と題した資料を使っていますね。分社化した時には、これを書き換える必要がありますか。

 製品を提供する部分は日本IBMであり、運用、保守の部分の運用のところが、新たな会社になります。ですから、この図を大きく変えることはないと思います。「枠を超える」ということは、今後、あらゆる場面で大切になってくると思っています。2020年は、社員に対して、「あらゆる枠を超える」という意識を徹底しました。私は、これが、日本IBMにおれける2020年の流行語大賞だと勝手にいっているのですが(笑)、この姿勢は、これからも大切だと思っています。

「枠を超えて、テクノロジーで実現する世界」と題した資料

進むべき方向の霧が晴れた2021年

――2021年は日本IBMにとってどんな1年になりますか。

 いま、日本IBMの進むべき方向が整理され、その先が見えている状況にあります。OpenShiftを活用する意味も明確であり、DXがバズワードではなくなり、多くのお客さまでDXを推進する明確な目的が明らかになってきています。社会において、フィジカルとバーチャルが逆転し、共創してモノをつくることができる環境も整ってきた。量子コンピュータも2021年はより実用化の流れに入ってくるでしょう。

 そして、マネージドインフラストラクチャーサービス部門を分社化し、日本IBMと新会社による2社体制となる理由も明確です。データの活用を促進し、あらゆるものがつながったインフラを運用することができる。これからの方向に向けた土台ができ、やることが明確になり、目の前の霧が晴れた状態にあるのが、いまの日本IBMです。模索していた段階から、実践する年であり、実現する年であり、挑戦する年になります。

 日本IBMが本当の意味で攻める年、本当の意味で出発点となる年だと考えています。