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日本IBM・山口明夫社長、DXに向けた取り組みの進展を説明

金融業界向けのデジタル変革推進ソリューションも発表

 日本アイ・ビー・エム株式会社(以下、日本IBM)の山口明夫社長は16日、オンラインで会見を行い、同社のデジタルトランスフォーメーション(DX)に向けた取り組みと、金融業界向けのデジタル変革推進ソリューションについて説明した。なお今回の会見には、2019年5月に山口社長が就任してから、1年間の取り組みを総括する意味も含まれている。

日本IBM 代表取締役社長の山口明夫氏

アップデートされた「3+1+2」の重点施策

 冒頭、山口社長は2019年6月に行った社長会見において、デジタル変革の第2章に入りつつあるとを指摘したことに触れながら、「いまから1年前に、基幹システムに対するAIやクラウドの適用が本格的に始まるのが第2章であり、その先には社会の在り方が大きな変わっていくだろうと話した。だがその時点では、新型コロナウイルスによって、これほど大きく世の中が変わるとは思っていなかった」と、この1年を振り返る。

デジタル変革の第1章、第2章、その先へ

 そして、「日本IBMのグループビジョンとして、『最先端のテクノロジーと創造性をもって、お客さまとともに、仲間とともに、社会とともに、あらゆる枠を超えて、より良い未来づくりに取り組む企業グループ』を掲げ、そのなかでも、特に『あらゆる枠を超えて』というところに私の思いを込めた。いまは日本IBMだけでなく、グローバルのIBMと一緒に、あるいは日本のIT企業とともに、お客さまと一緒に、大学などと一緒になってチャレンジをしていくときであることを示した」と話す。

 さらに「社内には、組織の壁を取り払い、必要とされるサービスを顧客の観点で提供しなくてはならないことを1年間かけて訴え続けてきた。ずいぶん変わってきたが、まだまだ変わらなくてはならない。今後も継続的に、社内には同じ話をしていくつもりだ」などと切り出した。

 山口社長が就任ととともに打ち出したのが、「3+1」と呼ぶ重点施策である。

 「デジタル変革の推進」「先進テクノロジーによる新規ビジネス」「IT・AI人財の育成」といった3つの施策に、AIの倫理観などを含む「信頼性と透明性の確保」を、日本IBMが行うべきこととして定義。それぞれの領域においてさまざまな取り組みを展開してきた。

 今回の会見では、これに社内向けとする「社員が輝ける働く環境の実現」、「社会貢献の推進」という2つの施策を加えて説明。これを「3+1+2」と表現した。

日本IBMのビジョンと重点施策

 「デジタル変革の推進」では、「日本の企業は、新型コロナウイルスによって、3年後、5年後に実施しようとしていたデジタル変革を、いま実施しなくてはならなくなった。いままで以上にお客さまに寄り添うことが大切になっている」とし、Red Hatとの協業を加速していること、IBM Open Cloud CenterやIBM AI Centerを設置したことなどを紹介。

 「日本IBMが、本気でオープンソースや、コンテナでのシステム開発、運用の世界に入ってきたことをお客さまに感じてもらっている。また新たな環境下において、多くの企業が中期経営計画を見直さなくてはならない状況にあり、そこには先進テクノロジーが不可欠になっている。経営陣と日本IBMが課題を共有し、支援するためのデジタル変革パートナーシップ包括サービスも用意したが、これも好評である。さらに、業界向けサービスやソリューションの推進も行った」などと、デジタル変革支援の取り組みを説明した。

デジタル変革の推進

 「先進テクノロジーによる新規ビジネス」については、顧客とのパートナーシップの観点から説明。半導体製造装置の高度化におけるパナソニックとの協業のほか、東京大学とのCDE(Cognitive Designing Excellence)の設立、山形大学とナスカの地上絵の新たな発見における協業、量子コンピュータにおける慶應技術大学や東京大学との共創などに触れた。

 なお、東京大学には、米国以外では初めてとなる同社の量子コンピュータを2台設置する予定だが、「新型コロナウイルスの影響で部品調達などの問題が発生しており、若干遅れる可能性がある」と述べた。

先進テクノロジーによる新規ビジネスの共創

 「IT・AI人財の育成」に関しては、日本IBMの営業部門全社員を対象にクラウドネイティブ開発研修、データサイエンティスト研修を実施。「お客さまにAIやクラウドの重要性を提案するには、日本IBMの社員全員が身をもってそれを知るべきであるという狙いから実施している」と述べた。

 また、日本IBMへの出向を含む企業向けのスキルアップ研修、大学生などを対象にした未来のIT人財育成について触れ、「学生を対象に、量子コンピュータに関するキャンプを行った。私は量子コンピュータというと特別な存在に感じてしまうが、学生たちは新たなツールが手に入ったという程度にしか感じていない。それを使いこなしている。こうした学生に投資をすることで、日本や世界の未来は明るくなると確信した。これからも積極化したい」と語った。

IT・AI人財の育成

 「+1」となる「信頼性と透明性の確保」では、DFFT(信頼ある自由なデータ流通)に関する提言や、データの所有権は作った人やもともとの所有者に帰属し、IBMはそれを所有しないこと、あらゆる差別の撤廃を支援し、そのひとつとして、汎用的な顔認証技術の開発や提供を中止したことに言及した。「IBMは、平等、倫理に対する思いが強い企業である。こうした声明をしっかり出すカルチャーを持っているのがIBMの特徴だといえる」と述べている。

信頼性と透明性の確保
信頼性と透明性の確保に関するIBMの基本理念

 一方、社内向けとする「社員が輝ける働く環境の実現」や「社会貢献の推進」については、女性社員が最も活躍できる企業としてナンバーワンになったこと、障がい者向けインターンプログラム「Access Blue」を実施していること、箱崎の本社施設内で学童保育を実施していることなどを紹介。さらに、新型コロナウイルス感染症への対応として、研究支援コンソーシアムの設立や、特許の無償公開を行っていることも示した。

 「新たな環境においては、自宅で仕事をしながら、子育てをする仕組みをもっと考えなくてはならないと思っている。また、個人的には、もっとテクノロジーを活用したり、量子コンピュータを活用できたりしていたら、新型コロナウイルスの感染拡大を防止できたかもしれないとも思う。IBMは、社会や人類に貢献できることがもっとあるかもしれない」などと述べた。

社員が輝ける働く環境の実現
社会貢献の推進

 このほか、ニューノーマルの世界における日本IBMの取り組みについても説明。「日本IBM自身も新たな経営戦略の策定が必要であり、自らを大きく変えようとしている。リアルとデジタルのバランス、グローバル最適化の体制を変え、ローカルのバランスをどうとるか、人とAIのバランスの取り方などを検討している」と発言。

 また、デジタル技術を最大限活用して、迅速に取り組むべき7つの経営分野として、「リモートワークの促進」「顧客とのバーチャルな接点の構築」「事業継続性の強化」、「俊敏性と効率化の促進」「サイバーセキュリティリスクへの対処」「コスト削減とサプライチェーン継続性の確保」「医療や行政サービス現場への支援」を挙げ、「外的ショックが発生したときに耐えられないビジネスプロセスが社内にはたくさんある。日本IBM社内で検証したところ、オンサイトでしかできない業務が約140もあった。すべてリモートでできるように変えているところだ。企業はAIやデジタルを活用して、もっと機敏性も高めなくてはならない」などとした。

ニューノーマルに向けて必要な対応

 最後に山口社長は、「まだ完璧ではない」としながら、「枠を超えて、テクノロジーで実現する世界」というタイトルのスライドを初めて披露。「日本IBMは、いろいろな製品を出しているが、戦略がわかりにくいと言われる。それを示すために作ってみた。日本IBMが発表するものはこのなかに含まれている。日本IBMがどこに力を入れて、なにをしようとしているのかがわかる」などとした。

金融サービス向け「オープンソーシング戦略フレームワーク」を発表

 一方、日本IBMでは、金融サービス向け「オープンソーシング戦略フレームワーク」を発表した。山口社長は「攻めの金融機関に変革するためのフレーワーク」と位置づける。

 同フレームワークは、日本IBMや金融機関、Fintech企業が開発および利用するアプリケーションやサービスによる「フロントサービス」、金融機関向けオープンプラットフォームを提供する「デジタルサービス」、基幹系の簡素化や再配置を行う「ビジネスサービス」、セキュリティ要件などを満たした「金融サービス向けパブリッククラウド」、金融機関の働き方を、デジタルを活用して変革を支援する「新しい働き方の実践と人材育成、コミュニティ」の5つのコンポーネントで構成する。

金融サービス向け「オープンソーシング戦略フレームワーク」

 中核となるのがデジタルサービスで提供されるDSP(IBM Digital Services Platform for Financial Services)であり、オープンソーシング戦略フレームワークを推進するための第1弾とする。

 DSPは、業界共通サービスを金融サービス向けクラウドであり、オープンかつ安定的に提供するソリューション。業務マイクロサービス、基幹系連携機能、DSP基盤の3つで構成する。

 業務マイクロサービスは、認証や諸届、口座照会、振替、資金移動といったサービスを実行するための共通サービス部品で、2020年5月時点で81種類のAPIが利用可能であり、2020年内には147種類、2021年3月までに181種類に増やす予定だ。これらの業務マイクロサービスは、基幹系連携機能を利用することにより、基幹系システムを意識せずにプラグインの方法で新たな業務を迅速かつ柔軟に開発できる。

 また、DSPはRed Hat OpenShift上で開発しているため、「一度作ればどこでも実行できる(Build once and run anywhere)」環境を実現し、オンプレミスやパブリッククラウドなどのあらゆるシステム基盤で稼働。さらに、DSPをユーザー企業やソリューション企業にも開放することで、自由な競争のなかで金融アプリケーションの相互利用を促していくという。

金融サービス向けDSP

 山口社長は、「デジタルサービスでは、認証をはじめとした共通業務を提供する業務マイクロサービスを用意するとともに、基幹系連携を行うBack Adapterにより、勘定系や基幹系を更新せずにデジタルアプリケーションを利用できる環境が実現できる。これにより開発コストは40%削減、開発期間は30%削減できる。すでにいくつかの金融機関で、デジタルサービスを活用してアプリケーションを開発している。また、DSP基盤によりセキュアな高可用性クラウド基盤を提供できる。こうしたプラットフォームを提供することが、金融機関にとっては最大のメリットをもたらす」と説明した。

 一方、「金融機関向けのパブリッククラウドについては、米IBMと日本IBMが共同で取り組んでいる。4月1日付で、バンク・オブ・アメリカのCTOが、パブリッククラウドのリーダーに就任している。金融機関がなにを求めているのか、どんな要件が必要であるかを理解している人物だ。今後、金融機関に対して堅牢なパブリッククラウドを提供できる。日本IBMは多くの金融機関の基幹システムを担当してきた知識、経験がある。金融機関のデジタル変革を加速し、安定したサービスを実現することができる」などとした。

 加えて山口社長は、オープンソーシング戦略フレームワークを、保険やノンバンクなどにも展開。「製造業や小売りなど、さまざまな業界に展開していくことになる」と述べた。