大河原克行のキーマンウォッチ

テクノロジーを活用した共創パートナーモデルへ――、山口明夫社長が目指す2022年の日本IBM

 2022年の日本IBMは、「テクノロジーを活用した共創パートナーモデル」を目指す1年になる。

 2021年秋にマネージドインフラストラクチャーサービス事業を切り出し、キンドリル(Kyndryl)として分社化。それにあわせて、コンサルティング、テクノロジーを軸にした営業体制に刷新するなど、大胆な改革に乗り出している。言い換えれば、2022年は日本IBMの強みを再定義する1年にもなりそうだ。

 さらにIBM Cloudの位置づけを変えたほか、量子コンピュータを活用した新たな提案にも積極的に乗り出す姿勢をみせる。

 日本IBMの山口明夫社長に、2022年のビジネス戦略について聞いた。

日本IBM本社

営業の体制を一気に変更する

――2021年は、日本IBMにとっては大きな変化の1年でしたね。

 コロナ禍において感染者数が増減するなかで、お客さまやパートナー、日本IBMの社員が、数々のプロジェクトを推進しながらも、新たな仕事のスタイルを導入しつつ、安全に、健康に取り組むことができる環境の提案に力を注ぎました。これは日本IBMにとって、1年を通じて重要な取り組みであり、これからも続けていくことになります。

 そして、なんといっても、キンドリルの分社化という大きな出来事がありました。キンドリルは、IBMのマネージドインフラストラクチャーサービス事業を分社化し、水平方向のプラットフォームの提供と運用を支援する役割を担います。日本IBMはその上で、OpenShiftをベースにしたアプリケーションを開発するプラットフォームフリーの状況を作ることができ、AIなどのテクノロジーを活用した提案や、DXに関わるコンサルティングなどを担当することになります。

日本IBMの山口明夫社長

――キンドリルが分社化したことで、日本IBMにはどんな変化が起こりましたか。

 日本IBMが新たに目指す姿は、「テクノロジーを活用した共創パートナーモデル」となります。それによって、あらゆるものを変化させていきます。例えば、日本IBMは2021年に営業体制を大きく変更しました。それまでの営業体制は、1990年代半ばに日本IBMが取り扱う製品が大幅に増加したときに構築した仕組みであり、ハードウェアやソフトウェアの製品ごとに担当を置き、SIerとしてお客さまの課題を解決したり、アウトソーシングによって業務を支援したりといったビジネスを行ってきました。これを一気に変更し、社員全員がお客さま担当、社員全員がスペシャリティを持つという方向にシフトしました。

 これからの日本IBMには、従来型の営業担当者はほとんどいなくなります。その代わりに、テクノロジー営業と呼ばれる人たちが増え、テクノロジーと、それをサポートするエンジニアが中心となり、人とテクノロジーで新たな未来を創っていくことになります。これが、これからの日本IBMの体制です。以前は、コンサルティング、ハードウェア、ソフトウェア、それらを全部見る担当営業という形でしたが、その体制は、IT部門だけが窓口になっている時代であればよかった。日本IBMの役割は、IT部門にソフトウェアを売って、SIを提供し、アウトソーシングを受注すればいいからです。

 だが、お客さまのなかにITが広がっていくと、IT部門だけをカバーしている体制だけでは難しくなります。いまは、あらゆる部門がテクノロジーを活用し、変革に取り組んでいます。このように、お客さまのITの形態が変化すると、お客さまやパートナーと一緒に作り上げる共創モデルがより重要視され、これまでの1対1の関係ではなく、N対Nの関係が前提となります。

 そうした変化をとらえて、日本IBMは、テクノロジーを活用することでトランスフォーメーションを支援する「テクノロジーを活用した共創パートナーモデル」へと変革することにしました。

 これは、従来のハードウェアやソフトウェア製品の販売モデル、SIモデル、アウトソーシングモデルとは異なるものであり、それに向けて社員をリスキルしたり、フォーメーションを変えたり、マインドセットを変えたりといったことを、この1年間にわたって行ってきました。日本IBMの社員全員がお客さま担当であり、社員全員がスペシャリストとなる変革は、ほぼ最終フェーズへと入ってきました。これを2022年に定着させ、本格的にスタートさせることになります。

Kyndrylの社名が持つ意味

これまでには考えられなかったパートナーとの連携が始まった

――なぜ、共創パートナーモデルに取り組むのですか。

 背景にあるのは、日本IBMと一緒にやりたいというお客さまが増えている点です。DXだけでなく、これからの基幹システムはどうするのか、量子コンピュータをはじめとした最新テクノロジーを活用する際にはどうするのか、社員のスキルをどうチェンジしていくのか、トランスフォーメーションする際にはどんなマインドセットが必要なのか。こうした課題に対して、日本IBMが「目利き」として支援をし、一緒に取り組んでほしいという要望が増えているのです。

 そして、これを実現するためには、パートナーとの共創できるエコシステムを構築しなくてはなりません。昨年来、日本IBMでは、NECや富士通、SCSK、TIS、CTCといった企業とのパートナーシップを発表しています。これがまさに共創パートナーモデルの実現ということになります。特に、富士通とのパートナーシップの発表には驚いた人も多いのではないでしょうか。

――2021年12月に、「ハイブリッドクラウドを加速する『IBM Z and Cloud Modernization Center』を新設」というニュースにおいて、パートナーの1社として、富士通の名前が入っていました。IBM Zベースのエンタープライズアプリケーションとデータのモダナイゼーションで連携するとのことですが。

 キンドリルの分社化がなかったら、こうした、他社との積極的なエコシステムの構築は進まなかったと思います。つまり、これまでには考えられなかったパートナーとの連携が始まっているのです。

 日本IBMは、ハードウェア、ソフトウェアを販売するSIの会社であり、GTS(グローバル・テクノロジー・サービス)があり、その体制では競合するため、IBMのものは扱えないというのが大手SIerの立場でした。これまでのビジネスモデルからすれば、それは当然です。

 しかし、キンドリルによって、GTSのマネージド・インフラストラクチャー・サービス部門が分社化した結果、大手SIerが日本IBMと連携しやすくなりました。日本IBMは、「テクノロジーを活用した共創パートナー」となり、これまでの行動を変え、テクノロジーを活用して、高度化し、生産性が高い新しいビジネスモデルに変えていきます。これにより、IBMが持つテクノロジーを多くのSIerにも活用してもらえるようになります。

 また、キンドリルを分社化した大きなメリットのひとつに、キンドリルを通じて、日本IBMのテクノロジーをさまざまな企業に利用していただける環境ができる点が挙げられます。キンドリルが幅広い企業と共創すれば、それに伴い、キンドリル経由で、日本IBMも新たな企業と取引ができるようになります。

 さらにコンサルティング部門では、これまで以上に短いビジネスサイクルで動けるようになります。ここでスピードを上げていくことが、新たな日本IBMにとって大きな武器になります。それを裏づけるように、ビジネスの業務変革に関するコンサルティング案件やテクノロジー案件は急速に増えています。

 そしてIBMは、製品、テクノロジーの開発と提供にリソースを集中させることができます。

 これに対して、キンドリルは、ハイブリッドクラウドやマルチクラウドへの進展によって、電力会社と同じような役割を果たすことになります。消費者が電力会社に求めているのは、安定して電力が供給されることです。それが、化石燃料による発電なのか、原子力での発電なのか、それとも風力で発電されているのかは、使っていても差がわかりません。

 キンドリルの役割はどんなクラウドを利用していても、安定して利用できる環境を提供するということです。電力を使ってどんなビジネスをやるのかはユーザー次第であるのと同じように、安定して利用できるクラウド環境を提供することで、ユーザーはクラウドを使って、さまざまなビジネスができるようになります。

――お客さまやパートナーの反応はどうですか。分社化への理解は進んでいますか。

 確かに日本では、垂直統合で、全部を日本IBMに任せたいというお客さまの声が多くあります。私自身、プラスの要素もあれば、マイナスの要素があることは理解しています。ただ、これによって、社会に一石を投じたのは確かです。これからの企業は、それぞれの企業が持つコアをベースにして、さまざまな企業とのエコシステムを作ることが大切になってきます。エコシステムによって、アメーバのようにコアの強みを広げていくことができる。そうした体制にいち早く移行したのがIBMであり、業界全体を変えていく取り組みの第1歩になると考えています。これによって、キンドリルのビジネスも成長するし、日本IBMのビジネスも成長することになります。

 企業経営者の多くは、IBMの判断を理解していただいており、さまざまなものがつながるなかで、マネージの仕方を変えなくてはならないこと、異なる業務基盤のサイクルにあわせた体制が必要であることも認識していただいています。ただ、日本の状況はそこまでついていけないという指摘があるのも確かです。そして、経営者は理解していても、IT部門では、インフラまで含めて日本IBMに見てもらいたいという声が多いのも事実です。

 大切なのは、時代の変化とともに形を変えていくということです。IBMは、これが3年後の姿であると確信しています。そこで、どんな成果を出すのか。それこそがIBMの「腕の見せどころ」というわけです。

先進テクノロジーを研究開発部門とともに推進、日本市場へ提供する

――昨年から、IBMでは「Tech Company」であるという発言が増えていますね。日本IBMがコアに据えるテクノロジーはなにになりますか。

 量子コンピュータやAI、半導体などの先進テクノロジーであり、これらを、研究開発部門とともに推進し、日本の市場に提供していくことになります。つい最近まで、量子コンピュータを、日本に持ってくることはできないだろうと言われていましたが、2021年7月に、IBM Quantum System Oneを、神奈川県新川崎の「新川崎・創造のもり」内の「かわさき新産業創造センター(KBIC)」で稼働させました。これによって、日本への貢献ができると考えています。

IBM Quantum System One

 量子コンピュータは想定以上の速度で進化しています。IBMは、2021年は127量子ビットのIBM Quantum Eagleプロセッサを発表し、2022年には433量子ビットを実現することになります。そして2023年には、1121量子ビットの次世代システム「IBM quantum system two」の実用化を予定しています。エラー訂正技術の進化や、古典コンピュータと量子コンピュータのハイブリッドでの活用が促進され、社会課題を解決するソリューションの幅も広がることになります。量子コンピュータの活用によって、6カ月かかっていた計算が1週間で終わるといったように、研究開発のスピードが速くなり、新たな素材や製品ができたり、新たな発見ができたりといったことが可能になります。また量子コンピュータを活用することで、経営の意思決定につなげたり、ビジネス戦略が変化したりといったことも起きてくるでしょう。

 すでに、量子コンピューティング・イニシアティブ協議会(QII協議会)の参加企業は、新川崎に設置した量子コンピュータを活用してさまざまな取り組みを開始しています。三菱ケミカルやJSRなどと、量子コンピュータの実機を用いた有機EL発光材料の励起状態計算に世界で初めて成功するといった事例があります。2022年は量子コンピュータの実機を用いて、さまざまな試行錯誤が行われる1年だといえます。どんな処理が量子コンピュータに適しているかを理解し、古典コンピュータとの組み合わせで、より効率的な処理を行うといった使い方も増加することになります。

――日本IBMは、量子コンピュータにおいて、どこで収益を得るのですか。

 例えば、量子コンピュータを活用したビジネスモデルを構築するためのコンサルティングサービスがあります。海外で先行したノウハウを通じて、どうやれば量子コンピューティングの成果を十分に得られるのか、といった知見を提供することができます。これはテクノロジーコンサルティングというよりも、ビジネスコンサルティングの範囲になります。

――IBM Cloudは、今後、どんな位置づけを目指しますか。

 政府機関や金融機関をはじめとして、業界に特化したハイレベルなものに仕上げていきます。具体的には、かなり高いセキュリティレベルを持ち、業界が求めるミッションクリティカルに対応できるものとして、しっかりと作り込んで、提供していくことになります。米国政府や米大手メガバンクでも利用できる水準のものであり、この成果は、日本にも展開していく予定です。他社と同じようなクラウドを提供しても仕方がありませんから、各国政府での実績を紹介したり、米国政府が求めるセキュリティ基準や、AIを活用した自動化など、IBMならではのものを提供できたらと考えています。

――デジタル庁に対しては、どんな働きかけを行いますか。

 デジタル庁とも一緒に取り組みたいと考えており、2022年の早いタイミングで、政府系を担当する組織を日本IBMのなかに新設することになります。日本政府のシステムの進化にお役に立てると考えています。ただ、これは日本IBM単独でやるのではなく、日本の企業と組んで提供していくことが大切だと思っています。

――デジタルサービス・プラットフォーム(DSP)の成果はどうですか。

 これには大きな手応えを感じています。金融サービス向けDSPは、すでに2桁の銀行に導入されていますし、製造業や流通業、ヘルスケアでも実績が出ています。DSPは、マイクロサービス、基幹系連携機能、DSP基盤で構成され、クラウドネイティブ技術やRed Hat OpenShift、マイクロサービス技術、アジャイルなどの新技術や新手法を活用し、開発工数や期間、接続に関わる工数を削減でき、メインフレームのモダナイズやハイブリッド化、DXに有効な手段であることが理解されてきたこと、そこに知見を持つIBMのノウハウが活用できることが理解されてきたことが、注目を集めている大きな理由です。お客さまが一番苦労するところにDSPが適用できるのです。

 2022年は、金融、ヘルスケア、物流に加えて、公共、保険、通信、メディアなど、あらゆる業種にDSPを展開していきます。通信については、その分野に強いパートナーと組むといったことも考えられます。

お客さまのサステナビリティへの関心が増えてきた

――山口社長は、就任以来、社員のスキル向上に積極的に取り組んできました。その成果はどうですか。

 社員のスキル向上の取り組みはまだまだ途中です。新たな体制になったことで、お客さまからの課題解決に対する期待や、新たなテクノロジーを活用した提案に関心が高まっていますから、それにしっかりと応えられる体制づくりに挑んでいます。

 また社会貢献として、IBM社会貢献プログラム「SkillsBuild」を提供しており、ビジネスに必要なスキルや、IT基礎知識、IT専門知識といった、いまの社会に需要が高いスキルの習得を支援し、よりよい就労への道を拓くことをサポートしています。スキル育成は、リスキルも含めて、日本の社会全体の課題になってきますから、この部分は、社会貢献のひとつとして提案をしていくことになります。

――2021年は、サステナビリティに関する発言が増えましたね。

 2021年8月以降から、サステナビリティに関するお客さまからの相談が増えています。この増え方は、驚くほどの勢いです。日本IBM社内でも、そのタイミングで、コンサルティング部門のなかにSDGsやサステナビリティの専門チームを設置し、活動を積極化させてきました。

 サステナビリティは企業活動として避けては通れないことは理解されているものの、具体的にどう実装していったらいいのか、製品やサービスにどう反映させるのか、テクノロジーをどう活用していくのかといった点で不明確な部分が多く、そこにIBMが取り組んできた知見やノウハウを生かしたいといった要望をいただいています。

 すでに、三菱重工とはブロックチェーンを活用したCO2排出量の管理プラットフォームを構築し、三井化学とはプラスチック素材のトレーサビリティーシステムの実用化に向けて、ブロックチェーン技術による資源循環プラットフォームの構築で協働を開始しました。さらに旭化成とも、プラスチック資源循環プロジェクト「BLUE Plastics」をスタートし、三井住友銀行などとは、気候変動に伴うリスクや機会分析を支援するサービスの提供を共同で開始しました。

 サステナビリティへの取り組みは、サプライチェーン全体に渡るなど、1社では完結しない要素が多く含まれており、これをプラットフォームとして管理していく仕組みが求められています。また、ブロックチェーンなどの新たなテクノロジーが有効に働く分野だともいえます。2022年は、サステナビリティに対する関心がさらに高まることになるでしょう。日本IBMは、そこにプラットフォームやソリューションを提供していきたいと考えています。

枠を超えていくことが、これからはもっと大事になる

――日本IBMにとって、2022年はどんな1年になりますか。

 冒頭にお話ししたように、ひとことでいえば、「テクノロジーを活用した共創パートナーモデル」を実現していく1年になります。ハードウェアやソフトウェアを売り、SIやアウトソーシングをやっていた日本IBMのパートナーモデルを変える1年です。日本はSIerが多く、それによって市場が形成されているという特殊性がありますから、主要なSIerとの戦略的な連携は、今後も強化していくつもりです。

 また、お客さまとの共創がさらに一歩進む1年にもなります。これまでにもみずほフィナンシャルグループやJTBと合弁会社を設立したほか、オリエントコーポレーションや関西ペイントとも、DX推進に向けたパートナーシップを発表しました。こうした強固な連携をさらに図っていくことになります。

 このような取り組みを通じて、日本IBMは、テクノロジーとコンサルティングを前面に打ち出した企業の姿を目指します。

 2021年は、大谷翔平や松山秀樹、藤井翔太など、日本人の活躍に元気づけられた1年でした。1年前には、マスターズで日本人が勝てるとは思いもしなかったですし、二刀流がMLBで通用し、MVPを獲れるとは思っていませんでした。多くの日本人がそう思っていたでしょう。しかし、彼らはそうは思っていなかった。

 私は、思い込みは駄目だなぁ、と感じた1年でした。アンコンシャスバイアス(無意識の偏見)は、すべてに対して成長を妨げることになります。例えば、日本IBMに当てはめた場合、自分たちがやるのはこの範囲のビジネスだとか、新しいことをやるには米本社の承認を得なくてはならないとか、自分たちは基幹システムを持っているから新たなところには行けないというような思い込みが、知らないうちに根づいています。社員には、こうした考え方はやめようと言っています。

 日本全体でも、日本人は変革ができないとか、DXが遅れているとか、失われた30年の影響があるとか、所得が低く低賃金から抜け出せないと言われますが、それがアンコンシャスバイアスとなり、勝手な思い込みをもとに、自然と枠を決めてしまっているのではないでしょうか。自分たちには強みがあり、それを生かせばブレイクスルーができ、成長ができる、貢献もできる。そうしたことを理解する必要があります。

 2019年5月に社長に就任した際に、「あらゆる枠を超える」ということを打ち出しましたが、枠を超えていくことが、これからはもっと大事になります。

 IBMは、いい意味でIBMである。自分たちの強みを理解し、謙虚にご意見をいただき、ご指導を得ながらも、IBMの強さとプライドを持ってやっていけば、必ずお役に立つ会社になれると思っている。新たな体制において、それが試される1年になると思っています。