大河原克行のキーマンウォッチ

テクノロジーを活用した新たな価値共創を推進――、日本IBM・山口明夫社長が注力する5つの重点領域

 日本アイ・ビー・エム株式会社(以下、日本IBM)は、5つの「価値共創領域」を打ち出している。そこに含まれているのは、ITシステム安定稼働、AIやクラウドなどのテクノロジーの活用、サステナビリティソリューションの共創、半導体、量子などの先端テクノロジーの研究開発、IT/AI人材の育成などだ。日本IBMの山口明夫社長は、これを2023年も重点テーマに位置づける。一方で、IBM Cloudのインダストリークラウドの推進強化やメインフレームが、日本IBMにとって重要な戦略であることをあらためて強調。この領域で大規模な投資を進めることも示す。

 日本IBMの山口社長に、2023年の事業戦略について聞いた。

日本IBMの代表取締役社長執行役員、山口明夫氏

日本IBMの社員にもお客さまにも「共創」という言葉の意味が浸透した

――日本IBMにとって、2022年はどんな1年になりましたか。

 2022年の取り組みのひとつとして、「テクノロジーを活用した共創パートナーモデル」の確立を進めてきました。そのなかで、日本IBMの社員にもお客さまにも、「共創」という言葉の意味がかなり浸透し、理解が進んだという手応えを感じています。

 ITのビジネスは、かつてのハードウェアとソフトウェアを販売するモデルから、システムインテグレーションによる提案や、運用までを含めたアウトソーシングの活用へと変化してきましたが、これらのビジネスモデルはいずれも、現在も並行して、継続して行われています。

 そこに、新たに「共創」というビジネスモデルが加わり、デザイン思考などの手法を取り入れた動きが加速しています。大きな変化は、IT部門主導だけで、ITシステムを構築する時代ではなくなってきたという点です。IT部門は自らの役割や価値を維持する一方で、事業部門がテクノロジーを利用してビジネスモデルを変えたり、データを活用して新たなお客さまを見つけたりといった動きが増えています。その結果、自分たちがやりたいことはなにか、やるべきことはなにかといったことを明確にし、テクノロジーをどう利用すべきかということを、日本IBMとお客さまが一緒に考えることが増加しています。

 これまで日本IBMとは直接的な接点がなかったLOBの方々と一緒に議論をして、プレゼンテーション資料の説明だけではわからないものを、実際のモックアップづくりまで一緒に行い、理解を深めるといった活動も広がっています。それにあわせて、いままでよりも、テクノロジーを活用した提案が加速しており、お客さまのイノベーションを実現したり、生産性の飛躍的な改善につなげたりしています。

 日本IBMの社員が、「自分たちはなんのために存在するのか」といったことを考えながら、AI、クラウド、量子コンピュータ、自動化ツールなどを活用し、お客さまの課題や社会課題に対応しており、議論の幅が広がったといえます。

 2022年はグローバルキャンペーンとして、Let's Createのメッセージを打ち出しましたが、これも「共創」を意味しています。この言葉からも、IBMの姿勢や方向性を感じていただけたお客さまも多かったといえます。

日本IBM本社

――日本IBMの社員の意識改革が進んだ1年だったともいえそうですね。

 日本IBMは、約1年半前にキンドリルを分社化し、それにあわせて、営業担当者がしっかりテクノロジーを理解できるようにスキルを高める一方で、ハードウェアやソフトウェアの担当者も、お客さまと会話をする役割を担うようにしました。お客さま担当営業と、ハードウェアおよびソフトウェア担当の組織を一体化し、全員がテクノロジーの価値を理解し、お客さまに提案したり会話をしたりし、課題を理解し、その場でモノをくれるような体制にしたわけです。

 またコンサルティングの組織も、インダストリーごとに、テクノロジーを組み込んでコンサルティングができる体制へとシフトしました。この1年半で、キンドリルの分社化、テクノロジーを理解した営業スタイルへのシフト、パートナーとの協業強化という3つの大きな挑戦に取り組んできたわけですが、2022年後半になって、私が強く言わなくてもいい状況になってきたといえます。

 これらの取り組みは、日本IBMにとっては大きな変革でしたから、不安を感じていた社員も多かったといえます。しかし成功体験が生まれ、方向が正しいことを理解しはじめた社員が増えたことは心強いですね。

5つの「価値共創領域」の意味は?

――2022年には、5つの「価値共創領域」を打ち出しました。すでに、山口社長の代名詞ともいえる新たなメッセージとなっています。

 これまで取り組んできた「テクノロジーを活用した共創パートナーモデル」がベースとなり、「価値共創領域」へとつながっています。この5つの「価値共創領域」は、日本IBMが進む方向を、すべての社員が理解した状況において、日本のお客さまに対して、IBMのテクノロジーをどう提供していくのかということを、よりわかりやすく示したものになります。

 「価値共創領域」では、「社会インフラであるITシステム安定稼働の実現」、「AIやクラウドなどのテクノロジーを活用したDXをお客さまと共に推進」、「CO 2やプラスチック削減などのサステナビリティソリューションの共創」、「半導体、量子、AIなどの先端テクノロジーの研究開発」、「IT/AI人材の育成と活躍の場」の5つを挙げました。

日本IBMの5つの価値共創領域

 日本のお客さまは、安定稼働や安心安全を重視します。これは企業の基幹システムだけでなく、社会のあらゆる場面にITが活用されるなかでも重視される要素です。ただ、安心安全だけでは、世界の大変革のなかで競争力が削がれ、勝ち残ることができません。そこで、データやAIを活用したDXの推進が重要になります。一方で、企業の社会的責任として、サステナビリティソリューションの取り組みがあります。サステナビリティの範囲は広いのですが、現時点ではCO2やプラスチック削減など、環境にフォーカスした形でスタートしています。

 ただ、安定稼働、DX、サステナビリティという3つの領域への取り組みを推進する際に問題となるのが、コンピュータの処理能力です。膨大なデータが飛び交うなかで、高機能化したITを安定稼働させる必要があり、そのためには、障害を未然に防ぐための仕組みも求められます。また、膨大なデータを処理するのに伴い、同じ勢いで消費電力が増加しては意味がありません。

 だからこそIBMは、今後10年間で半導体やメインフレーム、人工知能、量子コンピュータなどの研究開発や製造に、約3兆円を投資する計画を発表しているわけです。2nmの半導体製造プロセスへの投資や、脳の神経細胞や神経回路網を模倣したニューラルネットワークの研究も、消費電力の課題を解決するものになります。

 そして、最後に、これらを推進する上で大切になるのは、やはり「人」であり、日本IBMは社内、社外を問わずにしっかりと人材育成を行っていくことになります。

 日本IBMは、この5つの価値共創領域の観点から、お客さまのお役に立てると考えました。

「なぜIBMは5つの価値共創領域に注力しているのか」について解説した技術情報誌「ProVision」特別号を発行

――5つの「価値共創領域」の最初に「安定稼働の実現」を持ってくることころが、日本IBMっぽいですね(笑)

 それはお客さまにも言われます(笑)。ITは社会インフラそのものであり、これを安定稼働させることは、日本IBMにとっても、お客さまにとっても経営責任だといえます。例えば、病院のITシステムが止まれば、それは人命に直結する可能性もあり、金融システムが止まれば、あらゆる経済活動に影響を及ぼします。ただ安定稼働は、日本IBMだけでは実現できないものであり、現場を理解しているお客さまやビジネスパートナーとの連携が不可欠です。ここをしっかりと、共創しながらやっていくことが、日本IBMの役割であり、ITシステムの一丁目一番地の取り組みとなります。

IBM Zは世界で最も重要なインフラとして不可欠なシステムになった

――安定稼働という点では、メインフレームが象徴的ですが、富士通がメインフレームからの撤退を発表するなど、取り巻く状況が変化しているように感じます。

 実はメインフレームについては、私たちから正しい情報が発信できていないという反省があります。一般的に、メインフレームはレガシーなものであり、モダナイズされたクラウドと対比しながら議論されることがほとんどです。しかし、この対比そのものが間違っています。メインフレームはハードウェアであり、IAサーバーやストレージと同じカテゴリーにとらえられるものです。一方でクラウドは、オンプレミスと対比でき、使い方の違いを示しています。つまり、メインフレームやIAサーバーというハードウェアは、オンプレミスでの利用に限定されたものではなく、クラウドでも利用されるものです。

 実際、IBMのメインフレームは大きな進化を遂げており、この10年で、中身はまったく違うものに変わっています。最新の7nmの高性能CPUが動作し、AIチップが搭載され、しかも、省電力化という点でも大きく進化しています。安定稼働としていう点でも、ダウンタイムの少なさはメインフレームならではの大きな特徴です。

 しかし、その上で動いているアプリケーションが、30年前、40年前に作られたものであり、それを改良しながら使っているため、「メインフレーム=レガシー」と言われてしまう。ただこれも、言い換えるならば、上位互換性を徹底的に担保しながら、性能は驚くべき進化を遂げているというのがメインフレームの特徴なのです。

 最新のテクノロジーや環境にも対応し、セキュリティにも優れたハードウェアがメインフレームであり、信頼性の高いクラウドを実現するにはメインフレームの存在は不可欠だといえます。

最新のメインフレーム「IBM z16」

 お客さまは、オンプレミスで動かすのか、クラウドで動かすのかといった利用形態から最適なものを見極め、その上で、どういうハードウェアを利用するのかを選択すべきです。いわば利用形態とハードウェアのマトリックスで、組み合わせを考えればいいと思います。業務単位でとらえたとき、これはオンプレミスで、IBMのメインフレームで動かそう、こっちはIBMのメインフレームをクラウドで動作させよう、それ以外の部分は、他社のIAサーバーを使ってクラウドで動作させよう、コストを優先するならば、パブリッククラウドを活用しよう、といったように判断することが大切です。

 三菱UFJフィナンシャル・グループや日本生命、ふくおかフィナンシャルグループといった先進的なお客さまに共通しているのは、日本IBMのメインフレームをオンプレミスで使う部分と、IBM Cloudで活用する部分、IAサーバーなどが活用されている他社のクラウドサービスで利用する部分を明確に切り分け、それぞれの業務要件に最適化した環境を構築し、ITインフラを運用している点です。

 業務要件やお客さまの規模によっては、クラウドの方が低コストで運用できるという判断をする場合もあります。ただ、これは賃貸物件と同じですから、いつ家賃(クラウドの月額使用料)が上がるかわかりません。経営面から見れば、これが柔軟性を損なう要素になる恐れもあります。

 一方で、オンプレミスは一戸建てを購入するようなもので、自分の好きなように内装や外壁を変えたりできますが、10年に1回ぐらいは自分の費用でリフォームをしなくてはなりません。最近ではシェアハウスがはやっていますが、これはオンプレミスを活用したシステムの共同化と置き換えることができるかもしれませんね。地銀向け基幹系システム共同化事業などがこれにあたり、家はひとつですが、それぞれが暮らす部屋は別で、プライバシーが守られている状況と同じです。

 ライフスタイルの変化や、それぞれの価値観にあわせて住宅や住み方を選ぶのと同じように、ITシステムも、それぞれの状況にあわせて選択するべきだと思います。

――30年前、40年前に開発されたアプリケーションがDXの足かせになっているという話も聞きますが。

 メインフレームは、PL/IやCOBOLといった古い言語が使われていることも多く、30年以上に渡って、アプリケーションにアドオンが繰り返されています。確かに、ここでは、技術だけでなく業務フローそのものを理解している技術者がいなくなってしまうという問題が発生しています。ただ、これはいまオープンシステムを構築していても、その人たちがいなくなったら、5年後、10年後には、いまのPL/1やCOBOLで起こっていることと、同じことが発生するともいえます。最新の言語で開発することは、根本的な課題を解決する策にはならないともいえます。そしてお客さまと話をすると、この点を理解している方たちが増えていることがわかります。

 PL/1やCOBOLのスキルを持った技術者が少なくなることを指摘する声もありますが、ITシステムはそんなに「やわ」ではありません。インターフェイスを作れば、新たな環境に更新することができますし、テクノロジーで解決できる部分は、想定以上に多いといえます。メインフレームはこの先どうするのかという懸念を持つ方々もいますが、それは20年前のメインフレームの話であり、私たちは、その課題に対して懸念や焦りはありません。

 問題はアプリケーションをどこでどう動かすかということと、業務フローやビジネスモデルをちゃんと理解した人が、それをしっかりと管理していく方法を確立できているのかどうかということになります。さらに、メインフレームの能力を活用し、いかにAIやデータといったテクノロジーを利用するかがこれからのポイントだといえます。

 これはなにも難しい話ではなく、全体を俯瞰(ふかん)すれば当然のことです。「DXをやるにはクラウドしかない」ということではなく、DXをやるにも、メインフレームをオンプレミスで利用したり、クラウドで利用したり、または、IAサーバーや他社パブリッククラウドを利用したりといったことを組み合わせ、全体を考え、リスク分散した運用をすることが、ITプラットフォームとしては大切です。それによって、お客さまはビジネスプロセスを変え、新たなビジネスを創出し、新たな顧客を獲得することにつなげることができます。

 メインフレームで動いているアプリケーションを見ると、これから20年間、コードを変えなくていいものもあれば、柔軟に変更しながら運用することが適しているアプリケーションもあります。柔軟に変更する必要があるアプリケーションであれば、オンプレミスから切り出して、セキュアな環境を維持しながら、メインフレームが動作するクラウドに移行させるという考え方もできるわけです。

 また、メインフレームの需要が落ち込んでいるというような認識もあるようですが、それも大きな誤解で、メインフレームのMIPS数は過去10年間で3倍も成長しており、IBM Zは、フォーチュン100社のうち67社が利用し、GDPの上位25カ国中24カ国の政府が利用しています。そして、メインフレームの利用を見ると、CICSやIMS、DB2といった従来の計算負荷よりも、AIやLinux、Java、Pythonといった新しい計算負荷の方が多くなっているのが現状です。

 IBM Zは、世界で最も重要なインフラとして不可欠なシステムになっており、それが、いまのメインフレームの姿だといえます。メインフレームは成長を続けており、IBMは引き続き、半導体、量子コンピュータ、AIとともに、メインフレームに多額の投資を続けていくことになります。

IBM Zは世界で最も重要なインフラとして不可欠なシステムになっているという

――メインフレームが復権していると。

 いや、復権という言葉は一度駄目になったことを指しますが、メインフレームは、ずっと成長を続けていますから、その言葉は当てはまりません。メインフレームは、継続的な成長を続けており、むしろIBMのメインフレームの成長は、10代の若者が成長痛を感じるくらい(笑)、驚くほどの成長を遂げていますよ。

インダストリーに特化し、セキュアなパブリッククラウドであるIBM Cloud

――IBM Cloudは、この1年でインダストリー特化の姿勢がより鮮明になってきました。

 数年前から打ち出していたように、IBM Cloudの基本姿勢は、インダストリー特化であること、そして、セキュアなパブリッククラウドであるという点です。ミッションクリティカルで活用できるクラウドであり、業界ごとのコンプライアンスにも対応したインダストリークラウドを提供するのがIBMのクラウド戦略です。現在46拠点のデータセンターを展開し、これをさらに拡張する計画のほか、既存データセンターのアベイラビリティゾーン化、高集積サーバーや大容量ストレージ、大規模ネットワークの採用に加え、x86、IBM Z、IBM i、AIX、量子コンピュータによるマルチアーキテクチャ化を促進しています。また、2022年にはIBM Cloudの品質が急速に高まっており、重大な障害の発生件数は大幅に減少しています。

IBM Cloudの3つの強み
IBM Cloudの品質改善状況

――インダストリークラウドでは、日本では、どんな成果が生まれていますか。

 例えば、金融機関向けには、IBM Cloud for Financial Servicesを提供するだけでなく、コンソーシアムを作り、バンク・オブ・アメリカをはじめ、世界120以上の金融機関が参加しています。日本からも三菱UFJフィナンシャル・グループが参加し、金融機関の意見を聞きながら、金融業界向けパブリッククラウドのあるべき姿に向けて、サービスをアップデートしています。今後、日本では、FISCなどへの対応を図りながら、サービスを展開する予定です。

 また日本では、金融サービス向けデジタルサービスプラットフォーム(DSP)が先行しており、すでに約30行が利用しています。DSPは、金融サービスのほかに、ヘルスケアなど複数の業界向けにも用意し、業界特化のクラウドサービスが、既存システムともシームレスにつながり、さらに、DSPを通じて、業界の枠を超えたビジネスプロセスのつながりも実現します。DSP基盤はRed Hat OpenShiftを中心として、特定のIaaSに依存しないオープンポリシーでデザインしていますから、アプリケーションがどこでも利用できるという点も大きな特徴となります。

DSPの概要

――日本版ソブリンクラウドへの取り組みはどうなっていますか。

 IBM Cloudでは、データ保管先やサーバーの物理専有ができるベアメタルサーバーで、日本最大のシェアを持っていますし、自社データセンターも活用できるIBM Cloud Satellite、利用者しかアクセスできない鍵管理サービスとしてHyper Protect Crypto Servicesの提供、日本国内の法律に従って利用できるサブスクリプションサービスの提供、各種コンプライアンスの順守状況を監視できるIBM Cloud Monitoringの提供、そして、東京および大阪リージョンにより、日本国内のデータセンターに閉じた運用も可能になっています。経済安全保障の問題もあり、すべてをパブリッククラウドに乗せてしまうのはどうなのかという話がお客さまから出ています。そうした観点からもソブリンクラウドに対する関心が高まっていることを感じています。

――2022年11月には、IBM Cloud上で、伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)のハイブリッドクラウド支援サービス「OneCUVIC」を提供することを発表しました。今後、IBM Cloudにおけるパートナー連携も増えそうですか。

 これまでのパートナーとの関係は、IBMのハードウェアやソフトウェアを販売していただくもの、サービスを提供しているSIerがシステムインテグレーションによって提供するもの、そして、組み込みソリューションで提案するものでしたが、CTCとの協業は、2つめのSIerとの協業において、サービスのひとつにIBM Cloudを活用してもらうものになります。IBM Cloudならではのセキュアな環境を活用した日本のパートナーとの協業は、これからもこれから増えていくことになります。

――2023年には、IBM Cloudでどんな事業戦略を描きますか。

 ハイブリッドクラウドのひとつとして、IBM Cloudがもっと活用されることになります。ただIBMは、クラウド化というアプローチで、IBM Cloudを提案する考えはありません。例えば、業界の枠を超えた共創を行うという提案のなかで、DSPの特長を生かしながら、IBM Cloudを提案するといった取り組みなどが中心となります。セキュアに守られた環境で動作すること、DSPによって、複雑化および肥大化したロジックを疎結合してスリム化し、競争領域および非競争領域のデジタルコアサービス、DSPの上で稼働するアプリケーションによって、ハイブリッドクラウドを実現します。信頼性や可用性に実績のあるメインフレームを活用しながら、オープン基盤やクラウド基盤などの最新技術にも対応していきます。

 また、ハイブリッドクラウドでつながった環境において、一貫したデータを活用できる仕組みも構築します。ハイブリッドクラウド環境は、日本IBMが得意とする領域に入ってくるともいえますし、いま、お客さまが必要とされるものをしっかりと提案していくことにも、より力を注いでいきます。

Watsonのブランドはあまり露出しなくても、あらゆる場面で利用されている

――最近、Watsonの名前を聞いたり、ロゴを見たりする機会が減っている気がします。Watsonの取り組みはどうなっていますか。

 Watsonは、さまざまな領域に組み込まれて使用されることが増えています。例えばサッポロビールでは、缶チューハイをはじめとした、栓を開けてそのまま飲める低アルコール飲料のRTD(Ready to Drink)の新商品開発支援にAIシステムを稼働させましたが、そこにWatsonが利用されています。また、ディベートに特化したAIも引き続き進化させていますし、組み込み用途では、ボストン・ダイナミクスの産業用犬型ロボット「Spot」にも、Watsonが活用されています。

 Watsonそのもののブランドはあまり露出しなくても、あらゆる場面でWatsonが利用され、実用化されているというのがいまの状況です。2022年には、Watsonのコンポーネントを切り出し、ビジネスパートナーのソリューションのなかに組み込むことができる新たなプログラムも開始しています。AIは、あらゆるアプリケーションやハードウェアのなかに、部品として組み込まれていくなかで、Watsonが広く浸透し、その流れが加速しているという手応えを感じています。Watsonのブランドが前面に出るかどうかは、あまり問題ではなく、むしろ、いまの流れはいい流れだと思っています。

ボストン・ダイナミクスのSpot
ペットボトルを認識するはらぺこベトベター。ここにもWatsonが活用されている

――量子コンピュータは、2021年7月に、IBM Quantum System Oneを、新川崎・創造のもり かわさき新産業創造センターで稼働してから約1年半を経過しています。2023年には、国産量子コンピュータの登場が期待されるなかで、IBMの量子コンピュータは、どんなフェーズに入りますか。

 素材研究や金融サービスなど、量子コンピュータを活用したさまざまなユースケースが議論され、コンソーシアムへの参加企業も増加しています。誤り訂正技術などの進化により、量子コンピュータの精度や性能も高まり、さらに、日本のお客さまとのエコシステムも進み、商用利用の可能性に手応えを感じているお客さまも増えているようです。

 2025年には、量子コンピュータは大きな転換点を迎えると言われていますが、それに向けて着実に進化が進んでいるところです。今後、ますますデータが増加するなかで、従来の古典コンピュータと、量子コンピュータが結びつき、量子技術が得意とする計算は量子コンピュータが処理し、AIの部分はニューロコンピューティング技術を応用したAIチップで処理し、その結果を古典コンピュータに戻して利用するといったように、2023年は、統合された新たなコンピューティングシステムの実装に向けた動きが加速すると見ています。

 一方で、2023年には1121量子ビットのプロセッサを投入する予定であり、2025年には4000量子ビット以上のプロセッサを実現する計画を発表しています。技術の進展は前倒しで進んでおり、量子コンピューティング、ニューロコンピューティング、そしてメインフレームのいずれもが急速な勢いで成長し、それらが結合して、新たなコンピューティングシステムを形成していくことになります。

IBM Quantum System One

――2022年12月には、Rapidusとの戦略的パートナーシップを発表しました。IBMの2nmノードのチップ技術をベースとし、2020年代後半には、Rapidusが建設する日本国内の製造拠点で量産を開始することになります。

 最先端半導体の研究開発や製造において、高い技術を持った日本の企業と連携し、次世代半導体を作り上げ、さまざまな社会課題を解決するための活動に取り組みたいと考えています。日本で次世代半導体を生産することで、社会課題を解決し、日本の成長に貢献することができます。この話は2019年からスタートしていたもので、ニューヨークで行った最初の会議には私も参加し、その後話し合いを進め、先日の発表に至りました。2023年1月からは、Rapidusの研究者が、米国ニューヨークのAlbany Nanotech Complexで、米IBMの研究者とともに基礎研究を一緒に開始します。また、この協業には、米IBMの研究者だけでなく、日本の東京基礎研究所のメンバーも参加することになります。

IBMとRapidusの幹部(右から2人目が山口社長)

――山口社長は、Rapidusとの会見のなかで、「最先端テクノロジーの側面から、日本を強力に支援していく」と宣言し、その第1弾を、東京大学などと取り組んでいる量子コンピュータ、第2弾をRapidusとの最先端半導体と位置づけました。第3弾があるということですか。

 第3弾はありますが、その時期や内容は、まだいえません。ただ、第1弾、第2弾は想定よりも速く進んでいます。実は、先端技術ビジネスの組織を私の直下の組織としました。ここでは、半導体のほかに量子コンピュータなども担当します。これにあわせて、以前からのコンサルティング組織、そして、ハードウェアおよびソフトウェアを一体化した営業組織をあわせて、3つの組織を私が直接見ることになります。先端技術ビジネスについていえば、私が直接担当することで、日本のお客さまとのエコシステムの構築を、より積極的に行えると思っています。

地域にいながら世界中の案件に参画できる機会を生む「IBM地域DXセンター」

――IBM全体として、サステナブルへの取り組みを強化しています。また、日本IBMの「価値共創領域」のなかにもサステナブルが含まれています。日本IBMのサステナビリティソリューションへの取り組みを教えてください。

 先にも触れたように、サステナビリティソリューションがカバーする範囲は幅広いため、いまは環境という観点にフォーカスしています。日本IBMでは、コンサルティングチームとテクノロジーチームのなかにサステナビリティソリューションを推進するための組織を設置しています。今後も少しずつ増員を図っていき、2023年も重要な取り組みのひとつとして、継続して力を注いでいくことになります。すでに成果も出てきており、お客さまのなかには、DXやGXの取り組みの延長線上でサステナブルの話が出てくることも増えてきました。

 サステナブルに関するトピックスとしては、グローバルで展開している環境保護のための社会貢献プログラム「IBMサステナビリティー・アクセラレーター」に、宮古島での取り組みが選定されたことがあげられます。台風などの環境による脅威に直面する宮古島において、主要産業の観光業や農水産業を支える美しい環境と共存する宮古島市民を支援するため、マイクログリッドをはじめとして、再生可能エネルギーによる自給率向上への貢献を目指します。ここでは、IBM Environmental Suite Weather DataやIBM Cloudといったテクノロジーを活用し、電力需要量予想やエネルギーインフラの高度化などに取り組むことになっています。

――2022年から、IBM地域DXセンターをスタートさせています。この狙いはなんですか。

 IBM地域DXセンターは、それぞれの地域拠点において開発を高度化し、最新技術を用いながら、DXやBPO(ビジネスプロセスアウトソーシング)を展開して、同時に人材育成を進めます。地域にいながら世界中の案件に参画できる機会を生み、雇用の創出や地域の活性化にもつなげていく取り組みになります。

 すでに、北海道札幌市、宮城県仙台市、広島県広島市、福岡県北九州市、沖縄県那覇市の5カ所に展開していますが、2023年はこれをさらに拡大したいと考えています。将来的には、東京、大阪を除くすべての道府県に展開したいと考えています。個人的には、私の出身地である和歌山に、早く開設したいと思っていますよ(笑)。

――日本IBMにとって、2023年は、どんな1年になりますか。

 5つの「価値共創領域」への取り組みを、しっかりと推進していきます。これを推進する背景にあるのは、「日本IBMは、なんのために存在するのか」ということを、私たち自身が明確に示すことが大切であるという姿勢です。

 人口減少や環境への挑戦、サプライチェーンの課題やダイバーシティへの取り組みなど、お客さまを取り巻く課題はさまざまですが、こうした課題を、テクノロジーを利用して、お客さまと一緒になって、共創しながら解決をしていくことになります。課題となる要素は、だいたい目の前に出尽くし、これからは、その課題解決に向けて実行に移すところにきています。そこに対して、日本IBMは世界中のテクノロジーを駆使し、もし、日本の課題解決のために足りないテクノロジーがあればそれを作ることのも乗り出したい。それだけの技術力がIBMにはあります。お客さまの夢の実現に向けて、さまざまな形で共創をしていきたいですね。

 IBMグループの社員やお客さまが、テクノロジーを活用した課題解決にワクワクしながら取り組むことができる企業を目指したいと思っています。2023年は、日本IBMの社員一人ひとりにもパーパスを設定してもらうことにしました。世の中は大きな変化のなかにあります。IT業界では大規模なリストラが進められて、業界全体にも不安が広がっています。しかし、そうしたことに惑わされず、個人の成長や企業の成長だけでなく、自分は社会のためになにができるのかということを考え、設定し、それを理解すれば、悩むことはあっても、ブレることはありません。やりがいも持てます。

 日本IBMの社員には、強い意志を持って、荒波を乗り越えてもらいたい。スキル向上のための仕組みや環境などは整えますが、それだけでは「個」は強くなりません。社員一人ひとりが強くなれば、社会のお役に立てる。だからこそ、社員一人ひとりにパーパスを設定してもらうことにしました。これが、5つの「共創価値領域」での貢献につながり、お客さまから「自分たちの成長には、IBMの存在が必要だった」と言われることにつながると思います。