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日立、ITサービスや生成AIをはじめとしたデジタル戦略を説明――「成長へのモードチェンジが進展している」
2024年6月12日 06:00
株式会社日立製作所(以下、日立)は11日、「Hitachi Investor Day 2024」を開催し、デジタル戦略について説明した。
日立でデジタルシステム&サービス(DSS)セクターを統括する德永俊昭副社長は、「日立のデジタル戦略は、2024中期経営計画において、Lumada事業の成長と高収益化により、日立グループ全体の収益性向上を目指している。Lumadaは、IT×OT×プロダクトの優位性を最大限に発揮できる市場に注力し、デジタルによる持続的成長を追求する」とし、金融、政府・地方自治体、通信・メディア、エネルギー、交通・物流、製造、ヘルスケアなどを、Lumadaの主要市場に挙げた。
中期経営計画の最終年度となる2024年度には、Lumada事業の売上高で2兆6500億円、Adj. EBITA率で16%を目指す。また、デジタルシステム&サービスセクターにおける売上高は2兆7000億円を見込んでいる。なお、2023年度の受注残は1兆5000億円に達している。「Lumada事業は力強く成長している。Lumada事業のけん引役であるDSSも売上高は中期経営計画目標を上回る。成長へのモードチェンジが進展している」と、デジタル戦略の進捗に自信をみせた。
フロント・ITサービスでの戦略
デジタルの成長戦略において、いくつかの観点から説明した。
フロント・ITサービスでは、2024年度に売上高が1兆9000億円、Adj. EBITA率は14%を目指す。德永副社長は、「SIおよびDX案件の実行力をさらに高め、大規模や高難度のプロジェクトを完遂できる、収益性の高い国内No.1のベンダーを目指す」と宣言した。
2024年度に向けて、ミッションクリティカルの大規模SIやDX案件が拡大しており、これらの成長を支えるために人材リソースの強化と、生成AIの活用を掲げた。
月6万人のリソースをフルに活用するとともに、きめ細かなプロジェクト管理やフェーズゲートの徹底を図ることで、プロジェクトマネジメントを強化。国内案件のリソース増強に向けて、GlobalLogicのエンジニアの活用を拡大し、2024年度は前年比2.5倍となる、月2000人の活用を計画している。GlobalLogicでは、日本企業に多いウォーターホール開発における課題分析をし、これらのシステムに対応できる体制を構築。さらに、インドに日本語を使えるブリッジSEで構成した組織を設置し、日本での展開を強化するという。
また、SIの生産性向上に向けて生成AIの活用を徹底する。生成AIの国内案件は2023年度実績で65件、引き合い件数は700件に達しており、これらの刈り取りも進める考えだ。
GlobalLogicでは、グループ内シナジーを拡大し、グローバルビジネスを拡大する考えを示した。
GlobalLogicの2024年度売上高見通しは20億3000万ドルで、2022年度からの年平均成長率は17%増と高い伸びになる。中でも進行中のグループ内シナジープロジェクトは、2023年4月時点では59プロジェクトだったものが、2024年3月時点では129プロジェクトと2倍以上に拡大。特に、OT領域でのプロジェクトが大きく増加した。
Hitachi Energyとのエンタープライズ資産管理システム、Hitachi Railとの鉄道インフラ監視ソリューション、日立ハイテクとの半導体製造データプラットフォーム、水・環境BUとのバイオ医薬培養シミュレータなどの実績がある。
さらに、GlobalLogicとHitachi Vantara、Hitachi Digital Servicesの連携により、米大手金融機関のオンプレミスからパブリッククラウド環境へのモダナイゼーションをエンドトゥエンドで支援している事例も紹介した。
クラウドマネージドサービスでは、2024年度に売上高4400億円を計画。2021年度からの年平均成長率は14%を想定している。ここでは、HARC(Hitachi Application Reliability Centers)の事業拡大が特筆される。
HARCは、企業のクラウド運用の改善を提供するプロフェッショナルサービスで、顧客に伴走しながら継続的な支援を行うのが特徴だ。ダラス、ハイデラバード、東京のデリバリー拠点に加えて、リスボンおよびホーチミンでも拠点を開設する予定であり、2022年のサービス開始以降、北米を中心に40社以上へのサービスを提供。北米大手空調・防災設備会社では、ミッションクリティカルな保守システムの運用において、システム問題の90%を事前対処し、運用の定型業務の30%を自動化したほか、欧州の大手製薬会社ではクラウドに全面移行したシステムの運用とセキュリティ対策を最適化。クラウド運用の生産性を80%改善し、クラウドコストを30%削減したという。
また日本では、オリックス銀行がクラウド運用変革のパートナーに日立を選定し、運用評価や改善のためのロードマップの策定、運用体制のスキームやルール、プロセスを策定するといった取り組みを行ったという。
「HARCは、生成AIによってブーストしている。さらに、逆説的ともいえるが、日立が基幹システムを開発してきたという実績が、クラウド運用の支援においても信頼につながっている」とした。HARCの2024年度の売上高は前年比36%増と高い成長を見込んでいる。
OT領域でのデジタル化の実績
日立が得意とする、OT領域でのデジタル化の実績についても説明した。
エネルギー分野においては、Lumada Asset Managementにより、電力需要を支えるインフラ設備の運用および保守を最適化。米国オハイオ州のエネルギー事業者では、フィールドデータと設備情報をもとに変電所設備の健全性を評価。停電リスクの低減と保守業務の効率化を実現したのに加え、米イリノイ州のエネルギー事業者では、老朽化が進む数千カ所の変電設備のデータを分析して、保守を優先すべき機器を検出して、投資の最適化と安定稼働を両立したという。
また、国内では次期中央給電指令所システムや、系統用蓄電システムなどの電力ソリューションを通じて、再生可能エネルギーの導入を支援している。「Hitachi Energyが持つグローバル標準パッケージと、DSSが持つ基幹システム開発ノウハウを融合して、日本の電力インフラの高度化に貢献しているほか、Hitachi Energyのバッテリー蓄電システムと、世界90カ国、250以上の稼働実績を持つソリューションを活用して、地域電力の安定供給と脱炭素化に貢献している」とした。
モビリティ分野では、英国における都市間鉄道のスマートメンテナンスにおいて、325両を超える鉄道車両から、リアルタイムにデータを収集して解析。累計10億超の測定データを蓄積し、コンディションベース保守を実現しているという。オーバーホール回数を50%削減し、車両の稼働率を向上させた実績が出ている。鉄道事業支出の4割を占める運行および保守を高度化できており、今後は、英国を走る約2200両の日立製車両に適用を拡大するとのこと。
また、公共EVにおける脱炭素化を推進し、バッテリー充電マネジメントを行うことができるZeroCarbon Solutionsを提供。世界最大となる、8000台を対象にした英国EVプロジェクト「Optimize Prime」の基盤を活用しており、英ファーストグループでは1500台のEVバスを対象にサービスを提供し、年間で8万4675トンのCO2を削減した。ノルウェーの郵便事業者であるノルウェー・ポステンブリングでは、160台のEV自動車およびトラックを対象にサービスを提供。2030年までに、全商用車とトラックの80%の脱化石燃料化を目指すという。
インダストリー分野では、産業用機器アフターセールスの変革に取り組み、コネクテッド化されたコンプレッサーの稼働状況をリアルタイムに監視して、ユーザーの利用状況に応じた部品交換や新製品の提案などを行えるようにしたという。Hitachi Global Air Powerの空気圧縮機に、GlobalLogicのデザインと、 Hitachi Digital ServicesのSIを組み合わせて、製品のライフサイクル管理を実現したものだという。また、再生材利活用によるサーキュラーエコノミーへの取り組みでは、品質リスクや物量変動などをとらえて、再生材の買い手と売り手のマッチングを行う再生材マーケットプレイスを、AIなどを活用して実現。積水化学とフィールド実証を行い、2025年度の事業化を目指していることも紹介した。
デジタル領域における生成AI活用は、2つの領域に注力
デジタル領域における生成AIの活用についても時間を割いて説明した。
德永副社長は、「急速に進化する生成AIを活用して、新たな成長機会を獲得する」と述べ、「顧客業務の生産性向上」と、「高信頼のデータマネジメントおよび基盤提供」の2つの領域に力を注ぐとした。
ひとつめの「顧客業務の生産性向上」では、GlobalLogicによるAI適用技術の蓄積を推進するという。同社が持つ、500件以上のAI活用プロジェクトの実績や、9700人以上のAI専門エンジニアを活用して、顧客のAI成熟度に応じてたエンジニアリングを提供し、安心で、高信頼、高効率の生成AIを導入する。
日立では、GlobalLogicとパートナーのソリューション、ハイパースケーラーの生成AIを統合して、エンタープライズの大規模な生成AI導入を可能にするOne Hitachiアーキテクチャー「Platform of Platforms」を通じて、生成AIによる価値提供を進めるという。「GlobalLogicが持つ生成AI活用技術およびノウハウを、日立グループ内へと展開し、生成AIとOT、プロダクトを融合した新たな価値創造を進める」と述べた。
ビデオメッセージを送ったGlobalLogicのニテッシュ・バンガCEOは、「GlobalLogicは、ChatGPTが登場する以前から、3年以上に渡って生成AIソリューションの開発を手掛けてきた。生成AIの技術により、顧客の効率性や創造性、生産性を高め、ビジネスを加速できる。特に、コンテンツ制作、ソフトウェア開発、VRの適用によるデジタルツイン構築支援、ナレッジマネジメントの4つの領域にフォーカスし、オフィスワーカーとフロントラインワーカーの生産性向上とビジネス変革を目指す。現在、75件のAIプロジェクトを進行させており、日立グループが持つ膨大な知見とデータ、GlobalLogicの専門知識を組み合わせた、生成AIのビジネスの適用を進めている」とした。
またバンガCEOは、GlobalLogic社内で、生成AIを活用したDr.Koogleと呼ぶナレッジマネジメントシステムを稼働させ、社内外の公開情報をもとに質問に対する回答を自然な言葉で提示している例や、Tech Transformと呼ぶ社内システムでは、生成AIにより、ソースコードの変換および最適化を行うほか、レガシーなプログラミング言語の分析、最新言語への変換を行い、モダナイゼーションを支援して、クラウドへの移行を促進していることを紹介した。
あわせて、ミッションクリティカル領域での生成AIの活用に力を注ぐことを示した。新規開発やシステム改修、マイグレーションなどのシステム開発の生産性向上に生成AIを活用。すでに、30%以上の生産性向上を実現しているほか、顧客の業務効率化では、生成AIからの聞き返しにより、高い応答精度を実現した「問い合わせ対応オートメーション」、顧客訪問テーマの選定や準備の効率化および高度化を実現する「セールス&マーケティング高度化」などの成果があるという。
事例によっては、業務効率化で50%以上の効果が生まれているとも説明。「DSSが蓄積してきたミッションクリティカルなシステム開発の知見と、生成AIを組み合わせて、先行している金融分野の顧客との協創を拡大しているところである。生成AIを活用することで顕著な業務効率化の成果を確認しており、今後、適用案件を拡大することになる」とした。
さらに、OT領域への生成AI適用では、エネルギー分野において、メタバース空間で再現されたプラントで、モノと作業情報を生成AIが抽出。大規模工事の工程シミュレーションにおいて、複数の関係者が作業工程のすり合わせの円滑化と作業手戻りを防止しているほか、インダストリー分野では、故障や不具合が起こった際の異常要因と対処方法を作業員と機械が直接対話し、業務ナレッジの適切な抽出により、復旧時間を短縮するといった事例がある。「日立が有するドメインナレッジや現場ノウハウを生かして、生成AIによるフロントラインワーカーの生産性向上に取り組んでいる」述べた。
もうひとつの「高信頼のデータマネジメントおよび基盤提供」では、NVIDIAとHitachi Vantaraの共同開発による「Hitachi iQ」を生成AIの基盤として提供し、「顧客の生成AI活用を支援する」と述べた。
また德永副社長は、「生成AIは、DSSセクターの中核事業のひとつであるデータマネジメント事業にとっても、大きな成長機会となる。生成AIを利用するには企業独自のデータとオープンデータ、オンプレミスとクラウドを統合的に管理運用できる基盤が不可欠である。ここに向けて、Hitachi Vantaraのハイブリッドクラウドストレージを提供していく。また、日立グループは、ITとOT、プロダクトを融合することで、データセンターをトータルでインテグレーションできる数少ないブレーヤーである」と、日立ならではのユニークなポジションを強調した。
データセンター向けプロダクトとして、高圧送電や受変電設備、EMSによるグリーン電源のほか、無停電電源装置や冷却システムによるファシリティ、ITインフラやサービスなどのデータマネジメントおよび運用に関するケイパビリティを用意。One Hitachiによって、拡大するデータセンター需要に対応し、これがLumadaの成長にもつなげることができるとした。
日立では、生成AIに対して、2024年度中に3000億円の投資を行うことを発表しており、德永副社長は、「これによりLumadaを進化させ、日立グループを新たな成長ステージに進めていくことになる。次なるLumada事業の成長と、高いリターンを追求する」と述べた。
3000億円の投資により、生成AIサービス提供を支えるインフラストラクチャー開発、顧客の知的業務や現場の生産性向上を実現するサービス・エンジニアリングの強化、Lumadaの進化を牽引する生成AI人材の拡充を図る。
また、生成AIに関するエコパートナーシステムとして、NVIDIAやマイクロソフト、Google Cloud、AWSとの戦略的アライアンスを発表。AIソリューションの共同開発や生成AIエンジニアの育成を進めていることにも触れた。
德永副社長は、「マイクロソフトとのパートナーシップでは、ソフトウェアの生産性向上、鉄道インフラの予兆保全、電力ネットワークの最適化など、革新的なデジタルソリューションの開発を進めている。また、NVIDIAのジェン・スン・フアンCEOに、日立のデジタル戦略を話したところ、インフラ領域での協業、OTとの組み合わせによる新たなソリューションの構築など、生成AIによるパートナーシップの機会が広がることを感じた。戦略パートナー各社が異口同音に語っているのは、日立はITのみならず、鉄道のメンテナンス、エネルギー活用の最適化など、OTでの実績があり、それらのナレッジをLLMに活用できるという点である。ここに日立と組む理由があると言われている」と述べた。
オーガニックな成長モードへと大きくかじを切った
一方、日立の小島啓二社長兼CEOは、「日立は、デジタルセントリックな企業を目指し、成長を加速している。前中期経営計画までは構造改革のフェーズであったが、2024中期経営計画では、オーガニックな成長モードへと大きくかじを切り、Lumadaを主軸にデジタル化を進め、コングロマリッドからの脱却を進めている。DXやGXの追い風をフルに使い、トップラインを伸ばし、Lumada事業の拡大で利益率の向上をドライブしている」と、日立の現在の状況を説明。
その上で、「2024中期経営計画および2025年度から始まる新たな中期経営計画以降では、生成AIがもたらす事業機会を最大限獲得することが大変重要な要素になる。また、今後も、生成AIに匹敵するようなインパクトを持つ技術革新が起きると考えている。現状に安住することになく、次の転換点を想定しながら、アグレッシブに価値創造を続ける企業でありたい」と述べた。
生成AIについては、「さまざまな社会課題を解決するキーテクノロジーになる。特に、生産性向上の効果をきちんと刈り取れるかどうかが、すべての企業にとって死活的に重要なテーマになる。一方でAI用半導体不足やデータセンター需要の急拡大、電力不足の深刻化といった新たな課題も顕在化しているが、これからの課題の解決も、大きなビジネスチャンスになる」とした。
その上で、「生成AIは、短期的にも、中長期的にインパクトをもたらすものである」とし、短期的には、ソフトウェア開発におけるエンジニア不足の解消、データセンター関連システムの需要拡大、半導体製造検査装置のニーズ拡大が日立にとって大きな事業機会になり、「日立のすべてのセクターにまたがり、One Hitachiにとっても大きな事業機会になる」とした。
また中長期的には、電力の安定的な供給や、世界の労働人口の80%を占めるフロントラインワーカーの労働力不足への対応、AIの安全性や信頼性などの活用促進に伴うリスクへの対処が事業機会を生むことになると指摘。「生成AIの登場は、日立に大きな事業機会をもたらす」と位置づけた。
また、次の転換点を生むテクノロジーを見極めることが重要であるとし、それに向けた活動に投資する姿勢も強調。「次の転換点を見越した事業ポートフォリオの整備を進め、転換のインパクトを事業機会に成長していきたい」との姿勢を示した。
さらに、「生成AIは研究生産性の向上に貢献し、量子計算や抗老化、核融合などの商用化に時間がかかると見られていた次の転換点が、早く訪れることを促すだろう。それを見極めるためにも、アカデミアとのグローバルエコシステムによるオープンイノベーションや、スタートアップ企業への投資と協業を進めるコーポレートベンチャリング、ブレイクスルーとなる技術を創出するためのバックキャスト型R&Dに取り組む」とした。
小島社長兼CEOは、「投資リターンを重視した規律ある成長投資と、資本効率を重視し、ポートフォリオのシンプル化を進める」とも述べた。
なお、Lumada比率については、コネクティブインダストリーズセクターでは2024年度35%の目標を将来的には45%に拡大。グリーンエナジー&モビリティセクターでは、2024年度の13%を、将来は30%に引き上げる目標を明らかにした。