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日立がめざすイノベーションの未来――、小島啓二社長の基調講演をレポート

年次イベント「Hitachi Social Innovation Forum 2023 JAPAN」

 日立グループ最大の年次イベント「Hitachi Social Innovation Forum (HSIF)2023 JAPAN」が、2023年9月20・21日の2日間、東京・有明の東京ビッグサイト会議棟で開催されている。

 25回目となる今年のHSIFは、4年ぶりのリアル開催となり、オンライン配信は行わないという形式をとった。基調講演のほかに、それぞれの分野のプロフェッショナルが、ビジネストレンドについて語る「特別セッション」、顧客やパートナー、有識者と社会課題や解決への展望を議論する「ビジネスセッション」、最新のテクノロジーや社会イノベーション事業の取り組みを紹介する展示会場など、60以上のプログラムを用意した。

 これらのプログラムは、日立が社会イノベーション事業で注力する「サーキュラーエコノミー」、「脱炭素・カーボンニュートラル」、「産業・都市のDX」、「幸せな生活・ウェルビーイング」、「サステナブル経営」、「イノベーション創生」の6つのテーマに沿って構成。社会イノベーション事業を通じて、健全な地球環境、人々の幸せ、経済成長を同時に達成し、持続可能な社会の実現を目指す日立グループの取り組みを紹介した。

 開催初日の午前9時30分から行われた日立の小島啓二社長兼CEOによる基調講演では、「日立がめざすイノベーションの未来~AI 新時代の持続的経済成長~」と題し、生成AIの発展によって迎えたAI新時代において、データとテクノロジーを活用した社会課題解決に取り組む日立グループのイノベーションのいまと未来について触れた。

株式会社日立製作所の小島啓二社長兼CEO

 基調講演の冒頭、小島社長兼CEOは、日本の人口が2011年から減少していることなどを背景に、経済成長が難しいというあきらめにも似た空気が国内に広がっていることを指摘しながら、「日本が持つイノベーションを起こす力を高めることで、成長を実現できると信じている」と切り出し、その思いを、世界で初めて有人動力飛行に成功したライト兄弟のエピソードと重ね合わせてみせた。

 ライト兄弟が動力飛行に成功した背景には、子供のころから空を飛びたいという「意志」と、過去に蓄積された「情報」の収集、風洞実験を繰り返す「科学」を行い、それをもとにフライヤー号を完成させる「行動」によって成功に至っていると定義する。

ライト兄弟

 「イノベーションは、人間の意志から始まり、情報を収集する知の共有と発展、科学の探求による知の深化、行動による新たな知の獲得によって生まれるものである。そして、イノベーションの連鎖によって、人類は進歩する。日立が目指す社会イノベーションは、POWERING GOODであり、世界中の人々に対していいことを実現することである。それを実現するための行動、情報、科学を担う次世代のテクノロジーがいま登場しはじめている」と語った。

イノベーションの連鎖による人類の進歩

 ここでは、健康寿命を延ばし、活発に行動するためのバイオテクノロジー、大量の文献から効果的に情報を入手する生成AI、より短期間で新たな科学的知見を獲得する量子コンピュータを、行動、情報、科学における次世代テクノロジーと位置づけた。

行動、情報、科学における次世代テクノロジー

 中でも生成AIについて時間を割いて説明。「生成AIは、人類の言語に基づく知能をモデル化したものである。言語に関わるさまざまな知的作業を汎用的にこなす力を持っている。大量の知識を学習させた大規模言語モデルの上に成り立っており、言語モデルの規模が数千億パラメータを超えると、精度が飛躍的に向上することがわかっている。これによって、明確な答えがない質問や指示にも、迅速で、適切なアイデアや選択肢を提示する。また、生成AIを用いることで、大量の情報を直感的に活用でき、人間の知的作業を強力に補助し、これまで埋もれて活用できなかった情報にも光を当てることができる」とする。

 そして、「生成AIの登場は、IT活用の歴史を、紀元前と紀元後に分けるほどの巨大なインパクトを持ったブレイクスルーだととらえている。行動、情報、科学を強力にアシストし、イノベーションを生み出す力を高めることになる。日立は生成AIを効果的に活用することで、企業の潜在力をフルに引き出すことを目指す」と語った。

生成AIのしくみ

 また、成功や失敗からの教訓や、受け継がれてきた匠の技といった組織の知恵は、日本企業の強さを下支えしているが、その多くが社内に分散していたり、技術者の暗黙知になっていたりするために十分に生かせていないことを指摘。「今後は、それぞれの企業の強みを集約した、その企業ならではの生成AIが開発されることになる」と予測した。

 講演のなかでは、アジアの架空の都市において、生成AIを活用したプロジェクトを推進している未来の様子をビデオで紹介した。

 ここでは、交通渋滞や環境問題が喫緊の課題となるなかで、新たな鉄道路線を検討。そこに、地域情報に知見を持つ鉄道会社のAIと、これまでの実績をもとにした日立ならではの知見を持つAIを活用し、生成AIと対話をしながら、プロジェクトを推進している。生成AIに尋ねると20~30代の世代を中心に24時間の鉄道運行を求める声が多いものの、所有する車両本数や周囲への騒音などの観点から実現が難しいことが課題として挙がる。

 だが、生成AIは、車両本数を増やした際の収益計画などを新たに提示。さらに、日立の鉄道事業の実績をもとに、混雑にあわせて柔軟にダイヤを変更するシステムを提案してみせる。また生成AIは、それ以外に考えられる課題についてもリストアップし、それらをプロジェクトチームが検討するといった作業が行われる。これらの各検討テーマについても生成AIが活用されることになる。

 生成AIは、視点が異なる人たちの間に立って思考の整理を促し、建設的で、深い会話を進めることを支援する一方で、人の仕事は、AIを使って発想を研ぎ澄ませ、責任のある決断することや、合意形成においてしっかりとしたコミュニケーションを行うことなどを示した。

 また、積水化学工業との協創プロジェクトの事例を紹介。同社では、さらなる高機能な素材を、さらに早く納めてほしいという要望が増加していることにあわせて、データとデジタル技術を活用し、新素材開発を加速するマテリアルズインフォマティクス(MI)に着手したという。

 ここでは、デジタルデータの一元化という多くの企業が抱える課題に直面。その解決に向けて、社内外の実験データをAIによって自動的に収集して整備する基盤を構築したほか、実験をデジタル空間で行うデジタルツインを構築することで、データの収集、分析を効率化し、データ活用を容易にしたとのこと。開発者の手元に埋もれていたノウハウや、熟練社員の暗黙知をデータ化することで、組織の潜在力を発揮でき、より高度な素材づくりに力を注ぐことができるようになった事例と位置づけた。

実験をデジタル空間で行うデジタルツインの構築

 一方で、AI新時代の課題として「信頼性の確保」、「著作権の保護」、「倫理への配慮」、「エネルギー消費の抑制」の4点を挙げ、特にエネルギー消費については、AIに利用されるデータセンターの電力需要が、2030年には2010年比で6倍に達すると予測されていることに触れた。そして、東京電力パワーグリッドとともに、新たなエネルギーマネジメント技術を開発し、データセンターで再生可能エネルギーの活用を促進していることを紹介し、「日立は社会のインフラをサポートする企業として、AIの普及による明るい未来の実現とともに、AIが抱える課題についても取り組んでいく」と述べた。

AI新時代の課題
データセンターの電力需要

 講演の最後には、2024年1月に、創業者である小平浪平氏が生誕から150年目を迎えることを紹介しながら、「日立が社会の持続的成長の実現に向けてイノベーションに取り組んでいるのは、創業以来の精神である。当時はほとんどが輸入品だったモーターを、日本の成長のためには、国産技術と国産機械の開発が必要であるという強い意志で、創業製品である5馬力モーターを生み、それに続くさまざまなイノベーションを生み出すことになった」と説明。

日立の創業者である小平浪平氏

 「創業者は、製品の品質を安定させるには、対症療法ではなく、根本原因の解明が大切だと語り、品質部門に研究係を設置し、現在、世界で2000人以上が在籍する日立研究所の出発となった。これは科学への取り組みだといえる。また、日本で初めて工業技術誌の『日立評論』を創刊し、社外でも技術を活用できるように情報を提供した。日立のイノベーションを支えている意志、行動、情報、科学は、創業者によって形づくられ、今日の日立につながっている。社会をより良くしたいという意志と行動が、イノベーションを生み出す原動力になっている。これにより、日立は、持続的経済成長の実現に貢献していくことになる」と語り、講演を締めくくった。

研究係の立ち上げ
日立評論