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日立・小島啓二社長、「データとテクノロジーを活用して現場にイノベーションを提供していく」

年次イベント「Hitachi Social Innovation Forum 2024 JAPAN」基調講演

 株式会社日立製作所(以下、日立)は、「Hitachi Social Innovation Forum 2024 JAPAN」を、9月4日・5日の2日間、東京・有楽町の東京国際フォーラムで開催している。日立グループ最大規模のイベントで、今年で26回目。「未来を語ろう。ともに進もう。GOODな社会をめざして」をテーマに、顧客やパートナー、有識者による各種セッションなど、100以上のプログラムを用意。展示会場は前年から約3倍に拡張し、60以上のソリューションを展示している。

 開催初日には、「日立がめざす現場のイノベーション~データとテクノロジーでフロントラインワーカーを輝かせる~」と題して、日立の小島啓二社長兼CEOが基調講演に登壇。製造や物流、医療など、さまざまな業界を最前線で支えるフロントラインワーカーにフォーカスし、日立が目指すデータとテクノロジーを活用した現場のイノベーションについて説明した。

日立の小島啓二社長兼CEO

 小島社長兼CEOは、「日本の企業は、長年に渡って現場を重視してきた。そんな日本企業だからこそ、現場の人手不足という課題を解決し、再び日本を成長の軌道に乗せることができると確信している」などと語った。

 講演の冒頭に小島社長兼CEOは、「海外のお客さま、投資家、グループ従業員から、『日本はいいね』、『日本は素晴らしいね』という声をよく聞く。私も海外出張から日本に帰ると、クリーン、安全、便利で、何を食べてもおいしく、日本は素晴らしい国だと実感する」と切り出し、「こうした日本の素晴らしさは現場力に根ざしている。刀鍛冶のような、日本古来の現場の技術を礎にして、明治以降の近代化のなかで、多くの日本企業が優れたモノづくりで力を発揮し、高い品質を支えてきた。サービスも同様である。新幹線の車内を驚くほど短時間できれいにしてしまうサービス、おもてなしの精神でお客さまを迎える旅館でのサービスなど、フロントラインワーカーの努力によって、優れたサービスが支えられている。現場の力こそが、日本が世界に誇れる強みである」と位置づけた。

 だが、「日本の現場は人手不足によって、危機に瀕している」とも指摘する。

 日本では、2050年には約2000万人の労働人口が不足するといわれ、特に現場において深刻な問題になっている。

 小島社長兼CEOは、「私は、データとテクノロジーで現場にイノベーションを起こすことで、この困難を乗り越えることができると信じている」とし、「現場の最前線では、頭脳と肉体の両方を駆使したフロントワーカーが活躍している。作業環境が変化し、心身のコンディションも変化するなか、限られた時間において、安全性、品質、生産性、環境配慮といった目標のすべてを、同時に達成することが求められている。高度な活動であるフロントラインワーカーの仕事を、デジタルやロボットにそのまま置き換えることは非現実的である」と指摘。

 だが、「人が使うひとつひとつの力を、テクノロジーを用いて拡張することはできる。拡張した力を、人間が統合して生かすことができれば、フロントラインワーカーの心身への負担ははるかに軽くなる。ウェルビーイングを高めることができれば、フロントラインワーカーが輝き、活気に満ちた現場を実現できる」と語った。

フロントラインワーカーの現場

 フロントラインワーカーが駆使する4つの人間力について触れた。

 4つの人間力とは、現場で発生する変化や課題に対応して臨機応変に解決策を導き出す「思考力」、仲間と情報を共有し、合意形成を図っていく「コミュニケーション力」、視覚、聴覚、触覚などを使って周囲の様子を敏感に感じ取る「五感力」、自らの身体や道具を使って仕事を進める「作業力」である。

4つの人間力

 そして、これらの4つの人間力が、テクノロジーとの組み合わせで、どう拡張するのかといったことにも言及した。

 思考力では、生成AIを挙げた。文字や図面、映像、音声を生成AIが学習。さらに、作業記録やノウハウなどを反映した現場独自の生成AIを活用することで、さまざまな情報を瞬時に引き出し、思考力を拡張して、スムーズな判断ができるようになる。

 コミュニケーション力では、5Gや6Gによる高速通信環境を現場に整備することで、高精細な映像や資料が、チームで共有することができるようになるケースを示しながら、「コミュニケーション力の拡張によって、離れた場所にいるフロントワーカー同士が一刻を争う状況のなかでも密に情報を共有し、対応することができる」と語った。

思考力
コミュニケーション力

 五感力においては、センシング技術、VRなどを活用して現場空間を共有したり、モニタリングしたりといったことが可能になる。現場の音や映像をもとにして、異常やリスクを検知するほか、人の生体情報や作業負荷の状況をモニタリングし、健康状態をチェックすることが可能になる。「五感力の拡張により、事故を未然に防ぎ、現場の安全性や品質を高めることができる」とした。

 作業力に関しては、現場の安全性と作業効率を大きく向上させるロボティクス技術がさらに進化しても、力仕事をサポートするアシストデバイスやドローンを使用することで、身体への負担を減らしたり、高い場所や広い範囲の点検を安全に、迅速に行ったりできる事例を示す。「年齢や性別、身体能力に違いがあっても、多様な人々がともに働ける環境を実現する」という。

五感力
作業力

 小島社長兼CEOは、「フロントラインワーカーは、4つの人間力を同時に発揮して仕事に取り組んでいる。テクノロジーを活用することで、4つの人間力を拡張することはできるが、それらの力を統合し、新たな価値を生み出すのは、創造的な力を持つ人間である。フロントラインワーカーがいきいきと働ける環境を整備することで、現場の安全性、品質、生産性、環境への配慮を一段高めることができる。日立は、IT、OT、プロダクトにまたがる幅広い知見と技術を有しており、これらを統合して、さまざまな分野のソリューションを開発し、提供している。最先端技術を統合する力が強みであり、これを生かして、現場のイノベーションを強力に推進する。データとテクノロジーの力でフロントラインワーカーが輝く現場を実現することが、日立が目指す現場のイノベーションである。ここに全力で取り組んでいく」と宣言した。

 また、人間力を拡張するために、AI、通信、ロボティクス、VRなどの各種最先端技術を持つテクノロジーパートナーとのコラボレーションを積極的に進めていることも強調した。

 人間力を拡張する取り組みのひとつとして紹介したのが「鉄道メタバース」である。

 鉄道車両をメタバース空間上に構築し、各部門が持つ情報を空間にひも付けてメタバース上に情報を集約。部門間の情報共有や作業の効率化をサポートし、業務の生産性向上などにつなげるという。

 すでに東武鉄道との協業により、新型特急「スペーシアX」の設計データをもとに、電気系統の配線、機器のレイアウトを再現した車両をデジタル空間に構築。今後、実践的な活用に向けて議論を進めていくという。

 「鉄道会社では、車両や線路の綿密な点検を毎日実施している。しかし、現場では人手不足が進み、ベテラン作業員の技術やノウハウを、幅広い世代に引き継ぐことが課題となっている。鉄道メタバースを活用することで、仲間とのコミュニケーションを取りながら、直観的で、スムーズなトレーニングや技術伝承が可能になる」と語った。

鉄道メタバース

 一方、現場のイノベーションが促進されることで2つの課題が生まれていることも指摘した。

 ひとつめは、「インフラ負荷の増大」である。

 データセンターの増大によって、世界の電力需要は4年間で倍増すると予測されていることに触れながら、「テクノロジーをフルに活用するには大量の電力と、送配電網の整備が必要である。また、半導体やバッテリーの製造には膨大な資源が必要になる。エネルギーインフラの在り方を抜本的に見直す必要がある」と警鐘を鳴らした。

インフラ負荷の増大
データセンター・AIの電力需要が4年間で倍増するという

 2つめは「人材の育成」である。

 これからは、新たな環境に適応した人材が必要であるとしながら、「フロントラインワーカーが新たなテクノロジーを効果的に活用するためのトレーニングが必要である。また、AIの安全性や信頼性の強化、予想されるリスクへの対応も確実に行う必要がある。これからの課題に対処するには、企業ごとの個別最適化だけでは限界がある。産業界、金融界、教育機関、行政、研究機関が一体となった全体最適なエコシステムを構築し、街づくりや人材育成を行う必要がある」と述べた。

 その上で、「将来の人々が、いまの時代を振り返ったときに、2020年代は、現場、インフラ、産業の在り方が大きく変わった歴史的なターニングポイントとして記憶されるだろう。変化の渦はあらゆる業界を巻き込んで広がっていく。日本は、技術や社会の転換点を梃(てこ)にして発展を遂げてきた経験がある。いまの大変革は日本にとってチャンスである」と位置づけた。

人材の育成

 また、日立の創業者である小平浪平氏は、変化の時代に日立を創業し、優れた自主技術や製品開発を通じて、社会に貢献。それを現在まで受け継いできたことに触れ、「日立は、技術の力で新時代の社会インフラを支える。送配電からデータマネジメントに至るまで、協創を通じて、現場のイノベーションを推進し、輝く現場と輝く社会の実現に全力で取り組む」と語り、講演を締めくくった。

優れた自主技術・製品開発を通じて社会に貢献する