特別企画

Red Hatはこれからもオープンソースに100%コミットする――、新CEOのポール・コーミア氏が示した“オープンハイブリッド”なビジョン

「Red Hat Summit 2020 Virtual Experience」レポート

 「オープンであること――、これはRed Hatにとって創業時からのビジョンであり、製品戦略の要でもある。製品開発も買収も、すべてこのビジョンに沿って行われてきた。そしてその姿勢はこれからも変わらない」。

 4月28日(米国時間)、19回目にして初めてのオンライン開催となったRed Hatの年次カンファレンス「Red Hat Summit 2020 Virtual Experience」のオープニングキーノートにおいて、同社のポール・コーミア(Paul Cormier)CEOはこう明言した。

 同氏がCEOとして登壇するRed Hat Summitは今回が初となるが、いつものサミット開催地である米国サンフランシスコやボストンではなく、ケープコッドにある同氏の自宅からのメッセージングとなっている。

ポール・コーミア氏。CEOとしての初めてのRed Hat Summitはオンラインによる自宅からの登壇となった

 すでに報道されている通り、Red Hatの前CEOであるジム・ホワイトハースト(Jim Whitehurst)氏がIBMのプレジデントに就任した人事に伴い、コーミア氏は4月6日付けでRed HatのCEO兼プレジデントに就任した。

 2001年にエグゼクティブバイスプレジデントとしてRed Hatに入社したコーミア氏は、2008年からはプロダクト&テクノロジー部門のプレジデントを兼任、同じ年の2008年からCEOに就任したホワイトハースト氏と二人三脚でRed Hatの製品戦略や買収戦略を指揮してきた。

 「ポール(コーミア氏)とは10年以上、近くで一緒に仕事をしてきたが、彼がRed Hatのリーダー(CEO)になることは、Red Hatにとってもっとも自然な選択だと私は自信をもっていえる」というホワイトハースト氏のコメントにもあるように、エンジニア出身で最新技術や業界を熟知しており、従業員はもちろんのことコミュニティや顧客、パートナーからの信頼も篤いコーミア氏ほどRed Hatの新しい顔にふさわしい人物はいないだろう。

IBMのプレジデントとしてゲスト登場した前CEOのジム・ホワイトハースト氏(右)

 一方で新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大は世界経済を直撃しており、Red Hatを含め、テクノロジー業界もその影響を免れない。今回のRed Hat SummitはほかのITベンダーと同様に、もっとも重要なプライベートカンファレンスであるにもかかわらず、オンライン開催を余儀なくされたが、今後もさまざまな場面で企業としての活動を制限せざるを得ない場面が出てくるだろう。過去に例のない世界的な混乱のさなかでコーミア氏は経営トップとしてのスタートを切ることになる。

 IBMによる買収が完了してから間もなく1年を迎えるRed Hatのリーダーとして、そして望むと望まざるにかかわらず、予期しなかった時代に突入するテクノロジーベンダーのトップとして、コーミア氏とRed Hatはどのような道を進もうとしているのか――。

 本稿ではRed Hat Summit 2020のオープニングキーノート、およびその後に行われたプレスカンファレンスの内容をもとに、新CEOとしてコーミア氏が取ろうとしている戦略を見ていきたい。

Red Hatがスタンドアロンな立場を取り続けられるようにすることがIBMの役割

 「いまでもわれわれがひとつの場所に集まり、オープンソースやエンタープライズITの将来と現状について活発に意見を交換する機会をもつことは重要だと思っている。だがそれ以上に重要なのは、いまこのときに(オンラインという方法であっても)ともに集い、互いの話に耳を傾け、どうすればほかの人々を助けられるのかについて理解を深めていくことだ」――。

 オープニングキーノートの冒頭、コーミア氏はカンファレンスがサンフランシスコでの開催からオンライン開催に変更されたことについて、こうコメントしており、物理イベントの催行が難しい現状においては、オンラインカンファレンスが最良の選択である点をあらためて強調している。

 なお、Red Hat Summit 2020 Virtual Experienceは4月28日および29日の2日間に渡って開催されたが、世界中から約3万8000人が登録したという。

 続けて最初のゲストとして、前CEOのホワイトハースト氏が、IBMのコーポレートカラーであるブルーのシャツを着て登場し、コーミア氏とともにRed Hatのビジネスを成長させてきた時期を振り返っている。

 「われわれはずっと世間に対し“オープンソースはトラディショナルなソフトウェアのオルタナティブになる”と言い続けてきた。実際、LinuxはUNIXをリプレースしたが、一方で“セキュリティや信頼性はどうなる?”という質問も山ほど受けてきた。それがいまや、オープンソースこそがデフォルトとなっている。この変化はまったくもって驚くべきで、本当にすばらしい。企業はオープンソースをソフトウェア開発だけではなく、ビジネスを動かすために使っている。そしてイノベーションを起こすには、アジャイルやDevOpsなどそれまでとは異なる手法が必要だと気づいたのだ」(ホワイトハースト氏)。

 Red HatのCEOからIBMのプレジデントへと、その立場が大きく変わったホワイトハースト氏だが、今後のRed Hatとの関係については「Red Hatがスタンドアロンな立場を取り続けられるようにすることがIBMの役割。たとえそれがIBMの競合とのパートナーシップ強化を含んでいたとしても、IBMはRed Hatがニュートラルであることを支援する」と語っており、Red Hatの企業としての独立性を尊重していくことを強調している。

 オープンソースを製品ポートフォリオのコアとするRed Hatにとって、親会社であるIBM、それもコーミア氏の盟友でもあるホワイトハースト氏からプラットフォーマーとしての透明性を確約されたことは、これまでのエコシステムを維持していく上で非常に重要なポイントだといえる。

3つの新プロダクトを発表

 冒頭でも触れたように、コーミア氏は今回のサミットにおいて、Red Hatが以前から提唱してきた「オープンハイブリッドクラウド」に引き続き注力していくことを明言している。

 また、キーノート後のプレスカンファレンスでは「Red Hatは創業期からオープンソースに100%コミットしてきたが、それはいまも変わらない。オープンソースこそわれわれのDNA」と語っており、これまでと同様に製品戦略や買収戦略のコアにオープンソースおよびハイブリッドクラウドを据えていくとしている。

 そしてそのビジョンの表れとして、今回新たに「Red Hat OpenShift 4.4」「Red Hat Advanced Cluster Management for Kubernetes」「OpenShift Virtualization」のリリースを発表した。

 またサミットの1週間前(4/21)には「Red Hat Enterprise Linux 8.2」の一般提供開始も発表しており、主要ポートフォリオの大幅アップデートを図っている。

Red Hat OpenShift 4.4

 Red Hatが提供するエンタープライズKubernetesプラットフォームの最新版。Kubernetes 1.17をベースにしており、新たにロードバランシング機能も備えた多機能プロキシ「HAProxy 2.0」を実装、Kubernetesアプリケーションのパフォーマンスを大幅に向上する。

 また2018年に買収したCoreOSの技術をもとにした「Kubernetes Operator(etcd-operator)」により、ハイブリッドクラウド上でのKubernetes環境の構築やアプリケーションのデプロイ/運用の自動化を改善しているが、プレスカンファレンスで説明を行ったRed Hat プロダクト/技術担当エグゼクティブバイスプレジデント マット・ヒックス(Matt Hicks)氏は、Operatorモデルの統合を「Kubernetesのパイプラインサポート」と呼んでおり、「ユーザーがどこにいてもハイブリッドクラウドのエクスペリエンスを届けることにフォーカスした」と語っている。

Red Hat Advanced Cluster Management for Kubernetes(テクノロジープレビュー)

 Kubernetesに最適化したクラスタマネジメントツールで、OpenShift上で稼働する。複数のクラスタのライフサイクル全体(クラスタ生成からクラスタ破壊まで)をスケーラブルかつセキュア(ポリシーベースのGRC)に管理し、クラスタの上で稼働するアプリケーションワークロードもエンドツーエンドで管理する。また、OpenShiftが稼働する環境であればメジャーなパブリッククラウドのほとんど(AWS、Azure、GCP、IBM Cloud)で動作する。

OpenShift Virtualization(テクノロジープレビュー)

 OpenShift上で動作するコンテナと仮想マシンを一貫して管理するOpenShiftの機能で、オープンソースプロジェクト「KubeVirt」から派生したもの。クラウドネイティブなアプリケーションと一緒に、レガシーなワークロードもひとつのプラットフォーム上で管理できるため、効率性の向上とともにコスト削減効果も期待できる。

 ユースケースの例としてヒックス氏は「5Gデプロイメントが進む通信業界など、仮想化システムやベアメタル、Kubernetesが混在する環境」を挙げており、VMwareなどの環境からKubernetesネイティブな環境への移行を「専門スキルをもつ人材がいなくても」(ヒックス氏)促進することができるとしている。

プレスカンファレンスで発表されたOpenShift(Kubernetes)関連の3つのアップデート。Red Hatの製品ポートフォリオの中心は完全にKubernetesへ。なお製品発表を行ったマット・ヒックス氏は、コーミア氏がこれまで統括してきたプロダクト部門の新しいトップとなる

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 「Red Hatのポートフォリオは常にハイブリッド――クラウドネイティブとトラディショナルな世界のブリッジとなることを指向している。そしてその中心にある技術がKubernetesであり、Red HatはKubernetesコミュニティにおける最大のリーダー。Kubernetesこそ未来だ(Kubernetes is the Future)」。

 コーミア氏はプレスカンファレンスで、あらためてKubernetesにフォーカスしていく姿勢をはっきりと見せた。現在のRed Hatにとって「オープンハイブリッド」を象徴する技術は間違いなくKubernetesであり、オープンハイブリッドを具現化するOpenShiftがポートフォリオの中心となっている。

 IBMの傘下企業となっても独立性は維持し、創業期からのオープンソースというDNAを掲げながら、エンタープライズインフラのプラットフォーマーとしてKubernetes/OpenShiftをコアにした製品戦略を展開するRed Hat。

 コーミア氏とRed Hatが示した指針は、ホワイトハースト氏がCEOだったころと大きな変化はないが、新型コロナウイルス感染拡大により、人々の物理的な移動は大きく制限され、これまで以上に「どこからでもインフラ/ワークロードにアクセスでき、同じエクスペリエンスを得られる」ことが重要になりつつある。

 Kubernetesベースでアプリケーションを開発し、ワークロードを動かすことのメリットがますます大きくなる中、Red Hatはコーミア氏がいうところの「Kubernetesコミュニティの最大のリーダー」としての存在感を示し続けることができるのか、引き続き注目していきたい。

ポール・コーミア氏(2018年のRed Hat Summitにて撮影)