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AWS、データセンターの軽量化を実現する「Nitro v5」、HPC特化版の「Graviton3E」などの新チップをre:Inventで発表

「Monday Night Live」講演レポート

 Amazon.comの子会社でCSP(クラウド・サービス・プロバイダー)最大手の米Amazon Web Services(AWS)は、11月28日~12月1日(現地時間、日本時間11月29日~12月2日)の4日間にわたって、同社の年次イベント「AWS re:Invent 2022」を、米国ネバダ州ラスベガス市にある「The Venetian Convention and Expo Center」を中心とした会場において開催している。

 初日となった11月28日(現地時間)には、同社 AWSユーティリティー・コンピューティング担当上席副社長 ペーター・デサンティス氏による、「Monday Night Live with Peter DeSantis」と呼ばれる、ハードウェア関連の講演が行われた。この中でデサンティス氏は、同社の専用ハードウェアとハイパーバイザーを組み合わせたシステムプラットフォーム「Nitro System」の最新版となる「Nitro V5」、およびそれを利用したEC2インスタンス「C7gn」などを即日提供開始することを明らかにした。

 また、Arm CPU「Graviton3」の浮動小数点演算とベクトル演算を強化した「Graviton3E」、さらにはGraviton3Eを採用したHPCに最適化されたEC2インスタンスとなる「HPC7g」の近日提供予定などが明らかにされた。

AWSの前日基調講演「Monday Night Live」でGraviton3Eが発表される

3年ぶりの対面開催となったAWS re:Invent、月曜日夜に行われるMonday Night Liveから本格スタート

 「AWS re:Invent」は、AWSが例年12月上旬あたりに開催している年次イベントで、2019年まで毎年行われてきた。2020年と2021年に関してはコロナ禍ということで、デジタルのイベントに切り替えられて開催されてきたが、今回3年ぶりに対面のリアルイベントとして開催されることになった。米国ではこうしたイベントはどんどんバーチャル開催から対面に切り替えられており、今回のre:Inventも特に何の制約もなく(例えば参加者にマスク着用を義務づけたり、ワクチン接種証明書の提示を義務づけたりせず)開催されている。既に米国ではそれが「ニュー・ニュー・ノーマル」になっているからだ。

会場はCESでも使われているThe Venetian Convention and Expo Center

 今回のre:Inventには、AWSの従業員、AWSのパートナー、さらにはAWSの顧客(AWSを利用しているサードパーティーのアプリケーションベンダーなど)などが参加。コロナ禍前と同じような多数の参加者が押しかけており、会場ではすれ違うのも大変なほどだ。re:Inventには、AWSのエグゼクティブによる基調講演、さらにはAWSの現場担当者によるブレークアウトセッションなどが予定されており、AWSのロードマップ、技術的な詳細などが語られる予定になっている。

 そうしたre:Inventのキックオフ・イベントとして行われたのが、同社が「Monday Night Live」と呼んでいる前日基調講演だ。re:Inventのメインの基調講演は、火曜日の朝(日本時間は水曜日未明)に行われるもので、そこではAWSのアダム・セリプスキーCEOによる講演が行われる。このCEO講演では例年新しい発表がいくつも行われており、今年も多数の発表が行われる見通しだ。

re:InventでのAWSブース

 それに対してMonday Night Liveは、その火曜日以降の基調講演の前振りになるようなイベント。正式なプレスリリースが発行される訳ではなく、参加者が配られるビールなどを片手にゆっくり楽しむような講演になっている。今年はユーティリティー・コンピューティング担当上席副社長のデサンティス氏による、主にハードウェア周りの話題を中心としたに講演が行われた。

AWS ユーティリティー・コンピューティング担当上席副社長 ペーター・デサンティス氏

AWS版DPU/IPU Nitroの最新版「Nitro v5」の一般提供を開始、搭載インスタンス「C7gn」もプレビュー提供

 そうした中でもいくつかの新しい発表が行われた。最初のトピックは、同社の「Nitro System」についてだった。Nitroは、同社がカスタムした半導体チップを利用し、仮想マシンやネットワークストレージなどのオーバーヘッドを低減する技術で、NVIDIAのDPU(Data Processing Unit)やIntelのIPU(Infrastructure Processing Unit)に近いものだと考えればわかりやすいだろう。DPU/IPUのように、仮想マシンやネットワークストレージの処理でCPUの負荷がとられてしまうことを防止し、データセンター全体のパフォーマンスを上げていく、それがNitroの役割となる。

Nitroの特徴
Nitroの過去の世代

 今回AWSが発表したのは、そのNitroの最新版となる「Nitro v5」で、Annapurna Labs(Gravitonシリーズの設計なども行っている、イスラエルの半導体開発企業)が設計するカスタムチップを利用していることが大きな特徴になる。デサンティス氏によれば「Nitro v5では、従来製品に比べてトランジスタ数が2倍になり、DRAMの速度が50%高速化され、そしてPCI Expressの帯域も2倍になる。今日から一般提供を開始する」とのことで、60%高いPPS(Packet Per Second)、30%低遅延になったほか、40%電力効率が改善されていると説明した。このNitro v5に関しては本日より一般提供が開始される。

今回発表されたNitro v5
Nitro v5の性能

 そうしたNitro v5を搭載したEC2インスタンスが「C7gn」。このC7gnはGravitonシリーズのCPUとNitro v5が搭載されたサービスとして、本日よりプレビュー提供が開始される。

Nitro v5を搭載したC7gnインスタンス

Graviton3の浮動小数点演算とベクトル演算の性能を引き上げた「Graviton3E」の構想を明らかに

 AWSは近年、Arm命令セットアーキテクチャを採用したCPUとしてGravitonシリーズを展開しており、昨年バーチャルで開催されたre:Inventでは、第3世代になるGraviton3が発表された。デサンティス氏は「同様の性能を持つx86インスタンスと比較すると、60%電力効率が優れており、前世代のGraviton2に比べて25%の性能向上を実現している」と述べ、Graviton3が電力効率に優れたCPUであることを強調した。

Graviton3の特徴

 そして、Graviton3のHPC向けの専用版となる「Graviton3E」の構想を明らかにした。デサンティス氏によれば「HPC市場ではより浮動小数点演算やベクトル演算の性能が重視される。このGraviton3EはそうしたCPUになっており、HPLで35%、GROMACSで12%、金融系の演算で30%の性能向上を実現している」とのことで、基本的には浮動小数点演算やベクトル演算の強化が図られていると説明している。それがSIMD系の命令セットアーキテクチャの拡張なのか、それとも浮動小数点演算の演算器を増加していることにより実現しているのかなどに関しては明らかにされなかったが、明日以降に行われるプレスリリースの発行を伴うようなCEO基調講演などの中で詳細が明らかにされる可能性が高い。

Graviton3E

 デサンティス氏は「Graviton3Eを搭載したEC2のインスタンスとしてHPC7gを近日提供開始する。このインスタンスはHPCにフォーカスしたものになる」と述べ、HPC7gというHPC向けのインスタンスを近日に提供開始する計画であることを明らかにした。

HPC7g

 なお今回の講演では触れられなかったが、AWSは同日に、Intelが2023年1月に第4世代Xeon Scalable Processorとして発表する予定になっているSapphire Rapids(開発コード名)を搭載したEC2インスタンスとして、「R7iz」のプライベートプレビューが開始されることも明らかにされている。こちらもSapphire RapidsとNitroを搭載するインスタンスとなり、最大で128のvCPU、最大1024GBのメモリ(DDR5)になると明らかにされている。

AWSの基盤を利用した「Scuderia Ferrari App」が2023年から提供開始されるとフェラーリF1のジョック・クリアー氏

 このほかにもデサンティス氏は、データセンターのネットワークを、ソフトウェアのレイヤはそのままに、Nitroを利用してTCPやUDPなどを独自のプロトコルに置きかえ、より効率よく通信する仕組みの「SRD(Scalable Reliable Datagram)」、マシンラーニングの学習に特化したEC2インスタンスの「Trn1」、AWS LambdaのマイクロVMの起動時間を高速化する「AWS Lambda SnapStart」などについて説明を行った。

SRD
Trn1
AWS Lambda SnapStart

 そして、このMonday Night Liveには、ゲストとしてスクーデリア・フェラーリ(フェラーリF1チーム)ドライバー・コーチのジョック・クリアー氏が呼ばれ、フェラーリがAWSをどのように活用しているのかに関して説明が行われた。クリアー氏は、1997年にジャック・ビルヌーヴ選手(当時)がウイリアムズ・ルノーでF1世界王者に輝いた時のエンジニアで、その後はビルヌーヴ選手と一緒にBARチームに移籍し、2004年と2005年にはBAR・ホンダで佐藤琢磨選手のエンジニアを務めたため、日本のF1ファンにもよく知られた存在だ。

スクーデリア・フェラーリ ドライバー・コーチのジョック・クリアー氏

 その後、BARがホンダに売却されてホンダF1となり、ロス・ブラウン氏に売却されてブラウンF1となり、そしてそのブラウンF1がダイムラーに買収されてメルセデスF1になってからも、同チームでエンジニアを続けてきた。2015年にフェラーリに移籍した後は、やはりエンジニアを務め、若手育成プログラムの担当などを経た後、今はドライバー・コーチとしてチームの両ドライバー(シャルル・ルクレール選手、カルロス・サインツ選手)にアドバイスを送る立場として、チームに関わっている。

 クリアー氏は「F1では速い車両を作り上げることも大事だが、タイヤ交換のタイミングやどのタイヤに交換するかなどの戦略も重要になる。そこでわれわれはマシンラーニングに基づいたシミュレーターツールを作り、それをAWS上で実行している」と述べ、同チームのスポンサーでもあるAWSを上手に使って戦略立案などを行っていると説明した。

F1では作戦が重要

 その上で、AWSとの提携で新しく始めるサービスとして「Scuderia Ferrari App」と呼ばれるツールを提供する計画を明らかにし、ドライバーのコメントなどさまざまな情報をファンに直接届けていく取り組みを2023年から開始することを明らかにした。

フェラーリチームの情報をファンにダイレクトに届ける「Scuderia Ferrari App」を来年から提供開始