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日本NCRコマース、カスタマイズが不要な“Out of the Box”型店舗システムの国内展開を強化

 日本NCRコマース株式会社が発表した「Out of the Box(カスタマイズ不要な次世代プロダクト)」型の統合プラットフォームは、個別開発が前提となっていた小売大手の店舗現場のシステム導入の考え方を、大きく変えるものになるかもしれない。日本NCRコマースが発表した同社事業戦略をもとに、小売市場におけるシステム動向を追ってみた。

 米NCRは1884年に設立された企業で、140年の歴史を持つ。レジスター(レジ)の開発・販売のほか、コンピュータの開発などにも取り組み、小売業界におけるリーディングカンパニーである。日本法人を設立したのは1920年であり、105年目を迎えている。

 米NCRは2023年7月に分割され、同年10月に、小売やレストラン、デジタルバンキングを主要業務とするNCR Voyix(ヴォイクス)と、ATM事業を主要業務とするNCR Atleos(アトレオス)をそれぞれ設立している。日本NCRコマースは、日本国内において、NCR Voyixの事業を担当している企業だ。

 現在、POSソフトウェアやセルフレジでは世界1位のシェアを持ち、世界の大手小売企業の67%や、世界の大手外食企業の80%が同社製品を導入。5万5000店が同社のプラットフォームを採用し、30万店以上をサポートしているという。

 2025年2月には、NCR VoyixのCEOにジェームズ・ケリー氏が就任。SaaSモデルへの転換を図っているところだという。

 日本NCRコマース 代表取締役社長の小原琢哉氏は、「小規模店舗ではSaaSモデルの導入が始まっているが、小売大手では、全世界を見渡しても、POSのSaaSモデルはまだ浸透していないのが実態である。SaaSの導入が進んでいるバックオフィスにとどまらず、小売業のフロント(現場)にもSaaSとプラットフォームを提供するのが、NCR Voyixにとっての大きな挑戦になる」と語る。

日本NCRコマースの新しい事業戦略
日本NCRコマース 代表取締役社長の小原琢哉氏

 小売業界においては、変化する市場への対応、高騰するコストの抑制、IT人材を中心とした社内人材不足、アジャイル型経営への対応など、さまざまな課題がある。長年に渡って続いている業界再編の動きもとどまるところを知らない。

 小原社長は、「欧米の小売大手では、人件費、原材料費、物流費の上昇により収益性が圧迫される一方、コロナ禍を経て消費者行動が変化し、ECやセルフレジの利用が定着するといったように多様化が進展。それに合わせたシステム構築が必要になっている。また、賃金が上昇しながらも、離職率の高止まりと労働力不足の慢性化が課題となっており、都市部を中心とした盗難や組織犯罪の増加も経営に深刻なダメージを与えている」とする。

 調査によると、世界の小売業における投資対象としては、業務の生産性を高め、新人でもベテランと同じ働き方ができるようにする「店舗従業員のエンパワーメント」が最も多く、67%の企業が投資。さらに、AIの活用などによるロイヤルティプログラムの強化などを図る「顧客体験のパーソナライズ化」が56%と続く。また、セルフレジの導入などによって増加傾向にある「不正への対策」や、AIエージェントなどを活用した「処方型分析ツールの導入」に対する投資も急速に拡大しているという。

グローバルマーケットにおける小売業 投資の方向性

 その上で、「これまでの小売大手のお客さまは、自らのやり方にこだわりを持ち、それを実現するシステムを構築してほしいという要求が強かった。また、小売業界は現場の声が強く、それを反映したシステムを活用したいという要望もあった。その一方で、NCR Voyixの主要顧客の1社であるウォルマートのグローバルでの事例を紹介すると、とても高い関心が集まる。市場変化が激しい中で、取り残されているのではないか、いまのままでいいのかといった危機感があり、業界のベストプラクティスに合わせていくことに、経営トップが注目していることの表れである。システムに対するニーズが変化している」と指摘する。

 つまり、現場のこだわりをそのままシステム化するのではなく、革新的に、スピード感を持って、導入後も柔軟性を持ったシステムに対するニーズが高まっているというのだ。小原社長は、「この流れは、日本の小売業にもすぐに訪れることになる」とする。

 日本NCRコマースでは、こうした流れをとらえて、すべての小売業の、すべての現場に、SaaSとプラットフォームを提供し、Out of the Box型ビジネスを強化・拡大する方針を打ち出した。

 「お客さまごとにシステムを開発するのではなく、NCRが用意したソリューションを箱から取り出すようにして利用してもらうのがOut of the Box型である。小売の現場を担当してきたITベンダーが、これまでにはしてこなかった提案である。小売業のお客さまの現場を、よく理解している営業やSEがそろっている日本NCRコマースだからこそ実現できる提案でもある。Out of the Box型を推奨し、この分野で先行したい」と意欲を見せた。

 同社では、既存ユーザーだけでなく、これまでアプローチができていなかった新たな顧客層にも、Out of the Box型ソリューションの提案を進める考えを明らかにしている。

Out of the Box型ビジネスを強化拡大

 小売業を見ると、小規模店舗の現場では、AirレジやスマレジなどのSaaSを積極的に導入する動きが見られているが、大手小売では、標準化されている経理財務業務といったバックオフィスにはSaaSを導入していても、本部などのミドルオフィス、店舗の現場であるフロントオフィスでは、個別に開発したシステムの導入が一般的だ。

 「小売大手がSaaSを導入する際には、可用性の課題が指摘されることが多かったが、テクノロジーの進化によって、こうした課題が解決されてきた。これが、システムに対するニーズに変化をもたらす原動力になっている」としながら、「ソリューションを開発し、それを提供するだけでなく、現場がSaaSおよびプラットフォームを導入するために、事業モデルを変革していく必要がある。日本NCRコマースはそこにも踏み込む」とも語る。

4つの事業モデル変革を推進

 実際、日本NCRコマースでは、4つの事業モデル変革を推進する。

 1つめは、「グローバル大手小売業との長年の関係により得たベストプラクティスの体系化および具現化」である。

 グローバルのトップ小売業に導入した知見を生かし、最先端の成功事例をベストプラクティスとして体系化。「日本の小売業に向けた指針を示すことで、方向性を明確にし、経営改革を適切に導く」とする。

 セルフチェックアウトやマネージドサービスによって、Store Transformationを推進してきたウォルマートや、コマースプラットフォーム上でのAI活用と、店舗オペレーションの効率化によって、次世代システム構築を進めてきたSainsbury'sなどでの経験値を、ベストプラクティスとして活用することになるという。

 その集大成となるのが、「NCR Voyix POS EX」である。

 小原社長は、「世界各国の大手小売で利用されているシステムを洗い出すと、30以上のソリューションが使われていた。これを共通化する作業を進め、実現した製品が、NCR Voyix POS EXになる」と位置づける。

 日本NCRコマース 執行役員 マーケティング本部長の間宮祥之氏は、「NCR Voyix POS EXは、小売業の店舗全体をフロントからバックまで運営するのに役立つ統合プラットフォームを提供する。そのために最新かつ最適なテクノロジーを採用し、すべての小売業の現場に、SaaSとプラットフォームを実現する」と位置づけ、「コンテナ化、Kubernetes、Edge、マイクロサービスの4つが特徴である」と語った。

日本NCRコマース 執行役員 マーケティング本部長の間宮祥之氏

 コンテナ化では、POSシステムパッケージの仕組みを本格導入。柔軟性と拡張性、可用性、コスト削減などのメリットを提供できるという。「これまでの店舗には、物理的なハードウェアが存在し、POSアプリケーションはランタイム環境に依存していた。だが、コンテナ化によって、現場での変化への対応や拡張性、可用性の維持といった課題を解決することができる」とした。

 コンテナはアプリケーションの稼働に必要なコードをすべて含んだ軽量パッケージとなっており、1台の物理マシンで数百のコンテナを稼働。それぞれのコンテナは独立しているため、アプリケーション開発者はコードの明確な把握が可能になるというメリットもある。

 「環境に依存しない仕組みであるため、異なる店舗環境でも一貫したシステム運用が可能になる。これは、小売大手への適用性を高めることにもつながる。また、コンテナは独立しているため、コンテナ障害時も、ほかのコンテナに影響を与えずに店舗システム全体の安定稼働が可能になるなど、保守性と可用性を高めることができる。さらに、必要なリソースのみを利用するため、店舗システムコストを削減できる」とメリットを強調した。

NCR Voyix POS EXが採用した最新の店舗(POS)システムアーキテクチャ コンテナ化

 Kubernetesでは、コンテナ化されたアプリケーションの管理が可能であり、小売業の業態や規模に応じて、コンテナをクラウド側と店舗側に柔軟に配置したり、小売業各店舗のデータトラフィックの状況を踏まえ、処理の負荷を自動分散したりできる。

 「店舗のフロントサービスにKubernetesを活用している事例はまだ少ないが、小売業各社の店舗運営ニーズに合わせたシステム導入が可能になるというメリットがある」とした。

NCR Voyix POS EXにおけるKubernetesの活用のメリット

 Edgeにおいては、クラウドとの組み合わせにより最適な店舗システム構築を支援。ニーズに合わせて、タブレットレジやイベント用簡易レジなどの安価な機器で構成する「Thin Store」、店舗レジとして耐障害性を確保しつつ、安価なPOSやタブレットを活用する「Thick Store/Thin Client」、従来通りにPOSにソフトウェアを搭載して利用する「Thick Store/Thick Client」という仕組みを組み合わせて利用し、管理できるという。

NCR Voyix POS EXは、PCにも、タブレットにも対応している

 「周辺機器のドライバーまでを仮想化するNCR独自の技術により、POSシステムのクラウド化を実現。このEdge技術を活用することで、アプリケーションをさまざまなエンドポイントで活用できる。ハードウェアの柔軟性の確保に加え、クラウド独自の利点がPOSシステムでも活用可能になる」とした。

クラウドとEdgeテクノロジーを活用することで、Thin StoreからThick Store/Thick Clientまで、小売業のさまざまなニーズに基づいたシステム構成が可能

 そして、マイクロサービスでは、「売上」「レシート」「レポート」など、機能別に細分化したコンテナをKubernetesにより運用。「小売大手では、個別要求に基づいたPOSシステムを構築していたが、マイクロサービスを活用することで、個別開発を減らし、システム開発を最小化できる」とした。今後、百貨店、スーパーマーケット、ドラッグストア、専門店など、日本の業界ごとに合わせたマイクロサービスの開発を進める考えも明らかにした。

従来の個別カスタマイズからたくさんの機能の中から使用する機能を自由に選ぶ方式へ
画面に表示する内容を複数の選択肢からカスタマイズすることができる
NCR Voyix POS EXでレシートを出力した様子

最新のアーキテクチャに基づいたOut of the Box型次世代プロダクトの提供

 2つめは、「最新のアーキテクチャに基づいたOut of the Box型次世代プロダクトの提供」だ。

 ここでは、Google Cloud Platform(GCP)を活用し、データやアプリケーション、マイクロサービスなどによるコアプラットフォームである「NCR コマースプラットフォーム」、データ配信やソフトウェアの配信などをコントロールし、全体をモニタリングする「NCRインテリジェントコントロールプレーン」、AIを活用して分析を行い経営判断などにも活用する「NCR Insights」を提供。さらに、店舗の現場を制御するインフラストラクチャーサービスである「NCR Voyix エッジ」により、POSからのデータと基幹システムからのデータを統合。UXの共通化などにも取り組んでいることを示した。

次世代プロダクトの全体構成図

 最先端のアーキテクチャを活用したクラウドネイティブのプロダクトであること、独自テクノロジーにより仮想化環境を店舗でも利用できるようにしていること、コンテナ化により、機能ごとに分割して、ほかに影響を与えない構造を実現しているため、リアルタイムに機能を追加できること、サブスクリプションモデルにより、グローバルで利用されている機能を選択して追加できる柔軟性を持ち、個別開発に比べて導入コストを劇的に削減できることなどを特徴に挙げた。

「SaaS」と「プラットフォーム」を活用した次世代プロダクトの概要

 小原社長は、「NCR コマースプラットフォーム上では、サードパーティソフトウェアを利用できるようにしている。例えば、電子レシートを導入したいという場合には、個別対応によって、機能を新たに開発するのではなく、既存のソフトウェアを利用することができるようになる。日本においても、サードパーティ企業との連携を推進しているところだ」という。

 また、「IDによってPOSにログインすると、従業員が右利きであれば、右側にテンキーが配置され、左利きであれば左側に配置されるといったUXも提供する。クラウド上でコントロールできることから実現できる機能のひとつである」とした。

NCR Voyix POS EXでは、テンキーの右利き用と左利き用が選択できる

 さらに、AIエージェントと会話型AIを活用し、店舗運営を改善するためのインサイトを提供。「サマリーダッシュボードを利用して、目標に未達の店舗を特定し、業績が悪い店舗の状況を深掘りすることができる。また、会話型AIにより、ビジネス全体の傾向や実績を即座に把握し、AIエージェントにより最適化に向けた提案を行い、解決策を提案してもらうことができる。新人の店長でも、ベテランの店長と同じ振る舞いができる」とした。

 NCR Voyix POS EXによるOut of the Box型次世代プロダクトは、日本市場において、PoCが可能な段階にあり、2026年春には、数社でパイロット運用が開始されることになるという。

ベストプラクティスと次世代プロダクトを活用するシステム導入モデルの変革

 3つめが、「ベストプラクティスと次世代プロダクトを活用するシステム導入モデルの変革」である。

 従来型のシステム導入モデルはウォーターフォール型であるため、開発期間が長期化し、導入までに1年から2年程度かかっていたが、Out of the Box型の導入モデルでは、ベストプラクティスを用いて、現行業務のプロダクトへの適応を検討。PoCをアジャイル手法によって何度も繰り返して改善を加え、1年以内に試験運用を開始できるようにするという。

 「導入までの期間はまだまだ短縮できると考えている。また、導入コストや新機能の追加、経営改革への貢献といった点でもメリットが大きい。コマースプラットフォームに接続することにより、AIエージェントを活用したデータ分析を行い、オープンAPIによる新たなソリューションの追加を容易にし、やりたいことを早期に実現できる」などとした。

 NCR Voyix POS EXは、インドで集中的な開発を行っているが、コア部分を開発するチームとともに、各国からの要望を聞いてそれを製品に反映させるチームがあり、日本からも要望を出しているという。

従来型と、次世代プロダクトを活用した新しいシステム導入モデルの違い

小売業現場の負担を極力低減した統合型サービスデスクの提供

 そして、最後が「小売業現場の負担を極力低減した統合型サービスデスクの提供」である。

 自社ハードウェアだけでなく、マルチベンダー保守が可能であること、サービスデスクやソフトウェアサポートを提供できること、アプリケーション管理サービスや店舗トータル管理サービスを提供していることを示しながら、「接客などの本来業務からは外れる部分を、日本NCRコマースがすべてサポートし、小売業は店舗の競争力を高めることに注力できる。グローバルでも多数の実績を持つ店舗トータル管理サービスのコンセプトを日本に持ち込み、SaaSとプラットフォームによる優位性を最大化する」としている。

 日本NCRコマースの小原社長は、「製品づくりだけでなく、導入モデル、フォローの仕方まで大きく変えていくことになる。欧米で先行しているこの取り組みが評価され、本社の株価は上昇している。日本でも同様の取り組みを本格的に始動させる」と意気込む。

店舗における接客等の本来業務以外をすべてサポートし、小売業は店舗の競争力を高めることに注力

 グローバルの知見をもとに標準化し、カスタマイズ不要な次世代プロダクトと位置づけるOut of the Box型のSaaSおよびプラットフォームは、日本の小売大手に刺さるのか――。「Out of the Box型ビジネスの拡大強化を図ることで、日本の小売業のビジネス変革に貢献したい」とする、日本NCRコマースの新たな挑戦が始まっている。