イベント

AWS、サーバーレスコンピューティングの強化サービスの提供開始を発表

量子コンピュータのエラー率を下げる新しい論理Qubitの開発意向も表明
~AWS re:Invent 2023「Monday Night Live」レポート

 パブリッククラウドサービスを提供するクラウドサービスプロバイダー(CSP)の米Amazon Web Services(AWS)は、11月27日~12月1日(米国時間、日本時間11月28日~12月2日)の5日間にわたり、年次イベント「AWS re:Invent 2023」(以下、re:Invent 2023)を、米国ネバダ州ラスベガス市内の会場で開催している。

 re:Inventは、例年AWSが同社の新しいパブリッククラウドサービスや、技術などを発表する場として活用しており、今年は生成AIなどの話題を中心に、新しいサービスや技術などが発表される見通しだ。

 そのメインの発表の場となるのは、11月28日午前(日本時間11月29日未明)に予定されている、AWSのアダム・セリプスキーCEOによる基調講演で、そこで新しいサービスなどが発表される予定となっている。

 それに先だって11月27日夕刻(日本時間11月28日昼)には、「Monday Night Live」(月曜夜講演)と銘打って毎年行われている、AWS AWS ユーティリティコンピューティング担当 上級副社長 ペーター・デサンティス氏の基調講演だ。

 デサンティス氏は、同社が「サーバーレスコンピューティング(Serverless Computing)」と呼んでいる、IT管理者がクラウド上のサーバーを含むサーバーを管理しなくても、コードの実行、データの管理、アプリケーションの統合などが行える仕組みの強化を明らかにした。

 また、同社が2020年に導入したクラウド型の量子コンピュータの仕組み「Amazon Braket」の強化と、エラー率を100倍小さくした新しい論理Qubitの開発に成功したことを明らかにした。デサンティス氏によれば、将来的にはエラー率を数百万分の一にまで低くするためにさまざまな開発を続けていくという。

新しい論理Qubitの量子コンピュータチップを公開する、米AWS AWS ユーティリティコンピューティング担当 上級副社長のペーター・デサンティス氏

ハードウェアもソフトウェアもマネージドサービスにした「サーバーレスコンピューティング」を推進するAWS

 デサンティス氏がre:Inventの初日夕刻に行っている、恒例の前日基調講演が「MONDAY NIGHT LIVE」(月曜夜講演)で、例年、ハードウェア関連の新しい発表が行われることが多い。例えば昨年のre:Invent 2022では、同氏の講演の中でArm CPUの最新製品となる「Graviton3E」、AWS版のDPU/IPUとなるNitroの最新版となる「Nitro v5」などの半導体製品が発表されている。

 今年に関しては、そうした新しい半導体製品の発表はなかったが、同社が推進しているすべてをマネージドサービスで構成することにより、IT管理者が管理するサーバーをなくして費用対効果を向上させるサーバーレスコンピューティング、2020年からサービスに提供が行われている量子コンピュータのクラウドサービス「Amazon Braket」の強化、さらには量子コンピュータのエラー率をより引き下げた新しいQubitに関する発表などが行われた。

 サーバーレスコンピューティングとは、AWSがここ数年推進している取り組みで、簡単に言ってしまえば、各種のサーバーアプリケーションやサーバーそのものの管理はAWS側に任せ、AWSの顧客はユーザーとして利用する、そうした使い方のことだ(決して、サーバーのハードウェアやソフトウェアが物理的になくなるという意味ではない)。つまり、サーバーすべてをマネージドサービスにしてしまい、サーバーハードウェアやソフトウェアの導入および管理をCSPにアウトソースすることで、サーバー活用のコスト削減や効率改善などを実現できる。

 デサンティス氏は「AWSはサーバーレスコンピューティングを推進してきた。サーバーレスコンピューティングにはセキュリティ、性能、持続的、成長性、可用性、コストなどの面で顧客にとって大きな価値がある」と述べ、同社が今後も、マネージドサービスを活用したサーバーレスコンピューティングを推進していくと強調した。

“サーバーレスへの道”

 そうしたサーバーレスコンピューティングの強化の中で、デサンティス氏が発表したのは「Amazon Aurora Limitless Database」のプレビュー提供開始と、「Amazon ElastiCache Serverless for Redis and Memcached」の提供開始になる。

 前者のAmazon Aurora Limitless Databaseは、Amazonが提供しているAmazon Auroraという、MySQL/PostgreSQL完全互換のリレーショナルデータベースサービス向けの新しい拡張となる。従来のAuroraでは、データベースの仕様により、1つのデータベースでどれだけのインスタンスをサポートできるかが決まってしまっていた。それに対してAurora Limitless Databaseでは、Auroraのデータベースを2つのレイヤーに分割し、リソースの割り当てを動的に行うことで、そうした制限を取っ払ったマネージドサービスである。

 デサンティス氏は「Aurora Limitless Databaseにより、1秒間に数百万の書き込みが可能になるスケーラビリティの自動実現、1つのデータベースで数PBのデータを扱えて、サーバーの管理をすることなく迅速に伸縮可能なる。まずはPostgreSQLでサポートを開始し、間もなくMySQLでもサポートする予定だ」と述べ、Aurora Limitless Databaseのプレビュー提供を開始したことを明らかにした。

Amazon Aurora Limitless Databaseのプレビュー提供開始

 また、ElastiCache Serverless for Redis and Memcachedは、既にAWSが提供している「Amazon ElastiCache」のサーバーレス(マネージドサービス)版となる。ElastiCacheはリレーショナルデータベースなどのキャッシュとして動作し、メモリ処理などを高速化することで、データベースの処理を高速化する。ElastiCache Serverlessは、RedisとMemcachedという2つのオープンソースのキャッシュソリューションと互換性があるキャッシュサービスとなり、デサンティス氏はこのElastiCache Serverless for Redis and Memcachedの一般提供が開始されたことを明らかにした。

ElastiCache Serverless for Redis and Memcached

ゲームパブリッシャーのRiot Gamesが、ネットワーク機能を実現するためにAWSのマネージドサービスを選択

 続いて、デサンティス氏が説明したサーバーレスコンピューティングの具体例として、Riot Games(ライアットゲームズ) グローバルインフラストラクチャ・オペレーションズ責任者 ブレント・リッチ氏が呼ばれ、AWSのマネージドサービスをオンラインゲームの運営にどう役立てているかなどが説明された。

Riot Games(ライアットゲームズ) グローバルインフラストラクチャ・オペレーションズ責任者 ブレント・リッチ氏

 Riot Gamesは、「League of Legends」、「VALORANT」などのネットワーク越しにマルチプレイヤーで対戦するようなゲームタイトルを開発し、ゲーマーに提供しているほか、それを利用してeスポーツ大会などを運営しているゲームパブリッシャーである。

 リッチ氏によれば、Riot GamesではLeague of Legendsなどの人気タイトルの対戦ゲームのネットワークインフラとして、AWSのパブリッククラウドサービスを活用してきているという。League of Legendsも、リリース当初の2009年は自社のオンプレミス環境で対戦用サーバーなどを運営してきたが、2017年にAWSのパブリッククラウドサービスに切り替え、その後2020年にリリースされたVALORANTでは最初からAWSのサービスを活用してきたという。

2017年からLeague of LegendsでAWSを活用
AWSのグローバルのリージョンを利用してサービスを提供している

 こうした対戦ゲームでは、対戦者をマッチングするマッチングサーバー、ゲームを運営するサーバーなど複数のサーバーが必要になるが、そうしたサーバーが提供するサービスを高性能でかつ低遅延で提供することができなければ、対戦ゲームとしてのクオリティを維持することが難しい。

 特に、タイトルが提供されたばかりの頃は多くのユーザーが興味をもって購入してゲームに参入してくるため、負荷が高くなる。しかし、そのピークを越えると徐々に負荷が下がっていくなどの特性があるので、パブリッククラウドサービスとの相性がよく、多くのゲームパブリッシャーがAWSだけでなく、その競合のGoogle CloudやMicrosoft Azureなどを活用して対戦ゲームを実現している。

 リッチ氏は「われわれはそうした対戦ゲームのサーバーに、Amazon EKSを利用している。利用を開始してから、それによりわずか35分でサービスを構築することができた」と述べ、マネージドサービスを活用してネットワークゲームのネットワークインフラを迅速に構築できたと強調した。

利用を開始してから35分でサービスを構築可能だった

量子コンピュータの実現に一歩近づく、より低エラー率な新論理Qubitを採用した量子コンピュータチップの開発意向を表明

 またデサンティス氏は、AWSが開発・研究を進めている量子コンピュータの研究成果などに関して明らかにした。デサンティス氏によれば、2019年に同社が量子コンピュータの開発拠点を設置してから4年が経ち、さまざまな研究開発が行われてきたという。例えば、ベル・ラボの数学者ピーター・ショア氏は、素因数分解を可能にする量子アルゴリズムを提唱し、RSA暗号を解読できる可能性が見えてきている(なお、それが本当に実現可能になると、今のインターネット上のセキュリティの多くは意味がなくなってしまい、インターネットそのものの破壊につながりかねないと言われている)。

 そうしたさまざまな研究成果により、量子コンピュータの実用化が見えてきており、AWSでも研究を加速しているのだとデサンティス氏は説明した。その中で最近AWSは、新しい論理Qubit(論理ビット)の開発に成功したと説明した。Qubitとは、量子情報の最小単位で、その形を変化させていくことで、量子コンピュータではさまざまな計算ができるようになっている。デサンティス氏によれば従来のQubitは十回に一回はエラーが発生する高いエラー率でも知れており、その量子エラー率を低下させることが量子コンピュータを実用させる上で重要になってくるという。

bitからQubitへ

 今回デサンティス氏が公開した新しい論理Qubitは、ビットフリップエラーと呼ばれるエラーが100倍小さくなっており、ハードウェアのオーバーヘッドが6分の1になっているなど、ハードウェア面で大きな進化が実現されているという。デサンティス氏はその新しい論理Qubitが採用されたテストチップを実際に公開し、近い将来にそれが実用化されると、量子コンピュータを本格的にクラウドサービスの演算装置として使う可能性が出てくるとした。

論理Qubitの新しい構造

 もちろん、今回はそうしたテストチップの試作というだけで、いわゆる「開発意向表明」(開発を行っているが、いつ実際に製品として投入されるかは不明という状況のこと)ということになり、すぐに量子コンピュータがAWSのサービスとして提供されるということではない。

 AWSは2020年から「Amazon Braket」という研究開発者向けのプログラムを提供しているが、今回のre:Invent 2023ではその拡張として「Amazon Braket Direct」の提供が開始されたことを明らかにした。Amazon Braket DirectではAWSが提供する量子コンピュータのシステムを予約して実際に利用できるプログラムで、研究者が量子コンピュータのプログラムを開発したりすることが可能になる。