大河原克行のクローズアップ!エンタープライズ

ムーア、メトカーフに続くのはWatsonの法則? IBMが示した新時代の戦略

“Watsonの法則”

 その自信の表れの一端が、開催2日目となる3月20日午前8時30分から行われたRometty CEOによる基調講演で、同氏の口から「Watsonの法則」という言葉が飛び出したことだったといえよう。

 Rometty CEOは、「25年に一度、テクノロジーの大きな変革が起き、それがビジネスを大きく変えている。それを示すのがムーアの法則であり、次がメトカーフの法則である」とする。

 ムーアの法則は一般的に、“半導体の集積率は18カ月で2倍になる”というものであり、メトカーフの法則は、“ネットワーク通信の価値は、接続されているシステムのユーザー数の二乗になる”というものである。

 この劇的な技術進化が、ビジネスを変え、社会を変えてきたとする。

米IBMのGinni Rometty会長兼社長兼CEO

 では、「Watsonの法則」とは何か。

 Rometty CEOは、「これは、ムーアの法則、メトカーフの法則に続く、第3の変革であり、データによってもたらされる変革になる」と定義する。具体的には、データ量は、12カ月で2倍になることを指し、そのデータが資産となり、AIの進化などに貢献。そして、AIがデータや知識を価値に変え、ビジネスや社会を変革していくことになるというものだ。

 だが、その法則は、AIであるWatsonが発見したわけでも、かつてCEOを務めたThomas J Watson, Jr.が発見したものでもない。Watsonの名前がつく理由が見当たらないのだ。

 IBM関係者に聞くと、Watsonの名前を冠したことには、2つの要素が込められているようだ。

 ひとつは、“Watsonが、より少ないデータから、たくさんのことを学ぶことができる特徴を持つ”という点だ。データが爆発的に増大したとはいえ、これらのすべてのデータを、AIに学習させるわけにはいかない。またデータの約80%が、企業などが固有に持つ公開されないデータであることを考えれば、広く活用できるデータは限られるといっていい。つまり、限られたデータを効率的に活用できる機能がこれからはますます重要になるというわけだ。

 これは、今回のThinkのなかでIBMが何度も強調した、「エンタープライズAI」というWatsonの位置付けにもつながる。エンタープライズAIの狙いについては後述するが、こうした特徴を持つからこそ、法則としてWatsonの名称がついている理由があるという。

 米IBM コグニティブソリューション&リサーチ担当シニアバイスプレジデントのJohn E Kelly III(ジョン・E・ケリー3世)氏は、「エンタープライズAIで求められるのは、企業や業界が持つデータで学習できるということである。これは、あらゆるデータを取り込むコンシューマAIに比べて、使えるデータ量が少ない。つまり、少ないデータで学習する能力が求められているというわけだ。Watsonは、その点でほかのAIよりも長けている。この特徴を持つ限り、Watsonが、エンタープライズAIのリーダーであることは間違いない」と胸を張った。

米IBM コグニティブソリューション&リサーチ担当シニアバイスプレジデントのJohn E Kelly III氏

 もうひとつが、データの増加に加えて、学習の速度をさらに高めることにWatsonが取り組んでいるという点だ。これは、データの増大に伴い、コンピューティングパワーを生かし、より多くのデータを利用するということを意味する。つまり、ひとつめの理由とは対極的な要素も含んでいる。

 ここでは、量子コンピュータへの取り組みが見逃せない。今回のThink 2018では、展示会場に50量子ビットの量子コンピュータの試作品を展示した。

展示された50量子ビットの量子コンピュータの試作品

 さらに、IBM ResearchのArvind Krishna(アービンド・クリシュナ)ディレクターは、「IBMの研究員は量子コンピュータを使用し、最も複雑な分子である水素化ベリリウム(BeH2)での原子結合のシミュレーションに成功している。IBMは、すでに量子化学における重要な節目を達成しつつある」と述べた。

 量子コンピュータにIBMが積極的な取り組みを見せるひとつの要素として、Watsonの進化への貢献が見逃せないというわけだ。

IBM ResearchのArvind Krishnaディレクター

 もちろん、この取り組みは量子コンピュータの登場を待つものではない。Think 2018では、IBM Power Systems AC922を発表した。同製品は、AIワークロード向けに設計されたPOWER9プロセッサを2基搭載。x86プロセッサと比べて、最大で5.6倍の入出力性能と2倍のスレッド数を実現するとともに、NVIDIA Tesla V100 GPUを搭載しており、機械学習において、Googleよりも46倍高速に、Intelより3.5倍高速に学習できることを示した。

 Kelly III氏は、「これはNVIDIAとの協業によって実現するものであり、機械学習におけるブレークスルーになるだけでなく、AIの進化を指数関数的に加速することができる。さらに、自動運転の進化やヘルスケア分野での改善、ブロックチェーンの浸透、データセキュリティの強化にも影響する」と強調した。

IBM Power Systems AC922

 基調講演のなかで、Rometty CEOは、「Watsonの法則は、選ばれた少数の人が勝つのではなく、全員が勝てる環境を作り上げるものになる。今日、ここにいる人たちは、破壊される側ではなく、破壊する側にいる。そして、この変化は、25年に一度の変革であり、ビジネスの転換、社会の転換、IBMの転換を実現するものになる」などと述べた。

 データを効率的に活用する技術と、機械学習を最適に実行する製品を用意することで、Watsonが進化。それが、「Watsonの法則」の実現につながるというわけだ。