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IBMの新たな戦略の鍵となるのは何か――、Think 2019イベントレポート・前編

Red Hatの位置づけを明確に示す

 米IBMは、2019年2月12日~15日(現地時間)の4日間、同社のプライベートイベント「Think 2019」を、米国カリフォルニア州サンフランシスコのモスコーニセンターで開催した。

 全世界120カ国、22の業種から、3万人以上が来場。日本のパートナーやユーザー企業からは約600人、日本IBMからはエリー・キーナン社長をはじめとする約300人が参加。合計で約900人が日本から参加しているが、米国で開催する同社イベントとしては過去最大となった。

サンフランシスコで開催された「Think 2019」
基調講演には多くの来場者が詰めかけた

 会期中には、米IBMのジニー・ロメッティ会長兼社長兼CEOの基調講演をはじめとする「Featured Session」のほか、事例やワークショップなどで構成された「InnerCircle」、業種別ソリューションやテクノロジーにフォーカスした「Core Curriculum」、ハンズオンや技術認定サービスを提供する「Labs Program」を用意。

 2000以上のセッションが行われたほか、展示会場には、IBMやパートナー企業から最新の技術や製品、ソリューションなどが展示された。

 また、会期を前後して10本以上のニュースリリースやブログがポストされ、AIやクラウドに関する新たな戦略についても発表されるなど、名実ともにIBM最大のプライベートイベントであることを印象づけた。

この時期のサンフランシスコは雨が多く、会期中も連日雨に降られた

クラウド“第2章”の入り口に立っている

 会期初日の15時30分から行われた基調講演で、ロメッティCEOは、「いまこそ、データが、競争力を高めるために重要な武器になっている。そして今はデジタル・リインベンションの時代を迎え、クラウドをエンタープライズで活用することができる『第2章(Chapter 2)』の入り口に立っているところだ」と切り出す。

 そして「第2章とは、ハイブリッドクラウドの環境において、AIによりビジネスの拡張性を持たせ、ミッションクリティカルのアプリケーションが活用されるものになる。いまは20%のワークロードしかクラウドで動いていない。残りの80%はビジネスの基幹を担うシステムであり、これらのアプリケーションを近代化しなくてはならない。そのためには、クラウドがオープンであるとともに信頼されるものであり、責任を持った形で提供されなくてはならない」と強調した。

基調講演に登壇した、米IBMのジニー・ロメッティ会長兼社長兼CEO

 2019年1月に米国ラスベガスで開催された、CES 2019の開催初日の基調講演にも登壇したロメッティCEOは、そこでも、データが新たな時代の天然資源になりうるという“データの価値”を一貫して強調しているが、その姿勢は今回のThink 2019でも変わらなかった。

 だが、ハイブリッドクラウドにおけるリーダーとしての存在をこれまで以上に強調していたのは、今回のThink 2019でみせたIBMのこれからの姿といっていいだろう。その姿勢の背景には、2018年10月に買収した米Red Hatの存在がある。そして、エンタープライズ領域におけるクラウド活用や、AIの活用をハイブリッドクラウド環境でも推進することで、IBMの立ち位置をより明確にする狙いがあったといえる。

 ロメッティCEOは、「第2章」においては、デジタル・リインベンションが、実験段階からから、真の変革へと移行することを示す。一方、データが存在する場所なら、企業はどこにでもAIを適用できるWatson Anywhereによって実現する「デジタルとAI」、コアビジネスアプリケーションを複数のクラウドにまたがって利用する「ハイブリッドクラウド」、責任ある管理者によって支えられる「責任あるスチュワードシップ」という3つの要素を紹介。

 さらに、モバイルなどを活用したエンドユーザーのデジタル化への対応を進める「アウトサイドインアプローチ」と、自社のワークフローデータを活用した攻めの姿勢を示す「インサイドアウトアプローチ」という2つの異なるアプローチにより、「変化のためのビジネス環境を構築できる」とした。

 また、「IA(インフォメーション・アーキテクチャ)なしではAIはあり得ない」とし、「AIアプリケーションのライフサイクルを管理するためのビジネスプラットフォームが必要とされており、それがAIを支えるIAとなる」などとした。

 ロメッティCEOの基調講演では、自動車保険会社のGEICO(ガイコ)、現代(ヒュンダイ)カード、Kaiser Permanente、AT&Tの4社のユーザー企業がゲストとして登壇。AIを活用することで、顧客サービスを向上させて差別化できたこと、チャットボットを使って、顧客満足度を高めたことなどを示し、ハイブリッドクラウドを活用したり、AIを導入したりすることでデジタル・リインベンションを実現しているとして、これらを、第2章の先進的な事例として紹介した。

 そうしたゲストのなかでも最も注目を集めたのが、Red Hatのジム・ホワイトハーストCEOが登壇したことだ。

Red Hatのジム・ホワイトハーストCEO

 周知のようにIBMは、2018年10月にRed Hatの買収を発表。2018年のIT業界の最大の話題として注目を集めたのは記憶に新しい。

 壇上でハグをしてホワイトハーストCEOを迎えたロメッティCEOは、「340億ドルで買収したこともあり、この場に来てくれてうれしい」と語って会場を沸かせながら、ホワイトハーストCEOが2008年にRed Hatに入ったときには5億ドルだった売上高を、現在は約40億ドルにまで成長させた手腕を評価してみせた。

ハグをしてRed HatのホワイトハーストCEOを迎えた、IBMのロメッティCEO
笑顔で語り合うホワイトハーストCEO(左)とロメッティCEO(右)

 ホワイトハーストCEOは、「ユーザー駆動型のイノベーションが起こるなかで、その副産物としてオープンコミュニティが生まれた。Red Hatは、この流れをエンタープライズの領域でも活用できるように努力をしてきた。オープンソースは、90%のエンタープライズの課題を解決できるが、残りの10%のギャップを埋める必要がある。そこに2社が一緒に取り組むメリットがある」と、買収によって得られる価値を強調。

 「本当の価値を生むためには、データを活用することが必要だが、データにアクセスするには、オペレーション上の専門知識が必要である。また、エンタープライズ指向のAIは、そのままではオープンコミュニティには使えないものになっている。その一方、Linux、Container、Kubernetesといった技術から、イノベーションが生まれているのがいまの潮流であり、クラウド、データセンター、エッジコンピューティング、自動運転などもここから構築されている。われわれが考えているのは、ハイブリッドクラウドの手法によって、これらの新たな技術を使えるようにし、エンタープライズの課題を解決することである」とした。

 なおロメッティCEOは、「ハイブリッドクラウド時代においては、Red Hatは重要な役割を果たす」とし、「今後も投資を続けていくつもりである」とも述べている。

Red Hatの位置づけを明確に示す

 Red Hatは、今回の「Think 2019」の隠れた主役となっていた。いや、むしろ、Red Hatの位置づけを明確に示すことが、今回のThink 2019の本来の狙いだったといえるかもしれない。

 会期2日目には、クラウドをテーマにした基調講演のタイトルには「Featuring Red Hat」の文字が追加され、Red Hatのポール・コーミア エグゼクティブバイスプレジデント(EVP)が登壇。さらに、「The Red Hat Way」と題したセッションを展示会場内で開催した。

Red Hatのポール・コーミア エグゼクティブバイスプレジデント

 また会期3日目には、ジニー・ロメッティCEOがホストとなり、Cloud Foundry FoundationおよびLinux Foundationのエグゼクティブディレクターとともに、「エンタープライズのためのイノベーションと将来」と題した講演を行い、オープンソースとの連携強化を訴求してみせた。

 展示会場でも、入り口近くにRed Hatブースを設置し、存在感を際立たせていた。

展示会場に設置されたRed Hatブース

 Red HatのコーミアEVPは、「過去10年間において、エンタープライズのイノベーションの中心にあったのは、Linuxである。開発環境のプラットフォームとして最も使われているのがLinuxであり、パブリッククラウドにおいても54%がLinuxである。Microsoft Azureにおいてもそれは同様だ。エンタープライズにおけるイノベーションエンジンに位置づけられる」とし、「それは、Linuxがオープンであることが最大の要因であり、ハイブリッドクラウドを実現するための環境が整っているからである」と述べた。

 また、95%のユーザーがLinux Containerを活用しており、エンタープライズクラウドの実現において、Kubernetesが不可欠になっていること、過去7年間をかけてOpenShiftをエンタープライズ分野で活用できるように進化させてきたこと、Cloud Readyのポートフォリオを過去5年間で取りそろえたことなどを示した。

 コーミア EVPは、「これらの取り組みにおいては、ハイブリッドクラウドを常に念頭に置いてきた。Red HatとIBMは20年間にわたるパートナーシップがあり、エンタープライズシステムに最初にLinuxを採用したのがIBMであった。スーパーコンピューティングでもLinuxが採用されており、世界の上位3台のうち、2台がLinux。上位500位までのスーパーコンピュータのなかでも最も利用されているOSがLinuxになっている。Red Hatは、これからもエンタープライズ機能を追加しつづけていくほか、オープンソースコミュニティとの連携も、より緊密に図っていく」とアピール。

 さらに「ハイブリッドクラウドが進展すると、さらにパワフルな機能が求められる一方、複雑な環境が生まれることになる。そして、オープンということがますます重視されることになる。そうしたなかで、AIと、それを支えるPOWERは複雑性を解決する切り札になるだろう。両社の組み合わせによって、エンタープライズにおける数々の問題を解決できる」などと述べた。

 エンタープライズにおけるクラウドの活用を促進するためには、Red Hatの製品群が重要な役割を担うことになる。そして、ハイブリッドクラウドの実現においては、Red Hatの技術や製品が不可欠であり、それによって生まれる複雑性という課題に対しては、IBMが持つAIを活用できることを示している。

会期中を通じてキーワードとなった「第2章」

 IBMは、クラウドに関して、会期中を通じ「第2章」という言葉を繰り返して使用した。

 米IBM IBMクラウド&コグニティブソフトウェア担当シニアバイスプレジデント(SVP)のアーヴィン・クリシュナ氏は、「第1章では、クラウドにアプリケーションを移行したり、インフラの運用コストを削減したりといったことが行われた。第2章とは、基幹システムをクラウドに乗せるということであり、しかも、プライベートクラウドとパブリッククラウド、オンプレミスを問わないハイブリッドクラウド環境で利用できるものになる」と定義する。

米IBM IBMクラウド&コグニティブ・ソフトウェア担当シニアバイスプレジデントのアーヴィン・クリシュナ氏

 クリシュナSVPは、94%のユーザーがマルチクラウド環境になること、85%のユーザーにおいてオープンソースの利用が増加していること、さらには、クラウド市場は1兆ドルのワークロードの規模になると言われ、そのうち40%がプライベートクラウド、60%がパブリッククラウドになっていることなどを示す。

 そして、「規制が厳しい業界では、もっとプライベートクラウドの利用比率が高く、規制が緩い業界ではパブリッククラウドの比率が高まる。ハイブリッドクラウドにおいては、オープンであることが選択と最適化において重要であり、そのためにContainerへの対応は不可欠である。第2章は、アプリケーションやデータをどこでも運用でき、ベンダーにロックインされない仕組みでなくてはならない。また、マルチクラウド環境において、データとワークロードを管理できる環境でなくてはいけない。IBMは、あらゆるクラウドプロバイダーのContainerに対応し、可視化と管理性を提供できる。これはゲームチェンジにつながるものになる」などとした。

 今回のThink 2019では、23のオファリングによって構成するハイブリッドクラウドオファリングを発表。パブリッククラウドやプライベートクラウド、オンプレミスを問わず、あらゆるベンダーから提供されているアプリケーション、ソフトウェア、サービスをセキュアにつなぐことができる「IBM Cloud Integration Platform」、包括的なクラウド戦略について支援し、複数のクラウド環境をまたぐリソース管理を簡素化する「IBM Hybrid Cloud Services」を新たに提供するという。

 このうちIBM Hybrid Cloud Servicesは、総合的なクラウド戦略の構築方法について助言する「IBM Services for Cloud Strategy and Design」、ServiceNowポータルと統合した環境を提供するとともに、ビジネス管理、オーケストレーション、運用に最適化した「IBM Services for Multicloud Management」で構成する。

 米IBM IBM Cloud Private & Multicloud Platform担当のロビン・ヘルナンデス ディレクターは、「IBMは、インフラやコストだけを見ているクラウドプロバイダーとは異なり、マルチクラウド戦略を持っている数少ないクラウドプロバイダーのひとつである。ユーザー企業の間では、仮想マシンではあまりいい結果が出ていないこと、AWSもコストが高まっているといった課題があり、ひとつのプロバイダーに固定されないことが重要になっている。ユーザー企業は、アプリケーションの一部をクラウドに乗せたいが、別のアプリケーションはオンプレミスに残しておきたいといった場合があり、その際には、コストではなく、タスクベースでマルチクラウドを選択することが大切である。IBMは、そうした企業が持つ課題に対応できる」とする。

 また、「今後、IBM Services for Multicloud Managementを強化していくことで、さまざまなクラウドでアプリケーション、データ、AIを活用していくことができるようになる」とも述べた。

米IBM IBM Cloud Private & Multicloud Platform担当のロビン・ヘルナンデス ディレクター

 さらに、IBM LinuxOneをIBMのグローバルなクラウドデータセンターに取り入れ、パブリッククラウド上で提供することを発表。IBM Cloud Hyper Protect Crypto Serviceを通じて、「パブリッククラウド上のデータおよびアプリケーション向けの業界最高水準のセキュリティを提供することができる」とアピールしている。

 同サービスは、IBM Cloud Hyper Protectのサービスファミリーのひとつに位置づけられており、専用のクラウドハードウェアセキュリティモジュール(HSM)による暗号鍵の管理機能を搭載。パブリックプロバイダーによって提供される唯一のFIPS 140-2 Level 4認定テクノロジーになるという。

 IBMによると、2021年までに98%の企業がハイブリッドアーキテクチャを導入する予定であるとしているものの、その環境を運用するために必要な手順やツールを用意できる企業は38%にとどまっているとのことで、今回のサービスは、こうした課題を解決するものになると位置づけている。

 また、IBM Cloud Private on Zに大幅な機能拡張を行ったことも発表した。米IBMのヘルナンデス ディレクターは、「IBM Cloud Private on Zの最新版では、マスターノードやマネジメントノードを、Kubernetesのスタックとして、zの環境のなかに入れることができる。これは、IBMのマルチクラウドプラットフォームを拡張することにつながる。政府や航空産業などの規制が厳しい業界では、IBM Cloud Privateを利用していたが、それらのユーザーにとって、Powerの環境を利用できるきっかけが広がる」とした。

 クラウドで先行するAWS、Google、Azureを巻き込む一方で、IBMが多くの実績を持つオンプレミスと連携したハイブリッドクラウドの提案が、IBMの強みを発揮できる領域だといえる。今回の一連の発表は、その姿勢を一層強く打ち出したものになった。

 日本IBMの三澤智光取締役専務執行役員 IBMクラウド事業本部長は、「オンプレミスとパブリッククラウドの間には、大きな崖がある。テクノロジーの違い、ガバナンスの違い、セキュリティの違い、そして、ベンダーロックインの問題がある。こうした崖を埋めるのが、IBMのハイブリッドクラウド戦略になる」と説明。

 「SoR(Systems of Record)をクラウド化できるのがIBMの最大の特徴である。またKubernetesによって、SoE(Systems of Engagement)をオンプレミスやプライベートクラウドでも動かすことができる。そして、今後はSoRとSoEをつなぎ、SoRを近代化していくことが求められるが、今回のThink 2019では、こうしたことを実現するツールなどが数多く発表された」と、クラウド事業の観点から総括した。

日本IBMの三澤智光取締役専務執行役員 IBMクラウド事業本部長