大河原克行のクローズアップ!エンタープライズ

ムーア、メトカーフに続くのはWatsonの法則? IBMが示した新時代の戦略

“IBMはデータを重視する企業”というメッセージ

 Think 2018は、クラウドやコグニティブコンピューティングを中心に、新たな製品やサービス、技術が発表されたが、その一方で、参加して最も強く感じたのは、IBMが「データ」を重視する企業であるということを、会期中を通じて訴え続けたことだ。

 それを象徴するのが、基調講演のテーマに、「Put Your Data to Work」という言葉を使ったこと、そして、Watsonを、エンタープライズAIという言葉で表現したことだろう。

 「Watsonはビジネスで利用するためのAIであり、そのためには、データのセキュリティをしっかりと担保しなくてはならない」と、IBM Watson and IBM FellowのRuchir Puri(ラッチャー・プリ)チーフアーキテクトは語る。

IBM Watson and IBM FellowのRuchir Puri チーフアーキテクト

 一方で、エンタープライズAIの対極にあるのがコンシューマAIである。

 「コンシューマAIの最たるものがGoogleによる検索サービス。Googleに質問を入力すると、2分後に同じこと書けば、その結果がそのまま利用されている。Watsonは、データをひとつのバケツのなかに放り込むようなことはしない。これが、エンタープライズAIとコンシューマAIの違いである」と定義する。

 エンタープライズAIの実現において、データの管理は重要だ。その点で、Watsonは優れているという。

 その理由を、Puri チーフアーキテクトは、「Watsonでは3層のレイヤを用意しており、それらが完全に隔離された状態で運用されているため」とする。

 この3層のレイヤについてPuri チーフアーキテクトは、「一番下のレイヤは、Watsonのベースとなるゼネラルモデルと呼ばれるもの。すべての業界、企業で共通的に利用するものなっている。そして2つめのレイヤは、業界モデル(ドメインモデル)と呼ぶものであり、金融業界で使うための仕組みやルールなどを、Watsonが理解している。そして、一番上のレイヤが、個別の企業のモデルである」と説明。

 そして、「金融機関であれば、個別の銀行のために作られたモデルであり、ここで使用されるデータは、ほかの銀行のために利用されたり、2番目のレイヤと融合したりといったことは行われない。Watsonでは、あなたのデータはあなたのデータ、あなたのインサイトはあなたのインサイトという基本的な考え方がある。3つのレイヤをわざと分離し、最上位のレイヤは個別企業固有のものとし、絶対に融合しない」とする。

 だが、個別の企業が持つデータだけで学習するには、その学習効果に限界がある。そこでWatsonには、いかに少ないデータから多くを学ぶことができるかという研究を行ったのだという。その結果、トランスファーラーニングと呼ぶ深層学習の仕組みを開発。ほかのAIに比べて、Watsonは2倍の学習能力を持つことに成功した、というのだ。

 Think 2018開催直前には、Facebookの情報漏えい問題が発生し、参加者の間に、データセキュリティに対する関心が高まっていたことも、データに関するIBMのメッセージが届きやすい環境を作ることになった。

 Rometty CEOは、「データは、競争優位性を発揮するための基本である」と前置きし、「IBMには、AIとデータを守るためのルールがある。データを配布したり、データそのものでマネタイズしたりすることはない。そして、顧客のビジネスモデルと競合するビジネスは行わないことをルールとして決めている。AIエンジンは作った顧客に帰属する。そして、高度なセキュリティを提供するというルールがある」と述べ、「顧客のデータとAIの学習資産を守るのがIBMのポリシー。これからは、データの取り扱い方針が、信頼性の明暗をわけることになる」と自信を見せる。

 確かに、IBMがクラウドおよびAIで主導権を握る上で、切り札となるのが「データ」ということになろう。

 それは長年にわたり、企業の基幹システムの構築・運用をしてきた実績に裏打ちされた切り札ともいえ、会期中にも、デジタルネイティブ企業とは大きく異なる点であることを何度も示して見せた。

 つまり、IBMはこれらの企業と立ち位置がまったく異なることをあらためて打ち出したともいえる。

 日本IBMの吉崎氏は、「米国では、デジタルトランスフォーメーションをするには既存のハード、ソフト、サービスを知っていることが必要だということが理解されてきた。そしてデータとAIに関しても、しっかりと守られた環境のなかで利用できることの大切さも理解されはじめている。IBMがあらためて見直される流れが生まれてきている。それが、今回のThink 2018では浮き彫りになってきた」と語る。

 注目を集めるブロックチェーン技術に関して、今回のThink 2018では例年以上に力を入れてメッセージを送っていたのも、新たなビジネスモデルや環境の創出を支援する技術であるというだけでなく、データ保護に対する信頼性を強調する意味合いがあった、ともいえる。

 Think 2018では、ブロックチェーン技術の推進コミュニティであるHyberledgerfabricを、IBMが主導開発元として推進していること、IBM Cloudにおいては分散型元帳の高可用性とグローバルカバレージを実現していることを強調した。

 さらに、IBM BlockChain Platformベータのスタータープランを用意し、30日の無料プログラムを提供することなどを発表していたほか、ドバイにおいて、都市のデジタル化においてブロックチェーンを活用したり、米ウォルマートにおいて、食品安全性を提供し、新たな洞察を提供している事例など、IBMがブロックチェーンを活用してシステム構築、運用に関与した例を紹介。信頼性の高いデータ環境を実現し、ビジネスモデルを変革していることを示した。

 今後しばらくは、IBMからは「データ」を中心としたメッセージが続くことになりそうだ。