大河原克行のキーマンウォッチ

パーパスドリブンの企業となり、パーパスに基づく経営方針や事業戦略を実践する――、富士通・時田隆仁社長

 時田隆仁社長体制になって2年目に入っている富士通が、新たな施策を相次ぎ発表している。

 中期目標として掲げているテクノロジーソリューションの2022年度の売上収益3兆5000億円、営業利益率10%という目標は維持する一方、7つの非財務指標をグローバルに採用する方針を新たに打ち出した。

 また、富士通グループ全従業員の原理原則である「Fujitsu Way」を12年ぶりに刷新するとともに、新たに制定した「パーパス(存在意義)」の実現に向け、日本を含む6リージョン体制への再構築や、DX人材の育成強化を盛り込んだ7つの取り組みを発表。2020年4月からスタートしたDX専門企業のRidgelinez、10月に発足する富士通Japanといった、子会社の強化にも意欲をみせる。

 そして、オフィススペースの半減などが話題となった「Work Life Shift」では、新たな生活様式に適した人事制度のほか、オフィスやビジネスの在り方まで見直す取り組みを進めている。これらの施策のベースにあるのは「One Fujitsu」の姿勢であると、富士通の時田隆仁社長は語る。

 相次ぐ施策によって、富士通はどう変わるのか。富士通の時田隆仁社長に話を聞いた。

富士通の時田隆仁社長

「Fujitsu Way」を刷新し「パーパス」を新たに掲げた理由

――2020年1月に本誌で掲載したインタビューでは、2020年1月からの実行フェーズでは、「一気にやる」という言葉を使っていました。その言葉通り、今年に入ってから、数々の施策や方針を発表し、実行に移しています。まさに「一気にやる」という宣言通りのものとなっていますが、これで、ほぼ出し切ったという感じですか(笑)。

 いや、あれでも絞っていますよ(笑)。確かに、7月に経営方針を発表したあとに、「てんこ盛りすぎだ」という指摘が一部にはありましたが(笑)、施策はひとつひとつを個別に打っても意味がない。関連するものまで含めて変えないと効果が最大化しない。ですから、関連する領域までを変えて、一気に発表したわけです。

――富士通は2020年6月に創立85周年を迎えたわけですが、その節目において、「Fujitsu Way」を刷新し、「パーパス(存在意義)」を新たに掲げました。この狙いはなんですか。

 実は、2020年6月の創立記念日にあわせて、「One Fujitsu」というメッセージを、従業員に向けて発信しました。社内ではときどき使われていた言葉ですが、社長として、これを公式メッセージとして使ったのは今回が初めてです。

 富士通は、国内外にも多くのグループ会社を持つ大きな企業です。しかし、大きな企業であるがゆえに、いくつかの課題もあります。例えば海外事業は、これまでは半ば、海外リージョン任せの体制になっていました。また国内グループ会社にしても、おのおのが自立した法人格として、活動することが成長のドライバーとなっていました。

 その結果、お客さまから見ると、富士通のメッセージはなにかということがわからなかったり、現場では、富士通の誰と話せばいいのかという混乱も発生したり、という状況が生まれていました。

 一例を挙げれば、富士通○○という会社はこういうソリューションを出しているが、富士通××では、似たようなソリューションを持っているということが往々にしてあったわけです。

 いま必要なのは、富士通グループ全体のベクトルをあわせなくてはならないということです。富士通は、グループ全体でお客さまの課題を解決したり、社会の課題を解決したりといった点で世の中に貢献をしていますが、バラバラにやっていたものを集中し、ひとつのメッセージとして出せれば、その強みはより際立ち、お客さまにもしっかりと伝わる。メッセージの統一性は、社長として就任以来、ずっとこだわってきました。

 では、富士通としてのメッセージはなにか。それが「パーパス」ということになります。

 これだけの大きな組織ですから、マネジメント上、階層型の組織を作らなくてはなりません。そこにおいて、同じ数値目標を定めてトップダウンでやっていくだけでは、同じベクトルで動くことは難しい。また、企業理念をしっかりと持たない会社は、グローバルのなかで存続できないのは明らかです。そこで存在意義を明確にして、マインドをリセットすることが必要ではないかと思ったわけです。

 私は、「富士通の存在意義はなにか」ということを、昨年から自らに問い続けてきました。そこで導き出した答えを、全従業員でしっかりとシェアをして、共感を得られる形で文書にし、日本語でも他言語でも文脈が通じるように練り上げたのが「パーパス」です。同じ目的を共有することが、「One Fujitsu」であり、その出発点となるのがパーパス。私は、それを作り上げることを最優先事項として、早い段階でまとめたいと思っていました。

パーパスを掲げた

  ――富士通グループ全従業員の原理原則であるFujitsu Wayを12年ぶりに刷新しましたが、ここまで踏み込んだことには、正直驚きました。

 これも、同じく、「One Fujitsu」を実現するという狙いがあります。パーパスを軸とした経営方針や事業戦略を実践していくために、全従業員の行動の原理原則となる「Fujitsu Way」を見直したのです。

 これは、過去のFujitsu Wayを捨て去ったわけではなく、歴代の社長の思いもしっかりと盛り込み、それを引き継ぐ形で見直したものです。Fujitsu Wayは、従業員全員がパーパス実現に向けて自律的に意思を決定し、行動していく際のよりどころになるものです。

 構造として、一番上にあるのがパーパスであり、その下にFujitsu Wayがあり、そして事業戦略がある。さらに、それにひもづいた各ディビジョンの事業戦略があり、事業戦略にのっとったソリューションやプロダクト、サービスが生まれてくるわけです。

 パーパスの目的達成のために、現場でお客さまに提供するソリューションやプロダクト、サービスまで、すべてがつながるわけです。最上位のパーパスがあり、それにあわせてFujitsu Wayを変えたことで、事業戦略やソリューションやプロダクト、サービスも見直すことができるわけです。

 パーパスを打ち出したり、Fujitsu Wayを見直したりしたのは、私自身が、富士通を再認識したことの表れだと思ってください。30年以上富士通に務め、金融分野という超縦割り組織のなかで仕事をし、英国に赴任してからは、富士通という会社を俯瞰(ふかん)し、振り返る機会がありました。

 これらの経験をもとに社長としてのポジションで考えたときに、富士通はどんな会社にならなくてはいけないか、グローバルにビジネスを展開している日本のテクノロジーカンパニーとして、何を目指すべきか。そして、富士通は大企業であり、大企業には大企業として、社会に果たすべき役割があり、そこでなにをしなくてはならないか。

 これを根幹にして考えた結果が、パーパスと新たなFujitsu Wayにつながっています。あらゆるステークホルダーに配慮し、パーパスドリブンの企業となり、パーパスに基づく経営方針や事業戦略を実践する。そして、パーパスを実現するために自ら変革していくことになります。

事業方針を説明する時田社長(2020年3月の会見にて)

グローバルビジネスを日本を含む6リージョン体制に再編

――富士通が新たに掲げたパーパスでは、「イノベーションによって社会に信頼をもたらし、世界をより持続可能にしていくこと」と定義しています。そして、そのなかでパーパス実現のために取り組む課題として、「価値創造」の観点から「グローバルビジネス戦略の再構築」、「日本国内での課題解決力強化」、「お客さま事業の一層の安定化に貢献」、「お客さまのDXベストパートナーへ」という4つの取り組みと、「自らの変革」の観点から、「データドリブン経営強化」、「DX人材への進化・生産性の向上」、「全員参加型、エコシステム型のDX推進」の3点を挙げています。まずは「グローバルビジネス戦略の再構築」という点ですが、ここでは、新たに日本を含む6リージョン体制に再編したことが軸になっていますね。

 これも「One Fujitsu」の考え方がペースになっています。私が「One Fujitsu」と言っているのは、つまり、いまは「One Fujitsu」にはなっていないということです。それを認識したのが、英国に赴任していたときの違和感でした。

 富士通は、これまでにも4つのリージョンに分けたり、5つのリージョンに分けたりといったことをしてきたのですが、先にも触れたように、それぞれのリージョン任せとなっていました。その体制では、「One Fujitsu」は実現できません。富士通というブランドで提供するサービスやプロダクトに対する本社としての責任と、リージョンのお客さまに、その国で求められるソリューションを、各国のレギュレーションに準拠した形で、きちんとしたものとしてデリバリーし、よりエンゲージメントを強めるといった役割を明確にしたのが、今回の6リージョン体制の狙いです。

日本を含めた6リージョン体制

 単に6つに分けたというものではありません。富士通は、PCやサーバーを単に売る会社ではなく、ソリューションやサービスを売る会社であり、それがお客さまの価値につなげることに使命があります。富士通の大きな力を、その国に集中して提供するには、各リージョンに任せきりではいけない。本社がリソースを供給し、プロダクトやサービスといったポートフォリオを、グローバル統一のものとして提供することで、世界中で使われ、安心や品質を担保したものを、自信を持ってローカライズし、デリバリーしていく。それを実現するための体制です。

 具体的には、ソリューションやサービスの開発は、本社が支えて、それを各リージョンにローカライズしていく体制とします。グローバルで共通のポートフォリオ、アカウントプラン、オファリングを実現し、リージョンごとに最適化したサービスを提供するというわけです。これまでのリージョンの考え方とは違い、本社との結びつきを強固にした体制を敷くことになります。

――6つのリージョンのなかには、そのひとつとして、日本も含まれています。日本と海外を横並びにしましたね。

 本社がある本籍地だからといって、日本を特別視はしないということです。経営目線でいえば、ほかの5つのリージョンと同じ目線でマネジメントや評価をしたかったことが背景にあります。また、この体制を敷かないと、ジョブ型人事制度を導入したり、グローバルでポスティングしたりといったことがやりにくい。リージョンをまたいだ人事異動もやりにくい。評価軸をあわせることで、こうした課題も解決できます。これもOne Fujitsuを実現するための一手です。

ジャパンリージョンで富士通Japanが果たす役割は?

――ジャパンリージョンでは、2020年10月に発足する富士通Japanの役割が注目されます。

 AmericasリージョンではFujitsu America、NWE(北欧、西欧)およびCEE(中欧、東欧)リージョンではFujitsu Servicesがあるように、ジャパンリージョンのなかに富士通Japanを発足させ、民需分野の準大手、中堅・中小企業、自治体、医療、教育機関を担当することになります。また、大手企業が富士通本体、日本に特化した業種のお客さまに集中するのが富士通Japanということになります。

 日本は人口減少や少子高齢化をはじめ、日本ならではの課題があり、同時に日本特有のニーズがあります。そうした要素が強い領域において、デジタル技術を活用して社会課題の解決に取り組み、豊富な業種や業界、業務ノウハウを生かしたビジネス起点での提案を行い、クラウドファーストへのシフトを進めることになります。

富士通Japanが10月に発足する

――富士通Japanは、富士通マーケティングと富士通エフ・アイ・ピーを統合し、さらに富士通エフサスと富士通ネットワークソリューションズの営業機能も統合することで、全体で1万1000人の規模になります。小回りが利きにくくなるのではないでしょうか。

 日本という市場を見ても、まだ富士通がリーチできていない地域のお客さまがいたり、必要なソリューションが届けられていなかったりといった領域が山ほどあります。日本全国をカバーするためには、1万1000人という規模は決して多いとはいえません。

 少し言い方は乱暴ですが、社内では、「日本全国を制覇しろ」、「富士通ブランドを全国に示せ」と言っています。日本全国をカバーする上では、コストがみあわないというケースも発生するでしょう。

 だが、日本に根ざしたビジネスをやると宣言した富士通および富士通Japanにとっては、あの地域やこの領域はもうからないからやらないというのではなく、お客さまの課題を解決するためになにができるかということを考えなくてはいけません。

 もちろん、赤字続きの会社を作る気はありません。本社にもたれかかるような会社になることも許しません。自立して、適切な収益をあげることを前提とします。そして、個人の働き方が変わり、パフォーマンスが上がれば、人数は自然と最適化されていくと考えています。

 いまはお客さまから、富士通グループから何人も営業がやってくると言われいます。富士通Japanに統合することで、これもなくしたい。

 また、日本のお客さまの課題を解決するには、富士通グループだけの力では足りません。日本では、パートナーとの関係性がとても重要です。富士通は、日本で最大規模のパートナー連携を持つIT企業です。富士通Japanという会社を作ることについては、多くのパートナーに賛同してもらっています。

 これまでは、富士通の営業部門や富士通マーケティング、富士通エフサスといった複数の窓口であったものが一本化され、パートナーから見ても「どこと話せばいいんだ」という課題がなくなります。

 そして、今後は、パートナーシップの中身についても、変えていく必要があると思っています。PCやサーバーを売ってもらう関係性よりも、サービスをどう展開していくかという関係性が重要になります。こうした流れのなかで、パートナーとのリレーションの作り方を変えていきたいと思っています。

DXのために富士通が取り組んでいること

――パーパス実現のために取り組む課題のなかでは、富士通自らがDX企業になり、そのために、DX人材を育成、強化することも盛り込んでいます。そして、富士通グループの13万人の従業員が、DX人材となることを目指しています。DX人材の育成についてはどう考えていますか。

 富士通は、「お客さまのDXベストパートナー」になることを目指します。それを目指す上で、従業員に言っているのは、「自ら学ぶことへのマインドチェンジが最も大切だ」ということです。ここ数年、社内の教育カリキュラムを充実させ、一律的な集合教育はやめて、自律的に学ぶ環境へと変えています。これによって、自らが目指すキャリアに向け、自らが必要とするスキルを学んでいくことを促しています。

 これができることが、DX企業に求められるDX人材の第1歩です。ジョブ型人事制度の導入についても、社員が自律的に動くことが前提となっています。従業員に対する最大の期待は「自律した人材になり、一人ひとりが強くなってほしい」ということです。

 デジタル技術に精通しているとか、セキュリティスキルがあるとか、AIに詳しいといった人材を、DX人材だと言うつもりはありません。一人ひとりが自律して、自信を持って、自らが持つ強みを発揮できる人材であることが必要です。そして、コラボレーティブな振る舞いができる人材であり、協働するというマインドセットを持つことが大切です。

 私自身も、オールラウンドに知識や経験を持つ人材こそがプロジェクトをまとめられるとか、プロジェクトマネージャーは、すべてに精通している人材が担うべきであるというなかで、それを目指して努力をしてきましたが、DXの実現はそうしたものではありません。一人が持つノウハウや経験、知識だけでは成しえません。一人でやるよりも、補完するノウハウや知識を持った人材との協働の方が重要になります。

 富士通という大企業を維持するためには、どうしても縦割りの組織をつくらざるを得ない。しかし大事なのは、組織の壁を越えてコラボレーティブに動ける人材であり、他者の意見を受け入れるダイバーシティ&インクルーシブのマインドセットです。自らが自律して、自信を持ち、その上でコラボレーションを受け入れる。これがDX人材だといえます。

「お客さまのDXベストパートナー」を目指していく

――時田社長自らが、CDXO(Chief Digital Transformation Officer)に就き、SAPジャパン前社長から富士通入りした福田譲執行役員常務をCDXO補佐とし、今回新たに、社内15部門にDX Officerを新たに配置しました。新設したDX Officerはどんな役割を担いますか。

 DX Officerは、全員が兼務で就いてもらった仕事ですが、一人ひとりが各部門においてインフルエンサーになることを期待しています。CDXOのように、社内に制度をつくったりルールを周知させたりするための人材ではなく、コラボレーティブな組織や風土にすること、そうしたマインドを持った人材を、どんどん増やすことが役割になります。DX Officer同士が課題を持ち寄って解決策を見いだすような構造を作って、全体にいい影響を与えるようにしたいですね。

 SAPジャパンから入社した福田譲氏や、日本マイクロソフトから富士通のCMOに就いた山本多絵子氏など、新たな人材を役員クラスに迎え、それがリーダーシップチーム全体にいい影響を与えています。これと同じことが、さまざまな部門、さまざまな階層で起こることを期待しています。

DX人材への進化などとあわせて、DX Officeによる社内DXの推進も期待されている

――DX専門会社のRidgelinezが、2020年4月1日からスタートしました。出足については、どう自己評価していますか。

 新型コロナウイルスの感染拡大のなかでスタートすることになり、ファシリティづくりが追いつかなかったり、営業活動にも制限がかかったりといったこともありましたが、7月に入って、お客さまとのコラボレーションモデルの提案や、ワークショップを通じた議論が始まっています。

 評価をするにはまだ早いのですが、お客さまから「これは富士通向けだね。これはRidgelinezだね」といった話が聞かれ始めています。富士通は、大きくて、きっちりしているというイメージがあるのに対して、Ridgelinezは、いい意味でしなやかに、柔軟に対応してもらいたいというときの窓口になっています。富士通とお付き合いがなかったお客さまから声がかかり、また、いままでお付き合いをしていた会社の違う部門の人がRidgelinezに声をかける、といった動きもあります。

 メディアの方々からは、「富士通とRidgelinezのすみ分けはどうするのか」と聞かれることが多く、これに対しては「自然にすみ分けられますよ」と回答していました。実際、その通りになっています。お客さまが上手に選別してくれています。また、富士通そのもののDXについても、Ridgelinezの力を借りているところです。そうした取り組みを通して、富士通に対してもいい影響を及ぼしてくれることを期待しています。

富士通が「Work Life Shift」を実施している狙い

――一方で、一連の施策のなかで注目を集めたのが「Work Life Shift」です。「オフィス半減」や「通勤定期券代の廃止」といった言葉が先行しましたが、社員の反応はどうですか。

 「オフィス半減」ばかりが前面に出てしまい、われわれの意図と違って、残念なところがあります。これは、新しい時代に対応した働き方をわれわれ自身が実践し、それを社会に提供できるかが重要なのです。

 2022年度までに、オフィスが半減することが目的ではないですし、本当に半減できるかどうかまでを精緻には見ていません。また通勤定期代廃止についても、場所を限らない限定しない働き方においては、通勤定期代を支給しないことにしたわけで、必要な交通費や出張旅費は、都度、精算する仕組みにしています。

 Work Life Shiftは、従業員へのアンケートの結果を踏まえて実施したものであり、2017年からテレワークを行ってきた経験も生かされることになります。コラボレートを目的とした「ハブオフィス」、コネクトを目的とした「サテライトオフィス」、コンセントレートを目的とした「ホーム&シェアドオフィス」に分け、それぞれにあわせた形で、働く場所をリノベーションする一方、従業員は、働き方をチョイスでき、その働き方を会社が担保するわけです。汐留の本社オフィスも、東京・蒲田のソリューションスクエアも、Work Life Shiftに向けたリニューアルをすでに完了しています。

 単身赴任の仕組みを見直すといったことも含めて、従業員の生活スタイルにまで及ぶ内容になっていますから、「自分の生活がどうなるのか」といった不安を感じる従業員がいるのは事実です。しかし、多くの従業員がポジティブに受けとめてくれています。

課題が見えたということは、富士通が貢献できる機会が増えたということ

――新型コロナウイルスによって、世の中が大きく変化しました。これは、富士通の変化において、どんな影響を与えていますか。

 新型コロナウイルスの感染拡大によって、企業の継続性が重要なテーマとなり、IT化やDXに対する理解と意識が、急速に高まっていることを感じています。特に、行政や医療、文教では、オンライン化が大きな課題となっており、深刻度が増しているともいえます。

 テレワークという観点から見ても、これまでは働き方改革という観点で進められていたものが、世界全体を巻き込んだパンデミックのなかで進められるようになった。新型コロナウイルスがドライバーとなって、すごいスピードで浸透しているのは周知の通りです。

 富士通の立場から見れば、いままでは表層しか見えていなかった課題や、企業が取り組まなくてはならない課題が明らかになり、極端な言い方をすれば、自分たちで課題を探しに行かなくても済むようになりました。パーパスにあるように、富士通は、持続可能な社会づくりに貢献するための社会課題の解決に取り組むテクノロジー企業です。課題が見えたということは、貢献できる機会が増えたということになります。

 富士通の変化という点でも、いい機会になっています。昨年から、やろうと思っていたことは変えていません。オフィスを変えるという取り組みも、新型コロナウイルスの感染拡大前からやろうと思っていたことです。ただ、そのスピードが劇的に速まりました。私の在任中にできるかどうかと思っていたことが、確実にできるようになったものもあります。

―― 一方で、新型コロナウイルスが業績に及ぼす影響はどうですか。7月末の業績発表で、2020年度の通期業績見通しを、売上収益が前年比6.4%減の3兆6100億円、営業利益が同0.2%増の2120億円、当期純利益は前年並の1600億円としました。

 多くの企業でプロジェクトの中止や延期ということが起きています。これはマイナスに働いていますが、これを機に、変革をより一層、進めなくてはならないというお客さまも多くいます。業績への影響は、思っていたほどのネガティブなインパクトはないといえます。ただ、この先がどうなるかは読み切れませんし、油断はできません。しかし、公表した業績はなんとか達成したいと思っています。

富士通はもっと強くなる

――システム保守や運用、プロダクト提供といった従来型IT領域を「For Stability」と呼ぶ一方、DXやモダナイゼーションといったデジタル領域を「For Growth」と呼ぶ成長領域に位置づけています。「For Growth」の領域における富士通の強みはなんですか。

 富士通は、あらゆる業種に展開し、官公庁や自治体でも多くの実績を持っています。これは富士通の最大の強みです。ただ、この強みをさらに進化させるには、従業員一人ひとりがマインドセットを変え、コラボレーティブに振る舞えるかどうかにかかっていると考えています。

 これまでは、強いインダストリーカットのフォーメーションが富士通の発展を支えてきた。私も金融という枠から長年出たことがなかった。しかし、この強さをベースにして、お互いが横に向けば、より強い力が発揮できます。

 2020年4月に、ファイナンス&リテールソリューションビジネスグループを設置しました。金融と小売を融合した組織です。SEと営業を一体化するとともに、目標設定もあわせています。こうしたクロスインダストリー型の組織を作って、DXやモダナイゼーションにおける効果を生み出したいですね。縦の組織とは別に、デリバリーのための組織体を柔軟に、しなやかに変えていくべきだと考えています。

 また、垂直統合が必要な領域もあります。例えば、5Gに関する垂直型の組織を設置しました。ここでは、基地局ユニットだけでなく、富士通のもうひとつの強みであるソフトウェアやサービスを組み合わせた垂直統合によって、お客さまや社会に届ける取り組みを開始しています。こうしたところにも富士通の強みが発揮できると考えています。

For StabilityとFor Growth

――新たな方針のなかでは、人権・多様性、ウェルビーイング、環境、コンプライアンス、サプライチェーン、安全衛生、コミュニティの7つの課題について、NPS(Net Promoter Score)を用いて評価する仕組みを導入することを明らかにしました。こうした非財務指標を経営に用いる理由はなんですか。

 非財務指標は、社会に責任を持っている企業であれば、必ず求められる指標です。私は、非財務指標の評価なしには、企業としての存続意義はないというぐらいに思っています。顧客とのエンゲージメントや関係性をもとに、従業員との関係、満足度が高まれば、その結果、お客さまには、さらにもいいものが提供できるという循環につながります。お客さまの満足度は、従業員にもさらにいい影響を与えます。このサイクルを確立できた企業は強い。非財務指標として、7つの柱を掲げましたが、どこに強弱をつけるということではなく、すべてに力を入れていくつもりです。

 これまでにも、顧客満足度や従業員満足度を測るということはしてきましたが、これをプロフィットに直結させるというのは今回が初めてのことですし、それをグローバルで展開することも初めてです。

――今後5年間で5000~6000億円の投資を行う考えも示していますね。

 サービスやオファリングの開発投資のほか、M&Aや有力パートナーとのアライアンス、ベンチャー企業といった外部への投資、将来を見据えた戦略的なDXビジネスへの投資を行います。また、高度人材の獲得や社内人材の強化、システム強化のための投資も実行する予定です。

――富士通を変える施策が相次ぐことになる2020年度ですが、富士通にとっては、どんな1年になるでしょうか。

 富士通の体質が変わることになる1年といえるでしょう。コロナ禍で、行動が制限されるなかでも、スピードが緩むことがなく経営ができている点も、富士通の強さが発揮できている部分だといえます。

 やりたいと思っていることは、着実に進んでいるという感触もあります。リーダーシップチームのコミュニケーションも、いい状態となっており、外からもいい刺激を持ち込めていると感じています。これが従業員にも伝搬しているのではないでしょうか。

 今後は、データドリブン経営に変え、それを徹底していくことになります。富士通はもっと強くなる。その結果、2022年度のテクノロジーソリューションの2022年度の売上収益3兆5000億円、営業利益率10%の目標を達成したい。私の経営の結果が評価されるのは、結局は、その数字を達成できるかどうかになってしまいますから(笑)。それをしっかりとやり遂げたいですね。