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日本企業のために日本の文化・歴史に根ざしたDXを提案する――、Ridgelinezが説明した、これまでとこれからの取り組み
TRANSFORMATION SUMMIT 2020レポート
2020年8月14日 06:00
2020年4月1日に事業をスタートしたRidgelinez(リッジラインズ)株式会社が、8月6日・7日の2日間、同社初のプライベートイベント「TRANSFORMATION SUMMIT 2020」を、オンラインで開催した。
会期中には2200人が参加。Ridgelinezの今井俊哉CEOは、「日本初のDX(デジタルトランスフォーメーション)の会社に対する期待を感じ、より緊張感が高まった」としながらも、手応えを示してみせた。
このイベントを通じて、Ridgelinezのこれまでの4カ月間の取り組みと、Ridgelinezの方向性が、より明らかになったといえるだろう。同イベントの基調講演や、イベント終了後の今井CEOへの共同取材を通じて、Ridgelinezのいまとこれからを追った。
“静の感覚”を持ったトランスフォーメーションが日本のカルチャーにあっている
Ridgelinezは富士通が100%出資し、日本初のDX専門会社として4月1日に設立された。
Ridgelinezの今井俊哉CEOは、TRANSFORMATION SUMMIT 2020の会期初日の基調講演で、「コロナ禍でスタートを切ることになり、キックオフはリモートで行った。まだ設立4カ月であり、赤子のような会社。だが、主業は日本企業のトランスフォーメーションという大それたものである。日本初のDX専門会社として、日本の企業のために、日本の文化や歴史に根ざした提案ができる企業になりたい」と、あらためて同社の役割を宣言してみせた。
今井CEOのその思いは、同社のロゴマークにも込められている。Ridgelinezのロゴマークは、同社が「トランスフォーメーションライン」と呼ぶ、S字のようなデザインだ。
「S字のように下から上にあがっていくデザインは、いまの地点から、新たな未来に移っていくための道筋を示している。そして急な坂道や山道を登っていくように、トランスフォーメーションが簡単ではないことも示した」とする。
一方「このラインのなかには、日本人が好み、安定感を感じる1:1.414という白銀比を取り入れている。白銀比は、日本人が標準的に利用するA4用紙や、法隆寺の五重塔にも採用されている。トトロやドラえもんも白銀比のデザイン。白銀比は、どちらかというと静のイメージを持ったものであり、静の感覚を持ったトランスフォーメーションのやり方が、日本の文化や日本の企業のカルチャーにあっていると考えた」と語る。これがRidgelinezの基本姿勢を示したものになる。
そして、外資系コンサルティング企業との差も示してみせる。
今井CEOは、「Ridgelinezの役割は、DXにかかわるコンサルティングビジネスと、プロトタイピングである。プロトタイピングとは、新たなビジネスを試そうと思ったり、新しい人事制度を試そうと思ったりした場合、ビジネスをITの世界に落とし込んで、プロトタイプを作るところまでを担当しているということ。具体的になにをするかというところまで踏み込むことができる」とする。
そのために、Ridgelinezには3種類のコンサルタントが在籍している。課題やトランスフォーメーションの戦略的ターゲットの設定を、経営陣と一緒に考える「Industry DX Strategy Consultant」、設定した課題に対するソリューションを考える「DX Competency Consultant」、そして、実装をイメージした具体的な技術を提案し、アジャイルで開発を行い、顧客に肌感覚で変革を体験してもらう役割を担う「DX Technology Consultant」である。
「3種類の違った役割を持ったタレントを組み合わせることができるのが、Ridgelinezの特徴になる。戦略系コンサルティングを行うIndustry DX Strategy Consultantだけでなく、DX Competency Consultantには多くの経験値を蓄積し、DX Technology Consultantは中立的な立場で、顧客に最適なテクノロジーを提案できる存在を目指す。どのテクノロジーが最適であるかをジャッジし、提案を具体化できるチームがいること、そして、最後の実装部分までをコンサルタントが提案できるという点は強みである」と語る。
そして、こうも語る。
「外資系コンサルティング会社は、システムインテグレーションやアウトソーシングまでを担っている。そのため、SIをやるために上流コンサルティングを行うという形になったり、SIで儲けたり、といった仕組みになっている」と指摘。
「Ridgelinezは、SIerになろうとしているわけではないため、SIはやらない。その部分は、富士通グループをはじめとした他社の力を利用する。つまり、プロダクトアウトの立場で提案するのではなく、顧客の経済価値から見て、顧客のトランスフォーメーションを手伝うことができる。ここでは、アライアンスも積極的に活用していく。こうした仕組みによって、日本の企業のトランスフォーメーションのお手伝いをしたい」とし、日本初のDX専門企業であるとRidgelinezと、外資系コンサルティング企業との差をこんな観点から示してみせた。
今井CEOは、「Ridgelinezは現在、275人の会社。だが、3年を経過しても200億円程度の規模の会社だと思っている」とする。
SIを含まないビジネスであることから、売り上げ規模はこの水準にとどまるというわけだ。
Ridgelinezが打ち出す「中立性」
SIを行わないビジネスモデルとともに、Ridgelinezがもうひとつの特徴として打ち出しているのが中立性だ。
今井CEOは、「Ridgelinezはテクノロジーファーストの会社ではなく、クライアントファーストの会社である。顧客にとって、DXを実現するためになにが必要かという際に、富士通の商品がよければそれを提案するし、AWSのクラウドサービスや、NECの顔認証技術を利用したほうがいい場合にはそれを提案する。顧客にとってなにがいいのか、ということでテクノロジーを選ぶ。そこでお金をもらう会社である」とする。
Ridgelinezの小野敦史氏は、「現在、仕掛かり中の十数件のうち、半分ぐらいは富士通グループとは関係がない形で進んでいる案件。ここでは、グローバルなベンダーと組んでいくことになり、まさにクライアントファーストの案件として推進している事例になる」とする。
今井CEOも、「アーキテクチャをデザインするチームが、テクノロジー同士の結合の良さや整合性を見たり、顧客の環境を考えてどれがいいかを、フラットな目線で提案したりできるのが、Ridgelinezの特徴。標準的なソフトウェアを提案する際には、その2択のなかに富士通が入っていないことも多い」とし、「富士通の時田隆仁社長から言われていることは、Ridgelinezは富士通の連結子会社だが、Ridgelinezが成長しても、富士通が大きくなるとは限らないということ。独立性を明確にしている」と語る。
2020年4月にスタートしたRidgelinezは、現時点で50件ほどの案件に取り組んでいる模様だが、売り上げ全体のうち、6~7割の案件が、これまでの富士通総研や富士通本体で取り組んできた、いわば富士通系ビジネスを引き継いだものだという。
また約2割が、引き継ぎ系の案件のなかから「Ridgelinezになったのでやり方を変えてみたい」という、DXを視野に入れた取り組みに挑み始めたものだ。そして残りの1割強が、Ridgelinezが独自に獲得し、DX専門会社として取り組む案件になる。
「Ridgelinezが独自に取り組んでいる案件は、現時点では5、6件。案件獲得においては新型コロナの影響はないが、今年はできるだけ案件数を絞って、きっちりとトランスフォーメーションのプロジェクトに結びつけることが大切だと考えている。ギアをあげるのは来年になる」とする。
その一方で、実装まで到達している案件のなかで、Ridgelinezらしさが出ているものがすでに生まれているとも語る。
現時点では、消費財のユーザーという段階までしか公表できないというが、「もともとは対面販売が主体の商品であったものを、データをもとに、顧客ごとの使い方や嗜好(しこう)、商品の浸透度合いなどを収集し、客観的なデータをもとに、リモートで拡販をするための仕組みを構築している」という。
2020年度下期にはサービスインする予定であり、すでにデバイスを導入した作業が進められているという。
また、富士通そのもののDXにも関与していることも明らかにする。ここでは、AIを活用したビジネスマネジメントの合理化を目的とした取り組みを開始。まずは売り上げ予測で成果があがろうとしている。
「プロジェクトが受注状態となっていた案件や、クロージングに近い案件などを定量的に分析し、2~4年先の売り上げ数字を予測できる。2年先ということで見た場合、財務部門の積み上げ型の予測に比べて、誤差を半分程度にまで縮小できる。会社設立から4カ月という短い期間内にここまでの成果があっており、今後は、さらに精度をあげるとともに、バックヤードのトランスフォーメーションにもつなげたい」とする。
「得意技」の創出に取り組む
一方で、「得意技」の創出にも余念がない。
ひとつはCX(カスタマーエクスペリエンス)の領域だという。
「もともと富士通でCXをやっていたチームが主体となっているが、ここには外部経験者が多く、Ridgelinezのなかでは、むしろ違和感がないチーム。DX Competency Consultantにも多くのCX経験者がおり、商品開発や流通、販売、マーケティング戦略にダイレクトにつながるような提案ができ、AIに関する人材もいる。最も進んでいるチームである」とする。
もうひとつが、ものづくり分野だ。
「富士通のものづくり本部をカーブアウトし、Ridgelinezに取り入れたチームが、メーカーである富士通のケーパビリティをもとに、わずか3カ月でサービスオファリング化することができた。ここでは、サービスをデリバリーするために、外部のソフトウェアプロダクトも活用している。下期には成果が出るだろう」とする。
今井CEOは、「こうした取り組みを通じて、Ridgelinezの得意技が見えてくることになる。どんなことができるのかということを、コンピテンシーとテクノロジーの2つの軸から具体的に強化し、外に向かって示すことで、ソートリーダーシップ(Thought Leadership)を発揮したい。そして、顧客の戦略を深いところで議論をして、新たな価値や、ひとひねりしたものをやっていきたい」と語る。
富士通はビジネスの話に入れていなかった
富士通がRidgelinezを設立した目的のひとつを、今井CEOは、次のように自ら予測してみせる。
「DXはビジネスの話であり、対象なるのは、事業を持っているリーダーである。だが、富士通がこれまで対象としてきたのは、CIOやIT部門であり、そこから抜けきることができていないのが実態である。つまり、ビジネスの話に入れていない。Ridgelinezの守備範囲はビジネスの領域であり、そこに対して提案し、売って行くことになる。意思決定者が、レガシーとは別の仕組みで意思決定ができるものを作り、新たなビジネス機会を創出できるようにする」
社内にデータがあるのに、それぞれのデータの性格が違うためにつなげることができないため、結果として、材料(データ)があるのに正しい意思決定ができないといった企業が多いという。またデータがあっても、そこから導き出される結果のクオリティが低いため、おかしな判断をしたり、正確な判断ができなかったりといった状況が、多くの企業で生まれていると指摘する。
「こうした状況を変えたい。もちろん、いきなり全社規模でDXをやるという会社はない。10の事業部があれば、まずはひとつで試してみたいということになる。社長とCDO、事業のリーダーがかかわり、意思決定のやり方やスピードが変わり、中身が変わらなくてはならない。乱暴にいえば、70~80%の精度でもいいので、迅速に意思決定ができものを提案したい」
こうした提案も富士通から独立した企業であるからこそ実現できるものだといえそうだ。
Ridgelinez自らのトランスフォーム
その一方で、今井CEOは、「Ridgelinezは、まだ設立4カ月の赤子のような会社」と語り、「人材育成は最重要課題のひとつ」と語る。
基調講演のなかで、今井CEOは、「戦略系コンサルティング会社が日本に進出して、100人規模の体制になるまでには15年から20年かかっている。Ridgelinezは、今年4月からスタートしたばかりの会社だ。富士通や富士通総研から人を引っ張ってきているが、会社が変わり、働く場所が変わっただけでは、DXコンサルタントにはなれない。トレーニングをしなおす必要もあり、Ridgelinez自らのトランスフォームする時間も必要である」とする。
そして、「Ridgelinez自らもDXに取り組む必要があるが、まだ3~4割程度の水準。まずは富士通が持っていた『おらがやり方』をなくすことから始めている。また、富士通から会社を分けた意味は、ケーパビリティをトランスフォーメーションすることであり、富士通グループとは異なる独自のITインフラ、ビジネスインフラで構築し、富士通グループでは、なかなか使いにくいツールも使っていくつもりである。自ら意図を持って、さまざまなツールを使いたい。Slack、TeamsやZoomといった情報系システムはもちろん、人事や会計などの基幹系システムにも、レガシーではないものを使いたい」とする。
今井CEOによると、会計システムは来年度からS4/HANAを導入する予定であり、人事システムは、現在、レガシーなものを使用しているというが、「タレントマネジメントをどうするかが重要であると考えている。また、富士通のやり方や富士通総研の仕組みがあるが、これも新たなシステムに移行をしていきたい。社内でDXを行い、新たなものへとスピーディーに移行させることにも取り組んでいく。社員には、富士通時代のオペレーションを忘れてほしいと言っている。まずは、RidgelinezそのもののDXを行い、それを富士通のDXに展開し、それらの実績をもとに、顧客に対しても、直接体験をもとに物事がいえるようにしたい」とする。
自らが体験し、自らをショールーム化し、それらをもとに提案していくことを重視する考えだ。
文化のトランスフォーメーションも必要
Ridgelinezが、DXを提案する上で重視するのは、D(デジタル)ではなく、X(トランスフォーメーション)だという。
今井CEOは、「Dのところに注目し、デジタライズすればなにかが変わるという考え方では変革はできず、成果も生まれない。業務プロセスや戦略の立て方、人のマネージの仕方まで変わらないと、これまでと違った結果を出すことができない」としながら、「企業は、経営環境や事業環境が変わるなかで、なにか違うことをしなくてはいけないと考えている。その変革を、テクノロジーが後押しするのがDXである。データドリブン経営といわれるように、さまざまなデータを使える形にして、それによって意思決定をスムーズにし、有益なものにしていくことが求められているが、これもデータマート、データアナリティクスといったテクノロジーによって、意思決定の迅速化、質の変化を実現することができる」とする。
変革に向けた取り組みが前提にあって、それを支えるのがテクノロジーであるという考え方が重要であることを訴える。
それは、日本の企業がERPを導入した際に、BPRを行わなかったため、業務の標準ができず、結果として、欧米の企業に比べてビジネスのパフォーマンスを上げられなかった反省から示してみせる。ERPというデジタルテクノロジーに目が向き、ビジネスプロセスを変革しなかった結果だというわけだ。
そして、こんな提案もする。
「日本の企業は、ストイックなところがあり、テクノロジーを使って、楽になったのに、これまでと同じ給料をもらっていていいのかという発想がある。だが、経営者も、上司もそうした発想を変える必要がある。他人が楽をしていることをやゆせずに、前向きにとらえることが大切である。テクノロジーを正しく使って楽をしているのならば、それは正しいことであると思ったほうがいい。あんな働き方でもOKなんだと思ってもらうことが大切である。こうした文化へのトランスフォーメーションも必要だ」などとする。
その上で、「トランスフォーメーションをするというのは、これまでとは違うことをやることである。違うことをやると生産性が落ちるのは当然だ。ところが、目の前にある目標を達成しなくてはならないため、生産性が落ちる領域に人を配置することを嫌がる傾向が強い。いまここで発生する生産性の低下と、将来への布石とのギャップを埋めなくてはならない。そこにテクノロジーを使うことができる。プロセスの自動化によって、60%の力で100%の仕事ができれば、その余力を使って、新たな領域に人を配置するという意思決定ができるようになる。これがDXである。DXは、デジタルによって新たなビジネスモデルを生み出すといったことを指すのではなく、もう少し幅広くとらえる必要がある」とする。
データドリブン経営がDXの近道である理由
さらに今井CEOは、「DXを行う上では、なぜトランスフォーメーションをしなくてはならないかということが腹落ちしていること、なにをどこまで変えなくてはならないのかということに対する戦略性を理解すること、そして、半年程度という現実的な時間軸で変化をすることが大切である。これが組織のなかに必然性が共有されていないと、DXはうまくいかない」と指摘する。
いまうまく回っているものを維持しながら、生産性が落ちたり、嫌な思いをしながら新たなことに挑戦して、変革に挑むには、腹落ちすることや必然性を理解することが大切なのだ。
そして、「DXを行う必然性を理解するには、自分自身の行動を変えるために納得できる客観性が必要である。そこにデータが活用できる」とする。
データドリブン経営がDXの近道である理由はここにある。
今井CEOは、「20年前には、eビジネスという言葉が使われていたが、いまは誰も使わない。それは、eビジネスが当たり前になっているからだ」としながら、「10年を経過したらDXも誰も使わなくなるのではないかと考えている。テクノロジーに支えられたトランスフォーメーションが普通になることを期待している」とする。
いまはDX専門企業という言い方が、むしろ特殊に映るが、今井CEOが目指しているのは、DXという言葉がなくなる世界の到来だ。
「日本初のDXの会社として、日本の企業のため、日本の文化や歴史に根ざした提案ができる企業になりたい」とするRidgelinezの姿が、少しずつ明らかになってきた。だが、DX専門企業であるRidgelinezの最終的な目標は、DXが一般化し、DXという言葉をなくすことだといえそうだ。