大河原克行のキーマンウォッチ

信頼を再構築するには実績しかない――、富士通・時田隆仁社長が進める「営業利益率10%」に向けた取り組み

 富士通株式会社はこの2年半に渡って、数々の変革に取り組んできた。中小企業や自治体向けビジネスの富士通Japanへの統合、DX推進の旗頭となるRidgelinezの設立、50年以上の歴史を持つ富士通研究所の統合など、新たなフォーメーションへの移行とともに、パーパスドリブン経営へのシフトや、全社DXプロジェクト「フジトラ」を推進。富士通独自の働き方改革であるWork Life Shiftも、大胆な施策を展開してきた。

 富士通の時田隆仁社長は、「計画したことはすべてやり切った」と言い切る。2021年10月には、新たな事業ブランドとして「Fujitsu Uvance(ユーバンス)」を打ち出し、富士通が成長分野と位置づける「For Growth」を、この言葉に置き換えていく姿勢も見せる。

 注目されるのは、2022年度に最終年度を迎える中期経営計画の行方である。時田社長は、テクノロジーソリューションの営業利益率10%という目標達成に強い意欲を見せる。

 2022年の富士通の事業戦略について聞いた。

富士通の時田隆仁社長

One Fujitsuに向けて何が必要か、という課題認識を共有する

――2021年は、富士通にとってどんな1年でしたか。

 いい面もあれば、悪い面もあった1年でした。そして、先の予想がつかないという状況が当たり前になったことを強く実感しています。2021年は状況が良くなるだろうと多くの人が言っていましたが、新型コロナウイルスの影響はいまでも続いており、経済活動に影響を及ぼしています。これがいつまで続くのか。誰も予想がつきません。

 2020年は、コロナ禍により、ほぼすべての企業が経営スタイルを変えざるを得ない状況となりましたが、2021年は、先が見えないことが言い訳にはならないことが明確になった1年だったといえるでしょう。2022年も、ウィズコロナの環境になるのは明らかです。もはや、アフターコロナを語る経営ではいけないと考えています。

 こうした不確実な時代ですから、経営に大切なのは、しっかりとした軸を持つことであり、従業員にもその軸を理解してもらい、その軸に寄り添った振る舞いをしてもらうことです。

 その軸となるのがパーパスです。富士通では、2020年7月に、「イノベーションによって社会に信頼をもたらし、世界をより持続可能にしていく」ことをパーパスに定めました。パーパスドリブン経営に舵を切ったということは、富士通にとって重要な変化であり、やらなくてはならないタイミングで、それができたと思っています。

 2021年度(2021年4月~2022年3月)は、全世界13万人の富士通グループ従業員一人ひとりが、それぞれにパーパスを掘り下げる「パーパスカービング」という活動を行っています。これは従業員一人ひとりが、富士通のパーパスとの距離感を認識し、この状況下において、なぜ富士通で働くのかということを考え、見つめなおす機会にもなっています。私自身もそれを行い、その内容をYouTubeで公開しています。

 また、「One Fujitsu」の方針も打ち出しましたが、まだひとつにはなり切れていない部分があるのも確かです。One Fujitsuになるんだという方向性は一致していますから、それに向けてなにが必要なのかという課題認識を共有していくことが、これから大切だと思っています。

――国内ビジネスの機能を統合した富士通Japanにはどんな手応えを感じていますか。

新たなフォーメーションについて

 富士通マーケティングと富士通エフ・アイ・ピーを統合し、さらに富士通の自治体、医療、教育機関を担当するビジネス部門と、民需分野の準大手や中堅中小企業を担当するシステムエンジニアを統合したのが富士通Japanです。従業員1万人規模の大きな統合ですし、各社が持っていたカルチャーともいえる部分の差異を埋めるのに時間がかかっていることが、現時点での課題です。One Fujitsuの事業モデルに変えるために、社内業務プロセスの変更だけでなく、お客さまへの接し方、売り方といったところから変えていくことに取り組んでいます。

 もともと旧・富士通マーケティングなどは、「ミニ富士通」と表現されていましたが、実は、「ミニ富士通」の状態であれば、まだ良かったと思っているんです。やり方が同じであればいいが、よく見てみると、ミニ富士通でもなく、やり方が違ったり、異なる文化を持ったりした会社や部門があり、それを統合する大変さを感じているからです。統合効果は、早ければ早いほどいいのですが、そんなに簡単ではありません。やりながら見えてきたところもありますし、それ相応に時間がかかってしまっている部分があります。この点では、富士通Japanの社員にも負荷がかかっていることは感じます。

 私自身、富士通Japanの統合は、経営としての最大のテーマととらえており、2021年度中(2022年3月末)には地盤づくりを終わらせ、2022年度からは課題を解決しながら前に進みたいと考えています。ただ、この1年の取り組みのなかで、富士通Japanの社員が、事業モデルを変えるという方向に向けて姿勢が定まったことは、大きな成果だといえますね。

 ヘルスケア、行政、自治体、地域の中堅・中小企業は、ウィズコロナの時代において、最も厳しい環境に置かれている領域ですから、富士通Japanが、そこに対してしっかりと貢献できるソリューションやサービスを提供し、経営が止まることがないように支援して、次なるステップに対する提案や、サポートをしていきたいと考えています。

――DXを推進するためのRidgelinezも、設立から間もなく2年を経過しようとしています。

 Ridgelinezは、富士通の「出島」として設立した効果は確実に出ており、売上高は130~140%の伸長を見せ、幅広いお客さまを獲得しています。富士通と重なっているお客さまは、2割程度にとどまっています。富士通がいままでリーチできていないお客さまにアプローチしたり、富士通とは重なっているお客さまでも、富士通がCIOにアプローチしたりしていたのに対して、Ridgelinezは、CFOやCDOなどにアプローチできていることが大きな成果です。これは、富士通の「引力」に引っ張られないビジネスができていることの証しともいえます。

 2022年は、こうした実績をもとに、富士通グループの一員として、One Fujitsuの考え方を進めます。DXに関する上流コンサルティングをRidgelinezに任せ、それを富士通がしっかりと巻き取り、さらに、その後の状況をRidgelinezがとらえて、新たな変革やロールアウトにつなげるというシナジーを発揮できるように進化させていきたいと思っています。

――そうなると、「出島」という言い方が合わなくなってきますか。

 いや、出島は本土とつながっていますからね(笑)。人の行き来はありますし、実際、富士通の社員が、Ridgelinezに行ってトレーニングをしたり、Ridgelinezから富士通に戻ったりというケースもあります。出島であって離れ小島ではない、ということが大切なんです。

「フジトラ」と「Work Life Shift」の成果

――2020年10月に本格始動した富士通全社のDXプロジェクトである「フジトラ(Fujitsu Transformation)」はどんな成果が出ていますか。

全社DXプロジェクト「フジトラ」

 いろいろなことが社内で進んでいます。フジトラの名称のもとで約15のイニシアティブが走っており、先ほど触れた「パーパスカービング」もそのひとつです。コミュニケーションの規模や密度は確実に上がっています。メールやTeamsを利用したコミュニケーションのほか、Yammerも活発に利用しています。私も、こうしたツールを通じて、富士通グループのなかでどんなことが起こっているのかを知ったり、それに返信をしたり、あるいはそれを起点に課題解決に動き出すということもあります。

 また、バブソン大学の山川恭弘准教授と話をして、2021年11月には、富士通社内に社内起業家プログラムを立ち上げました。国内から約200人、海外から約200人の合計400人以上の申し込みがあり、ピッチコンテストも開催しました。挑戦することが当たり前の富士通になるための仕掛けであり、良い失敗をたくさんするための仕掛けでもあります。

 富士通は、これまでにも新規事業創出プログラムを実施してきましたが、あまりうまくいかなかった反省があります。今回は、新規事業立ち上げに向けた教育を行うこと、社外のアドバイザーから意見を得ること、そして、新規事業にしっかりと投資をしていくという3つのステップで構成し、挑戦していくことになります。フジトラの活動は、とにかく多岐に渡っています。富士通Japanでは、新たに「ジャパトラ」も開始しています。そうした成果は少しずつお見せできるのではないかと思っています。

――富士通は、2020年7月に、ニューノーマル時代における新しい働き方のコンセプト「Work Life Shift」を発表し、2021年10月には、これを進化させた「Work Life Shift2.0」を発表しています。最初はオフィス半減ばかりが注目を集めましたが。

 2021年に進化した「Work Life Shift2.0」では、男性育児参加100%の推進を目指して、配偶者の出産前後に最大2カ月の100%有給休暇を付与するといった制度を整え、男性社員の育児参加を積極的に促進することを盛り込みました。

 また、Work Life Shiftのコンセプトに共感いただける地方自治体と連携し、ワーケーションプランを企画・推進しており、大分県に続いて和歌山県でも実施できるようにしています。Work Life Shiftの取り組みは完成形がありませんし、状況変化にあわせて進化していかなくてはなりません。

 社内では、VOICEプログラムを活用して社員の声を分析し、それをもとに社員の要望や改善提案を反映させながら、Work Life Shiftを進化させています。いまは、社員に対して出社するようにという指示も出していないですし、逆にテレワークをするようにという指示もしていません。一人ひとりが自律して、働き方を決めていくスタイルになっています。

 環境は変化しますから、2022年には2022年ならではの施策を盛り込む予定です。そうなると、2022年は、「Work Life Shift3.0」にバージョンアップすることになるかもしれませんね(笑)

富士通研究所を統合した理由は?

――グループフォーメーションの再編では、52年間続いた富士通研究所を、富士通に統合したことも大きな動きといえます。すでに成果は出ていますか。

 富士通研究所の統合を決めたのは、研究所の役割が富士通本体の請負に陥っているという状況が背景にありました。研究開発のほとんどが社内発注によるものであり、事業をやっているのか、研究をやっているのかが明確ではなくなってきました。

 やってもらいたいのはあるべき研究です。富士通の進むべきテクノロジーの方向を研究所に引っ張ってもらいたい。しかし、あまりにも事業に寄りすぎてしまい、富士通全体で見たときの研究姿勢が希薄になっていた。研究所に効率性を求めたり、P/Lを重視したりしたこともよくなかったのかもしれません。

 そうしたことを見直して、富士通の将来の事業に向けたテクノロジーのロードマップを描き、その研究に専念してもらい、それによって、テクノロジーカンパニーとしての富士通の事業戦略にリアルティを持たせたいと考えました。つまり、統合の狙いは、富士通がテクノロジーカンパニーとして、全社戦略に沿って、迅速に事業化につながる研究開発を行うことにあります。

 例えば、近い将来には、スーパーコンピュータ、デジタルアニーラ、量子コンピュータを使い分けて利用する世界が到来するなかで、これらのハードウェアを一体化したサービスとして提供するComputing as a Serviceはどう実現していくのかといったことも、研究テーマに掲げながらも、その成果をもとに、事業として展開できるソリューションへとつなげていくことになります。

 2021年7月に、日本IBMの取締役だったヴィヴェック・マハジャンがCTOに就任したことは大きかったですね。リーダーシップを発揮し、ものすごい速さで研究所との統合が進みました。2021年10月に開催したオンラインイベント「Fujitsu Activate Now 2021」でも、5つの技術領域にフォーカスすることを示し、事業と一体化した技術戦略を打ち出すことができました。

 さらに、2021年10月には、イスラエルのベングリオン大学のなかに、学内研究拠点であるFujitsu Cybersecurity Center of Excellence in Israel(富士通CCoE IL)を設置し、高度かつ安全なAI利用の実現に向けて、共同で研究を開始することを発表したほか、インドにも、AIや量子コンピュータ向けソフトウェアの開発などの研究開発拠点を設置することを発表しています。2022年度は、これらの活動を本格化させていきます。

新たな事業ブランド「Fujitsu Uvance」の狙い

――富士通は、2021年10月に、新たな事業ブランドとして、「Fujitsu Uvance(ユーバンス)」を発表しました。この狙いはなんですか。

Fujitsu Uvance
Fujitsu Uvanceを説明する時田社長

 「Fujitsu Uvance」は、あらゆる(Universal)ものを、サステナブルな方向に前進(Advance)させるという2つの言葉を重ね合わせた名称で、「イノベーションによって社会に信頼をもたらし、世界をより持続可能にしていく」というパーパスの実現を目指す新事業ブランドとなります。

 富士通では、財務指標とともに、非財務指標も重視したソリューションの提供に力を注いでいますが、Fujitsu Uvanceは、これを写像したものだといえます。これまでのITソリューションやサービスが、生産効率を高めることに寄与してきたのに対して、Fujitsu Uvanceでは、それだけでなく、サステナビリティやSDGsにどれぐらいのインパクトを与えるかといったことに関しても、お客さまにコミットするものになります。

 ここでは、サステナビリティへの貢献度を測定したり、サプライチェーン全体でのカーボンニュートラルの達成に寄与したりできるようなソリューションを提供することになります。

 富士通は、Fujitsu Uvanceを通じて、人々がグリーンな環境のもと、豊かで、安心して、自分らしく生きられる世界にトランスフォームしていくことに本気で取り組んでいきます。誰もがいきいきと暮らせる世界が完成したとき、富士通はそこに貢献してきたと、胸を張っていえる企業になりたいと思っています。

――富士通では、ビジネス領域を、顧客の事業変革や成長に貢献し、富士通の規模の拡大と収益性の向上を目指す「For Growth」と、顧客の事業の安定化に貢献する「For Stability」という2つに区分しています。For Growthをけん引する7つの重点注力分野は、Fujitsu Uvanceで掲げた7つのKey Focus Areasと同じ項目で構成されています。つまり、For GrowthとFujitsu Uvanceは同じととらえていいですか。

 その通りです。2022年度に中期経営計画の最終年度を迎えますが、ここで呼び方を変えてしまうと、外から見てわかりにくくなりますから、2022年度までは、「For Growth」と「For Stability」という言葉を使っていきます。

 しかし2023年以降は、言葉を変えたり、中身を変えたりといったことも想定しています。場合によっては、Uvanceというセグメントを作ることも必要だと考えています。いずれにしろ、将来の富士通のビジネスはFujitsu Uvanceに収れんしていくことになります。

For Growthを牽引する7つの重点分野
Fujitsu Uvanceで掲げた7つのKey Focus Areas

「営業利益率10%はなんとしてもやりたい」

――2022年は、富士通にとってどんな1年になりますか。

 市場環境を予測しても外れることばかりなので、あまり予測はしたくないのですが(笑)、ウィズコロナの状況は継続するでしょうし、半導体不足の影響も2022年後半まで続くのではないでしょうか。経済が急回復することは考えにくいと見ています。厳しい経営環境が続く、タフな1年になると思います。

 また働き方も、環境にあわせて柔軟に変化することになります。新型コロナが収まれば、ハイブリッドワークによって、リアルな場所でディスカッションをする機会が増加するかもしれませんが、オンラインを活用した働き方は変わらないでしょうね。

――2022年度は中期経営計画の最終年度として、テクノロジーソリューションで売上収益3兆5000億円、営業利益率10%を目指しています。高いハードルですが。

 営業利益率10%は、なんとしてもやりたいと考えています。しかし、売上収益の3兆5000億円については、もともと高いハードルだったものが、ウィズコロナの状況が長期化したり、半導体不足の影響を受けたりしたことによって、さらにハードルがあがっています。しかし冒頭にもお話ししたように、ウィズコロナは言い訳にはできません。人のせいにもできません。

2022年度 経営目標達成に向けて

 お客さまが、次なる未来の姿に向かって、勢いがつくようなモチベーションを生むことができるか、それに向けて富士通がどんなメッセージを発信できるかが鍵になってきます。Fujitsu Uvanceを軸にして、具体的な提案をしていくことも大切です。

 これまでの共創関係をさらに一歩進めて、戦略的なパートナーシップやアライアンスを積極的に行っていくことが、目標達成の原動力になると思っています。また、必要に応じてM&Aを行うといったことも視野に入れています。テクノロジーカンパニーであるからには、そのテクノロジーを使ってもらうことが大切です。デジタルアニーラでも、使ってもらって効果を実感していただくこと、あるいは富士通が使って感じている効果をお伝えすることによって、本格的に使ってみようという勢いが生まれる環境を作ることが大切だと思っています。

 日々の経営のなかで、多くの刺激を受けています。社長に就任してからの2年半で、計画したことはすべてやりました。コロナ禍で手を緩めたことは一切ありませんし、活動が制限されるからやめようとか、ゆっくりやろうということもありませんでした。そんな余裕は富士通にはありません。積み残していることはなにひとつもありません。

 もちろん、やりながら出てきた新たな課題はありますし、それは、どんどん積み重なっていきます。それらは次のテーマとしてすぐに取り組んでいくことになります。社内の実行力に対しては、大きな不満はありません。ただ、小さな不満は100万個ぐらいありますが(笑)。

 いまは、先の予想がつかない状況であるとともに、世の中は待ってもくれません。競合他社はもっと力をつけてきますし、富士通がやらなければ、取って代わられる分野もたくさんあります。富士通が果たすべき役割を果たせないということが、私が最も恐れていることです。

 こうした取り組みにおいて、大切なのは社員との信頼感であり、お客さまやパートナーとの信頼関係です。信頼関係を崩すということは、一番やってはいけないことです。信頼関係に課題があるのならば、信頼の再構築に最大限の力を注ぎます。そして、信頼を再構築するには実績しかありません。そうしたことを肝に銘じて、経営のかじ取りを行っていきます。