大河原克行のクローズアップ!エンタープライズ

樋口泰行社長は本社移転で何を狙っているのか――、新本社での取り組みに見る“ビジネス変革”

パナソニック コネクティッドソリューションズ社が門真から東京へ本社機能を移転

 パナソニックのB2Bソリューション事業を担当するコネクティッドソリューションズ社が、本社機能を大阪府門真市から東京・銀座に移転したのが、2017年10月のことだ。それから約4カ月を経過し、新たなオフィスを見学する機会を得た。

 日本マイクロソフトの会長から転身し、パナソニックの代表取締役専務執行役員およびコネクティッドソリューションズ社の社長を務める樋口泰行氏が、「門真発想の限界」という表現を用い、門真から東京への本社機能の移転を決断。2018年3月に、創立100周年を迎えるパナソニックにとって、変革の象徴ともいえる取り組みに位置づけられている。

 同カンパニーの本社移転による成果はどうなのか。新オフィスの様子を写真で紹介するとともに、その成果を追った。

パナソニックのコネクティッドソリューションズ社が入居する東京・汐留の汐留浜離宮ビル

わずか2カ月で東京への本社機能移転を決定

 パナソニック コネクティッドソリューションズ社の樋口泰行社長が、同カンパニーの本社機能を東京に移転することを初めて公表したのは、2017年5月30日に行われたアナリスト向け説明会「Panasonic IR Day 2017」でのことだった。

 2017年4月1日付けでパナソニック入りした樋口社長は、わずか2カ月で、パナソニックとしては異例の、東京への本社機能の移転を決定したのだ。

 樋口社長は、大学を卒業後パナソニック(旧松下電器産業)に入社。12年間勤務した後に、ボストンコンサルティンググループ、アップルコンピュータ、コンパックコンピュータを経て、日本ヒューレット・パッカード社長、ダイエー社長、日本マイクロソフト社長などを歴任し、25年ぶりにパナソニックに復帰した。

パナソニック コネクティッドソリューションズ社の樋口泰行社長

 樋口社長は、「東京に本社機能を置くことは、入社する前から考えていたこと」とするものの、「過去に12年間所属していた会社であったとは言え、再び入ってすぐに『はい、東京へいきます』とは言いにかった。長年大阪で勤務していた社員からは、反発もあるだろうし、社員も腹落ちしなくては共鳴できない。そのため、しばらくは東京への本社機能の移転は封印しようと思っていた」と、当初は、中期的な視点で考えていたことを明かす。

 しかし、これを前倒しで実行に移すきっかけが訪れた。

 コネクティッドソリューションズ社の拠点となっている南門真地区は、売却予定となっており、すでに移転が決定していた。その移転先が大阪府内となっていたことを知ったのだ。

 「もし、このチャンスを逃したら、東京に移転するタイミングを逸してしまう。大阪府内に移転をするならば、東京に移転しようと考えた」という。確かに、一度大阪府内に移転してしまえば、東京移転はかなり先の話になってしまうだろう。

 一方で、カンパニー内の子会社であるパナソニックシステムソリューションズジャパンが入居している、東京・汐留の汐留浜離宮ビル内の高層階が、3フロア空くという情報も同時に入ってきた。

 中層階のパナソニックシステムソリューションズジャパンとも連携が取りやすく、しかも、パナソニック東京汐留ビルとは約5分という徒歩圏内。東京への移転先として最適な場所が確保できる、という追い風もあった。東京に移転しやすい条件がそろったことが、短期間での本社移転決定につながったのだ。

 「東京移転の最大の理由は、お客さまの近くにいることを優先するため」と、樋口社長は説明する。

 「コネクティッドソリューションズ社が対象とするB2Bの顧客は、自分たちが困っていることを言ってくれる。だからこそ顧客起点で要望を聞き、そこからわれわれはなにをすればよいのかを教えてもらうつもりだ。これは原始的なやり方だが、全員が顧客の近くに行くことで、指導してもらい、それによって変わっていくことができる」とする。

 これは、パナソニックの創業者である松下幸之助氏による「前垂れ商法」の実践ともいえる。「お客さまの力で、われわれを生かしてもらいたいと思っている。それを実行するには、やはり大阪中心ではなく、東京を中心にやっていくことが必要だ」と繰り返す。

 そして、もうひとつの理由は、「門真発想の限界」を打破することにある。

 樋口社長は、「大阪の柔らかいカルチャーは、門真にいるからこそのパナソニックの特徴。とにかくやってみるという気質がある。そして、やる気になったときの馬力はある」と前置きしながらも、「大阪に本社があるとベンチマーキングがしにくく、時代錯誤に陥りやすい。また、大阪の製造事業部の発想では、マインドチェンジや戦略転換を行うには重たい感じがする。だが、東京だとお互いに交流があり、情報交換がしやすく、自らの立場をベンチマーキングしやすい。フレームワークも近代化しやすい環境にある」とする。

 「門真で感度を上げてもあまり意味がない。東京で感度を高めることが大切である」とも、樋口社長は表現する。

フリーアドレス制を採用した東京本社

 2017年10月からスタートした東京本社には、コネクティッドソリューションズ社の財務、人事などの本社機能や、レッツノートおよびタフブックなどを担当するモバイルソリューションズ事業部をはじめとしたコネクティッドソリューションズ社の各事業部のほか、デザインセンター、イノベーションセンター、営業部門やSE部門が入る。

 もともとは、プライスウォーターハウスクーパーズ(PwC)が入居していた14階~16階のフロアに入居し、これを全面的に改装。2018年4月からは、さらに、事業部の社員たちが東京に移動することになるという。

14階のオフィスの入り口の様子
パナソニックのコネクティッドソリューションズ社の新オフィス

 樋口社長や役員は優先スペースが用意されているが、基本的に席は決まってない。しかも、役員優先スペースも、フロアの一角に低いパーティションの机が置かれているだけで、隔たりはなく、社員が気軽に声をかけられる環境にある。

役員には優先席が用意されている
ここが、樋口社長がよく座っている席。不在時にはなにも置かれていない
樋口社長の席から社内を見渡すとこんな感じだ

 一方、社員はフリーアドレス制としており、社員が入り乱れた形で利用している。社員は、自分のロッカーを持ち、そこに私物を入れておき、各社員に提供された緑色の収納ケースのなかに必要なものを入れて、自由に選んだ席で仕事をすることになる。社員には全員レッツノートが支給されており、仕事の内容に応じて、大型のディスプレイを使用することもできる。

14階フロアの様子。フリーアドレスとなっている
席が決まってないため、だいたいの場所を柱に書かれた位置(ここでは14E)で示ししており、「14Eの海側にいる」などといって連絡を取り合う
個人の荷物はすべてロッカーに収納している
ロッカーに収納している緑色の収納ケースに私物を入れて席に着くことになる
大型ディスプレイを設置した席もある。レッツノートと緑色の収納ケースを持って作業を行う
窓際のエリアは人気。朝はこちらの席から埋まっていくという

 同じ部門の社員同士が打ち合わせを中心に一日の仕事を行う場合には、近くの席で一緒に仕事をするといったこともあるが、基本的には、Skype for Businessを使用し、テレビ会議やチャットでコミュニケーションを取るケースが増加。会議やメールの数は減っているという。

 樋口社長は、「私が日本マイクロソフト時代にパナソニックへ売り込んだICTのコミュニケーション基盤があり、このツールを私自身が率先してフル活用している。フェイス・トゥ・フェイスを待たずに、直感的な操作でコミュケーションができるような環境をつくることで、組織の壁を壊すことができ、同時にお客さまとの距離感を縮めていくことができる」とする。

 また、初めて会ったほかの事業部門の社員同士が机を並べて、コミュニケーションを行うといったケースも多いほか、立ち話でコミュニケーションする社員同士の姿も増えたという。

 取材中にも、フロアを歩いていた社員に対して、「さっき、○○さんか探していたよ」と気軽に声をかけるシーンがみられていた。

窓際のエリアから見た風景。浜離宮やレイボーブリッジの景色が気持ちを和ませる
窓際にはミーティングができるエリアも用意されている
カウンターの席では短時間の仕事を行う際などに便利だ
さっと集まってミーティングができるスペース

 また、パナソニックシステムソリューションズジャパンが同ビルの6~13階に入居しており、社員がエレベータを使って、お互いのオフィスを自由に行き来し、情報交換を行ったり、打ち合わせをする場合もあるという。

 実は、コネクティッドソリューションズ社のオフィスは、パナソニックの社員であれば、同カンパニー以外の社員でも自由に出入りできるようにセキュリティコントロールを行っている。

 従来であれば、子会社であるパナソニックシステムソリューションズジャパンの社員の場合、自らが持っているIDカードでは、ほかの事業部のフロアに入ることはできなかった。

 しかし新オフィスでは、そうした制限を撤廃し、パナソニックグループの社員であれば自由に出入りできるようになっている。これは、コネクティッドソリューションズ社の東京本社だけで実施しているものだ。社員同士のコミュニケーションを円滑にするための効果が出れば、今後、ほかの拠点やほかのカンパニーにも波及することになりそうだ。

社内のコミュニケーションが強化できたことを実感

 そして、オフィス内を見渡すと、コミュニケーションがしやすい仕掛けがあちこちにある点も見逃せない。

 簡単な打ち合わせができるように、あちこちにミーティングができるような場所があり、空いていれば誰もが自由に使うことができる。個室の会議室を予約して、それから会議を行うといった手間がいらない。

 また、フロアの中央部には、リフレッシュするためのスペースも用意しており、ここでコミュニケーションする社員も多い。ひとつのフロアに異なる組織の人たちが集まることで、これまでのパナソニックにはないコミュニケーションが生まれているといえるだろう。

ここに設置されているディスプレイは、裏を返せばホワイトボードになる。用途に応じて使い分けができるアイデアツール
簡単に会議ができるスペースのいすは底面が固定されずに揺れるようになっている
半個室型の会議室はテレビ会議に適している
会議室はフロアの両側に配置されている。すべての会議室が透明な窓となっている
会議室のなかの様子
会議室には樋口社長が日本マイクロソフト時代にも使っていたSurface Hubを導入している
フロア内にもSurface Hubを設置している

 そして、社員の服装も自由であるのもコネクティッドソリューションズ社の東京本社の特徴だ。外出する予定がない場合などは、ジーンズで出社する社員も少なくない。「慣れない社員は、まだ日曜日のお父さん的な服装になってしまう場合もある」との指摘もあるが、これも自由な発想で仕事をしたり、気軽なコミュニケーションを生んだりするきっかけになっているようだ。

 東京へ移転してきた社員同士の会話を聞くと、どこで食材を買うのが安いのかといった生活に密着した情報交換をしたり、単身赴任となった男性社員が、自ら弁当を作って出社するといった例も出ている。苦労をしているのかと思いきや、こうした生活を楽しんでいる様子も伝わってくる。

 もちろん社員のなかには、家族が暮らす関西を離れ、単身赴任をしなくてはならないつらさはあるだろうが、新たな生活環境については、それはそれで楽しんでいるようだ。

 樋口社長も、社内のコミュニケーションが強化できた実感はあるようだ。

 「社内で立ち話のようなビジネスコミュニケーションが増えていることは実感している。早く物事が決まっているという効果もある。事業部が提出するフォーキャストについても、普段から緊密にコミュニケーションをとったり、顔をみたり、話を聞いたりしていると、数字の裏にあるストーリーがわかる」とする。

 社内のコミュニケーションの変化はビジネスディシジョンの迅速化にも効果が出ているといえそうだ。

フロアの中央部にある白い壁にはプロジェクターと音響装置を使用できる場所が、全員でのミーティングなどに使用する
その裏には大きな黒い壁。直接文字を書けるようになっており、ここもミーティングに利用できる
パナソニックのテレビ会議システム「HDコム」も導入
基本的には、木目の床がコミュニケーションエリア、黒いカーペットのエリアが執務エリアとなっている
ソファを配置したミーティングスペースもある
ラグビートップリーグのワイルドナイツのサイン入りラグビーボールも展示
デザイン部門が入居する15階エリアのリラックススペース。木目調のゆったりとした空間を演出
パナソニック独自のLinkRay技術を紹介するツールも展示
デザイン部門の成果なども展示している

顧客との距離も確実に縮まった

 また、顧客との距離も確実に縮まっているようだ。

 コネクティッドソリューションズ社の原田秀昭副社長は、「南門真から浜離宮に移転して以降、来ていただけるお客さまの数は倍増以上になっている。また、パナソニックの社員が、お客さまのもとに出向くための距離が短くなり、1日に訪問できる数が倍以上になっている。そして、首都圏には導入決定権を持っているお客さまが多い。すべてにおいて、スピードが速くなり、情報も多く入ってくる。東京は360度からさまざまな情報が入り、それによって、社員のレベルも底上げができたという肌感覚がある」とする。

 樋口社長もこの言葉を補足するように、「これまで、外部企業の人たちはなかなか門真まで来てくれなかったが、東京に移転した途端に、多くの人が来てくれるようになった。効率的にミーティングができ、アップデートの情報も入るようになってきた。これは大きなメリットだと感じている」と語る。

 また、コネクティッドソリューションズ社の営業部門の社員に聞いても、「これまでは大阪からの出張ベースで東京に来ていたものが、東京を拠点に動けるため、より効率的に動くことができる。宿泊場所の確保を気にしなくてもいいという点は気持ちとしても楽」という声が聞かれる。

 樋口社長は、「浜離宮に本社機能を移してまだ3カ月だが、さまざまな部署が混じり合って、コミュニケーションが活発化している。そして、お客さまのもとに訪問する機会が増加し、組織全体がダイナミックに動けるようになってきたことを感じている。今期の数字には確実にプラス効果が出ているだろう。体感的には東京への移転効果があると思っている」とする。

 ただ、ひとつ懸念事項があるとすれば、日当たりが良すぎるという点。浜離宮側は前が開けており、この冬場でも直接日光が差し込むと、部屋全体の温度が上昇し、冷房をかけることになるという。まだ、コネクティッドソリューションズ社は、このオフィスで夏場を経験していないが、夏場の温度対策は、東京への本社移転をより成功に導くための隠れた鍵になりそうだ。

3階層によるビジネストランスフォーメーション

 コネクティッドソリューションズ社の改革は、パナソニックの変革における象徴的な取り組みのひとつといえるだろう。

 樋口社長は、「パナソニックは、2018年3月に創業100周年を迎えるが、この状態のままでは、これからの100年は厳しい100年になるのは明白である。これから100年をサスティナブルするには、昨日と同じ今日があって、今日と同じ明日があるというのではいけない」とし、「パナソニックが、必要な変化をするために、コネクティッドソリューションズ社が、その変化の先頭に立ってほしいという津賀(=パソナニックの津賀一宏社長)の期待を受けている」とする。

 これに対して、パナソニックの津賀社長は、「100年という記念すべき年ではあるが、これから先のことを考えると、事業の再スタートを切るという気持ちで望まないと、次の100年どころから、10年、20年先すら生き残れないという危機感を持っている」としながら、「これだけの規模が大きな会社が、全社規模で同時に大きな変革を起こすことは難しい。そのなかで、コネクティッドソリューションズ社は、これまでは、B2BとB2Cが混在したり、B2Bといっても箱売りが中心だったりしたが、これを、サービスやソリューションを主体にして、リカーリング(Recurring)によって利益を得る体質に変えることが必要であり、そこに向けてスタートを切ったところだ。コネクティッドソリューションズ社に明確な方向付けができるかどうかが、これからの課題という認識を持っている」と、樋口社長による改革に期待する。

 コネクティッドソリューションズ社の樋口社長が取り組んでいるのが、「3階層によるビジネストランスフォーメーション」である。

 ここでは、1階を「風土改革」、2階を「ビジネスモデル改革」、そして、3階は、「選択と集中の実践」と位置づける。

 樋口社長は、「パナソニックの外で経験した立場からみると、なかの常識が外の非常識なっていることを感じることがある。歴史が非常に長く、巨大化した企業は、常に風土改革にチャレンジしていかないと企業が活性化しない。そうした意識を持った風土に変えていきたいと考えている。その上で、ハードウェア同士の組み合わせや、ソフトウェアとの組み合わせ、そして、付随ビジネスを含めたソリューションを提供するといった2階の『ビジネスモデル改革』に取り組み、さらに、商品、地域、業界という観点から選択と集中を進める3階の『選択と集中の実践』を進める。いずれにしろ、1階がしっかりしていないと、2階、3階の取り組みを推進できない」とする。

 そして、東京への本社機能の移転は、ベースとなる風土改革において重要な意味を持つと樋口社長は語る。

 「誰もがオープンに意見を交わして、正しいことを実行できる会社でないと、硬直化して、会社がだめになってしまうということは身に染みて体験している。世のなかの変化に対する感度を高め、社内での『内部消費エネルギー』を使わず、このエネルギーを外に向かって使うことで、最短距離でビジネスに邁進し、柔らかく組織横断で連携ができるクロスバリュー型組織の確立を目指したい」とする。

 そして、「社内では、『内向き仕事削減プロジェクト』を実施し、いままで当たり前にやっていた内向き仕事を見つめ直し、大胆に削減しようと思っている。長い間、なかにいると、次々と足し算のように内向き仕事が積もっていく。これをやめて、引き算をやっていくことにした」とも語る。

 東京への本社移転の狙いは、一般的には、「働き方改革」という表現が適しているのかもしれないが、コネクティッドソリューションズ社では、働き方改革にタイバーシティを組み合わせ、「風土改革」という次元にまで取り組みを拡大させることになる。

 東京への本社機能の移転とフリーアドレスを導入することで、組織間連携を進めるオープンな風土を醸成する「ワークプレイス改革」、ビジネスチャットやテレワークの活用により、場所や時間の制約を超えたコミュニケーションへと進化させる「ICT利活用促進」、勤務制度改革やコミュニケーションの進化により、アウトプット志向に向けた制度の充実を図る「人事制度改革」、事業部内の業務見直し、職能業務の見直しにより、内向き仕事の思い切った削減を行う「業務プロセス改革」の4つの観点から、同カンパニーの働き方を改革。

 「これまでのパナソニックに足りなかったスピードアップ、組織間連携、顧客密着を加速するのが狙い」だとする。

 東京への本社移転から約4カ月を経過し、その成果を社員自らが少しずつ実感をしはじめている段階に入ってきた。今後は、この新オフィスによって生まれる風土改革をもとに、コネクティッドソリューションズ社の変革へ、そしてパナソニック全体への変革へとつなげていくことができるかに注目したい。

コネクティッドソリューションズ社の働き方改革の骨子