大河原克行のキーマンウォッチ

日本の会社として日本市場にもっと根づいていく――、中川いち朗社長が目指す“新しいシスコ”の形

 2021年のシスコシステムズ合同会社(以下、シスコ)は、中川いち朗社長による新体制がスタートした節目の1年であった。

 2021年1月に社長に就任後、2月には4つの重点戦略を発表。7月から開催された東京オリンピック/パラリンピックをネットワーク機器のオフィシャルパートナーとしてサポート。8月から始まった同社新年度では、新たに2024年度までの3カ年の成長戦略を打ち出し、日本の売上高を、米国以外では世界ナンバーワンに引き上げる社内計画を明らかにするなど積極的な成長戦略を打ち出した。

 そして、この成長戦略の名称を「Cisco Japan Project Moonshot」としたことも明らかにした。

 2022年はどんな1年になるのか。シスコの中川いち朗社長に話を聞いた。

シスコの中川いち朗社長

現場の意見を吸い上げることを力を注いだ1年、トップダウンとの融合も

――2021年1月の社長就任から、1年を経過しました。この1年は、どんな経営に取り組んできましたか。

 私は、長年、営業部門をリードしてきました。その経験から、なにができるかということを考えると、やはり、現場とのつながりであり、現場を代表した経営だと感じました。歴代の社長が、グローバルと日本をつないだリーダーシップのもと、日本の状況をオープンに伝え、透明性を持ったコミュニケーションを行い、その結果、本社が日本のオポチュニティを理解し、日本への投資を積極的に行うという体制が構築されていました。東京2020大会ではオフィシャルパートナーとして、大会開催前からさまざまなサポートを行ってきたのはその一例です。

 その一方で、私が社長に就任したタイミングは、コロナの真っただ中です。先の予想がつきにくく、同時に、これまでの延長線上で経営を考えることができない状況にありました。どちらの方向に行くのか、社員をどう導いていくのか。そのときに、むしろ現場を知っていることが私の強みになるのではないかと思いました。

 現場を知り、お客さまを知り、日本のマーケットを知っていることが私のアドバンテージであり、それを生かして、歴代の社長が築いてきたグローバルの関係性を、もっとうまく活用できるのではないかと考えたのです。

 外資系企業でありがちなのは、ストラテジーが本社から降ってきて、それを単に日本で実行するという仕組みです。それでは、私が社長をやっている意味がありません。そして、新型コロナや東京オリンピックといった外的な要因も作用して、社会全体が変わらなくてはならないという機運が醸成されていたタイミングでもありましたし、同時に私たちも変わらなくてはならない、お客さまも変わらなくてはならないということが伝わりやすい状況にありました。

 そうした変革のために必要なのは、やはり現場の声なのです。この1年間の経営では、現場の意見を吸い上げ、トップダウンとボトムアップの融合を意識しました。いや、むしろ、8対2ぐらいの比率で現場の意見を吸い上げることに力を注いだともいえます。

4つの重点戦略と、3カ年の成長戦略を打ち出した

――社長就任1カ月後の2021年2月には、4つの重点戦略を発表し、それをベースにして、2021年11月には2024年度までの3カ年の成長戦略を打ち出しました。ここにも現場の声を反映しているのですか。

 これもトップダウンとボトムアップの融合によって打ち出したものです。最初の作業は、お客さまやパートナーの方々と話をすることに力を注ぎました。シスコは外からどう見られているのか、どんな期待があるのかといったことを聞くことに時間を割きました。

 それを集約したのが「日本企業のデジタル変革」、「日本社会のデジタイゼーション」、「営業/サービスモデル変革」、「パートナーとの価値共創」の4つの重点戦略です。

 次に実施したのが、これが戦略として本当に正しいのか、現場の営業やエンジニアがやりたいと思っていることと、お客さまが期待していることと一致しているのかといったことを検証しました。そこでは、お客さまが求めていることと、現場がやりたいことが一致していたという手応えを強く感じました。

――2021年11月の会見では、「社長就任直後に立てた戦略のフレームワークが、正しい方向であるという確信を持った」と発言していましたね。

 それはまさにお客さまの声、社員の声が一致していたことが背景にあります。11月に公表した成長戦略では、4つの重点戦略において、それぞれ3つずつのイニシアティブを決めました。このイニシアティブは私が決めたものではなくて、現場が決めたものです。各組織の担当役員はもとより、組織を超えた現場の100人のリーダーが、戦略ごとにチームを構成し、現場は、なにをやらなくてはならないかということを議論し、そこから生まれてきたものです。

4つの重点戦略において、各3つずつのイニシアティブを決めた

 シスコのグローバルでのビジネス戦略に基づきながらも、日本のお客さまや現場の意見を反映したものであり、掛け声だけで終わるのではなく、現場での実行を伴ったリアルな戦略がこの成長戦略です。

 だからこそ、どの会社の戦略よりも、実のある戦略だと自負しています。戦略を作ったが、なにも動かないというのが一番駄目なパターン。現場が自ら決めたことなので、実行力が伴う戦略を打ち出せたと考えています。これは、社員とともに作り上げた成長戦略ですから、成長戦略の名称も12月中旬に、Slidoを利用した社員の投票によって決定しました。

 名称は「Cisco Japan Project Moonshot」です。かつての月面探査への挑戦のように、困難であっても、実現すれば大きなインパクトをもたらす大きな計画や目標であることを意味しています。

「One Cisco」が目指すものとは?

――この1年は、「One Cisco」という表現を積極的に用いていましたね。この理由はなんですか。

 いま、シスコそのものが大きく変化しています。シスコといえば、ネットワーク機器を開発、販売をするハードウェアメーカーという印象が強いと思いますが、いま、シスコの売り上げの53%は、ソフトウェアとサービスが占めています。日本でもほぼ同様の比率になっています。

シスコの売り上げの53%はソフトウェアとサービスが占めているという

 ここ1、2年でポートフォリオが急拡大し、ネットワークだけでなく、セキュリティ、クラウド、コラボレーション、ソフトウェア、サービスと広がり、同時にそれぞれの専門性が求められるため、組織が少しずつサイロ化していくような状況が生まれていました。また、お客さまから見たときにポートフォリオが広がりすぎ、「シスコはどこに行こうとしているのかがわかりにくい」ということも言われるようになってきました。

 だからこそ、いま、「One Cisco」の考え方が必要なのです。ビジネスを推進する際に、共通した価値観に基づいたカルチャーを醸成することが大切であり、そこで、パーパスも「すべての人にインクルーシブな未来を実現する」と定め、これを雲の上の話とするのではなく、社員が自分のこととして、「なにをやるのか」、「なぜそれをやるのか」を再認識することを徹底しました。

シスコのパーパス

 シスコが目指しているのは、社会も、企業も、個人の生活も変え、あらゆる人に、すばらしい体験をしてもらう世界です。それを、One Ciscoによって実現したいと考えています。

 シスコのビジネスが広がり、ソフトウェアやサービスへとシフトすることで、お客さまのライフサイクル全体を変える提案が可能になっています。かつてのネットワーク機器に特化したハードウェアの再販ビジネスでは、売って、導入したらそれで終わりでした。ネットワークを中心としたテクノロジーの会社であり、これをインフラとして提供しているだけでは、機器が古くなったから入れ替えましょうという提案だけでした。

 しかし、いまはお客さまも変化し、クラウドでの利用がそうであるように、使ってみて、よかったら広げてみるというような導入手法が増えています。そうなると、シスコも変わらざるをえません。パートナーとの関係性も変わり、営業やエンジニアのマインドセットも変化し、お客さまとのお付き合いの仕方も変わっていきます。そうしたことが顕在化してきた1年だったともいえます。

――ただ、シスコのロゴを見ると、どうしてもネットワーク機器メーカーという印象がぬぐえません(笑)

 確かに、シスコの売上高の半分以上がソフトウェア、サービスであるという事実を知っている人が少ないのは事実です。その点はもっと訴求していく必要があります。2021年は、「Bridge to Possible 3.0」と呼ぶブランドキャンペーンを実施し、テレビや駅構内のサイネージなどでCMを放映しました。シスコのブランド認知が広がったと思っています。

 いま、シスコの製品やテクノロジーがあらゆるところに使われています。この施設にも入っている、このコンビニでも利用されている、実は家のなかでもシスコが利用されていたという世界がやってきています。今後は、そうした観点からも訴求をしていきたいですね。

 実は、これまでシスコジャパンが3カ年の成長戦略を発表したことはありません。これを発表した背景には、シスコがどう変わっていくのか、どの方向に向かっていくのかということを、多くの方々に伝えていくという狙いもあります。

 実際、企業経営者がシスコの名前を聞いたり、シスコのロゴを見たときに、DXを想起してもらう状況には至っていません。しかし、いまのシスコのポートフォリオであれば、経営者がビジネスモデルを変えたいと考えたり、政府や自治体がDXしなくてはならないと思ったりしたときに、シスコは支援ができる体制が構築されています。まずは、そこでシスコを想起してもらうことが大切だと思っています。

 これまでのネットワーク機器の会社という延長線上のとらえ方ではなく、まったく違う観点からシスコをイメージしてもらいたいですね。成長戦略が終了する3年後に、DXの話であれば、シスコに話をしてみたいと思ってもらえる会社になることを目指します。

――シスコはどの領域までビジネスを拡大するのですか。SIやコンサルティングの領域にまで幅を広げていくことになるのですか。

 シスコが、SIerになったり、コンサルティング会社になったりということはありません。そして、私が言っているのは、シスコがDXのすべてをやるというメッセージではありません。足りないところは、パートナーに埋めてもらったり、お客さまとも連携したりしながら、課題を解決していくことになります。

 これまで、シスコがやってきたのはネットワークの領域です。これはすべてのお客さま、パートナーとつながるテクノロジーです。多くの接点を持つことができる領域で、実績を持っている強みを生かしながら、お客さまがDXをやる際には、シスコは必ず必要な会社であるという認識が広がり、それを実現するためのパートナーシップを構築していくというのが、これからのシスコのメッセージになります。

 製造業や金融業のお客さまと一緒になってソリューションを開発していくといったことも、今後は増えていくでしょう。サステナビリティを実現するためのソリューションづくりでも、パートナリングを広げていきたいと思っています。これによって、シスコの日本におけるオポチュニティは、何倍にも広がると考えています。

バーチカル、5G、サステナビリティが2022年の重要なポイントに

――2022年は、どんな1年になりますか。

 引き続き、4つの重要領域に力を入れていく1年になりますが、それぞれの領域において、注力する分野をより明確にしていきます。例えば、「日本企業のデジタル変革」という領域では、業界別のユースケースをドライブしていきたいと考えています。このテクノロジーがなにに使われるのかを示すだけでなく、グローバルで先行したユースケースを示し、さらに、それぞれのインダストリーの知識を持った人材に投資をしたり、各インダストリーにおけるビジネスデベロップメントを行う組織を作ったりといったことも進めていきます。

ユースケースの開発を促進していく

 また、5Gがいよいよ企業での活用が始まるフェーズへと入ってきましたから、そこにも力を注いでいきます。シスコは、NTT、KDDI、ソフトバンク、楽天の通信事業者向けのルーターでは77%の市場シェアを持つなど、5Gインフラの構築に貢献してきた実績があります。これを生かしながら、エンタープライズとモバイルのネットワークの融合に向けた5Gの提案を進めていきます。

 5Gモバイルネットワークとエンタープライズ企業ネットワークの双方に豊富な実績を持つ業界唯一の企業がシスコですから、まさに絶好のポジションにいます。ここでは、5G as a Serviceとして、サービス型5Gソリューションの提供も開始していきたいと考えています。

日本におけるサービスプロバイダー事業の状況

 さらに、サステナビリティに対する取り組みも2022年は本格化させます。グローバルでは、カントリーデジタイゼーションアクセラレーション(CDA)と呼ぶプロジェクトを実施し、日本でも製造業やスマートシティ、公共サービス、GIGAスクールなどを対象に、過去3年間で数十億円の投資をしてきましたが、新たにCDA 2.0として、これまでの活動に加えて、カーボンニュートラルや医療、高齢化などの持続的社会、スマートメーターやスマートモビリティなどの社会インフラ、サプライチェーンや無人店舗などの業界エコシステムに取り組みます。

CDA 2.0

 特に、サステナビリティに対して、シスコとしてなにができるのか、といったことを明確にしていきます。2021年12月21日に開催した「Cisco CxOシンポジウム」でも、主要テーマにサステナビリティを掲げました。シスコとしても2040年までにカーボンニュートラルを目指すとともに、数十分の1の消費電力で稼働するネットワーク機器の開発を進めるといった取り組みも行っています。同時に、ユースケースとして、どんなことができるのかといったことも示したいですね。

 バーチカル(インダストリー)、5G、サステナビリティが、2022年のシスコにとって重要なポイントになってきます。

意志を持って、どういうハイブリッドワークを目指すのかを示す必要がある

――シスコは、ハイブリッドワークについても先行した取り組みをしてきました。社会環境の変化のなかで、2022年はどんな提案をしていきますか。

 2021年は、年間を通じて100%リモートワークを実施してきましたが、12月からは、営業活動については、対面での会議を含めて、ほぼ制限がない形にしました。しかし、仕事の仕方は以前には戻りませんね(笑)。コロナ前でも出社率は6割程度でしたが、それがコロナ禍で0になり、いまは1割程度です。コロナが終息したとしても、出社率は3割程度が精一杯ではないでしょうか。6割の出社率には絶対に戻らないと思っています。これを前提としたハイブリッドワークをシスコ自身が実践し、その成果をお客さまに還元していきます。

 大切なのは意志を持ったハイブリッドワークと、意思のないハイブリッドワークには大きな違いがあるという点です。リモートワークでも、意思があって導入したものと、企業によっては仕方なく導入したケースがありますが、前者と後者では、生産性や社員のモチベーションに差が出てくるのは明らかです。

 シスコは、2021年に、働きがいのある会社の大規模企業部門で1位になったように、生産性が上がり、やりがいも高まるという成果が生まれました。これは、意思のあるやり方をしないと達成できません。ツールを活用して生産性はあがったが、社員のメンタルが落ち込んでしまったというのでは意味がありません。

 ハイブリッドワークも同じです。意志を持って、どういうハイブリッドワークを目指すのかを示す必要があります。シスコの「意思が入ったハイブリッドワーク」については、現時点では、まだ100%の回答を持ち合わせてはいませんが、ここでも社員の声を聞いて、どうすべきかを考えているところです。

 先日、社員からの提案でノーミーティングディを設定しました。この日はミーティングもなし、チャットも禁止です。私自身、毎日のスケジュール表を見ると、1日20件近いミーティングが入っています。これでは自分のことができませんし、考える時間を取ることができません。短期的に見れば生産性は上がっていますが、中長期的に見れば生産性を落としていたり、創造性が発揮されないままになったりというマイナスも想定されます。

 集中したいことに集中するという日を設けることで、そうした課題の解決につながるのではないかと考えたわけです。実際に行ってみると、社員には好評でした。今後も定期的に実施するかどうかを含めて検討しているところです。

 WebexやSASEをはじめとしたツールやテクノロジーを提供するだけでなく、自らが経験して実現した意志を持ったハイブリッドワークの姿というものも、同時に提案することがシスコの役割だと思っています。

日本の会社として、日本の市場にもっと根づいていくことを目指したい

――2024年度までの3カ年の成長戦略のなかでは、シスコを、ネットワークの会社やインフラを提供する会社から、企業のビジネスを変える会社や、社会を変える会社、未来への懸け橋になる会社に変えたいと発言していました。この成果は、どんな指標で推し量りますか。

 数値で推し量る方法はいくつかあると思います。実際、社内ではKPIを置いています。特に、新たなシスコへの変化において、サービスやソフトウェアはますます重視されますから、そこに関しては、毎月、確認をしています。ただ、パーパスの達成に向けて、シスコは変化できているのかという点は、数値だけでは推し量れない部分もあります。お客さまの声も重要な要素です。私は、社長になって以降も、お客さまとの対話を重視していますが、企業経営者から、なにかあったときにシスコを想起してもらえたり、「最近、シスコが変わったきたな」と言われたりすることが大切だと思っています。いまは、こちらから言わないと、「そこまで変わっているんだ」というフィードバックがいただけない状況ですから(笑)、まだまだですね。

 そして、社員全員が誇りを持って、自分たちがこんな仕事をやってきたと胸を張れる会社になりたいと思っています。私自身、営業の仕事をやってきて、自分の成果を誇る仕事をやりたいとずっと思ってきました。これを言えることはとても幸せなことです。シスコの社員にも誇れる仕事をやってもらいたいですね。

――2022年5月には、日本で事業を開始してから30周年を迎えますね。

 節目にあわせて、社外向けイベントの開催を検討しているところです。いまは大きな変革のタイミングであり、シスコも大きな変革を迎えています。これまでの30年間の感謝とともに、これからの30年間、シスコはなにをやりたいのかということもきっちりと伝えることができるイベントにしたいですね。シスコが、日本の会社として、日本の市場にもっと根づいていくことを目指し、日本の社会、お客さまに貢献していきたいと考えています。