大河原克行のキーマンウォッチ

まずは信頼されなければ挑戦もできない――、山口明夫社長が目指す“日本IBM”の姿

一緒になって変革に挑戦する上での、信頼されるパートナーになれるか?

――日本人社長としてのメリットや、SE出身という点で、これまでの社長との違いはありますか。

 そうした点をどう評価されているのかは、自分ではわかりません(笑)。また私自身、日本人社長だからとか、技術畑出身だからというのは、あまり意識していません。大切なのは、お客さまやビジネスパートナーとの信頼をどう構築するのかということです。

 私が目指しているのは「信頼に基づいた挑戦」であり、「システムのダイバーシティの実現」です。こうした言葉が常に頭のなかにあります。新たなことに挑戦しなくてはならない時代にあるのは、多くのお客さまやビジネスパートナーに共通した認識です。しかし、新しいことに挑戦する際にも、信頼感がないと一緒にはできない。量子コンピュータにしても5Gにしても、これらの新たなテクノロジーを活用する重要性を説明しても、信頼がなければ、それを用いた挑戦を一緒にやってはもらえない。

 日本IBMは、一緒になって変革に挑戦する上で値するパートナーになりうるのか。社長も、社員も信頼できる会社なのか。そうしたところを評価してもらい、信頼できる会社であるということを知ってもらいたいと考えています。

――前任のエリー・キーナン氏とは経営のやり方には違いがありますか。

 エリーは、グローバルの視点を持ち込んだ日本IBMの変革を行い、新たなテクノロジーを、日本に積極的に紹介しました。こうした取り組みは、とても勉強になりました。これは、もっと加速して、私を含めて、日本IBMの社長や社員が海外に出て行く回数を増やし、世界から学びながら、それを生かした経営をしたいと思っています。

 実は、あるアナリストの方から、「社員が明るくなった」と言われました。これが、2019年における最高の褒め言葉だと思っています。社員や社内が明るくなると、次の手が打ちやすくなりますからね。社員は一生懸命やってくれています。社員は日本IBMの宝です。

 今、Slackを使って、社員に向けて毎日のように情報を発信しているんです。担当営業と一緒にお客さまを訪問する直前の写真を掲載して、「みんなで緊張しています」みたいなことを発信したり(笑)。こうしたことも、社員とのコミュニケーションのひとつであり、社内を活性化させることにつながると考えています。

――一方で、さまざまな製品を取り扱うGBS(グローバル・ビジネス・サービス)事業やGTS(グローバル・テクノロジー・サービス)事業を経験してきたことは、どう生きていますか。外から見とると日本IBM全体のGBS化が始まったというようにも見えますが。

 GBSの提案は「業務」から観点から入り、GTSの提案はソフトウェア製品をはじめとした「インフラ」から入っていくという特徴があります。業務から入ると経営に直結する形での提案になり、入りやすさはあります。ただ、私はどんな仕事でも同じ感覚で仕事をしてきました。それはいかに“お役に立つか”ということなんです。

 社長になってから、営業部門との会議では、お客さまとの進捗状況について説明を受けるのですが、このときに私が聞きたいのは、売れたかどうかではなく、お客さまがやりたいという目標に対してどれだけ貢献したか、どれだけ役に立ったかという点です。

 日本IBMが、お客さまがやりたいことの実現に、お役に立っていなかったから意味がありません。今年はどこまで役に立ちたいと思っているのか。そのために何をするのかを説明してほしいといっているんです。

 もちろん、経営者ですから数字は見ていますよ(笑)。それは経理部門と一緒になってガンガンやっています。しかし、お客さまにとってはそれは別の話です。あと10億円売ってきてくれと言った方が私も楽です。しかし、その経営のやり方は長続きしません。「信頼に基づく挑戦」ができなくなります。役に立たない会社はいりません。私が目指しているのは、信頼があって、一緒に挑戦できる会社になること、お客さまの役に立てる会社になること。目標は極めてシンプルです。

――ちなみに、2019年は、お客さまから、「役に立ってくれた」と言ってもらえましたか(笑)

 たくさん言ってもらいましたよ(笑)。実は日本IBMは、数千社のお客さまに対してアンケートを採っています。私はそのコメントを全部読んでいます。もちろん厳しい声もあります。しかし、それ以上に、「迅速に課題解決に取り組んでくれた」といったような声を数多くいただいています。

――その点では、この9カ月間の社長としての成果は合格点ですか。

 いやいや、まだまだですよ。もっとお客さまの役に立たなくてはなりませんし、社長としても手探りのことが多いですね。本社との関係ももっと強力にしなくてはなりませんし、経営のスピードをもっと速める必要があります。かといって、自分だけがアクセルを踏みすぎてもいけませんし(笑)。

 ただ、約9カ月の間に多くのお客さまの声を聞くことができましたし、IBMからも新たなテクノロジーが登場しています。2019年5月には、「あらゆる枠を超え、より良い未来づくりに取り組む」ことを目指す新たなグループビジョンを掲げ、「3+1」を約束とした取り組みを開始したことで、方向性や土台といったものが整い始めたともいえます。

 社員にとっても、今はここまでできたので、次はこうしたことをやりたい、ということが明確になってきたといえます。こうしたことをベースにして、2020年は一気に加速できる体制ができあがったといえます。