大河原克行のキーマンウォッチ

まずは信頼されなければ挑戦もできない――、山口明夫社長が目指す“日本IBM”の姿

“あらゆる枠を超える”意識を徹底した

――社長就任以来、ほかにはどんなことに力を注ぎましたか。

 2つめは社員に対して、「あらゆる枠を超える」という意識を徹底したことです。IBMという会社は社員の役割分担が明確で、目標や指標もわかりやすく設定されています。米本社から見ても、日本の組織や社員を理解できるようになっている。

 しかしそれは、お客さまから見ると、サービスの専門家、ハードウェアの担当、ソフトウェアの担当というように分業した体制にしか見えません。

 自分が担当している分野の仕事をしたり、自分に設定されている目標を達成したりするのは当たり前のことです。しかし、世の中の変化やお客さまの要望を考えれば、自分の担当領域だけで仕事が終わるはずがない。もっと組織の枠を超えた仕事をし、そして、日本IBMという枠すらも超えて、お客さまやビジネスパートナーとも一緒に仕事をやっていかなくてはいけない。自分の組織がよればいい、自分の成績が良ければいいというのでは、お客さまの要望には応えられません。これは何度も何度も社内に言いました。この意識は社員の間にずいぶん浸透したのではないでしょうか。

 枠を作ってしまうというのは、外資系企業にはありがちなことなのですが、ここ数十年は、自分たちで見えない枠を作っていたのかもしれません。昔の日本IBMにはそうした枠というものはありませんでした。ただ、この半年ぐらいの取り組みで、社員の間からも、事業部間の枠がなくなってきたという声が出ていますし、昨年の流行語大賞のように、日本IBMも、まさに「One Team」となって(笑)、お客さまの課題解決に取り組んでいく姿勢が浸透しはじめました。

 そして、3つめは教育です。いくら良い製品やサービスがあっても、それを提供する社員にスキルがないとお客さまに届きません。営業部門にも、クラウドで開発ができるスキルや、データを分析するスキルを身に着けてもらうための教育を進めています。

 この教育は1回セミナーを受講すれば終わりというものではありません。継続的に行っていきます。お客さまを訪問して、単なる営業トークで終わるのではなく、営業部門自らが、お客さまの課題を理解し、そこに対して技術的な観点からも提案ができる体制を作り上げたい。本当に深いレベルでの技術的な議論が必要になったら、そこに技術者、コンサルタントが入ればいいわけです。

 テクノロジーを中心に企業が変わり、社会が変わると言われるなかで、お客さまもテクノロジーを学習して、自社でどう活用するのかということを考えています。IBM全体としては、それに対応できたとしても、一番お客さまに接する場にいる営業部門の社員がその流れについていけないというのでは困ります。

 これまでは、「あなたの仕事は営業です」と言われており、勉強をする機会がなかっただけです。営業部門の社員には、これまでの考え方の枠を超えて、最新のテクノロジーをしっかりと理解をして、お客さまに提案することが必要であることをわかってもらい、組織やロールの枠を超えて活動してもらいたい。

 もともとできる社員たちばかりですかね。こうした話をしはじめてから、社員が明るくなったような気がします。2020年はこれまで以上に、教育を徹底してやっていきます。

 一方で、2020年には、量子コンピュータも日本に持ってきますし、砂粒サイズのコンピュータや、コバルトを使わないバッテリー技術も、IBMは開発しています。こうしたテクノロジーを持っていることはIBMの強みです。

 新たなテクノロジーを使って、どうやって社会課題の解決に貢献できるかということを、お客さまと一緒になって考えていくことも2020年の重要なテーマのひとつです。

――これらの取り組みは、かつての日本IBMの姿に戻すということなのですか。

 そうではありません。昔の日本IBMのやり方は、お客さまの要望を聞いて、それをしっかりと作り上げるというものでした。今はお客さまの要望を聞きながら、最新のテクノロジーの動向についても情報を提供でき、社会課題についても理解をして、その解決方法について提案をすることができなくてはなりません。

 今は、お客さまにとって、何が大切かということを正しく伝えて、議論をして、解決策を見つけるといったことが求められていおり、そうした新たな時代におけるスキルを身につけることが大切です。

 かつてはお客さまの要望は、「この業務をコンピュータ化する」というようにシンプルなものでしたが、今はそれとは比べものにならないほど複雑なものになっています。流通業界においても、その業界のノウハウを持っていれば済むわけではありません。保険や医療、金融、製造といったさまざまな業界との連携が必要であり、そこには最新のテクノロジーが活用されるようになっています。

 それに伴って、日本IBMの社員に求められるスキルやパラメータが増え、個々のシステムにとどまらず、業界全体、社会全体で考えることができる能力、知識が必要になります。それによって、初めて社会課題を解決することができるわけです。