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デジタル変革の第1章、第2章、その先へ――、日本IBM・山口明夫社長がビジョンを語る
日本IBMの「Think Summit」基調講演レポート
2019年6月18日 13:51
日本アイ・ビー・エム株式会社(以下、日本IBM)は、6月18日~21日までの4日間、東京・天王洲のWarehouse TERRADAにおいて、招待制のプライベートイベント「Think Summit」を開催している。日本IBMの山口明夫社長は、「とてもお世話になっているお客さまに、じっくりと話を聞いてもらいたい、余裕をもって参加してもらいたいと考え、招待制にした」と、その狙いを語った。
2019年2月に米国サンフランシスコで開催した年次イベント「Think 2019」では、デジタルトランスフォーメーション(DX)の「第2章」を打ち出したIBMが、その内容を中心にした取り組みや、最先端テクノロジーおよび最先端ソリューションを、顧客事例やデモを通じて紹介するイベントと位置づける。
「真のCognitive Enterpriseになるための、すべてが明らかに。」が全体のテーマ。6月18日および19日を「Industry Solutions Day」として、金融や医療、製造、流通、公益の各業界動向やニーズに対するソリューション、DXの先進的なケースを国内外の事例を交えて紹介する。
また6月20日は「Business Solutions Day」として、DXを実現するための戦略や経営課題の解決、いかに新たなビジネスを創造するかといった内容を、具体的な事例やオファリングを含めて紹介。最終日となる6月21日は、「Technology Day」として、クラウドやAI、セキュリティ、IBM Q、Blockchain、IoTなど最先端のテクノロジーに関するセミナーやハンズオンセッションを開催する。
そのほか、ブレイクアウトセッションやスポンサーセッションを開催。日本IBMとパートナー各社のソリューションを展示した「Think Campus」、先端テクノロジーなどを紹介する「Think Technology and Society」といった展示コーナーも用意されている。
天王洲の複数の建物を利用し、それを参加者が移動するユニークな開催方法としていた。
企業の枠を超えたエコシステムがイノベーティブなアイデアを生む
開催初日の午前9時30分から行われたゼネラルセッションでは、2019年5月1日付で社長に就任した山口明夫氏が、初めてイベントの講演に登壇した。
山口社長は、冒頭に昨今のITを取り巻く環境について説明し、「ドローン物流の実用化や、キャッシュレス取引、産業用ロボットの導入、AIの導入などが進んでいるが、世界に比べると、日本は少し遅れている。また、経済産業省によるDXレポートでは、2025年の崖として、2025年以降は12兆円の経済損失が生まれると言われている。そして、2025年には43万人のIT人材不足も指摘されている」とする。
一方で、「イノベーション創出に向けて積極的な取り組みをしている企業は80%に達しているが、社外から持ち込まれる事業アイデアを採用している企業は39%であり、外部パートナーとの協業による事業アイデアの創出を許諾している企業は22%にとどまる。多くの企業は、AIやクラウドで、なにか新たなことが起こせるのではないかと考えているが、それを自社のなかで考えている場合が多い。企業の枠を超えたエコシステムを作ることが、イノベーティブなアイデアを生むことになる」などとした。
続けて、IBMが打ち出したデジタル変革の「第2章」についても言及。「第1章は、クラウドが登場したが、それが本当に使えるのかといったことを検証するために、まずはミッションクリティカルシステム以外のところで利用することから始めた。その結果、適材適所に活用することで、新たなテクノロジーによる成果が出ることが理解され、全体の業務の20%がデジタル化された」と振り返る。
その上で、「残りの80%はこれから変革する余地がある。世の中の20%は検索できるデータであるが、残りの80%は企業のなかにあるデータだ。第2章は、これまでのチャレンジを経て、いよいよミッションクリティカルの領域にデジタルが活用されることになり、眠っている80%の企業内のデータを活用することで、攻めへと転じるフェーズに入ることになる」と説明。
「ただ、第2章で終わるわけではない。これは新たな社会に向けたステップでしかない。5年後や10年後には、ドローンが飛び交い、自動運転が普通になっている時代がやってくることになる」と述べた。
IBMの「3+1」の約束
さらに山口社長は、「私が『3+1』と呼んでいる、3つの約束をしたい」と語り、まずは、「デジタル変革の推進」「先進テクノロジーによる新規ビジネスの共創」「IT、AI人財の育成」の3点を挙げた。
「デジタル変革の推進」では、次世代インフラ、次世代アプリ、ビッグデータ、先進型テクノロジー、ワークフロー、エコシステム、組織と人という7つの階層を示しながら、これが「第2章の道しるべとなり、コグニティブ・エンタープライズを実現することになる」と発言。
「レッドハットのオーブンシステムを活用しながら、次世代のシステムであるマルチクラウドおよびハイブリッドクラウドの構築を支援することになる」とした。
「先進テクノロジーによる新規ビジネスの共創」では、次世代AIや量子コンピュータ、世界最小級のコンピュータなどを例に挙げながら、「新たな技術を活用することで、顧客の新たなビジネスを創出することが可能になる。日本IBMの技術者が、お客さまに対して、もっと積極的にさまざまな技術を説明し、ビジネスを転換させ、社会に貢献できる手伝いをしていきたい。いま、その準備をしているところである。お客さまに対しても、営業が訪れるだけでなく、研究開発部門の技術者が訪問する場が増えることになる」と述べている。
さらに3つ目の「IT、AI人財の育成」では、「これからは特にAIの人材が不足することになる」と前置き。AI人財の早期育成から、IBMのCDO(チーフ・デジタル・オフィサー)のノウハウを提供することによるエキスパート育成のほか、世界13カ国200校、12万5000人の学生に対する教育実績を持つノウハウを活用して、4月からは東京都教育委員会と連携し、高校生に対する教育も実施することを紹介した。
また「日本IBMでは、2019年4月から営業部門を含むすべての社員が、開発およびデータの解析スキルを身につける教育を開始する。これにより、お客さまに対して価値がある提案ができ、変革の支援ができるようになる」と、新たな取り組みを発表してみせた。
最後に、「+1」の部分となる「信頼性と透明性の確保」について触れ、「信頼性と透明性を確保することが大切であり、これがないと新たな技術が悪用されることになる。AIがなぜ、そう判断したのかということや、どんなデータを使ったのかということを明確に示す。IBMは信頼性と透明性に関する基本理念を明確している企業である」と述べた。
山口社長はまとめとして、「デジタル変革第2章と、その先に向けて、お客さまとともに、仲間とともに、そして社会とともに、あらゆる枠を超えて一緒に取り組んでいく。これまで以上にお客さまのどんなお役に立てるのかということを考えて、仕事をしていきたいと思っている。その結果『役に立つ会社になったね』と言ってもらいたい」と語った。
成長のためには先進的な技術を持つ企業とコネクトすることが必要
続いて登壇した第一生命ホールディングス(以下、第一生命)の稲垣精二社長は、「生命保険事業におけるイノベーション創出に向けて」と題して講演した。
「新たな顧客体験と生産性の向上という観点から、保険と技術を組み合わせた造語である『InsTech』の取り組みによって、イノベーションを推進している」とし、実年齢で保険料が決まるという従来の概念から、健康年齢による保険料設定へと移行することで、健康増進に対するインセンティブを提供できるようになり、業界初の健康年齢をもとにした製品を発売したことを説明した。
また、健康診断割引を導入した製品を発売し、健康診断割引を導入した保険の新規契約を約2.5倍に拡大したこと、ビッグデータ解析による査定基準の見直しによって、約3万8000件の引き受けの拡大を実現したことなどを紹介している。
「最終的には、引き受けられない保険はないというところまでいくのが、保険会社が目指すところである」(第一生命の稲垣社長)。
また、2018年12月から認知症保険を発売したことを紹介。Prevention(予防・早期発見)に対応した保険とし、予防機能やリスクチェック機能には、米国シリコンバレーのスタートアップ企業の技術を採用しているという。「2017年4月にシリコンバレーに拠点を設置し、この技術に出会うことができた。この保険では、50歳以上の新規契約が約1.5倍になった」とした。
さらに、糖尿病の重症化予測や重症化予防について、藤田医科大学とIBMとの共同研究をしていることや、コールセンター業務にIBMのWatsonを採用して効率化と生産性向上、顧客満足度向上につなげている事例も紹介した。
「IBMには、1970年からメインフレームを支えてもらった長い付き合いがある。成長のためには、IBMのような先進的な技術を持つ企業とコネクトすることが必要である。これによって社会価値を向上し、個人のQoLの向上につなげたい」と締めくくった。
また、米IBM バンキング&フィナンシャルマーケッツ担当グローバルマネージングディレクターのサラ・ダイアモンド氏が登壇し、金融業界における課題について説明した。
「金融業界は、ほかの業界に比べて65%もサイバー攻撃が多く、40%も多い修復コストがかかっている。また、優れたサービスを提供していると考えている金融機関は65%に達しているが、優良なサービスを受けていると感じている顧客は35%にとどまっている。顧客中心主義のなかではデジタルが必要であるが、金融機関の38%しかデジタルに必要とされる環境を提供できていない」などとした。
IBMの最新テクノロジーを紹介
「The New Era of Computing-Future technology to change society」と題して、IBMの最新テクノロジーについて説明した日本IBM 執行役員 研究開発担当の森本典繁氏は、IBMリサーチが、全世界に13拠点と20以上のキャンパス、数百社の研究開発パートナーがいること、3000人のサイエンティストを有していること、40カ所のソフトウェアおよびハードウェアの開発拠点を持っていること、年間6000億円の研究開発投資を行い、2018年には9100件の新たな特許を取得したことなどを示した。森本氏は、「これはマイクロソフト、アップル、アマゾンを足した数よりも多い」と胸を張る。
また、「研究開発においてはAIが重要なものになり、機械翻訳、自然翻訳、顔認証などで活用されている。だが現在のAIは、深層学習によって進化させたものであり、それは単一の使い方を目的にして特化したものだ。しかし取り巻く環境は複雑である。これからは多様性を実現したブロードAIが求められることになる」とも述べた。
続けて森本氏は、AIを推進する技術として、アルゴリズム、知識、計算能力が重要であることを示しながら、これらの技術を活用した結果、さまざま技術、ソリューションが誕生したことを紹介した。
それらは例えば、人間と討論できるProject Debater、データをモニタリングし、バイアスがかかっていない正しいデータであることを担保することで、AIの信頼性と透明性を実現することができるWatson OpenScale、食物のサルモネラ菌をスマートフォンのカメラで検出できる技術、脳の構造を模倣するニューロモルフィックシステム、量子コンピュータなど。
「これらの技術が、お客さまのさまざまなビジネスに活用されていくことになる。これからはお客さまとの協業が進むことを期待している」とした。
セールスフォース・ドットコムの小出会長兼社長も登壇
このほか特別対談として、日本IBMの山口社長と、株式会社セールスフォース・ドットコムの小出伸一会長兼社長が登壇。山口社長は、「ビジネスパートナーとの連携をより密にしたい。セールスフォース・ドットコムとは、グローバルレベルで戦略的パートナーシップを締結しており、一緒にDXを実施していくことになる」と切り出した。
小出会長兼社長は、「DXには特効薬はなく、それが課題である。セールスフォース・ドットコムは、20年間にわたって提供しているのが顧客接点部分である一方で、IBMはインダスリーやミッションクリティカルに強い。これを組み合わせることで、日本のお客さまの期待を超えるDXを提供できるだろう」と述べた。
ちなみに、小出会長兼社長は日本IBM出身であり、山口社長の上司だったこともあるという。小出会長兼社長は、「30年前には、私がメインフレームの提案書を書いている横で、山口さんはダンプリストを解析していた。その2人が、いまは一緒の壇上でDXを語っている」として会場を沸かせた。
なお今回のイベント会場は、寺田倉庫が所有する「Warehouse TERRADA」で開催するといった趣向をこらしたものとなった。これは、日本IBMのエリー・キーナン会長の要望によるものだという。
山口社長は、「今回のThink Summitの会場としたのは、従来とは違ったイメージにするとともに、新たなイノベーションを起こすきっかけの場になることを目指して、この場所を選んだ。倉庫街なので外を歩くことも多く、2週間前からずっと天気予報を見ていたが、いい天気になって安心した。寺田倉庫は、自らの事業をダイナミックに変革した日本を代表するイノベーターであり、セッションの内容だけではなく、会場そのものからも、新たな変革にチャレンジする息吹を感じてほしい」としている。