特集

富士通が注力するクラウドサービス群「CaaS」とは何か?

高度なコンピューティングやソフトウェアの技術をクラウドから提供

 富士通株式会社は、「Fujitsu Computing as a Service(CaaS)」の国内提供を10月25日から開始した。

 CaaSは、高度なコンピューティング技術とソフトウェア技術、サービス連携基盤、コンサルティングサービスなどを組み合わせて提供するサービスで、同社の事業ブランド「Fujitsu Uvance(ユーバンス)」を体現するクラウドサービス群と位置づけている。

 国内提供の開始とともに、新たなグローバルパートナー共創プログラム「Fujitsu Accelerator Program for CaaS」もスタート。参加するスタートアップ企業とともに、共創によるユースケースの開発、提案などにも取り組む。富士通が推進するFujitsu Uvanceの実現に向けて、CaaSはどんな役割を果たすのか。CaaSの狙いや今後の展開などについて追った。

CaaSはコンピューティングだけのサービスではない

 富士通のCaaSは、Computing as a Serviceの略称であることから、コンピューティングリソースなどのインフラを、クラウドサービスとして提供するIaaSのように聞こえる。しかし、HPCやデジタルアニーラなどのコンピューティングリソースの提供だけでなく、AIやデータ解析、シミュレーションなどのソフトウェア技術、金融や材料開発、創薬、自然科学、計算科学などのアプリケーション、テクニカルコンサルティングサービスやチューニングサービスなどで構成する包括的なクラウドサービスである点が大きな違いだ。それにより、「誰もが容易に利用できる高度なコンピューティング技術」の提供を目指しているという。

 また、サステナブルな世界の実現を目指す富士通の事業ブランドである「Fujitsu Uvance」を体現するクラウドサービス群とも位置づけられている。ここでは、「Fujitsu Uvance」が打ち出している7つのキーフォーカスエリアのひとつである、コネクテッドな社会を実現するデジタルインフラ「Hybrid IT」のサービスとしてCaaSが提供され、社会課題の解決に向けた取り組みを加速するためのサービスととらえている。

CaaSのビジョン
CaaSの全体像

 富士通 Uvance Core Technology本部CaaS戦略室の山田基弘室長は、「富士通は、開発した技術をプロダクトとして提供してきたのがこれまでのやり方だった。だがCaaSでは、技術によってできるコトを、サービスとして提供する点が大きく異なる。スーパーコンピュータは、優れた技術であっても使いこなせる人が限定的であったが、CaaSでは、スーパーコンピュータでできることがサービスとして提供される。ユーザーはアプリケーションを利用するという部分しか見えず、高度なコンピュータに関する知識がなくても済み、その存在を意識せずに高度なコンピュータリソースを活用できる。社会と企業は変化を続けており、解決すべき課題が複雑化している。適切なコンピューティング技術の活用によって、これらを解決することが求められている。CaaSは、より多くの人たちに技術の恩恵を受けてもらうことを目指している。HPCの民主化やデジタルアニーラの民主化にもつながる」と語る。

富士通 Uvance Core Technology本部CaaS戦略室の山田基弘室長

 例えば、創薬や新材料開発の際に、論文や特許、公開データベースなどオープンデータを、CaaSで提供されるデジタルアニーラの技術やAIの自然言語処理を利用し、文書分類や知識抽出を行い、知識データベースを構築。そこから、CaaSで提供されるデジタルアニーラによる混合物の最適化、HPCによる量子化学計算、AIによるナレッジグラフの活用などを経て、粗い絞り込みを行う。

 そして、材料候補を絞り込んだあとに、HPCやデジタルアニーラで精緻なシミュレーションを実施することで、プロセス全体の時間を短縮しながら、創薬や新材料の開発につなげることができるという。

CaaSによるイノベーション(創薬・材料開発の例)

富岳の技術を活用できるCaaS

 富士通がCaaSを最初に発表したのは2022年4月である。それから約半年が経過した。

 この間、CaaSの事業企画および事業推進を担うCaaS戦略室は約100人体制で活動し、デジタルアニーラの開発を進める富士通研究所や、CaaSの販売を担うフロント部門などとの連携を深めながら、すでに構築済みだったデジタルアニーラのクラウドサービスとしての提供体制に加えて、HPCをクラウドサービスとして提供できる環境をデータセンターに構築するといった取り組みを行ってきた。

 「2022年4月の発表では、富士通がHPC技術をクラウドサービスとして提供するということに関心が集まり、富岳の技術を商用サービスとして利用できることに対する期待もあった。また、ロジスティクスの最適化などに対する期待が高く、デジタルアニーラに対する関心も高く、多くの問い合わせをもらっている」と手応えをみせる。

 トヨタシステムズでは、CaaSで提供されるデジタルアニーラを活用し、自動車用部品に関する大規模な物流ネットワークのコスト最適化を実現。人手では数カ月かけて作られていた物流ルートを30分で探索し、従来手法に比べて2~5%のコスト削減効果が見込まれているという。

 日本郵船でもデジタルアニーラを活用し、自動車専用船の積み付け計画作成業務を効率化。年間4000時間以上の労働時間の削減を実現したという。

 こうした成果を、より多くの企業が利用できる環境として、CaaSは注目を集めている。

トヨタシステムズの実証事例
日本郵政の実証事例

 また、「AWSやAzureなどのIaaSでは、ミドルウェアを使用し、HPCとして構成してから、エンドユーザーの計算ジョブを流すことになるが、CaaSは最初からジョブが投入できる状態で提供できる。すぐに使える環境として導入できる点も、CaaSならではの特徴として期待が高い。コンピューティングリソースを単独でも利用でき、HPCとAI、HPCとデジタルアニーラといった組み合わせの提案も特徴になる」とする。

HPCとデジタルアニーラ、技術コンサルを提供

 今回、国内で提供を開始したのは、シミュレーションやAI、組み合わせ最適化問題のアプリケーションを開発、実行するための「Fujitsu Computing as a Service HPC(CaaS HPC)」および「Fujitsu Computing as a Service Digital Annealer(CaaS Digital Annealer)」と、アプリケーションの特性に応じた最適な環境の選択や高速化などを支援する「Fujitsu Computing as a Service テクニカルコンサルティングサービス(CaaS テクニカルコンサルティングサービス)」である。

 「CaaS HPC」では、スーパーコンピュータ「富岳」に採用されたテクノロジーをベースとした商用HPC「FUJITSU Supercomputer PRIMEHPC FX1000」や、インテルの高性能CPUを搭載したPCクラスタ、インテルの高性能CPUとNVIDIAのGPUを搭載したPCクラスタを提供。シミュレーションやAIのアプリケーションの開発、実行環境として利用できる。

 「CaaS Digital Annealer」は、富士通が開発したデジタルアニーラの技術を利用できるようにするもので、膨大な組み合わせのなかから、指定された条件を満たす一番良い組み合わせを選出して、配送計画や生産計画、創薬開発、材料探索など、さまざまな業務における組み合わせ最適化問題を高速に求解できる。

Digital Annealer(デジタルアニーラ)
Digital Annealerの適用領域

 また、「CaaS テクニカルコンサルティングサービス」は、顧客の課題を解決するために最適なアプリケーションの開発、実行において、PRIMEHPC FX1000、PCクラスタ、デジタルアニーラのなかから、アプリケーション特性に応じて最適な環境を選択し、高速化などを支援するものだ。

スタートアップ企業向け共創プログラムも開始

 一方、新たに開始した「Fujitsu Accelerator Program for CaaS」は、スタートアップ企業をはじめとした、革新的な取り組みを行う企業とともに、CaaS上におけるユースケースを共創することなどを目的としたもの。日本だけでなく、グローバルでも参加を募り、社会課題の早期解決を目指す新たなグローバルパートナー共創プログラムとなる。

Fujitsu Accelerator Program for CaaS

 富士通は2015年から、スタートアップ企業を対象にした共創プログラム「Fujitsu Accelerator」を開始しており、スタートアップ企業とのコラボレーションを通じて、富士通だけでは実現できない価値を創出するために、短期集中での協業検討プログラムを通じて価値の早期創出を目指してきた経緯がある。

Fujitsu Accelerator

 富士通 Strategic Growth&Investment室事業創造部ディレクターの浮田博文氏は、「2015年に開始したFujitsu Acceleratorでは、スタートアップ支援の専任組織を設置し、富士通の事業部門とスタートアップ企業との掛け算により、これまでになかった製品やソリューションの開発、販売を行ってきた。新たなサービスや製品の共同開発、富士通のチャネルでの商品販売、富士通からの出資の検討、富士通社内での有償利用なども行っており、協業検討は約200件に達し、協業の実績は約110件に達している」と、これまでの取り組みを振り返る。

 そして、「今回のFujitsu Accelerator Program for CaaSは、CaaSに特化した共創プログラムであり、CaaS上でのユースケースやアプリケーションを共創することになる。HPCやデジタルアニーラの活用は幅広い。富士通が想定しなかったユースケースの創出を期待したい」と述べた。

富士通 Strategic Growth&Investment室事業創造部ディレクターの浮田博文氏

 Fujitsu Accelerator Program for CaaSは、スタートとともに、国内8社、海外4社の12社が参加した。

 米Anifieは、NFTメタバースにCaaSによる強力なコンピューティングを接続することで、次世代メタバースエンターテインメントを実現。グリッドでは、社会インフラ領域において、量子アルゴリズムによるアプリケーションを具体化した。HIKKYはメタバース空間での新しい体験価値を模索。ポルトガルのInfinite Foundryでは、AIアルゴリズムを稼働させた産業向け3次元デジタルプラントプラットフォームを拡張するという。

 またJijでは、デジタルアニーラをより多くの人たちに利用できる環境を提案。カシカにおいては、HPCの可視化システムの開発強化を行った。コガソフトウェアでは、オンデマンド交通システムの実用化に向けた取り組みを進め、また京都フュージョニアリングでは、核融合におけるデジタル技術の活用を推進する。

 さらに、日本学術サポートは、富岳で利用されていた学術向けアプリケーションをCaaSによる商用サービスにも展開。PocketRDは革新的なXR技術の実現に、フランスのQubit Pharmaceuticalsは創薬に、それぞれCaaSを活用している。ベルギーのWaylayは、OTとIT、データ、AIの活用による組織内の自動化を実現するための取り組みにCaaSを利用するという。

 なお、12社のなかには含まれていないが、オランダのUnknown Groupが、同グループが発掘した海外スタートアップ企業各社が、CaaSを利用できるように支援することを発表している。

 「12社のうち10社が、これまでのFujitsu Acceleratorには参加していなかった企業。CaaSの上でのユースケースをしっかりと作り込んでいくことに力を注いでいきたい。Fujitsu Uvanceを出口としたり、富士通ブランド製品として展開できるような成果の創出にも期待したい」と語る。

CaaS Creator Community

 浮田氏がこだわったのが、国内展開の開始と同じタイミングでエコシステムを構築する点だった。

 「富士通のかつてのクラウド事業においては、クラウドサービスを発表しても、エコシステムが作り切れず、ソリューションを提案するまでに時間がかかるといった課題があった。そうした反省から、CaaSでは国内展開の開始とともにエコシステムを構築し、ユースケースや機能強化に取り組むことにこだわった」という。

 そして、「12社の参加によって、創薬や製造、Web 3.0など、CaaSが幅広い領域に広がることを示せた。スタートアップ企業のスピード感にあわせて、2023年度には、なにかしたらの成果につなげたい」とする。

グローバル展開や量子コンピューティングにも広がるCaaS

 富士通では、CaaSの今後のロードマップについても明らかにしている。

 今回、3つのサービスを国内で提供開始したのに続き、2022年度中には、CaaSをより安心、安全に利用できるようにするために、組織間でのデータのやり取りにおいて、高度なセキュリティを実現する「Fujitsu Computing as a Service Data e-TRUST」を提供する予定だ。「企業がCaaSを活用する際に、より安全、安心にデータを活用できるようになる」(富士通の山田室長)という。

 また2022年度下期からは、各種ソフトウェアやサービスの強化に注力。創薬や材料開発、物流最適化といたアプリケーションの提供や、流体解析、構造解析といったさまざまな領域で活用されるソフトウェア群の整備も進めていくことになる。AIについても富士通の特徴が発揮できる領域において独自技術の提供を行うほか、クラウドパートナーが提供するAIも活用できるようにするとした。

 さらに、2023年度以降はグローバル展開も鍵になる。現時点では、いつから、どこの国で展開するかは決定していないが、まずは国やリージョン(欧州、米国、APAC)を絞り込んだ展開になりそうだ。「どこからスタートするかは検討している段階だが、条件があえば、日本に設置しているHPCのリソースを、海外にCaaSとして展開することができる」(富士通の山田室長)とする。

今後のロードマップ

 注目されるのは、公表しているCaaSでの量子コンピューティングの提供時期だ。

 富士通では、2023年に理化学研究所とともに、64量子ビットの超伝導量子コンピュータを開発する計画であり、2024年以降には100量子ビット以上に大規模化。さらに2026年には1000量子ビット以上の超伝導量子コンピュータを公開する計画を明らかにしている。将来的には、これらの量子コンピュータのリソースもCaaSを通じて提供されることになる。

 また富士通は、世界最速レベルの量子シミュレーターを開発しており、これを活用した量子アプリケーションの開発を促進している。このリソースもCaaSによって提供されることになり、量子コンピュータ時代の到来に向けて、CaaSが重要な役割を果たすことになりそうだ。

 「CaaSでの量子コンピュータの提供時期は未定だが、より多くの人に量子コンピュータを利用してもらいたいという狙いがCaaSの戦略のなかにある。そのためには量子コンピュータ向けアプリケーションの整備も重要になる。量子技術の進化とアプリケーションの開発といった進展を見ながら、最適なタイミングで、CaaSでも量子コンピューティングを提供していくことになる」とした。

2022年はCaaS元年に

 2022年4月に発表され、2022年10月から国内提供が開始されたCaaSは、まさに、2022年に元年を迎えたところだ。

 富士通の山田室長は、「元年ということでいえば、実際のお客さまにCaaSを使っていただける環境を作り、同時に使っていただけるお客さまを少しでも増やすとともに、どんなところに使ってもらえるとCaaSの特徴が生かせるのかといった事例を作るところまではやりたいと考えている。HPCとAIの組み合わせ提案など、CaaSならではの活用による事例も紹介していきたい」とする。

 CaaSに描かれているロードマップの広がりは幅広い。そのサービス提供の第一歩を踏み出したのが2022年10月ということになる。今後、CaaSが持つ影響力が、業界全体にどう広がっていくのかが注目される。