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日本IBMが生成AIへの最新の取り組みを説明、「Granite」のオープンソース化などをアピール
2024年6月4日 06:15
日本アイ・ビー・エム株式会社(以下、日本IBM)は3日、5月20日~23日に米国ボストンで開催したグローバル年次イベント「THINK 2024」において発表した、同社のAI戦略について説明した。
「THINK 2024」には、世界91カ国から5500人以上の顧客やパートナー企業が参加。日本からも150人以上が参加しており、日本向けのセッションも用意されたという。
基調講演のなかで、米IBMのアービンド・クリシュナCEOは、「企業が生成AIを活用し、大規模にビジネス価値を創出できるようにする」と、AIに関するIBMの基本方針を表明。IBMのAI戦略において「オープン化」を推進する一方、「AI Infused」というメッセージにより、IBM製品に生成AIを組み込むことで、製品機能の高度化に取り組んでいると発表した。
日本IBM IBMフェロー執行役員 コンサルティング事業本部 最高技術責任者の二上哲也氏は、「昨年のTHINK 2023では、生成AIであるwatsonxを発表して注目を集めたが、それから1年を経過し、企業の業務や顧客サービスに生成AIを適用する話題が多くなっていた。AIをスケールさせ、ビジネス価値を大規模に高めていくことにフォーカスしたイベントになった」と振り返った。
ひとつめのIBMのAI戦略の「オープン化」では、IBMの基盤モデルであるIBM Graniteをオープンソース化したほか、LLMの開発にオープンに貢献できるInstructLabを提供。さらに、watsonxのエコシステムの拡大を発表している。
IBM Graniteをオープンコミュニティモデルとし、誰でもが、モデル本体を拡張するコミュニティに参加できるようにしているほか、各企業はダウンロードによって基盤モデルを取り込み、そこから自社専用基盤モデルを作ることができるようになった。オープンソースで長年の知見を持つRed Hatの協力によってオープン化を進めたものであり、「Graniteは、真にオープンな基盤モデルになる」と位置づけた。
IBMでは、AI Allianceとともに、AI基盤モデルやツールなどのオープン化を推進してきたが、今回のオープンコミュニティとの共創により、その取り組みをさらに進化させることになった。
日本IBM テクノロジー事業本部 Data and AI エバンジェリストの田中孝氏は、「現在のオープンソースLLMでは、利用者がこれを利用して追加のチューニングを行えるものの、LLMを開発する特定の1社に開発方針が委ねられているため、次のバージョンがいつ出てくるのかがわからず、プロンプトエンジニアリングは推測と試行による手探りの状態になっているのが現状だ。成功しているオープンソースソフトウェア開発プロジェクトとは、大きく環境が異なる」と指摘。
「IBMは、研究開発部門が開発したGraniteを、Red Hatと一緒になって、InstructLabにより、オープンな開発を推進できるようにした。モデルそのものをオープン化するだけでなく、開発サイクル全体やコミュニティとの協働もオープン化することになる」と述べた。
InstructLabは、生成AIの事後学習において、質問と回答を効率的に作り出して学習する仕組みで、タクソノミー(分類学)をベースに、スキルと知識をツリーのような形で追加学習の要件を定めていき、サンプルとなる一部の学習データを与えることで、教師モデルによる合成データを生成。教師データへの質問、応答が適切なものであることを、評論家モデルで検証し、不適切なものは除去することができる。品質が高まった学習データを活用して、モデルが繰り返し学習することができ、生成AIの追加学習においてハードルとなっていた学習データの収集および管理を効率化できる。
また、InstructLabは、企業での活用をフィードバックすることで、IBM Graniteそのものの拡張にも貢献できるとしている。
「オープンソフトウェアの開発と同様に、プルリクエストによって拡張したいスキルや知識をコミットし、評価した上で、LLMのレポジトリに登録して拡張できる。コミュニティを通じてモデルを育てられるほか、企業内に取り込んだLLMに独自の知識を追加する学習サイクルにも活用できる。企業やコミュニティに対して大きな効果を届けることができる」と語った。
IBM社内で、InstructLabを活用して社内試行したところ、watsonx Code Assistant for Zの内部で活用されているCOBOLからJavaに変換するGranite Codeモデルでは、ファインチューニングによる学習では9カ月、14イテレーションかかっていたものが、InstructLabの仕組みを適用したことで、1週間、1イテレーションにまで学習期間を大幅に短縮。しかも、高い精度のモデル学習を実現したという。
ベンチマークによると、Granite-8B-Codeでは、ほかのオープンソースモデルや、一般的な他社のLLMに比べて、同等かそれ以上の性能を発揮できることも示した。
IBMでは、Red Hatが発表した「RHEL(Red Hat Enterprise Linux) AI」のなかにInstructLabを組み込む形で提供。デスクトップ環境においても、IBM Graniteの追加学習が可能になるという。さらに、Red Hat OpenShift AIのコンテナ環境のなかにスケールアウトさせたり、IBM watsonx.aiの環境でさらに拡張させたりすることも可能だ。
「IBM Graniteは、信頼性が担保され、チューニング容易性が高いという特徴を持つ。また、IBMでは、自然言語モデルだけでなく、コード生成のGranite Code、2024年4月からオープンソース化している時系列形式のTeme series、地理空間分析のGeospatialを含めて、18モデルをオープンソース化している。これらのモデルを起点として、生成AIの活用を促進することになる」と述べた。
なお、日本語専用モデルである「Granite Japanese」は2024年2月から提供を開始しており、今回のTHINK 2024では、アラビア語モデルなどの投入を発表。独自モデルをwatsonxに取り込むことが可能なBYOM機能を提供したほか、RAGの実装を支えるベクトルDBの提供などの機能拡張も発表した。
オープン化については、watsonxのエコシステムの拡大にも取り組んでおり、Amazon SageMakerとWatsonx.governanceを相互利用できるようにAWS上で提供したり、Microsoft Azure上でwatsonxの実行を可能にしたりといった発表のほか、AdobeやSalesforce。SAPなどとは、IBM Graniteモデルに関する協業を発表している。
「IBM Graniteは、Apache 2.0のライセンスで提供されるため、日本の企業がGraniteを自社製品のなかに組み込んで、ビジネスに活用することも可能になる」(日本IBMの二上氏)という。
もうひとつのIBM製品への生成AIの組み込みについては、「AI Infused」というメッセージを打ち出した。日本IBM理事 テクノロジー事業本部 IBM Automation事業部長の上野亜紀子氏は、「これによりIBM IT Automation全体を強化し、テクノロジーへの投資を、ビジネスの成果につなげていくための製品強化を進めていくことができる」と述べた。
AI Infusedは、直訳すると「AIを注入する」といった意味を持つが、「日本語で表現した場合に難しさがあった」として、そのまま英語のメッセージにしている。
日本IBMの上野氏は、「AI技術をIBM製品自体に取り込み、それによって製品機能を強化し、高度化し、その製品を活用してもらうことで、お客さま業務の生産性向上を支援していくのが、AI Infusedの取り組みになる」と説明した。
調査によると、企業のリーダーの82%がITの複雑さが成功を妨げていると回答しており、この解決にAIを活用した自動化が貢献できると見ている。IBMでは、ITの自動化領域には積極的な投資を進めており、エンタープライズ可観測性を実現する「Instana」や「IBM Cloud Pak for AIOps」、リソース最適化管理の「Turbonomic」、ネットワーク管理の「SevOne」や「NS1」、「Hybrid Cloud Mesh」のほか、2023年に買収を完了したIT投資最適化管理の「Apptio」、FinOpsの「Cloudability」、買収に合意したインフラストラクチャー管理の「HashiCorp」により、網羅性の高いIBM IT Automationを実現しており、これらにAIを組み込むことで、製品をより高度化できるという。
THINK 2024では、これらのポートフォリオに加える形で、IBM Concertを新たに発表した。これはIBMの研究開発部門が開発したものであり、ITツールのサイロ化を解決できるという。
「お客さまの現場では、多くの管理ツールが林立しており、企業でのAI活用が進み切れていない理由のひとつが、ツールのサイロ化だといえる。使われているさまざまなツールから取得されるデータや、顧客のアプリケーションが開発および実行される際に生成するデータなどを集めて、そこにAIを適用することで、データをひとつのビューとして見ることができるのがIBM Concertである」(日本IBMの上野氏)とし、「ツールから取得したデータをもとに、アプリケーションごとのデータの関連性を自動的に理解し、依存性をマップとして生成し、洞察を得られるようになる。運用高度化のためのITデータ活用プラットフォームである」と位置づけた。
スマホで地図情報を見る際には、レストラン情報や道路の混雑状況といた集まったデータを活用しながら、目的のレストランを選んだり、最適な移動方法を検討したりできるが、IBM Concertは、この仕組みをアプリケーションの運用ライフサイクルに当てはめたものだと比喩。開発者や管理者が、見たいビューから洞察を得て、アクションを実行できるという。
IBM Concertは、2024年6月18日にVersion 1を出荷する予定である。IBM CloudおよびAWSを通じたSaaS版と、オンプレミス版を提供。初期リリースではアプリケーションのリスク管理にフォーカスした機能を提供し、データソースとなるサードパーティー製品へのサポートを随時広げていくという。
一方、日本IBMテクノロジー事業本部 Data and AI 製品統括部長の四元菜つみ氏は、「IBMは、AI Assistantsの考え方を打ち出し、AIを相棒や仕事仲間としてとらえて、業務の生産性を向上させることに特化した製品群にフォーカスしている」とし、「IBMのAIの特徴は、専門ナレッジに基づいて、特定の目的に役立つように設計し、ビジネスのためのAIを目指していること、AIを活用することで業務を自動化し、セルフサービスで業務を完結できること、サイロ化された業務をひとつずつ自動化するのではなく、一気通貫でAIが統合したり、ガイドしたりできることを目指している」と述べた。
その上で、THINK 2024で発表した3つの製品を紹介した。
ひとつめは、watsonx Orchestrateである。専門ナレッジに基づく業務の自動化を実現。デジタルレイバーを構築するためのプラットフォームとして、サイロ化されたシステムを統合できるのが特徴だ。新たにLLMを組み込むことを発表。企業に蓄積された文書に基づいた社内Q&Aなどが行えるようになる。
2つめは、watsonx Code Assistant for Enterprise Java Applicationsである。Javaのアップグレードに対して、生成AIを活用したルールベースのレシピおよびセットを提供。Javaのコードを生成するだけでなく、コードのテスト作成、コードの説明文を生成することができる。2024年10月に一般公開する予定だ。
3つめのwatsonx BI Assistantは、経営指標を可視化するBIダッシュボードに生成AIを活用した新製品であり、ダッシュボードをセルフサービスで作成することを支援するほか、データを使って、ビジネスの判断やアクションに集中できるソリューションとしている。ログインしたユーザーの業務内容や、アクセス可能なデータをもとに、ユーザー自身が見たいと思うKPIをAIが自動的に判断し、ダッシュボード化して閲覧できるようになる。重要なKPIが変化した際にはアラートを出力可能だ。
また、自然言語で問いかけることで、AIが判断に必要な図表を自動的に作成し、出力結果の根拠も表示可能。説明性を担保した信頼性の高いデータ出力ができ、高度に経営判断や業務判断に利用できるようになるとしている。こちらも2024年10月に一般公開する予定。
日本IBMの二上氏は、「日本IBMでは、日本のお客さまと一緒にAIを使ったさまざまなシステムにおいて、共創を進め、グローバルに発信できる事例を作っていきたい」と述べた。