特集
IBM watsonx、Granite、AIエージェント――、日本IBMのAI製品に関する取り組みを整理する
2025年3月27日 13:00
日本アイ・ビー・エム株式会社(以下、日本IBM)は26日、IBM watsonxや大規模言語モデル(LLM)のGraniteなど、AI製品に関する取り組みについて説明。コンシューマ利用を想定したChatGPTなどとは異なり、業務での活用を前提としたAI事業を推進していることをあらためて強調した。
日本IBM テクノロジー事業本部Data and AIエバンジェリストの田中孝氏は、「2025年はAIが本番展開される時代に入ってきた。だが日本IBMの提案は、過去1・2年間やってきた初期検証やRAGへの取り組みをそのまま本番業務で使うのではなく、業務に密接な課題領域に裾野を広げ、本番業務に活用していくというものである。IT運用の自動化や、AIエージェントに代表されるタスクの自動化がますます進展していくことになる」と前置き。
「AIの適用は、お客さまの業務課題にあわせて考えていくものになる。業務課題に特化したユースケースにあわせてAIソリューションを提供する。昨今では、アシスタント、エージェントに注目が集まっており、それを実現するためのモデル、データ、ガバナンスを重視している点が、IBMのAI事業のポイントになる」と述べた。
またIBMでは、同社が展開するデジタルサービスプラットフォーム(DSP)のなかにAIサービスを組み込み、DSPを拡張することを発表している。この狙いについて、「AIは単独に存在するのではなく、お客さまの業務と一体となり、業務を支えるITシステムやITプラットフォームとも一体となり、初めてインパクトが大きいAI活用ができるようになる。そのためにIBMは、プラットフォームの観点からAI活用を支援している」と説明した。さらに、AIプラットフォームサービスの提供により、AIの業務への適用範囲を拡大できる点にも言及した。
その上で、「IBMが2023年に発表したwatsonxは、業務にAIを組み込むことにより、企業のさまざまな業務領域において、AIのインパクトを拡大、加速するためのプラットフォームおよびAIアシスタントソリューションで、watsonxプラットフォームとwatsonx AIアシスタントで構成されている。いずれも、業務でAIを本番利用するための機能を強化している」と説明した。
watsonxプラットフォームは、顧客の個々の課題(ユースケース)にあわせて、AIをカスタマイズし、業務にフィットさせるための開発基盤と位置づける。企業固有のデータがどこにあっても、そのデータを用いてチューニングし、信頼性、透明性、説明性を確保した生成AIの活用するための基盤となる。
具体的には、「watsonx.ai」、「watsonx.data」、「watsonx.governance」の3つのコンポーネントで構成。中でも中心的役割を果たす「watsonx.ai」では、IBMの基盤モデルであるGraniteなどを活用し、業務にあわせたAIソリューションを開発できる「企業向けスタジオ」としての役割を担っているとした。
また「watsonx.data」は、モデルをチューニングしたり、リアルタイムにデータを供給したりするためのデータを管理。「watsonx.governance」では、開発したモデルを本番業務のなかで運用する際に、AIモデルの信頼性や安全性、性能を確認し、安心してAI活用が行えるようになる。
一方、watsonx AIアシスタントは、IBMがあらかじめ定めた典型的なAIのユースケースをソリューション化して提供するものだ。業務や目的にあわせて構築され、エンドトゥエンドのワークフローを自動化するとともに、ビジネスに統合したAIアシスタントの活用によって、企業の従業員に力を与えることができるとした。
ここでは、AIと自動化の力を活用することで、付加価値が低い仕事から個人を解放する「watsonx Orchestrate」、より優れたバーチャルエージェントを構築し、一貫性のあるインテリジェントなカスタマーケアを提供する「watsonx Assistant」、開発作業やアプリケーション開発の最適化を促進し、IT運用を支援する開発支援ソリューションである「watsonx Code Assistant」、生成的なAIを使用して、メインフレームとのかかわりや取り組み方を変革する「watsonx Assistant for Z」、パーソナライズしたビジネスアナリストやアドバイザーの役割を果たし、AIを活用した洞察を迅速に獲得することができる「watsonx BI Assistant」で構成する。
独自開発の大規模言語モデル「Granite」
IBMが独自に開発した大規模言語モデル(LLM)が「Granite」である。
デコーダーアーキテクチャを採用したGraniteは、2023年9月から提供を開始し、2024年2月には日本語に特化したモデルを追加。2024年10月からは新世代のGranite 3シリーズの提供を開始している。
日本IBMの田中氏は、「提供開始当初から重視しているのは、ビジネスの現場で使うために最適化したモデルであるという点。軽量で、高性能なモデルを提供し、レスポンスの速さを追求し、オンプレミス環境でも動作させることができるようにしている。学習についても安全性やビジネス特化を意識している」と、Graniteの特徴を述べる。
最新のGranite 3シリーズは、2024年10月に提供を開始した時点ではGranite 3.0としていたが、2024年12月にはGranite 3.1として、コンテキストサイズを128Kまで拡張したほか、マルチリンガル性能を向上。ガードレール機能も提供した。2025年2月にはGranite 3.2にアップデートし、推論機能の導入やモデルサイズの小規模化、ビジネス文書画像の入力に対応したビジョンモデルも用意している。
日本IBM 東京基礎研究所 技術理事の倉田岳人氏は、「Granite 3.2から提供している推論機能により、複雑な問題をステップごとに分解して、解決できるようになった。エージェント機能の強化にもつながっている。推論機能を事後学習時の強化学習に利用することができ、実行時により多くの計算量を利用することで、高い推論能力を獲得できる。Granite 3.1に対して追加で強化学習を適用し、推論機能を強化したため、安全性のスコアが高いまま保持できている。Granite 3.2は、Reasoning(推論)専用モデルではなく、推論時にthinkingのフラグを切り替えることによって、必要な場合のみ深い推論が実行可能になっている。また、思考のプロセスを見える形にして、結果を出しているのも特徴である」と語る。
さらに、Granite-3.1-8b-instructは、同じ80億パラメータクラスのllama-3.1-8b-instructよりも高い日本語性能を達成していることを強調。「Reasoning機能の利用により、さらなる性能向上を確認している」という。
なおIBMでは、IBM Researchで開発し、Red Hatとともにオープンソース化した「InstructLab」によって、LLMの効率的な事後学習を進める仕組みを提供。合成データを利用して、学習データを増幅するアプローチを行い、モデルを成長させることができる点が特徴となる。今後は、watsonx.aiにおいて、InstructLabによるモデルチューニング機能を追加する予定だという。
AIエージェントに関する取り組み
一方、AIエージェントの取り組みについても触れた。
IBMでは、「ワークフローを設計し、利用可能なツールを活用することで、ユーザーまたは別のシステムに代わってタスクを自律的に実行できるシステムまたはプログラム」と、AIエージェントを定義。意思決定や問題解決、外部環境とのやり取り、アクションの実行など、自然言語処理以外の幅広い機能を備え、複雑なタスクを解決できるAIを指しているとした。
日本IBMの田中氏は、「IBMは、早い段階からAIエージェントに取り組んできた自負がある。2021年5月には、IBMの年次イベントであるTHINKにおいて、watsonx Orchestrateのコンセプトを発表。ユーザーとのやり取りをチャットインターフェイスで支援し、タスクを実行するためのさまざまなスキルを動かし、基幹システムや業務システム、SaaSなどと連携し、タスクを実行し、その結果を返すことができるようにしている。製品が提供する1500以上のスキルのほか、代表的なSaaSソリューションと連携するプリビルドスキルを提供しているほか、顧客の既存業務システムと連携するカスタムスキルの活用も可能になっている」とした。
また、現在のAIエージェントの導入に関しては、「多くのお客さまと検証や本番展開を見据えた取り組みを行っている。現在の取り組みは、Askシリーズと呼ぶ、顧客や社員からの問い合わせへの対応、ERPやSCMなどの複数システムにまたがった煩雑な業務の効率化のほか、生成AIを業務に活用する際の複数システムとの連携にAIエージェントを活用するという用途に大別できる」と語った。
さらに、IBMが取り組むAIエージェントの今後の方向性として、watsonx.aiの強化により、フレームワークベースで自由度の高いエージェントを構築する「カスタム構築のエージェント」、watsonx Orchestrateの進化により、すべてのエージェントを一元的に管理しながら、複雑なタスクを実行する「複数エージェントのオーケストレーション」、典型的なユースケースを対象にIBMが構築したエージェントを提供する「事前構築済みエージェント」の3点を挙げた。
将来に向けた具体的な機能強化として、watsonx.aiでは、プレビューで提供しているAgent Labを活用し、わかりやすいGUI機能を使用したエージェント型サービスの構築および展開を行い、開発ライフサイクルを加速。watsonx Orchestrateでは、AgentChatを用いて、人事エージェントや総務エージェントなど、複数のエージェントのなかからタスクに最適なエージェントを探し、呼び出すことが可能になるとした。
日本IBM自らのAI活用
日本IBM自らのAI活用についても触れた。
同社では2020年からKPI指標管理においてAIを活用。その後、人事部門や製品サポート部門、開発部門、営業部門でも活用範囲を拡大。2023年からは、購買およびサプライチェーンの効率化においてもAIを活用しているという。
日本IBMでは、「的確なガイダンスの提供」や「処理の自動実行」をサポートするAIチャットボット「Askシリーズ」を社内で展開。2024年12月時点で、62システムが稼働しているという。
日本IBM テクノロジー事業本部Data and AI事業部製品統括部長の四元菜つみ氏は、「日本IBM社内では、2020年以降、利用するアプリケーションの増加、仕様の頻繁な変更、これに伴うヘルプデスクの負荷が増大するといった課題が発生していた。Askシリーズにより、AIの力によって、使いやすく、便利なツールが完成させ、PCやスマホ、Slackなどを通じて、社員が必要とする情報が迅速に得られ、問い合わせ対応の効率化も図ることができた」と振り返る。
人事関連のAsk HRでは、100を超える人事関連業務の問い合わせに回答し、61の業務処理の自動化に対応。年間インタラクションは1000万以上となり、人事部の予算は約40%削減。Ask HRで完結した従業員からの問い合わせ比率は94%に達するといった成果が生まれており、効率化して生まれた時間を、より価値が高い業務に活用できるようになったという。
さらに、営業部門においては、Ask Salesを導入。顧客の課題に対応するために、膨大な量の営業関連資料から適切な情報をAIによって抽出。営業がソリューションについて学び、販売できるように、いつでも情報にアクセス可能な環境も用意することができたという。サービス開始後1週間で4714件の質問を受け付けた実績が生まれたという。
また、調達・購買部門では、Ask Procurementを導入。サプライヤーと調達に関する洞察を、労力をかけずに得ることが可能となり、数十カ所に点在していた情報を1カ所に統合した結果、年間2万6000 時間の作業時間を節約し、人件費では20%の削減を達成。ベンダーに対するコスト支出では20億ドルの削減効果を生んだという。