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自らがDXしてきた――、自社事例をもとに顧客の変革を支援するマイクロソフトの取り組み

JR東日本、トヨタの事例も紹介

 日本マイクロソフト株式会社は5日、ビジネスリーダーを対象にしたデジタルトランスフォーメーション(DX)に関するイベント「Microsoft Envision | The Tour 東京」を開催した。世界7都市で開催しているうちの1つとして、日本での開催となった。

 基調講演には、東日本旅客鉄道株式会社(JR東日本)、トヨタ自動車株式会社、ソニー株式会社がゲストとして登場し、自社のDXについて語った。

Microsoft Envision | The Tour 東京

「DXはMicrosoftにとって戦略そのもの」

 冒頭で、日本マイクロソフト株式会社 代表取締役社長 吉田仁志氏が登場。Microsoftのミッションである「地球上のすべての個人とすべての組織が、より多くのことを達成できるようにする」という言葉を掲げた。

 吉田氏は、世の中でDXの定義があいまいであるとしつつ、「Microsoftにとってはバズワードではなく戦略そのもの。Microsoft自身がDXしてきた」と語った。

 大きなところでは、Windowsのライセンスでビジネスする会社からビジネスモデルを転換したことを挙げる。「そのために、製品戦略からオペレーション、カルチャーまで変革した」と吉田氏。

 また、Microsoftはこの自社の事例をもとに企業のDXをサポートしていくと説明し、「自社でうまくいったことやうまくいかなかったことをお客さまと共有し、信頼されるパートナーとなる」と語っている。

日本マイクロソフト株式会社 代表取締役社長 吉田仁志氏
Microsoftのミッション

「DXは技術から始まるものではない」

 続いて登場した、米Microsoft コーポレートバイスプレジデント クラウドビジネス担当の沼本健氏は、「DXは技術から始まるものではない」として、DXにおける社内文化やオペレーションの変革の重要性について語った。

 沼本氏は「お客さまのDXの手伝いをする中で学んだこと」として、DXには「ビジョン&戦略」「文化」「ユニークな可能性」「能力」が、この順で必要になると説明した。

 まずはビジョン&戦略。「DXについて、技術中心、製品中心で話を始めるお客さまがいらっしゃるが、若干便利といった小手先の進歩にしかつながらない」と沼本氏。例えばMicrosoftは、サティア・ナデラCEOが先陣を切って社内外に新しいビジョンを示しており、細かいところではイベントごとに、吉田氏が冒頭で掲げたように、Microsoftのミッションを示すことに決めているという。

 2番目が文化。「これがないと一過性のものにしかならない。ビジネスを本質的に変える必要がある」と沼本氏。例えばMicrosoftも前述のとおり、ライセンス売り切りからクラウドへとビジネスが変わってきている。「そのためには、システムを変える以上に、技術から営業まですべて社内の文化を変えることが重要だ。例えば、営業の指標を売り上げベースから消費量ベースに変えた」(沼本氏)

 3つめがユニークな可能性。沼本氏は「1製品や1事業のレベルではなく、市場にどう取り組むか、隣接する市場をどうディスラプトするかについて、可能性を考える」として、後で登場するJR東日本がその例だと語った。

 4つめが能力。人材や専門知識、変革のプロセスなど、実行するための能力を指す。「この4つがそろってこそDXが実現する。技術は4つめになってやっと出てくるものだ」と沼本氏は説明した。

米Microsoft コーポレートバイスプレジデント クラウドビジネス担当の沼本健氏
DXで必要になる4つのこと

JR東日本「Office 365とモビリティが結びついて働き方改革」

 ゲスト3社の話は、沼本氏の質問に答える形式で行われた。

 1社目のゲストは、JR東日本 取締役副会長 小縣方樹氏。氏は「JR東日本の経営の最重要課題は“安全”」と念を押しつつ、その中で「変革2027」のビジョンのもとでのDXについて語った。

 まずは社内の「働き方の変革」。Office 365を導入し、100%に近い社員が短い期間で習熟して活用しているという。デスクワークだけでなく、「例えば台風などの災害のときの情報共有や、渋谷の切りかえ工事での段取りの共有など、現場作業員もものすごく活用している」と小縣氏は説明した。

 続いては「サービスの変革」。鉄道サービスの品質をレベルアップしていくためにのDXだ。この分野では列車の自動運転、AIを活用した運行管理などの研究開発に取り組んでいるという。

 特に進んでいるのが車両メンテナンスの分野で、従来の定期的にメンテナンスするTBM(Time Based Maintenance)から、車輌の状態を常時監視し必要があればメンテナンスするCBM(Condition Based Maintenance)へのチャレンジが行われている。「中核となるクラウドにはAzureの技術も活用できるのではないかと思っている」(小縣氏)。

 その先には「モビリティの変革」がある。「すべてがモビリティだと思っている。MaaS(Mobility as a Service)は広く定義していきたい」と小縣氏。JRの持つ「鉄道」「生活サービス」「Suica」「車両製造」「グローバル化」の5つとシナジーある形で成長させていきたいという。

 一例とて挙げられたのが駅ナカシェアオフィス「STATION WORK」だ。「駅ナカという鉄道会社の財産を活用し、滞在して仕事していただく」と小縣氏は説明する。

 「例えば、Outlookの予定表はビジネスマンの移動の根幹だと思っている。Office 365とモビリティが結びついて働き方改革が実現できる」(小縣氏)

東日本旅客鉄道株式会社(JR東日本) 取締役副会長 小縣方樹氏
駅ナカシェアオフィス「STATION WORK」

トヨタ「ITとトヨタ生産方式を合体させることで、われわれわれらしいDX」

 2社目のゲストは、トヨタ自動車株式会社 情報システム本部 本部長、TPS本部 販売・事技領域 領域長 北明健一氏。

 北明氏のTPS本部の「TPS」とは、トヨタ生産方式(Toyota Production System)のことで、「モノや情報がどう流れて、その中で人がどう動くか」が重要だという。PCも普及していないころから、やがて急速に進歩していく中で、人数の半分はシステム部隊となっていった。

 例として挙げられたのが、ライドシェアで使われる自動車だ。DiDiでは自ら自動車整備サービスを提供しており、またGrabで使われる自動車は街の修理業者で点検整備されることが多い。「ディーラーに帰ってきてもらいたい」と北明氏は語る。

 Grabでは現在、車検に相当する点検が義務づけられており、しかも30分を越えたら整備業者に罰金が科せられるという。これに対応するために、RFIDを付けて作業の滞留を分析するといったことをした。

 さらに「一番すばらしかったのがHoloLens」と北明氏。トヨタではHoloLens 2とDynamics 365 Guidesを活用した自動車点検整備を導入している。アジアでは特に人の入れ替わりが多いため、新人がHoloLensにガイドしてもらい、学習しながら作業するのが有用だという。またDynamics 365 Guidesは、作業標準を作って律義に作業することでリードタイム短縮につながっているとのこと。

 北明氏は「TPS+IT」として、「ITを取り入れるだけではわれわれらしくない。ITに思想を合体させることで、われわれらしいDXができる」と語った。

トヨタ自動車株式会社 情報システム本部 本部長、TPS本部 販売・事技領域 領域長 北明健一氏
HoloLens 2とDynamics 365 Guidesを活用した自動車点検整備

ソニー「One Sonyでシナジー」

 3社目のゲストは、ソニー株式会社 執行役員 CIO/ソニーグローバルソリューションズ株式会社 代表取締役社長 樋田真氏。

 ソニーの事業は、G&NS(Game and Network Service、つまりPlay Station関連)、音楽と映画、HE&S(Home Entertainment & Sound)、ソニー損保など多岐にわたり、独立心の高い事業体が多いという。「どうシナジーを出していくかがソニー全体のチャレンジだ」と樋田氏。

 「そのために、いろいろな会社におじゃまして勉強した」と樋田氏。米Microsoftにも赴き、プロダクトはもちろん、Microsoft社内のDX事例も聞いて学んだという。「いっしょにDXを進めたいということで取り組んでいる」(樋田氏)。

 DXには「オペレーション」「顧客接点」「ビジネス」の3つの領域で取り組んでいると樋田氏は説明した。

 「オペレーション」では、既存のビジネスを効率化・高度化する。具体的には、ERPをクラウドベースのDynamic 365に移行した。「エレキ(エレクトロニクス分野)が好調な時代に、ERPにいろいろ機能を追加していた。それを捨ててDynamic 365に移行し、軽くなった。また、標準化されているのでクラウドやデジタルと相性がいい」と樋田氏。機能が減ったぶんをRPAで効率化しているという。

 「顧客接点」では、チャットによる顧客対応に取り組んでいる。「若い人には電話よりチャットが顧客満足度が高い」と樋田氏。さらに、チャットボットなどで応答レベルを上げたり、ログを分析したりと、デジタル化による高度化を進めているという。

 3つめの「ビジネス」とは、DXによる新しいビジネスモデルの創出であり、「DXの本丸」と樋田氏。ソニーが経営戦略として掲げる「人に近づく」にのっとり、クリエイターに近づくことや、ユーザーに近づくこと(D2Cなど)による施策に取り組んでいるという。特にオペレーションにおいて、樋田氏は「第1段階はできたかなというところで、いま第2段階に入りつつある」とし、RPAの標準化や、AIによる高度化に取り組んでいると語った。

 例えば、AIによる市場予測にチャレンジしているという。樋田氏は、「われわれのAIは通常の状態であれば高い精度が出るが、特殊要因を判断できるデータがない。例えば“独身の日”はまだ数回しかデータがないのでうまく扱えていない。同様に、オリンピックがどうなるかはわからない」との現状を説明している。

ソニー株式会社 執行役員 CIO/ソニーグローバルソリューションズ株式会社 代表取締役社長 樋田真氏(写真はQ&Aセッションより)