大河原克行のクローズアップ!エンタープライズ

単なるテレセールスだった時代は終わった――、大きな役割を担うマイクロソフトのインサイドセールス部隊

 日本マイクロソフトは、2017年7月から始まった2018年度において、組織体制を一新した。2003年7月以来、14年ぶりの大規模な組織変更とされる今回の新体制の狙いは、ライセンス販売モデルから、クラウドによるコンサンプションモデルに最適化した体制への転換だ。

 そのなかで新設されたのが、インサイドセールス事業本部である。同事業本部は、単にテレセールスを行うのではなく、人工知能などの最新技術を活用し、クラウド時代における新たな顧客との関係構築やアプローチを行う組織となっているのが特徴だ。そして、日本マイクロソフト自らがデジタル変革を行うため組織と位置づけられている点も見逃せない。

 日本マイクロソフト 執行役員常務 インサイドセールス事業本部長の高橋明宏氏に、インサイドセールス事業本部の狙いなどについて聞いた。

日本マイクロソフト 執行役員常務 インサイドセールス事業本部長の高橋明宏氏

全世界をカバーするインサイドセールス体制

 日本マイクロソフトのインサイドセールス事業本部は、グローバルでの組織再編をベースとして、新設された組織である。

 米Microsoftでは2016年7月に、以前からMSNなどのサポート拠点を設置していた米国ノースダコタ州ファーゴに、北米エリアを対象にしたインサイドセールスセンターを約700人規模で新設した。

 さらに2017年2月、アイルランドのダブリンに欧州エリアを対象にしたインサイドセールスセンターを設置したのに続き、4月には、豪州のシドニーにアジアエリアを対象にしたインサイドセールスセンターを、中米コスタリカに中南米エリアを対象にしたインサイドセールスセンターをそれぞれ設置し、世界全体をカバーする体制とした。

 日本では2017年7月からの同社新年度のスタートにあわせ、インサイドセールスセンターサテライトオフィスを、東京・品川の日本マイクロソフト本社内に設置。70人体制で、新たなインサイドセールスによる市場アプローチを開始した。このタイミングでは、中国、インドにもサテライトオフィスが新設されている。

東京・品川の日本マイクロソフト本社に設置されたインサイドセールス事業本部のオフィスの様子

 複数の国を対象にする拠点を「インサイドセールスセンター」と呼び、ひとつの国を対象にする拠点を「インサイドセールスサテライトオフィス」と呼んでいるようだ。

 今後もインサイドセールスの拠点を増やす計画であり、同社2018年度(~2018年6月)中には、北米の一部地域と中米を対象にするインサイドセールスセンターを、米国テキサス州ダラスに設置することが明らかになっている。

 このように急速な勢いで、インサイドセールスの拠点を広げているのだ。

急ピッチで陣容を強化

 インサイドセールスというと、一般的にテレセールスなどの非対面チャネルを指し、企業側から顧客に電話やメールで連絡を取り、潜在需要を発掘し、案件化する役割を担う。

 実際、日本マイクロソフトでも、数年前から外部のインサイドセールス専門事業者に委託し、電話やメールを通じたテレセールスの仕組みを日本でいち早く導入。成果をあげてきた経緯がある。

 ここでは、ライセンス期間やサポート期間が終了する製品を持つユーザーに対して、継続やアップグレードを提案したり、それにあわせたキャンペーンを提案したりといった取り組みのほか、新規見込み顧客の発掘、商談機会の醸成、製品販売後の継続的関係の構築といったことを中心に行っていた。いわば、ライセンス製品を中心した営業体制だったといっていい。

 だが、「新たに設置したインサイドセールス事業本部は、これまでのインサイドセールスとは役割が異なる」と、日本マイクロソフトの高橋執行役員常務は位置づける。

 従来のインサイドセールスは、パートナービジネスや中堅・中小企業向けビジネスを統括していたゼネラルビジネス部門のなかに組み込まれていたが、2017年7月の組織改革で独立した組織へと昇格。さらに、外部委託から日本マイクロソフト社員による営業体制へと移行し、現在は約70人の体制へと拡大。本社25階フロアの3分の1程度のスペースを使っているという。

 ここでは、高い技術的スキルを持ったり、コンサンプションモデルのビジネスに長けた人材を新たに雇用し、急ピッチで陣容を強化している。

 今年7月の組織改革では、新たな体制への移行によって、グローバルに人員削減が進むとの見方があったが、日本マイクロソフトでは、インサイドセールス事業本部の新設などによって、新たな雇用を生んでいるというわけだ。

 しかし、高橋執行役員常務が、「これまでのインサイドセールスとは役割が異なる」というように、インサイドセールス事業本部の変化は、組織が独立化したり、自前での運用に変わったというだけにはとどまらない。

 それは、2017年7月の組織改革の狙いが、ライセンス販売モデルから、クラウドによるコンサンプション(消費)モデルに最適化した体制への転換だったように、インサイドセールス事業本部を新設した狙いも同様に、クラウドによるコンサンプションモデルへの移行という考え方がベースにあるからだ。

新たな8つの役割

 では、新たなインサイドセールス事業本部はどんな役割を担うのか。

 インサイドセールス事業本部では、「お客さまに適切なタイミングで、適切な方法で、適切な洞察を提供し、ビジネスの成功を提供する」ことをビジョンとし、さらに、「マイクロソフトの成長加速のためにデジタルセリング能力を提供し、継続的なイノベーションを活用して最適化したセールスモデルを提供する」ことを戦略に掲げている。

 具体的には、従来の「売る」ことから、「リレーション構築」を重視することへとシフトするほか、顧客とのつながりをパーソナライズ化。顧客のビジネスを理解するアドバイザーとしての信頼を構築することに取り組むなど、従来よりも一歩踏み込んだ顧客との関係構築を目指す。

 またセールスモデルについては、インテリジェントな予測に基づく販売モデルを導入。ソーシャルセリングを活用したつながり強化のほか、顧客の状況をマッピングして最適な提案を行ったり、セールスサイクルの各段階においてパートナーとの連携を行ったりといったように、デジタル化によって、新たなつながりやパートナー連携にも取り組む。

 さらに、多様な経験や専門知識、異なる文化的バックグラウンドを持った社員を組み合わせた組織体制とすることで、顧客とのより深いつながりを結ぶとする。

 「過去の取引の状況がわかり、そのデータをさらに蓄積することで、詳細な状況を可視化。さらに顧客との関係が、いまどうなっているのかを理解して、そこから最適な提案を行うことができる仕組みを構築している」という。

 インサイドセールス事業本部には、大きく8つの役割を持った人材が所属する。これにより、顧客とパートナーとの深い関係を大規模に確立するとともに、専門知識の共有化をグローバルに推進。また、機会創出に向けた最適な提案を行い、俊敏性を持ったビジネス展開につなげるという。

 8つの役割は以下の通りだ。

アカウントエグゼクティブ

ソリューションベースでビジネスの結果に関する議論を顧客と行い、収益増を提供する役割を担う

パートナー開発マネージャー

ソリューション開発を推進し、エコシステム全体におけるパートナーの能力を生かす

カスタマーサクセスマネージャー

Azure Direct顧客の利用を拡大し、顧客生涯価値を増大させる

テクノロジソリューションプロフェッショナル

ソリューションの価値を提供するための技術的アーキテクチャの開発を担当

ライセンシングセールススペシャリスト

ビジネスの結果をもたらすためのライセンシングソリューションの設計を行う

ソリューションセールススペシャリスト

顧客価値の提供のための新規ビジネスソリューションの推進を担う

セールス開発スペシャリスト

収益増のための新規顧客とワークロードの獲得を推進する

セールスレプレゼンタティブ

新規顧客を発掘し、商談規模や勝率、収益を拡大する

 このように、インサイドセールス事業本部には、セールススキルを持った人材だけでなく、テクノロジソリューションプロフェッショナルのように、技術スキルが高い人材を擁しているのが特徴だ。デジタルセリングの特長を生かして、実際に顧客やパートナーのもとに出向くのではなく、Skypeなどのデジタルソリューションを活用して、技術課題を解決する役割を担う。

 「スキルが高い技術者には、多くのセールスから同行してほしいというリクエストが集中し、対応しきれない状況が生まれていた。技術者が実際に訪問できるのは、1日平均で3件が精いっぱいだったが、新たな仕組みを利用することで、2倍以上の案件に対応できるようになる、また、Skype for Businessを活用し、相手の顔を直接見ながら、技術支援を行うことを前提としているため、相手が説明を理解できているのかどうかを感じながらサポートを行える」とする。

 デジタルツールを活用することで、海外の優秀なエンジニアも、日本の顧客やパートナーの技術支援に生かすことができる点も見逃せない。

 インサイドセールス事業本部は、デジタルを積極的に活用することで、顧客やパートナーを効率的に技術サポートする体制を整えたといえる。

 ただ、日本の「インサイドセールスサテライトオフィス」には、すべての役割の人材がそろっているわけではない。例えば、カスタマーサクセスマネージャーは来年度以降からの採用を予定するなど、今後、徐々に拡大していくことになる。

最先端のデジタルセリングをマイクロソフト自らが率先して採用

 インサイドセールス事業本部には、もうひとつの重要な役割がある。それは、最先端のデジタルセリングをマイクロソフト自らが率先して採用することで、その成果を享受するという点だ。

 日本マイクロソフトの高橋執行役員常務は、「新たなインサイドセールスは、デジタルセリングを推進するマイクロソフトが自らそれを体験し、その成果を実証するとともに、課題を抽出して改善を加えることで、最も先進的で効果が実証されたデジタルセールスモデルを、お客さまに提供することを目指す」とする。

 顧客内のネットワークを活用したり、見込み顧客の計画とマッピング、人材分析の活用、深い洞察の共有、コラボレーティブなソリューション構築への関与、データに基づく交渉を通じて、自らが21世紀のデジタルセラーになることを目指すという。

 具体的に、いくつかのユニークな取り組みをスタートしている。

 ひとつは、“DISH”である。

 これは、全世界の同社インサイドセールス担当者が利用することができるもので、コミュニティのパワーを活用して課題を解決したり、コンテンツを活用したりといったことが可能になる。

 同社によると、週あたり880の新たな販売担当者がDISHにアクセスしており、地域に応じてカスタマイズされたコンテンツの提供のほか、詳細なビデオを活用した共通のセールスプロセスを提供。詳細な技術研修などを受けることができるという。

 「DISHは、社内のコミュニケーションを変えるための仕組みでもあり、部門を横断したコミュニケーションのベースになるものだ」とする。

DISHのトップ画面。コミュニティのパワーを生かすものになる

 2つめは、デジタルセリングの新たな標準制度と位置づける「Microsoft Digital Seller」である。これはデジタルセラーのための社内認定制度ともいえ、教室による学習やセルフラーニングの仕組みを通じて、「製品とライセンシング」「ツールとプロセス」「セールスとプロフェッショナル」「業界」「知識訓練」の5つの項目で単位を取得することができる。

 最初の1カ月目は、Customer Ready Sign Offとしてスタート。その後、Microsoft Digital Seller、Digital Seller Eliteと進化し、継続的な人材育成を行うことになる。

 「いまではWindowsのアップデートが半年ごとに行われている。アプリケーションについても同様であり、すべての製品を横断すると、毎週、何百種類もの新たな機能が追加されている計算になる。インサイドセールスの担当者は、これらの新たな機能を常に学習していく必要があり、さらに、誰がどんなスキルを蓄積しているのかといったことを管理する必要もある。常に学習を行うという仕組みを定着させる狙いを持った制度でもある」とする。

 そして、3つめがAIを活用したリード管理システム「Deep CRM」である。AIを活用して、見込み客の行動を分析し、そこからシグナルを検知し、最適な提案を行うというものだ。

 具体的には、顧客情報をもとに、洞察を行い、次に最適なアクションの推奨を作成。リアルタイムで顧客データを分析しながら、顧客を理解して、インテリジェントな予測を提供。対話によって、深いリレーションを実現することになるという。

 海外ではその成果がすでにあがっている。商談につながる正解率が85%に達し、クラウド製品のインナーシェアは2倍以上に増加に達しているという。

 「Deep CRMは24時間365日学習を続けており、それによって進化を続けている。AIというサポーターを持つことで、より効率的なデジタルセリングが可能になる」としている。

 一方、インサイドセールス事業本部が利用する仕組みには、マイクロソフトの製品が数多く使われている。

 リード管理には、Dynamics 365 CRM、パフォーマンス管理にはAzure Insight、進ちょく状況をトラッキングする部分ではPowerBI、セールスコールにはSkype for Business、売り上げ管理にはMSX Insightといった具合だ。そして、これらの製品を自ら活用した上で得られた課題や知見を、開発部門にフィードバックして、さらに機能を高めたり、使い勝手を向上させたりしているのだ。

 もうひとつ、インサイド事業本部をサポートするツールとして見逃せないのが、「スペシャリストファインダー」と「Daily Recommender」である。

 スペシャリストファインダーは、専門知識を持ったグローバルの人材を活用することができる仕組みで、インサイドセールスの営業部門に対して寄せられた専門性を持った技術的な質問に対して、最適な人材を自動的に見つけだし、リクエストをすれば、その技術者が対応してくれるというものだ。返答は、24時間以内に行われ、顧客に対して迅速な回答を行うことができる。

 寄せられているリクエスト数は全世界で5000件以上に達し、日本の技術者に対しても、200件以上のリクエストが寄せられている。

スペシャリストファインダーのトップ画面
スペシャリストファインダーで条件を設定してリクエストする

 またDaily Recommenderは、成立可能な案件数を、インテリジェントな予測をもとに表示するツールだ。AIを活用することで、Azureの初商談において、商談成立の可能性の高い案件数を予測したり、アップセルやクロスセルの可能性を提示したりといったことを行うことができ、購入の可能性大、可能性中といったように結果を表示。予測値を可視化する。

 「人の経験値をもとにした、従来型のカン(勘)ピュータに比べて、圧倒的な確率で予測が高まる」という。

 日本では、現在、評価を開始しているところであり、2018年1月以降、本格的な導入を開始することになる。

 このようにインサイドセールス事業本部は、新たなツールを活用したデジタルセリングによって、マイクロソフト自らが、デジタル変革を遂げるための挑戦を行っているのが特徴だ。

クロージングはパートナーが担当するエコシステム

 だが、ここで気になるのは、マイクロソフトが直販傾向を強めることになるのではないか、という点だ。

 だが、その点について、日本マイクロソフトの高橋執行役員常務は、「むしろ逆であり、パートナーとの関係をより強くするものになる」と否定する。

 一部には、顧客自律型の購買が増加するといった動きもあるだろうが、インサイドセールス事業本部が発掘した案件のクロージングは、パートナーが行うことが多く、これらのデジタルセリングの仕組みを活用することで、質の高い案件をパートナーに提供することができるようになるというわけだ。

 「インサイドセールスとデジタルチャネルの集約化とともに、適切な時に、適切な知識を持った担当者にアクセスで、顧客の成功にフォーカスした提案ができるようになる。まずは、この仕組みが『行ける』という確信を持つことが、われわれの最初のゴールであり、それによって、マイクロソフトの技術やソリューションが、デジタル革新において有効であることを証明したい」と、日本マイクロソフトの高橋執行役員常務は語る。

 インサイドセールス事業本部は、日本マイクロソフトの収益拡大だけでなく、自らが実践することで、その成果を証明するという重要な役割を担うことになる。