大河原克行のキーマンウォッチ

日本マイクロソフト・吉田仁志社長に聞く、「MSがこれから変わること、変わらないこと――」

マイクロソフトのDXは7合目くらい

 ただ中に入ってみると、マイクロソフトのDXが「道半ば」と感じる部分がないわけではありません。全世界14万人の社員の基本動作を課題解決型へと変えていくのには、時間がかかります。継続的に進めていく必要があります。

――日本マイクロソフトでは、そのあたりの課題をどう解決しますか。

 基本動作を繰り返し、それぞれが学ぶことが必要です。お客さまのところに同行営業を行い、お客さまとどんな会話をしたのかということを共有したり、今日はお客さまの課題に対してなにを解決したのか、どんな提案ができたのか、ということを共有したり、といった活動を繰り返すしかありません。

 また、日本マイクロソフト自らが変わらないとお客さまを変えることができないということもあります。日本マイクロソフトに入って驚いたのですが、社長直下の組織として、会社を変えるための組織があるのです。大きな組織ではないのですが、この組織が、社員の活動の指標などをもとにしながら、組織や社員が変わるためにどんなことをすべきか、ということを提案しています。

――日本マイクロソフトのDXを「道半ば」とした場合、何合目あたりととらえていますか。

 あえていうならば、7合目あたりでしょうか。お客さまのお手伝いをするということを考えると、まずは、日本マイクロソフトがお手本にならなくてはいけないという場合もあります。そして、取り巻く環境は変化しますから、目標はさらに上に置く必要も出てくるでしょう。社員はとてもがんばっています。しかし、社員も、組織も、企業もまだまだ成長の伸びしろがあると考えています。

――外から見たマイクロソフトと、中に入って感じたマイクロソフトに違いはありますか。

 これだけ巨大な会社であるにも関わらず、強いパッションを持った社員が多いことを感じました。それと社内を歩いていると、社員が挨拶したり、声をかけたりしてくれるんですよ(笑)。社員がいきいきとしていますし、日本マイクロソフトという会社が好きだという社員も多いですね。元気な社員が多い会社です。一方で、まだまだ伸びしろがある会社だということも感じています。

行きつくところは「人」であり、「社員」である

――吉田社長は、米タフツ大学を卒業後、伊藤忠グループに入社しましたが、その後、ケンブリッジ・テクノロジー・パートナーズ、ノベル、SAS Institute Japan、日本ヒューレット・パッカードといった外資系IT企業で社長を歴任しています。この経験は、日本マイクロソフトの経営にどう生きますか。

 私は20年以上に渡って社長の仕事をしてきました。グローバル企業の動き方やマネジメントのやり方、考え方をよく理解しています。また、北アジア地域を統括した際や、ビジネススクールでは、世界から日本がどう見えるのかといったことも経験しています。

 そして、長年IT業界にいますから、あらゆる業界のお客さまと話をする機会に恵まれ、いま、日本の企業や社会がどんな課題を持っているのか。そこにどんなテクノロジーが活用できるのかということも理解しています。バランス感を持って、大局的な見方をすることは得意ですね。

 私は、グローバル企業の社長の役割は、3つの「売り方」をすることにあると思っています。ひとつは、「会社をお客さまに売る」ということです。日本マイクロソフトがいま置かれた立場でいえば、お客さまを理解して、寄り添って、お役に立つことを指します。

 2つ目は、「会社を社員に売る」ということです。社員に会社の方向性を理解してもらい、高いモチベーションで仕事をしてもらう環境を作ることです。社員に「この会社はいい会社だ」と思ってもらうことが大切です。

 3つ目は、「本社に日本法人を売る」ことです。これは本社を向いて仕事をするということではなく、本社のハートをつかむことを指します。本社のサポートを受けられるか、受けられないかによって、日本でのビジネスには大きな差が生まれます。人への投資や、ファシリティへの投資も違ってきます。

 グローバル企業としての総合力を生かすためには、本社の中に、日本法人のファンを作ることが大切なのです。本社のVIPが来日したら、必ず日本法人のファンにして帰すということを実践してきました。それを1人ずつ増やすことで、日本法人がこういうならばやってみようという状況をつくることができ、初めて総合力を生かすことができます。

 グローバル企業では、日本は特別な市場だからとか、日本の市場は違うからという議論がよくありますが、それを言い続けることは正しくないと思っています。もちろん、日本の市場の固有性はありますし、商習慣の違いや言語の問題もあります。

 しかし、世界各国のビジネスイシュー(問題点)と、日本におけるビジネスイシューに大きな差はありません。むしろ、日本が思っているほどに、日本は特別ではないと思った方がいい。ほとんどの課題は、日本だけが持っている課題ではありません。ほぼ9割の課題は一緒です。

 また、20年以上社長をやっていて常に感じているのは、行きつくところは「人」であり、「社員」であるという点です。

 「社長が最後に出向いて、成約できた」という話がありますが、そんなのは嘘です。現場の社員が努力に努力を重ねて、その結果、成約が取れる。社長が出向くのは、「安心して任せてください」という念押しだけですよ(笑)。社長の貢献なんて1%あるかないかです。ですから、現場の社員の力を高めることが、会社の総合力を高めることにつながります。だからこそ、私は、人や社員を重視したいのです。