特別企画
走れ、ソラコム! フィールドを世界に拡げるIoTプラットフォーマーのグローバル戦略
2017年3月13日 06:00
2月27日、ちょうどスペイン・バルセロナで毎年恒例のITカンファレンス「Mobile World Congress 2017」がスタートした日に、ソラコムは欧州でのサービスローンチを開始した。
英国、ドイツ、スペイン、フランス、イタリアの5カ国でソラコムのSIMカード「SORACOM Air for セルラー グローバルカバレッジ(以下、Air SIM Global)」の販売を開始、これにより2016年11月に提供が開始された米国に続き、欧州でも1枚単位でSORACOM SIMカードを購入することができるようになった。
一般ユーザーはもちろんのこと、欧州のパートナー企業もSORACOMプラットフォームを使った独自のIoTサービスを構築できる。また、サービスローンチと同時に、欧州のビジネス拠点としてデンマークのコペンハーゲンに新オフィスを設立した。シンガポール、米国パロアルトに続き、3カ所目の海外拠点となる。
タイミングを逃さず、そして入念な準備を欠かさずに、次々と新しい取り組みを発表するソラコム。2015年9月のローンチ以来、ソラコムが市場に投入してきたサービスとその実績を振り返ると、もはや単なるスタートアップという域を超え、IoT業界のリーディングカンパニーとして、日々その存在感を強くしていると言っても過言ではない。
しかもその活動範囲は「世界中のヒトとモノをつなげ共鳴する社会へ」という同社の理念そのままに、着々とグローバルへと拡がっている。今回の欧州でのローンチに伴い、Air SIM Globalは120を超える国と地域で利用可能となった。これからもその数はさらに増えるだろう。
創業からわずか1年半でソラコムはいかにして“世界のSORACOM”への切符を手にしたのだろうか。本稿では、ソラコム 代表取締役社長 玉川憲氏への取材をもとに、同社のグローバル展開の軌跡を追いながら、IoTプラットフォーマーとして次のフェーズに踏み出したソラコムの戦略について見ていきたい。
日本もグローバルもサービスのローンチモデルは同じ
「日本では考えられないようなトラブルが起こることも十分に覚悟している」――。2016年11月下旬、米国ラスベガスで開催されたAWSの年次カンファレンス「AWS re:Invent 2016」への初出展を控えていた玉川社長は、筆者とのインタビューでこうコメントしている。
AWSはSORACOMプラットフォームの基盤となるクラウドサービスだが、このre:Invent 2016にあわせて、ソラコムは米国全土でのサービスローンチを発表している。それまで日本の顧客およびパートナーのみに提供されていたSORACOMプラットフォームが、米国においても誰もが使えるサービスとなったのだ。そしてこの米国進出は、ソラコムにとってそのままグローバルへの第一歩として記録されることになる。
ソラコムは米国でのローンチに伴い、SORACOM Airのグローバル対応料金を新たに発表している。日本国内で提供しているSIMカードとは別に、世界120カ国で利用可能なAir SIM Globalの提供を開始、ユーザーは1枚単位で米国のAmazon.comからAir SIM Globalを購入できる。
米国でのキャリアパートナーはAT&TとT-mobileで、対応ネットワークは2Gと3G、クラウドパートナーはもちろんAWSだ。また、この発表と同時に新マネージドサービス「SORACOM Harvest」がパブリックベータとしてリリースされたが、公開と同時にAirからHarvestまでの全サービスが米国でも利用可能となった。
ここで注目したいのは、米国でのサービスローンチのスタイルが日本でビジネスを開始した時のやり方とほぼ同じであるという点だ。例えば、
・現地の巨大なインフラパートナーと組む(AT&T、T-mobile、AWS)
・“MVNOのMVNO”としてパートナーエコシステムを確立する
・すべてのサービスはSORACOM Airをベースにする
・正式なローンチの前にアーリーアダプタを対象にしたPoC(概念実証)を実施し、フィードバックを得る
・Air SIMはAmazonから1枚単位で購入可能
といった日本での方針と同じ戦略を、若干のローカライズを加えつつ、米国、さらに欧州でも適用している。つまり2015年9月の日本でのローンチの時点で、すでにグローバルに展開可能なパッケージを作り上げていたのだ。
日本と異なっていたのは、すべてのサービスのベースとなるAir SIM Globalの提供で、これは米国以外でも世界120カ国で利用できる仕様となっている。米国は最初の海外展開ではあったが、欧州など次の展開も視野に入れて準備を重ねてきたことがうかがえる。
正式発表の前に限られたユーザーやパートナーとあらかじめユースケースを作り込んでおくことも、ソラコムが得意とする手法だ。米国では正式ローンチの前にPoCを実施しているし、欧州ではMWC 2017の前に、ポルトガルの再生エネルギーのスタートアップであるOMNIFLOWの導入事例を発表している。
このスタイルは、玉川社長がかつて在籍していたAWSのアプローチを踏襲しており、発表前に実績とフィードバックを獲得しておくことで、サービスローンチ時に起こりがちな“バグ”、いわゆる不測の事態を避けることができるだけでなく、サービスの使われ方のイメージを市場に伝えやすくなるというメリットがある。
2017年3月時点で、ソラコムの日本と米国/欧州でのビジネスの違いは、日本ではセルラー通信のほかにLoRaWAN通信が可能なこと、Air SIM Globalが日本では購入できないという点だ。
【お詫びと訂正】
初出時、「Air SIM Globalが日本では使えない」としておりましたが、「購入できない」の誤りでした。利用自体はできるとのことです。
もっとも、この2つもそう遠くない将来に解決されるだろう。SIMカード1枚さえあれば誰もが世界のどこからでもつながることができるという、ソラコムが創業時から描いているあるべき未来を起点にしてビジネスモデルを作り上げ、入念に準備を重ねながら、グローバルへとサービスをエンハンスしているのだ。決してIoTブームと勢いだけでカバレッジを拡げているわけではない。
ローンチで最も重要なのは時と場所の“タイミング”
もっとも、前述の玉川社長のコメントにあるように、海外での展開は日本とは同じように進まないことも多い。日本ではすっかりIoTベンチャーの旗手として名前が知られるようになったソラコムも、米国や欧州ではまだ無名に近い。ソラコムと同様のサービスを提供しているMVNO事業者が海外にはほとんど存在しないという点も、現地での普及を進める上でボトルネックとなる。
だからこそソラコムは、あらゆるサービスを発表する際にタイミングというものを非常に重視する。米国でのローンチはre:Invent 2016で、欧州はMWC 2016で、といった具合に、ソラコムのサービスに関心をもつユーザー/パートナーが集まる場所とタイミングを狙う。
re:Invent 2016では、AWSが新たに開始したパートナープログラム「IoTコンピテンシー」の資格を取得、日本企業としては唯一のIoTコンピテンシーに選ばれたが、それらの要素が相乗効果となり、SORACOMの名前がより広く深くターゲットの脳裏に刻まれる。
サービスを発表するのに最適なタイミングと場所を選ぶというアプローチはMWC 2017でも同様に行っており、これもまたソラコムのビジネスモデルパッケージの定番として含まれているのだろう。実際、MWC 2017でのSORACOMブースは常に来場者が途絶えず、またソラコム CCO(Chief Commercial Officer)のパラグ・ミタル(Parag Mittal)氏によるセッションも満席だったという。
「AWSとここまでタイトにインテグレーションできているIoTサービスは、米国にも欧州にも存在しないと思っている。そこを強みにして各地域のニーズにあわせつつ、これまでにないIoTの可能性を提供できる存在として訴求していきたい。日本と同じようにはいかないことは覚悟しているが、逆に、未知数の要素が多いからこそおもしろいチャレンジができると感じている」(玉川社長)。
各国のオペレーションについて、玉川社長は「ソラコムはまだ小さい会社。だから基本の姿勢はグローバルでもワンチームだが、オペレーションはローカルのスタッフに任せる方針」と語っている。
米国ではパロアルト、欧州ではコペンハーゲンにそれぞれオフィスを設けており、現地でのユーザーサポートやパートナーシップの拡大を担当する。米国ではすでに数名のスタッフが常駐し、AccentureやCradlepointといった有力なクラウドパートナーとも提携している。また欧州ではCCOのミタル氏がEUチームのリーダーを務め、現地でのデベロッパーサポートを中心にオペレーションを展開している。
日本で培ったSORACOMブランドをグローバルで浸透させるべく、ワンチームでありながらもそれぞれがそれぞれの場所でリーダーシップを発揮しつつ、世界に挑む。
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ソラコムは、もはや単なるIoTスタートアップのフェーズを脱した――、筆者がそう確信したのは、LoRaWANプランをソラコムが発表した時だ。低速ながらも広範囲をカバーすることが可能な通信規格であるLoRaWANは、それまで組み込み技術者などの間で隠れた人気があったが、決してメジャーな存在ではなかった。だがソラコムがLoRaWANに注目しているというニュースが流れると、それがきっかけとなって急速に知名度が上がり始めたのだ。
もちろんソラコムがLoRaWANに注目したのは「有限である無線資源を、より多くの人に効率的に使ってもらうことが可能なプロトコル。それに加えて開発がオープンな雰囲気で進められている点もよかった」(玉川社長)という理由があるからだが、そのポテンシャルに気づいたソラコムの“目利き”の確かさを、国内のIoTにかかわる人々が高く評価しているのは間違いない。
実際、ソラコムが2月に開催した「LoRaWAN Conference」において、SORACOM AirのLoRaWANモデルを発表した途端、予想をはるかに上回る注文が殺到したという。IoTのいちベンチャーから、IoTのトレンドを生み出す存在へ、ソラコムが確実に一段上のステージに上がったことを証明したといえる。
「2017年は、グローバル企業としてソラコムがやっていけるかどうかの試金石となる」――。インタビューの最後に玉川社長はこうコメントした。IoTはほかのITトレンドに比較しても普及のペースが速い。そのため、日本でもかなり大手の企業が積極的に導入し、ソラコムでもトヨタやコマツといった大企業の事例をいくつも出している。このスピードの速さは海外市場も同様で、「SORACOMでできることを知ってもらいやすい環境ができている」と玉川社長が言うとおり、ビジネスチャンス拡大のポテンシャルは大きい。
その一方で、「IoTはまだハードウェアに閉じた世界と思われがち」(玉川社長)という現状もある。ハードウェア屋、組み込み屋と呼ばれる技術者は、クラウドの世界と接点をもったことがない人も少なくない。クラウドでIoTデータを扱うということがまったくイメージできず、当然ながらそのメリットも理解できない。
「そうした人たち――ハードとクラウドをつなぐブリッジ的な存在になりたい」と玉川社長はよく口にする。その思いは活動の場をグローバルへと拡げても変わらない。世界中のヒトとモノをつなげ共鳴する社会へ……。そのポリシーのままに、どこまでもソラコムは走り続ける。