インタビュー

変わるソラコム、変わらないソラコム――、玉川社長に訊くグローバルIoTビジネスへの展望と次のゴール

 5月14日、株式会社ソラコムは総額24億円となるシリーズBの資金調達を完了、今後はグローバル展開、そしてIoTプラットフォーム「SORACOM」の機能強化を、「これまで以上のスピードでダイナミックに進めていく」(ソラコム 代表取締役社長 玉川憲氏)ことを新たに表明した

 2015年9月のサービスローンチ以来、玉川氏の前職であるAWS仕込みの驚異的なスピードで、新サービス追加、機能強化、パートナープログラム拡大、自社カンファレンス開催などを実現してきたソラコムだが、ここにきて創業時から設定してきた目標のひとつ、グローバル展開に本格的に取り組むことになる。新たなステージを迎えたソラコムが次に目指すゴール、そして日本のIoTビジネスへの思いを玉川氏に伺った。

ソラコム 代表取締役社長 玉川憲氏

新たな資金調達で念願のグローバルビジネスへ

――シリーズBの資金調達完了、おめでとうございます。ローンチのときのシリーズAが7億3000万円、そして今回のシリーズBで24億円と、ソラコムの順調な成長をうかがわせますね。

 ありがとうございます。金額が大きくなった分、よりスピード重視でビジネスを進めていかなければならないと身を引き締めています。昨年9月のローンチでは「SORACOM Air」「SORACOM Beam」という2つのサービスを提供し、半年経たずして4つのサービス(「SORACOM Canal」「SORACOM Direct」「SORACOM Endorse」「SORACOM Funnel」)を追加することができましたが、今後はいままで以上に開発スピードを速めていくつもりです。

――グローバル化は、創業時から玉川さんが目標のひとつとしておっしゃっていたと記憶しています。今回のシリーズB調達でその方針が具体化したということでしょうか。

 ソラコムの方針は、ユーザーやパートナーのフィードバックを得て新サービスや機能強化を図っていくというもので、それはこれからも変わりません。グローバル化はたしかに最初から目標にしていましたが、現実感を帯びてきたのはユーザーから、「ソラコムのサービスを海外でも使いたい」という声を数多くいただくようになったことが大きいです。ソラコムが提供しているようなIoTサービスは海外でもほとんど存在しないので、日本と同じように使いたいというフィードバックに応えていくことは、われわれの責務であると思っています。

――海外にソラコムと似たようなサービスがないということは、日本でしか通用しないということにはなりませんか。

 ソラコムは創業時から「オープンでフェアなプラットフォーム」であることを掲げています。それはどういうことかというと

・セルフサービス
・ネット越しの利用
・シェアリングエコノミー
・スピーディな拡張性
・従量課金型のサービスモデル

を意味しています。IoTの共通基盤としてつねにオープンでフェアであることを目指してきたことが評価されて現在のソラコムがあり、グローバルでも十分通用するプラットフォームになると信じています。

 「モバイルでありながらクラウド」というサービスの良さ、セルフサービスだからこそユーザしだいでいろいろな使い方ができる柔軟性ををグローバルにも伝えていきたい。もちろん、共通基盤としての作り込みはさらに強化していく必要はありますが。

――グローバル化に向けての具体的な展望を教えていただけますか。たとえば最初の拠点はどこにするとか、いつぐらいにローンチするとか……。

 具体的な拠点や時期についてはまだお話することはできません。ですが、年内には少なくともグローバルな拠点を1つは発表できるようにしたいと考えています。プラットフォームのベースは日本と同じで、現地のキャリアと協力して基地局を借り、AWSのクラウド網を使う方式です。スピードやコストを考えるとこのやり方が最も効率的ですし、これを実現できるノウハウをもっていることがソラコムの強みでもあるので。

――おそらく複数拠点の同時並行的な展開を考えていらっしゃると思いますが、現地のオペレーションはどう進めていくつもりでしょうか。日本から人を送り込むかたちですか?

 現時点では、現地のビジネスをよく知っていて、なおかつソラコムのビジョンに共感してくれる人材に任せたいと思っています。グローバルとひとことで言っても、土地ごとにビジネスのやり方は大きく異なります。MVNOのやりやすさやIoTの普及度、ユーザーやパートナーの傾向も、その土地ならではの特徴がある。日本のスタッフをそうした現地事情に慣れさせてからオペレーションに臨むよりも、初めからそういった土地勘のある人と一緒にやっていきたいですね。

――いまソラコムの国内スタッフは20名くらいですよね。これからは国内よりもグローバルでの人材を増やしていく方針ということでしょうか。

 国内の人材もビジネスの伸びにあわせて調整していきますが、現在はとりあえず必要な役割を果たせるスタッフがひと通りそろった状態です。なのでこれからは海外での事業展開を見据えたチーム編成を考慮する必要性は感じています。

ソラコムの成長のカギは"ユーザーからのフィードバック"

――昨年9月のローンチからソラコムを見てきた人間としては、ここまでの成長は「ほぼ想定通り」という気がするのですが、ご自身で振り返ってみてどう思われますか。

 想定通りという意味でいえば最初のサービスである「SORACOM Air」を成功裏に収めること、そこから派生サービスを生み出すこと、パートナーとのエコシステムを拡大すること、という部分に関してはほぼ期待通りに実現できたと感じています。

 特にサービスの開発については、期待以上に前倒しして進めることができたのは大収穫でした。ローンチ前から、Airのトライアルユーザーから「IoTデバイスの送受信データを暗号化したい」というフィードバックをすでに受けていたので、AirとBeamを一緒に公開することができた。また、2月の「SORACOM Connected.」で4つもの新サービスを出せたのも、やはり多くのフィードバックを受けたからです。ありがたいことに、本当にたくさんのユーザーが、当初ソラコムが思いもしなかった使い方をしてくれている。期待以上の成果を出せたのはこれらのフィードバックのおかげです。

SORACOM Airの概要
クラウド側に暗号化やルーティング設定などの負荷の高い処理を肩代わりさせるSORACOM Beam

――すでに多くの企業による事例が公開されていますが、たとえばどういった事例が「ソラコムが思いもしなかった使い方」になりますか。

 そうですね。たくさんあるのですが最近の事例で言うと、楽天Edyによる楽天Koboスタジアム宮城でのスマートフォン決済端末は、SORACOMプラットフォームの良さを十分に活かしたケースかもしれません。場内の客席を回る売り子さんが持ち歩くスマートフォンにSORACOM SIMが入っているのですが、それがAir経由で電子マネーの楽天Edyと接続し、決済を実現しています。試合のあるときだけ、それも商品が売れたときだけ通信が発生するので、オペレーションの経費を大きく削減できたと聞いています。

 SORACOMらしい使い方のもうひとつは、東海クラリオンの事例です。同社の通信サービス付きドライブレコーダー「CL-2CM」にSORACOM SIMを挿しているのですが、このレコーダーは最大で8つのカメラを搭載できるので、乗用車だけでなくバスやトラックでも多く採用されています。ここ最近、大きなバス事故が増えていることから、事故時の運行データや映像、静止画像を記録し、検証することで事故の発生を防ぐ取り組みが進められており、そうしたデータや映像/画像を低コストで送信するためににSORACOM Airが活用されています。現在は、より安全性を高めるためにBeamの検証も予定していただいています。

 もうひとつ、ユニークな事例としては日本カルミックのケースですね。大きなビルやショッピングセンターのトイレに設置されている、ソープディスペンサーやハンドドライヤーなどの衛生設備機器のセンサーが発したセンシングデータをゲートウェイに集約し、そのゲートウェイのSIMがSORACOM Air経由でクラウド上にデータを送信、利用状況を可視化してデータを管理しているそうです。こういう使い方もあるのか、と感心しました。

――では逆に、IoTビジネスを進めていく上でハードルに感じている部分はどこでしょう。

 IoTの最大の課題は「デバイスがない」とことだと思っています。クラウドはAWSで間口が拡がった。サービスはソラコムがプラットフォームとなることができる。でも決定的にデバイスが足りないんです。SIMがあってもそれを挿すモノがない。これはIoT業界全体で取り組まないといけない課題です。ソラコムもプラットフォーマーとして、間接的にデバイスが増えるよう支援していきたい。

 今回、資金調達と一緒にもうひとつニュースを発表していて、SPS(SORACOMパートナースペース)デバイスパートナーのエイビットが開発したUSBスティック型3G対応データ通信端末「AK-020」を、ソラコムから販売します。価格は4980円で、3Gで動くUSBドングルとして手軽に利用可能なIoTデバイスです。もちろんSORACOM Airでの動作検証は済んでいます。こうしたかたちで、SORACOMのSIMを挿せるデバイスを増やしていきたいですね。モノの敷居を下げるために我々ができることはまだたくさんあるはずですから。

エイビットと共同開発したUSBタイプの3G対応通信端末「AK-020」は4980円でソラコムの直販サイトから購入できる

――パートナーのお話が出ましたが、すでにソラコムのユーザー数は2000社を超えているのに対し、認定パートナーの数は30社ほどです。ユーザーの伸びに比べてパートナーが少ないような気がするのですが…。

 ソラコムパートナースペースは「デバイスパートナー」「インテグレーションパートナー」「ソリューションパートナー」から構成されています。ご指摘のパートナープログラムはインテグレーションパートナーのことですよね。たしかにインテグレーションパートナーの敷居は若干高いと感じられるかもしれません。でもこの基準を下げるわけにはいかないんです。ソラコムには毎日のように新規のお客様からの問い合わせがあります。IoTに取り組みたいというエンドユーザーには信頼できるパートナーを紹介したい、だから誰でもいいというわけにはいかないんです。この方針はこれからも変わりません。パートナーに関しては数よりも質をより重要視していくつもりです。

 もちろん、パートナーの数を増やしていく努力は続けます。少なくともソラコムSPSへの申請に関しては制限を設けていません。また技術的なトレーニングの提供や、パートナー説明会も定期的に開催しています。ソラコムはエコシステムの大切さをよく知っているので、パートナー同士をつなぐ機会も積極的に提供しています。デバイスを作っている会社とクラウドのインテグレーターがこれまで知り合う機会はほとんどなかった、それがソラコムがハブになることでつながり合うようになり、新しいビジネスが生まれるようになりました。そういう役割をこれからも果たしていきたいですね。

ソラコムのミッションは"敷居を下げる"こと

――グローバル展開以外の今後の方針についてもすこし聞かせてください。7月に大きなカンファレンス(SORACOM Conference "Discovery")を開催されると伺っていますが、こちらでも何か大きな発表は予定されていますか。

 おそらく1月のConnected.のときのように、新サービスをいくつか発表できると思います。詳細に関してはお伝えできないですが、ご期待に応えられるようにがんばります(笑)

――A(Air)からF(Fuunel)までの流れを見ていると、セキュリティに関する機能強化が多いと感じるのですが、セキュリティへのフォーカスはこれからも継続すると思っていてよいでしょうか。

 セキュリティに関しては「もっと担保したい」と常に思っています。セキュリティに関しては100%はありません。だからこそ可能な限り安全性を追求することで、IoTへの敷居をより下げていきたい。セキュリティに対するフォーカスが弱くなることはないですね。

――今日は「敷居を下げる」という言葉をたくさん聞いた気がします。

 IoTに対するハードルを下げるためにソラコムがやるべきことはまだたくさんあります。IoTに取り組む人が増えることで、新しいサービスを作る敷居が下がり、そこからさらに新しいビジネスが生まれていく。たぶん「クラウド Watch」なら技術に詳しい読者が多いと思いますが、そういう方々にはソラコムのサービスをツールとして触ってみて、ぜひ技術的に新しい可能性があることを感じてほしい。「アーキテクトデベロッパーなら備えておくべきツール、それがソラコム」ぐらいの存在になりたいな、と。

――グローバル展開を考える上で、海外のIoT事情もずいぶん視察されたと思います。海外と日本を比べて感じるところはありますか。

 日本はIoTで遅れているという意見もありますが、僕は決してそうは思いません。例えばトヨタのように、ビッグデータを活用した自動運転の取り組みで世界トップを走る企業も存在します。ソラコムのユーザー事例を見ていてもユニークな使い方が多く、IoTで世界から取り残されているということはないんじゃないでしょうか。

 ただ、産業を支えるベースのテクノロジが変わっているということを認識していない企業も少なくないという雰囲気は感じます。IoTを支える根幹のテクノロジとはいまやクラウドです。このことを本当に理解できるプレイヤーが増えれば、日本のIoTはもっと強くなれると信じています。

――最後にひとつ聞かせてください。2020年にオリンピックを控えていることもあり、現在、日本のインフラがこれまでになく大きく変わろうとしています。そうした変化の影響はソラコムも免れないと思いますが、5年後、どんなビジネスをしている会社になっていたいですか。

 インフラを提供する会社であることは変わりないと思います。ただ5年後の姿は正直、見えていなくていいとも思っています。ソラコムはユーザーにあわせて価値を作っていく会社です。ただひたすらにユーザーの求めるものを淡々と作っていく。そのスタイルさえ崩さなければ、5年後にどんなビジネスをしていようとかまわないですね。

 もちろん新しい技術の動向はテクノロジカンパニーとしてきちんと抑えたうえでのことですが。たとえばいまならディープラーニングやソフトSIM、新しい無線技術のLPWA(Low Power Wide Area)などはしっかりと追っていきます。そしてそれらの価値をユーザーに対してわかりやすいかたちで提供する。やるべきことはたくさんありますが、ビジネスの基本は変わりません。だから5年後の姿も見えないくらいでちょうどいい、そう思っています。

五味 明子