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富士通、次世代アーキテクチャを利用した「デジタルアニーラ クラウドサービス」を提供
組み合わせ最適化問題を高速に処理
2018年5月15日 13:24
富士通株式会社は15日、次世代アーキテクチャ「デジタルアニーラ」のサービスを開始すると発表した。同日から、クラウドサービス「FUJITSU Quantum-inspired Computing(デジタルアニーラ クラウドサービス)」として国内で提供開始し、2018年度中には北米、欧州、アジアでも順次展開する。また、2018年秋にはオンプレミスでのサービスも開始するという。
富士通 執行役員 グローバルコーポレート部門グローバルマーケティンググループ長の山田厳英氏は、「化学や金融、製造・流通などの既存の組み合わせ最適化(combinatorial optimization)問題への適用のほか、高度医療、自動運転、新素材開発など、新たな領域にも適用でき、社会問題や事業領域における課題解決にも活用できるようになる。これまでの限界を超えるものになる」とした。
量子コンピュータと汎用コンピュータの良さを取り入れたアーキテクチャ
デジタルアニーラは、量子コンピュータと汎用コンピュータの両者の良さを取り入れた新たなアーキテクチャコンピュータであり、量子現象に着想を得たデジタル回路を設計。それによって組み合わせ最適化問題を瞬時に解けるのが特徴だ。
量子コンピュータのように素子を絶対零度(-273.15℃)で冷やす必要がなく、常温で動作が可能であるほか、データセンターのラックに収まる規模で済む。
コンピュータの内部で素子同士が自由に信号をやりとりできる、全結合型の構造を採用しているため、ほかの量子アニーリングマシンに比べて計算量が膨大であり、解けなかった問題を計算させることが可能。第1世代では、1024ビット規模のビット間全結合による大規模な問題への対応や、6万5536階調の高精度を実現しており、同社では、「コンピューティングの高度化では物理的な限界を迎えているが、デジタルアニーラは今すぐ使える、現時点では最も理想に近いコンピュータ」と位置付けている。
例えば、デジタルアニーラが得意とする組み合わせ最適化問題では、化学分野では、創薬において、一部の分子だけでなく、膨大な数の分子構造を比較し、類似した構造分子を瞬時に検索可能。
金融分野では、投資ポートフォリオを組む場合には、500銘柄の相関関係を瞬時にクラスタリングし、リスクに強いポートフォリオを構成できる。
また製造・流通では、倉庫作業において、部品の配置、部品棚の最適化により移動距離が45%短縮されるなどの成果が出ており、計算量が指数関数的に増加したことになり、従来のコンピュータでは処理が困難であった課題に対しても対応が可能だ。
一方で新たな領域としては、がん放射線治療において、治療計画に膨大な計算量のシミュレーションを実行するといった例がある。照射の範囲、角度、強さなどを変数とする照射パターンが膨大になり、一方向からのビームの組み合わせだけでも、10の150乗通りになるが、「数時間から数日かかる複雑な最適化計算を数分で終了させることを目指している」という。
また、目的地への走行に関する全体経路の最適化においては、10の100乗の経路候補の組み合わせから、1秒間で結果を導き出し、移動時間の4割削減を実現した実績もあるという。
富士通では2016年10月にアニーリング方式の新アーキテクチャの技術を開発し、2017年には、カナダの1QB Information Technologies(以下、1QBit)、トロント大学とのパートナーシップを発表。2018年1月には、リクルートコミュニケーションズとデジタルマーケティング分野での共同研究を発表していた。
現在、リクルートコミュニケーションズのほか、三菱UFJトラスト投資工学研究所、富士フイルム、フィックスターズ、富士通ITプロダクツが活用。経済産業省/IPAの未踏事業への参画により、若手人材やベンチャー企業発掘に向けてデジタルアニーラを活用しているという。
デジタルアニーラ クラウドサービスを提供
今回提供するデジタルアニーラ クラウドサービスでは、デジタルアニーラを専有できるメニューやトライアルメニューを用意した。
富士通 執行役員常務 デジタルサービス部門副部門長の吉澤尚子氏は、「解きたい問題に対するパラメータを入力すれば、課題を解決するために用意された機能を利用でき、入力に対する解を出力できる。QUBOによる自由度の高いインターフェイスも提供する」と説明する。
今回提供されるものは、まずは第1世代で、「1024ビット規模、65536階調の高精度を実現したサービスを提供する。1京通りの組み合わせ計算では、汎用コンピュータで3時間かかるものが、デジタルアニーラでは1万倍の性能を実現し、1秒以内で処理できる。規模、結合数、精度のバランスと安定動作を実現し、現実社会の問題に適用が可能になる」(吉澤氏)。
また、デジタルアニーラ クラウドサービスの導入に際して、課題定義や数式モデル構築、数式モデルを利活用するためのアプリケーション開発を支援する「FUJITSU Digital Annealerテクニカルサービス」を提供することも発表した。
なお、2018年度第3四半期には、第2世代の技術を提供。規模は最大8192ビット、精度は最大64ビット(1845京)階調になるという。
「第2世代は、専用CPUであるDAU(Digital Annealing Unit)を活用することで実現できる。圧倒的に適用領域が広がるものであり、同時に、規模優先や精度優先といった切り替えが可能であり、業種や用途にあわせた利用が可能になる」という。
同社では今後、2019年度までに、デジタルアニーラで解ける問題を100万ビットにする計画も明らかにした。ここでは、複数のDAUでの大規模並列実行を可能にする技術を開発することで実現できるとした。
パートナーシップへの取り組み
また、会見ではパートナー2社との協業についても説明した。
デジタルアニーラへのミドルウェアの実装を行い、適用業務領域の拡大につなげている1QBitのAndrew Fursman CEOは、「1QBitの力を使用して、商用化サービスが始まることになる。デジタルアニーラは量子コンピュータにつながる重要な技術であるとして期待している」と述べた。2018年度中に、1Qbitのクラウドサービスからデジタルアニーラから利用ができるようになるという。
また、先端領域における共同研究を行っているトロント大学 Ali Sheikholeslami教授は、「富士通とは20年にわたるパートナーシップがある。2018年3月に、FUJITSU Co-Creation Research Laboratory at the University of Torontoを設立した。デジタルアニーラを使って、エンジニアリング、金融、医療、環境などの分野にも活用したい」と述べた。
専門組織を立ち上げ、カナダにはAI HQを設置
一方で、富士通は、AI Headquarters(AI HQ)を、カナダ・バンクーバーに、2018年度上期に設置すると発表した。
「デジタルアニーラをキーテクノロジーとして、富士通のAIビジネスをけん引し、全世界のお客さまにAI適用を加速する中核拠点になる」(富士通の吉澤氏)とした。
AI HQでは、これまで日本に集中していたAIへの取り組みをグローバル展開し、技術やソリューションなどの先進事例の世界展開や技術サポートの実行のほか、北米を中心にしたプラットフォームユーザーの拡大。北米を中核として、富士通全社AI戦略の立案、実行、けん引する役割を担うという。
「北米は、AIに関して市場規模や技術などにおいて先進的であり、AIに対する1社あたりの投資額は日本の20倍になっている。その北米の地の利を生かして、富士通全社のAIビジネスをけん引していく拠点としたい」と述べた。
さらに富士通では、デジタルアニーラの専門組織を設置。システムエンジニアおよびデジタルアニーラ専任技術者で構成し、2018年度は1500人でスタートする。
「顧客へのAIの適用するためには、テクノロジーだけでなく、ビジネス面からもAI運用を加速したい」と述べた。
同社では、デジタルアニーラに関して、2022年度までの5年間累計で1000億円の売り上げを目指す。