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Adobe、どの規模でも最適なユーザー体験を実現する「生成AI時代の顧客体験管理」をSummitで訴求

 3月26日~3月28日の3日間にわたり、米国ネバダ州ラスベガス市で開催されたAdobe Summitでは、同社が提供するデジタルマーケティングツール「Adobe Experience Cloud」に関する新しい発表が行われた基調講演や、詳細説明の分科会(Breakout Session)などが実施された。現地での公式参加者数は1万1000人。ほかにもライブストリーミングの形で多くの視聴者がバーチャル参加した。

Adobe Summitの基調講演でのCEO シャンタヌ・ナラヤン氏

 本記事では、これまでのレポートでは伝え切れていなかったこと、そして、最終日にAdobe日本法人が行った、日本の担当者によるイベント総括などに関してお伝えしていきたい。

2日目の基調講演の中で大リーグの事例が紹介され、Experience Cloudの導入でZ世代へのリーチが可能に

 そもそもデータマーケティングとは何のために必要なのか? それをよく象徴する講演が、2日目(3月28日)基調講演の中で行われたMLB(米大リーグのプロモーター)の事例に関する講演だ。

 もともとSummitの講演は、初日がAdobeの幹部が登壇し新製品が発表される講演、2日目がAdobe Experience Cloudの顧客が登壇するなどして事例を紹介する講演となっており、この日の講演でも、米国のデルタ航空(Delta Airlines) CEO エド・バスティアン氏、イギリスの商業銀行「TSB Bank」 CMO エマ・スプリングハム氏、米国大リーグのプロモーターであるMajor League Baseball(MLB) COSO(最高運営・戦略責任者)のクリス・マリナック氏などが登壇し、それぞれの企業がどのようなデジタル戦略を行っているかの事例を説明した。

 ほかにも、初日の基調講演にはファイザー、GMなどの事例が紹介されている。

デルタ航空の事例(出典:Japan Warp-up Session、アドビ株式会社)
ファイザーの事例(出典:Japan Warp-up Session、アドビ株式会社)
GMの事例(出典:Japan Warp-up Session、アドビ株式会社)
TSB Bankの事例(出典:Japan Warp-up Session、アドビ株式会社)
講演では紹介されなかったマリオット・インターナショナルの事例(出典:Japan Warp-up Session、アドビ株式会社)
講演では紹介されなかったヘンケルの事例(出典:Japan Warp-up Session、アドビ株式会社)

 中でも、日本の企業にとっても参考になりそうなのがMLBの事例だろう。特に日本では、レガシー(過去の遺産)を持つ業界では顕著なのだが、Z世代(英語ではGen.Z)と呼ばれるような1990年代半ばから以降に生まれた、生まれたときには既にデジタル技術が一般的になっていた若い世代のニーズをどう取り込むかが盛んに叫ばれている。

 例えば、同じ野球つながりで日本のプロ野球を見てみると、プロ野球機構自体が公開しているデータというのは見つからなかったのだが、LINEリサーチが2022年に公開した調査によれば、プロ野球を観戦する世代の中心は40~50代になっており、Z世代にあまりアクセスができていないのは否定できないだろう。

 ただ、そうした現象が発生しているのは日本だけでなく、実は米国もそうだったという。MLBのマリナック氏は「MLBのファンの年齢層を調べてみると、ストリーミングを見ているユーザーの中心年齢は45歳、チケットをオンラインで購入している年齢層は44歳だった」と述べ、MLBでもZ世代にアクセスできていなかったことがマーケティング上の大きな課題になっていたと説明した。

Major League Baseball(MLB)COSO(最高運営・戦略責任者)クリス・マリナック氏

 Z世代にアクセスができていないということは、スマートフォンを使いこなしているような若い世代にリーチできていないということだ。といっても、実はMLBのデジタル戦略は以前から始まっており、例えば試合のストリーミングに関しては2002年から始めている。そのストリーミングの技術は2017年にDisneyに販売され、現在はDisney+として活用されている。それほどデジタルに関しての取り組みは早かったのだが、そうしたMLBであってもZ世代へのアクセスは十分ではなかったというのだ。

Experience Cloudでユーザー層をデータ化してみると、Z世代にはアクセスできていない現状が浮かび上がってきた

 そこで、MLBはAdobe Experience Cloudを選んで、顧客のユーザー体験を改善する施策を打っていったという。具体的にはAdobe Journey Optimizer、Adobe Analytics、Adobe Experience Platformなどを選択し、昨年にFireflyが発表されてからはFireflyの活用も始めている。

Adobe Experience Cloudの各種ツールを導入

 その結果、顧客がMLBのアプリを通じてチケット販売システムで購入しようとカートまではいれたけれど、そこで購入が中断してしまった場合には、自動で顧客にキャンペーンを通知する機能を追加したり、AIのセグメンテーション機能を活用し、特定のユーザー層にキャンペーンの施策を集中させることでチケットの売り上げを50%増加させたり、特定の球団、特定の選手のファンなどにターゲット化された広告を出したり、といったことが可能になったという。最後のケースでいえば、例えば、「マリナーズのファンだけれど大谷翔平選手のことは気になる」というユーザーにリーチすることも可能になったと説明した。

 またチケットのデジタル化も進展し、異なるチーム、球場であっても共通のQRコードを使えるようにし、顧客がどの販売チャンネルから購入してもチケットとして活用できるようにすることで、顧客の球場でのユーザー体験を大きく購入したという。

 特に、このようなチケットのデジタル化はZ世代に大きくアピールしており、デジタルチケットを導入する前の2018年には45歳だったファンの平均年齢は、デジタルチケット導入後となる2023年には36.2歳まで下がったという。Z世代のような新しいユーザー層を取り込めたことが大きな理由だと考えられる。

デジタル化の推進後チケットのセールスが上昇した
平均年齢の低下を実現

 こうしたMLBの成功は、DXやZ世代の取り込みで悩んでいる日本のプロスポーツ・プロモーターや一般消費者向けのビジネスを展開している大企業などにとって参考にできる事例と言える。

MLBはAdobe Experience Cloudを利用してユーザー体験のDXを実現したのだという
MLBは常時変革を進めており、試合の時間を短縮するルール改定などに近年取り組み、その成果が出ている

1万1000人超を集めて行われたAdobe Summit、徐々にコロナ前の規模に戻りつつある

 こうしたAdobe Summitの全日程が終わった3月28日の夕方(現地時間)には、Adobeの日本法人であるアドビ株式会社(以下、Adobeに統一)から、日本の記者向けに「イベント総括(Warp-up)セッション」が行われた。例年行われているこのセッションでは、Adobeの日本の担当者から本年のAdobe Summitで発表された内容に関しての説明があった。

 アドビ株式会社 アドビ カスタマーソリューションズ統括本部 プロフェッショナルサービス セールス本部 本部長 田口恭平氏は、Adobe Summitの概要と3日間の振り返りを行った。

アドビ株式会社 アドビ カスタマーソリューションズ統括本部 プロフェッショナルサービス セールス本部 本部長 田口恭平氏

 田口氏によれば、本年のSummitの対面での参加者は1万1000人を超えているとのことで、コロナ前の2019年の1万7000人までは回復していないものの、徐々にそうしたコロナ前の状況に近づきつつある。今回現地で参加していても、展示会場にいる参加者の数が昨年よりも明らかに増えているのを実感した。また、オンラインでも基調講演や一部の分科会などがストリーム配信されており、バーチャルでの参加者も少なくなったと田口氏は説明した。

Summitの規模感(出典:Japan Warp-up Session、アドビ株式会社)

 田口氏によれば、本年は基調講演の直後に「戦略基調講演」(Strategy Keynote)という新しいセッションが追加され、より詳細な内容を説明する分科会(Breakout Session)との間を埋める形での講演が行われたという。

戦略基調講演(出典:Japan Warp-up Session、アドビ株式会社)

 また、例年行われている優れた顧客体験を実現したExperience Cloudの顧客を表彰する「Experience Maker Award」も行われ、開幕前日に対象者を招待した表彰式が行われたという。日本からは株式会社リクルート 橋本 はるな氏がアワードを受賞しており、会期2日目に行われた基調講演の中で発表されている。

Experience Maker Award(出典:Japan Warp-up Session、アドビ株式会社)

 また、会期2日目の夕方には恒例になっている、Adobe開発者が開発中の製品を公開する「Sneaks」が行われた。なお、Sneaksに関しては別途PC Watchに詳細なリポートが上がっているので、興味がある方はそちらを参照いただきたい。

Sneaks(出典:Japan Warp-up Session、アドビ株式会社)

どの規模でもそれぞれに最適化したユーザー体験を実現する「生成AI時代の顧客体験管理」

 その後、田口氏と、アドビ株式会社 デジタル エクスペリエンス事業本部 執行役員 ソリューションコンサルティング部 鵜瀬総一郎氏から、今回のAdobe Summitで発表された、製品の概要説明が行われた。

アドビ株式会社 デジタル エクスペリエンス事業本部 執行役員 ソリューションコンサルティング部 鵜瀬総一郎氏

 Adobeは今回のSummitで、「Adobe Experience Cloud」として提供している、デジタルマーケティングのツールに関する新しい発表を行っている。Adobe Experience Cloudは、クラウドベースで提供されるSaaS(Software as a Service)ツールだ。いくつかのパートに分かれているが、大きく言うと、各種サービスのデータを共通して保存する場所(いわゆるデータレイク)となるAdobe Experience Platformに企業が保存した顧客のデータを活用して、企業が顧客にデジタルを通じてアプローチすることを助けるツールとなる。

 一口にデジタルマーケティングといってもさまざまな側面があり、例えばWebサイトを通じて顧客にキャンペーンを提供する、あるいは必要な顧客層に電子メールを通じてキャンペーンのメールを送る、そうしたこともデジタルマーケティングとなる。さまざまなキャンペーンなどを行うためには、顧客に提供するコンテンツを生成し、顧客のデータを正しく管理し、そしてその顧客に対して優れた顧客体験を提供する必要がある。Adobeは「Adobe Experience Cloud」でそうしたコンテンツ管理、データ管理、そして顧客体験(Journey)管理を実現する管理ツールをそれぞれ提供している。

Adobe Experience Cloudの構造(出典:Japan Warp-up Session、アドビ株式会社)

 例えば、コンテンツ管理では「Adobe Experience Manager(AEM)」や「Adobe Workfront」、「Adobe Express」を提供しており、それらを組み合わせて利用することでコンテンツの作成から管理までを行えるようになっている。また、データ管理では「Adobe Real-Time CDP」や「Adobe Analytics」などで顧客のデータ(いわゆるファーストパーティーデータ)の管理を行い、かつそれをリアルタイムに処理することを可能になっている。

 最後の顧客体験管理では「Adobe Journey Optimizer」、「Adobe Target」などを活用することで、顧客にリアルタイムに優れたユーザー体験を提供する、そうしたことを可能にしている。

 田口氏は「今回のAdobe Summitでは“生成AI時代の顧客体験管理”(英語ではCustomer Experience Management in the era of AI)をテーマとして掲げてきた。この顧客体験管理(CXM)は2019年にも使われた言葉で、これまでAdobeが自社サービス向けに進めてきたDDOM(Data-Driven Operation Model)で多くの新しい顧客を獲得してきたAdobeだから言える、顧客により優れたユーザー体験を提供することに生成AIを活用していくという意味だ」と述べ、AdobeのFireflyなどの生成AIをより優れた顧客体験に使っていくことで、他社との競争に打ち勝っていってほしいということが本年のAdobe Summitのキーメッセージなのだと説明した。

顧客体験管理(CXM)とは(出典:Japan Warp-up Session、アドビ株式会社)
DDOM(出典:Japan Warp-up Session、アドビ株式会社)
本年のサミットのテーマ(出典:Japan Warp-up Session、アドビ株式会社)

 もう1つ本年のSummitで何度も使われたキーワードが「Personalization@Scale」(パーソナライゼーション・アット・スケール)で、どのような規模でもユーザー1人1人に最適化された体験という意味になる。そうした顧客体験を、生成AIを活用した顧客体験管理(CXM)で実現していく、それが今回のSummitでAdobeがもっとも言いたかったことになるだろう。

完全な新製品はGenStudioだが、それ以外の既存ツールにも大きなアップデートが提供される

 Adobe 鵜瀬氏は、今回発表された具体的な製品に関して、主要なものを説明した。鵜瀬氏によれば、小さなアップデートなども含めると膨大な内容になるとのことだったので、大きな強化点や新製品の発表に関して主に説明が行われた。

Summit新発表の概要(出典:Japan Warp-up Session、アドビ株式会社)

 鵜瀬氏によれば、今回のAdobe Summitで発表された内容の中で、完全な新製品となるのが「Adobe GenStudio」になるという。コンテンツの制作、管理、展開、そしてその効果測定までをGenStudio 1つで実現できることが特徴で、GenStudioは既に昨年のAdobe Summitで概念そのものは示されており、本年はそれが具体的な製品になって登場した形になるとした。

 既存のAEM、Workfront、Expressなどを組み合わせることで、同じことは実現できる。しかし、GenStudioではそれをより統合的に実現するというツールで、コンテンツ作成フローに必要な機能を抜き出してGenStudioに統合することによって、GenStudioを購入するだけで、企業はキャンペーンやデジタルマーケティングに必要なコンテンツを統合的に制作することが可能になる。

GenStudio(出典:Japan Warp-up Session、アドビ株式会社)

 コンテンツハブはその名の通り、企業のマーケティング担当者などがコンテンツを作成するときに必要となる要素を格納しておく場所になり、画像、イラスト、PDF、動画などのコンテンツの共有をコンテンツハブ上で行うことが可能。さらにFireflyを利用して、パーソナライズ化したコンテンツを生成することもできる

Adobe Experience Manager Assets:Contents Hub(出典:Japan Warp-up Session、アドビ株式会社)

 Adobe Content Analyticsは展開したアセットやキャンペーンの効果がどれくらいかを計測するためのツール。今回の発表では新しいリポート機能やインサイト機能などが追加されている

Adobe Content Analytics(出典:Japan Warp-up Session、アドビ株式会社)

 Adobe Firefly Servicesは、簡単に言えば生成AIのFireflyの機能を20のAPIにしたもので、ローコード/ノーコードで企業独自のアプリなどにFireflyのコンテンツ生成の機能を取り込める。マーケティング担当者が手作業で行っていようなローカライズなどを自動化することで、マーケティング担当者の生産性を向上させる

Adobe Firefly Services(出典:Japan Warp-up Session、アドビ株式会社)

 Adobe Firefly:Custom Modelsは、軌道独自のデータアセットでFireflyの学習済みモデルをさらにカスタム化するためのソリューション。例えば、企業のブランドロゴの色や形などのルールといった、自社が所有しているブランドに特化したデータを学習させ、それを元にしたコンテンツをカスタム化されたFireflyを利用できるようになる。

Adobe Firefly:Custom Models(出典:Japan Warp-up Session、アドビ株式会社)

 Fireflyはもともと、商業利用可能なように、権利処理されているコンテンツだけで学習されているため、例えば、自動車を指定してコンテンツを生成しても、フェラーリやメルセデスの車両のコンテンツは生成されない。しかし、フェラーリやメルセデスが自社のためにFireflyを利用してアセットを作成するときには、フェラーリやメルセデスを生成するFireflyが必要になるため、こうしたカスタムモデルが必要になる。

 Adobe Experience Platform AI Assistantは、Adobe Experience PlatformをベースとしているアプリケーションにAIアシスタントの機能を追加するものだ。RT CDP、Journey Optimizerなどで、プロンプトに質問をいれると、AIが代わって答えてくれる。非常にざっくり言えば、ChatGPTやMicrosoft Copilot、Google GeminiのAdobe Experience Cloud版だと考えるとわかりやすいだろう。

 質問の自動応答だけでなく、組織固有のデータ、キャンペーン、ビジネス目標などに基づいてAIが回答するなども可能になる。

Adobe Experience Platform AI Assistant(出典:Japan Warp-up Session、アドビ株式会社)

 Federated Audience Compositionは、RT CDPの機能の一つで、データの統合、マーケティングプロセスの拡張、そして効率の良いデータ管理を実現する機能だ。今回のSummitでは、そうしたFederated Audience Compositionが、AWS Redshift、Azure Synapse、Databricks SQL、BigQuery、Snowflakeといったデータウェアハウスに対応し、コピーなどは最小限にしたまま、Adobe Experience Cloudで効率よく利活用することが可能になる。

Federated Audience Composition(出典:Japan Warp-up Session、アドビ株式会社)

 プラットフォーマーがサードパーティークッキーを利用不可にするという方向性にかじを切ったことで、サードパーティークッキーが利用できなくても効率よくマーケティングを行う手法が注目を集めている。

 Adobe RT-CDP Collaborationは、簡単に言えば、企業それぞれが持つファーストパーティーデータを相互に利活用できるようにする仕組みだ。例えば、航空会社とクレジットカード会社が提携し、お互いの優良顧客のデータを行き来できるようにすることで、航空会社は利用額の多いクレジットカード会社に上級会員への招待状を送り、逆にクレジットカード会社はマイレージプログラムの上級会員に対してゴールドやプラチナカードの招待状を送る、そうした活用方法が考えられる。

Adobe RT-CDP Collaboration(出典:Japan Warp-up Session、アドビ株式会社)

 Adobe Journey Optimizer B2B Editionは、通常B2C(法人から一般消費者)向けのデジタルマーケティングツールとして使われるAdobe Journey Optimizerを、B2B(法人から法人)へのデジタルマーケティングツールとして使うためのものだ。B2C版のAdobe Journey Optimizerと同じような機能をB2B向けに活用して、効果的なマーケティングを実現する。

 なお、Adobe Experience CloudはB2BのツールとしてMarketoが用意されているが、Marketoとの大きな違いは、Marketoが自前でデータレイクを備えており、そこに保存されているデータを活用するが、Adobe Journey Optimizer B2B EditionではAdobe Experience Platform上のデータを活用する。そこが大きな違いとなる。

Adobe Journey Optimizer B2B Edition(出典:Japan Warp-up Session、アドビ株式会社)