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劇的な世界の変化のなかで、企業の変革を確実にサポートしていく――、日本IBMキーナン社長

IBM Think Japan 2018基調講演レポート(1)

 日本アイ・ビー・エム株式会社(以下、日本IBM)は、年次イベント「Think Japan」を、6月11日・12日の2日間、東京・高輪のグランドプリンスホテル新高輪で開催した。

 1日目は「Developer Day」とし、各分野で活躍するイノベーターやテクノロジーリーダーが登壇するゼネラルセッションを実施するなど、エンジニア向けのセッションを用意。2日目は、「Business and Solution Day」と位置づけ、IBM Watsonのビジネスへの適用や、IBMクラウドとデータ活用、最新のセキュリティ対策など、最先端テクノロジーにフォーカスし、導入事例やデモを通じた紹介も行った。

 2日目の「Business and Solution Day」では、午前10時からの基調講演で、米IBM コグニティブ・ソリューション兼リサーチ担当のジョン・ケリーシニアバイスプレジデントや、日本IBMのエリー・キーナン社長などが登壇。さらに、ユーザー事例として、三菱UFJ銀行および富士フイルムホールディングスが登壇した。

 クラウド Watchでは、その様子を2回にわけて掲載する。

われわれはいま重要な時期に、そして転換点にある

 最初に登壇した日本IBMのキーナン社長は、基調講演がはじまった日本時間の午前10時が、ドナルド・トランプ米大統領と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長との会談が始まったシンガポール時間の午前9時と同じタイミングだったことに触れながら、「われわれの会議も、首脳会談もいいものになることを期待している」と切り出し、会場からも笑いがあがった。

日本IBM 代表取締役社長のエリー・キーナン氏

 キーナン社長は、「われわれはいま重要な時期にあり、転換点にある。振り返ると、過去60年の間に、2回のテクノロジーによる変化によって、ビジネス環境が大きく変化した。1回目はムーアの法則であり、2回目はメトカーフの法則である。3つ目はいま訪れている変化であり、その中心にあるのがデータである。データは、12カ月ごとに2倍になっており、さらにデータが多様化し、その価値が増加している。データとAIとの組み合わせによって膨大な学習が可能になり、指数関数的な変化をもたらす。これが、企業の変化や競争力強化につながることになる」などとした。

 またキーナン社長は、「テクノロジーの発展」「既存企業から起こるディスラプション」「データ保護の責任」の3点から、日本における変化について説明した。

 「テクノロジーの発展」では、AIが広く認知されはじめたことを示しながら、日本において、Watsonを導入した企業数がこの1年で7倍に達していること、早期導入企業では平均で5つのプロジェクトを展開し、コールセンターやチャットボットで始まった利用が、リスク評価やトレーニングなどの複数の業務プロセスに拡大していること、Watsonパートナーは日本で2倍となり、全世界では1400社が新たに加わったことなどを示す。

AIに関するトレンド

 そして「AIの導入では、日本が世界をリードすると考えている。労働人口の減少という課題だけでなく、IoTやロボティクスのリーダーであり、製造業やカスタマサービス、介護でもリーダーシップを発揮しているのが日本である。日本におけるAIの取り組みは、企業の競争力強化や社会貢献にもつながるだろう」とした。

 またブロックチェーンについて、IBMが同技術でトップの地位にあると評価されている第三者の調査に触れながら、貿易、物流、ヘルスケア、保険、小売りなど、すでに実社会で応用されていることを紹介。

 「ウォルマート、ユニリーバと共同で取り組んだ食のトレーサビリティでは、生産者の特定まで約7日間かかっていたものを2.2秒に短縮することができた。食品の汚染源を特定でき、命を救うことが可能になる。ブロックチェーンによって、コストと時間を節約し、セキュリティを高め、ビジネスのやり方を変革できる」とした。

ブロックチェーンに関するトレンド

 さらに、IBMの量子コンピュータ技術が5Qビットから50Qビットへと進化を遂げていることや、慶応義塾大学にアジア初の量子コンピュータハブを設置したことなどを紹介。「量子コンピュータについては、パートナーとともに、新たな応用分野の研究を行っていく」と述べた。

量子コンピュータに関するトレンド

 続いてキーナン社長が示したのが、「破壊者(ディスラプション)」に対する考え方の変化だ。全世界1万3000人の経営層を対象に実施した調査では、2015年には、「既存企業からディスラプションが起こる」としていた企業は29%にとどまっていたが、2017年の調査では72%の企業が回答し、業界内部から破壊者が生まれるとの見方に大きく変化していることがわかったという。まさに、「既存企業から起こるディスラプション」という動きだ。

 「世界のデータの80%が検索ができない企業内のデータであり、これが企業の競争力につながっている。既存企業がこのデータを活用し、AIを用い、さらにほかの最新技術を組み合わせることでイノベーションを起こしている。それが意識の変化の背景にある」と説明した。

 3つ目の「データ保護の責任」では、2017年度、日本において300万件のデータ漏えいがあったことや、GDPR違反の制裁金が世界売り上げの4%に達すると予測されていること、トレンドマイクロの調査では、GDPRへの対応準備ができてない日本の企業が90%に達しているといった課題を指摘する。

 「IBM Guardiumという製品は、GDPRの順守を支援するものになっている。またIBMは、誰がデータのオーナーであるのかということを明確に示し、誰がAIを教育し、誰がそこから知見を得るのかということも明確に定義している。データそのものだけでなく、データから得られる知見やアルゴリズムも、データを持っている人の財産であることを示している。だが、すべてのテクノロジープロバイダーが、これと同じ考え方を持っているわけではないことも理解しておくべきだ」と述べた。

クラウド基盤を大幅に強化

 一方で、「IBMはビジネスのためのクラウドプラットフォームとコグニティブプラットフォームを提供する企業であり、そのために投資を続けている」とアピールする。

 クラウドについては、「当社はプライベートクラウドとパブリッククラウドをひとつのアーキテクチャで提供し、シームレスに移行と統合を可能としている。オープンソースを基盤としており、IBMクラウドライトによって提供される38の無料サービスを活用して、クラウドやAIのトライアルや検討に使用できる。また、IBM Cloud Kubernetes Serviceを活用して、コンテナ化したアプリケーションを地域横断型で簡単に実装できる」と、そのメリットを説明。

 さらに、「IBMでは、全世界で18のアベイラビリティゾーンを追加することを新たに発表している。ひとつのアベイラビリティゾーンは3つのデータセンターで構成されており、日本でも3つの新たなデータセンターを設けることになる」とした。

 新たなアベイラビリティゾーンは首都圏に設置する予定。いずれも既存のデータセンターに併設する形とし、新たなアーキテクチャのデータセンターとして稼働させるという。年内のなるべく早い時期に稼働させる考えだ。

 ここでは、Kubernetesをマルチゾーンで稼働させる環境も提供。パブリッククラウドのなかにユーザーの占有空間を構築するバーチャルプライベートクラウドを用意し、高度にアイソレーションされた環境を実現するという。

 一方、セキュリティに関しても言及した。

 ここでは、IBM BigFixを導入している日本の企業は、1社もWannaCryの被害を受けていないことを強調。「IBMには、全世界で8000人のセキュリティ専門家がおり、毎日600億件の事象を監視している。日本にも今年2月にセキュリティ・インテリジェンス・センターを設置し、サイバー対策コンサルティングサービスを提供している」とした。

 続いて、先進技術を活用した導入事例について紹介。JR東日本では、2018年5月に本番稼働させたシステムにおいて、Watson Analyticsを採用し、駅構内の案内や鉄道のルート案内、料金の問い合わせなど、月7万6000件に対応している。前年は年間3000件だったとのことで、前年比23倍もの問い合わせに対応していることになる。さらに、「応対品質に対するポジティブな評価は25倍に増加している」とした。

 また安川電機では、製造データをリアルタイムで収集、分析するとともに、ロボティクス技術を組み合わせることで、予兆保守につなげている例を紹介。「工場の生産性を2倍にすることを目指している」とした。

 さらに、岩手銀行をはじめとする16行の地方銀行が、共同で法人顧客向けサービス基盤を構築し、ひとつの画面で、参加するすべて銀行の金融サービスを利用できるようにしたという。「地方銀行が、広範な顧客に対して、ローコストでつながることができる仕組みが構築できた」と述べた。

 最後にキーナン社長は、「日本IBMは、これらの活動を通じて、業界のイノベーターとなる企業を支援していく。劇的な世界の変化のなかで、企業の変革を確実にサポートしていく役割を担いたい」とした。

変わっていく顧客ニーズに対し、最適なソリューションを提供するために

 キーナン社長の紹介で登壇したのが、三菱UFJ銀行の三毛兼承取締役頭取執行役員である。「MUFGの経営戦略~デジタルを活用した事業変革への挑戦」をテーマに講演した。

三菱UFJ銀行 取締役頭取執行役員の三毛兼承氏

 三毛頭取は、「日本の銀行には、成長力の鈍化、超低金利の継続、少子高齢化、デジタルの進化といった取り巻く環境の変化に対応しなくてはならない課題がある。また、店舗への来店客は、この10年間で4割減少する一方で、インターネットバンキングは4割増となっている。それでいて、5日や10日、月末に来店が集中するという効率性の悪い運用状況が続いている。3400万人の個人、130万社の法人のデータを生かしきれていないこと、大量採用世代の社員の退職増加が見込まれるなか、スキルを持った従業員がその能力を十二分に発揮できていないという課題もある」と、現状の問題点を指摘。

 「こうした課題を解決するには、これまでのやり方を前提としていては対応に限界がある。2018年4月に発表した新中期経営計画では、これまでは当然と思っていたことを止める、変える、変革するというコンセプトのもとで策定した」としながら、「ここで取り組む構造改革の鍵になるのが“デジタライゼーション”である」と語った。

ビジネスモデルへの課題認識
デジタライゼーション戦略

 続いて、個人オンラインサービスやリアルチャネルの多様化、デジタルマーケティングなどの取り組みを紹介し、「デジタルこそが高齢者のニーズに応えられると考えていてる。来店せずに、デジタルサービスで手続きが完了できるようなる。だが、高齢者のITリテラシーや心身の変化にも配慮することが必要。スマートスピーカー対応サービスを開始するなど、やさしいデジタルサービスを拡充していく」とする。

 また、AIを活用したデータ分析により、3400万人の顧客ニーズを予測したり、ペーパーレス、BPR、RPAを活用した業務フローの自動化による抜本的改善を図るなどの動きについても説明。「RPAの対象は、2000業務にまで広げていく予定である」と述べた。

業務フローの抜本改善

 そのほか、仮想通貨であるMUFGコインは、社員1500人を対象に個人間送金や割り勘請求などの実証実験を行ってきたが、今年4月からは社内のコンビニエンスストアやカフェでの店舗決済の実証実験を開始していることを紹介。2018年3月には日本IBMを交えて、デジタル通貨を用いたハッカソンを実施したことも紹介した。MUFGコインは、2019年度中の一般リリースを目指しているという。

 また、米Akamaiとの協業により、ブロックチェーンを用いながら、決済処理速度2秒以下、取引処理で毎秒100万件超を可能とする新決済プラットフォーム(仮称)を開発。取引処理は毎秒1000万件超を目指すという。

MUFGコイン
新決済プラットフォーム

 「先進的な技術やビジネスモデルを有するFintech企業は、金融界にとって破壊者ととらえられていたが、いまや新たなビジネスを生み出すためのイネーブラーになっており、多くの企業との連携を加速させている。こうした取り組みによって、デジタルを活用した事業変革により、課題を解決するとともに、変わっていく顧客ニーズに最適なソリューションを提供し、持続的な成長ととともに、社会的に課題への貢献をしたい」と述べた。

クラウド活用で高速化とコストダウンを図る

 続いて登壇した富士フイルムホールディングスの依田章執行役員・CDO ICT戦略推進室長は、「成長への挑戦――テクノロジーが支えるデジタル変革の取り組み」として、同社がフィルム技術を活用しながら、産業用インクジェット、医薬品、ヘルスケアなど、15の事業に取り組んでいる変革の経緯について説明。ここに、デジタル技術を活用してきたことを紹介した。

富士フイルムホールディングス 執行役員・CDO ICT戦略推進室長の依田章氏

 依田執行役員は、「企業の競争力の基軸は良質なデータを集めて、価値に変えることが大切である。デジタルを活用することで、全事業のサービス革新とゲームチェンジが可能になると考え、また企業活動全般の業務革新とスピードアップが可能になると考えた。そのためには、全社横断型でデジタル化を推進することが大切であり、情報システム部門とデジタル推進部門が一体になることが大切である」と切り出す。

 また、「これまでの企業ITシステムは、効率化やコストにフォーカスが当たってきたが、デジタル化によってビジネス環境が変化。グローバル化の推進、ビジネスライフサイクルの短命化、顧客の嗜好(しこう)の多様化によって、スピード、スケール、アジリティが求められている。これがパブリッククラウドが注目される理由のひとつになっている。当社では、パブリッククラウドの進化をとらえながら、プライベートクラウドを進化させ、ハイブリッドクラウドの時代に備えてきた」と振り返った。

 そのハイブリッドクラウドにおいて重視しているのは、パブリッククラウドとプライベートクラウドで、VMwareの基盤を活用できるかということ。「IBM Cloudを選定したのは、仮想化基盤の共通化だけでなく、統合的な管理ができることや、管理ツールをそのまま利用できるといった運用面においても有利だと判断したことにある。管理主体が明確であること、障害発生時を考えて、情報開示がどこまでサポートされるのかといった点も評価した」と、採用理由を紹介した。

 富士フイルムでは、VMware on IBM Cloudを活用して、すでに400サーバーがIBM Cloudへの移行が完了しており、2019年6月までに80%のシステムを移行する予定であるという。

 「最終的には45%のコストダウンとともに、システムリソースの提供において10倍のスピードアップを見込んでいる。当社の事業のひとつであるヘルスケア分野の展開においては、まだコンピューティングパワーが不足している。IBMによる量子コンピュータの実現に期待している」などとした。

ハイブリッドクラウドの活用
VMware on IBM Cloudを活用している

 では、このように富士フイルムホールディングスが活用しているIBMのクラウドは、いったいどういった戦略で提供されているのだろうか。

 日本IBM IBMクラウド事業本部長の三澤智光取締役専務執行役員は、「IBM Cloudは、ベアメタルやVMware on IBM CloudおよびSAP on IBM Cloudを提供するなど、既存システムのクラウド化を得意にしているのが特徴である。また、パブリッククラウドの上にVMwareを乗せ、そこでSAPを稼働させるという構成が認定されているのはIBM Cloudだけである。SAP環境でもハイブリッドクラウド化を実現できる唯一のクラウドを提供している」と切り出す。

日本IBM 取締役専務執行役員 IBMクラウド事業本部長の三澤智光氏

 また、「企業のデジタライゼーションのためには、クラウドネイティブ化が重要であるが、その際には、クラウドにあげられないデータやアプリが存在すること、クラウド環境のベンダーロックインが課題になっている」と前置き。

 「IBMは、IBM Cloud Private(ICP)によってファイアウォール内のオンプレミスにパブリッククラウドのケーパビリティを持ち込むことができる。さらにAIを活用するには、データを一度パブリッククラウドにあげなくてはならないが、日本でも、新たに発表したIBM Cloud Private for Dataによって、この課題を解決できるようになる。また、すでに東京のデータセンターからも利用できるIBM Cloud Kubernetes Serviceによって、パブリッククラウドと、IBM Cloud PrivateおよびIBM Cloud Private for Dataとの間で、データの行き来が自由になっている」と説明した。

 さらには、「多くのクラウドベンダーは、Kubernetesのサポートを発表しており、IBM Cloud Privateやパブリッククラウドで作られたデータやアプリは、ほかのクラウドでも動かすことができ、クラウドベンダーロックインについても回避できる」と、オープン性も備えていることをアピールする。

 そして、「IBMのクラウド戦略は、IaaSやPaaSといったプラットフォームだけでなく、その上にいかに多くのバリューを提供し、デジタライゼーションを加速していくのかをポイントにしている。今後も、クラウドの機能強化にコミットし、機能を増やしていきたい」と結んだ。

IBMクラウドの特徴