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IBMの新たな戦略の鍵となるのは何か――、Think 2019イベントレポート・後編
AI、量子コンピュータなどの最先端テクノロジーを紹介
2019年2月18日 06:00
米IBMが2月12日~15日(現地時間)の4日間にわたって、米国カリフォルニア州サンフランシスコのモスコーニセンターで開催した、同社のプライベートイベント「Think 2019」では、数多くの製品、サービス、技術が発表された。
後編として、同社のAIであるWatsonに関連する発表や、最先端のテクノロジーに関する発表などを紹介する。
Watsonをあらゆる場所で利用可能にする“Watson Anyware”
AIに関しては、IBM Watsonをあらゆる場所で利用可能にするサービスを提供。これを「Watson Anyware」と表現した。
米IBMのジニー・ロメッティ会長兼社長兼CEOは、「新たにWatson Anywareを実現することになる。これは多くの企業から要望があったもので、オープンで、拡張性を持ったAIのビジネスが可能になる」とする。
「データは、クラウドプロバイダーにロックインされているため、多くの企業が、サイロの中でしかAIを試すことができていない。それにもかかわらず、多くの大企業は複数のハイブリッドクラウド環境にまたがってデータを保管している。Watson Anywareは保管場所にかかわらず、データを自由に、AIに活用できるものであり、サイロ化したインフラに風穴を開け、ベンダーロックインに終止符を打ち、AI活用に新しい展開の到来を告げることができる」(ロメッティCEO)。
また、日本IBMの三澤取締役専務執行役員は、「今回、Containerが動く環境であれば、Watsonを動かすことに成功したといえる」と胸を張る。
具体的には、オープンソースをベースにしたクラウドネイテイブの情報アーキテクチャ「IBM Cloud Private for Data(ICP for Data)」との統合によって、Watson AssistantやWatson OpenScaleなどの新たなIBM Watsonサービスを、プライベートクラウド、パブリッククラウド、ハイブリッドクラウド、オンプレミスでも実行できるようにする。これにより、企業のデータがどこにホストされていても、AIを活用できるという。
Watson OpenScaleは、多数のAIインスタンスを、開発された場所にかかわらず管理できるオープンなAIプラットフォーム。またWatson Assistantは、アプリケーションとデバイスに会話型インターフェイスを組み込むためのAIツールだ。
さらにIBMは、Watson Knowledge StudioやWatson Natural Language UnderstandingなどのWatsonサービスを、2019年中にICP for Dataに追加することも発表した。
一方、IBM Watson Machine Learningを、「Watson Machine Learning Accelerator」によって拡張。Power Systemsだけでなく、x86システム上でも高性能のGPUクラスタリングを実現するという。特に、IBM POWER9のGPUメモリ帯域幅と組み合わせることで、競合他社に比べて最大10倍速い機械学習トレーニングを提供することが可能だとする。
また、ビジネスプロセスを自動化するAIソフトウェアを用意。さまざまな業務を自動化し、AIが業務の成果に与える影響のレベルを測定できるIBM Business Automation Intelligence with Watsonを年内に提供する。
米IBM IBM Data+AI担当ゼネラルマネージャーのロブ・トーマス氏は、「多くの企業が、AIによって、業務を自動化し、ビジネスプロセスの改善、意思決定支援に活用することができる」とした。
マサチューセッツ工科大学スローン経営学大学院(MITスローン)によると、81%の企業が、AIに必要なデータは何か、そのデータにどうしたらアクセスできるかを把握していないという。その一方で、83%の企業が、企業内でAIを推進することが戦略的な機会につながると期待している。
トーマス氏は、続けて、「AIプロジェクトの80%は失敗すると言われている。その背景にあるのは、データが足りないということに加えて、データ環境の複雑さ、データの統合に要する時間の長さ、データの統合プロジェクトの実行に必要となる費用負担が大きいという点にある。今回発表した一連の製品やサービスは、こうした課題を解決するものになる」とし、「2030年までにAIがGDPに与える影響は、15兆7000ドルに達する。IBMは、最高のスキルを持った人材を集めて、この3年間ですばらしい製品を作り上げ、それに向けた準備を整えている」と述べた。
また、ロメッティCEOは、「IBMは、データ量が少なくても、ビジネスの拡張性につなげることができるコアAI、公平で、堅牢な活用環境を実現するトラステッドAI、AIを自動化するためのAIにより、効率化を実現するスケーリングAIに取り組んでいる」と語った。
Watsonによるソリューションは、世界10大自動車メーカーのうちの7社、10大石油ガス会社のうちの8社に導入されるなど、20の業界と80カ国の顧客において、数1000の事例があるという。さらに、2018年には、1600件のAI関連の特許を出願している。
Think 2019では、WatsonによるAIの導入実績が数多くあることを強調するとともに、データの利活用において優位性があること、様々なクラウドでの利用を通じてAIの活用範囲を広げる狙いを示す内容となった。
5つの技術動向を毎年予測する「5 in 5」
Think 2019では、テクノロジーに関して、2つの出来事があった。
ひとつは5年後の5つの技術動向を毎年予測する「5 in 5」である。
今回の「5 in 5」では、2024年までに世界の人口が初めて80億人を突破すると予測されるなかで、「未来の需要を満たすために、化学や微生物学におけるブレークスルーや新たなAIアルゴリズムの開発、クラウド接続型デバイスの実現によって、食の安全と安心に対するまったく新しい考え方を持つ必要がある」(米IBM IBMクラウド&コグニティブソフトウェア担当シニアバイスプレジデントのアーヴィン・クリシュナ氏)と述べ、食品サプライチェーンにフォーカスした内容とした。
ここでは、農業に関わるあらゆる企業や個人、団体においてデジタルツインが進展し、リソースを共有するシェアリングエコノミーが誕生。収穫量の増加や食に対する安全の向上、環境コストが低減し、増え続ける人口への食糧供給問題をこれまでより少ないリソースで解消できるとしたほか、ブロックチェーンテクノロジーやIoTデバイス、AIアルゴリズムにより、農家から食料品店までのサプライチェーンにおいて、栽培量、注文量、出荷量を正確に把握可能になるため、食品廃棄物を大幅に減少できるという。
「生産されたフルーツの3分の1が廃棄されている。たとえば、年間1500億個のオレンジが無駄になっており、飲まれないオレンジジュースのために、7.5兆リットルもの水が無駄になっている。また、適切な場所に適切な量が送られていないという実態もある。サプライチェーン全体がリアルタイムで情報を共有するとともに、AIにより予測を加えることで、最適なディシジョンを下し、5年後にはこうした課題がすべて解決できる」という。
また、マイクロバイオーム(細菌叢)の解析により、食品の安全を守るために何百万という細菌を利用するほか、有害な菌から人体を守るために、AIセンサーによって農家や食品加工業者、食料品店、家庭に至るまでのあらゆる段階で、食品の細菌汚染を検出して、有害な大腸菌やサルモネラ菌の存在を食中毒が発生する前に検出できるようになるとした。
「IBM Verifierと呼ぶ独自の技術をスマートフォンに取り付けて、顕微鏡レベルの画質でバクテリアを見ることができる。また、ワインやジュース、油などの中身が、ラベルの表記とは違うものであることもわかる。これは、波長を使いAIによって分析するものであり、画像だけではわからないようなものまで認識できる。IBM Verifierは、スマートフォンだけでなく、キッチンにあるまな板やナイフ、フォークなどにも取り付けることができる。5年後には、数秒間で多くの人がバクテリアを検出できるようになる」とした。
さらに、牛乳パックやクッキーの箱、買い物袋など、あらゆるものをリサイクルすることが可能になり、ポリエステルメーカーが廃棄物を引き取って、有益なものに再利用できるようになるという。
このイノベーションは、ポリエステルを再生製品用プラスチック製造機械へ直接送り込む物質に分解する触媒化学処理プロセス「VolCat」などの、新たな技術によって実現されるとした。
これまでの「5 in 5」でも、社会的課題の解決に関する技術予測が含まれていたものの、その内容は幅広い領域にフォーカスしていたのが特徴であった。だが、今年の「5 in 5」では、食品サプライチェーンに焦点を当てたという点で、これまでとは異なるものになった。
ただこれは、言い換えれば、IBMが食品サプライチェーンに本腰を入れて取り組む姿勢を明確にしたものだともいえる。
米IBMのクリシュナSVPは、「気候変化や人口増加によって、食品サプライチェーンに負担がかかっている。収穫量を高め、無駄を無くし、食物への影響を減少させなくてはならない。IBMの世界中の技術者が、食品サプライチェーンのさまざまな段階で、さまざまなソリューションを考えている。食品の45%が無駄になっており、不純物や汚染物質、細菌による食品への影響も考えなくてはならない。食品サプライチェーンにフォーカスすることで、社会や生活、ビジネスにポジテイブな影響を与え、サスティナブルな世界を作ることができる」とした。
「IBM Project Debater」による公開ディベート
もうひとつは、開催前日の2019年2月11日に行われた、「IBM Project Debater」による公開ディベートである。
Project Debaterは、複雑なトピックに関して人間と議論することができる初のAIシステムであり、IBMリサーチが、2012年から開発を進めてきた。チェスチャンピオンやクイズチャンピオンといった「人間」を破ってきたIBMのAIシステムが、新たにディベートチャンピオンに挑んだ格好だ。
Project Debaterは、新聞と雑誌から収集された約100億の知識ベースを持ち、これまでに学習したことがない議論について、賛成または反対する立論を、役立つ可能性があるテキストの断片を大規模なコーパスから検索して作成。重複する論拠のテキストを排除して強力な主張と論拠を選択して立論し、約4分間の説得力のあるスピーチを行う。このプロセスを数分で行うという。
また、ディベート相手の反応にも耳を傾けてそれを理解し、反駁を構築する。
ディベートの相手に選ばれたのは、2016年の世界ディベートチャンピオンシップ(World Debating Championships)の決勝進出者であり、2012年の欧州ディベートチャンピオン(European Debate Champion)となった、ハリシュ・ナタラジャン氏。
ディベートの準備のために15分の時間が与えられ、テーマとなった「We should subsidize preschools(保育園/幼稚園施設に対する資金の助成)」について、賛成および反対する議論を準備。両者が4分間の立論と4分間の反駁を行い、2分間で要旨を示した。
結果は、賛成の立場を取ったProject Debaterが得点では勝ったが、ディベートで重視されるスタンスチェンジという点では、ナタラジャン氏が17ポイント増やして勝利した。
日本IBM 研究開発担当の森本典繁執行役員は、「2018年6月の公開ディベートでは、同じ内容を繰り返したり、ジョークをプログラムとして作り込んだりしたが、その後の改善により、今回のディベートではしっかりとした主張を行い、ジョークもアドリブで会場を沸かした。想像以上の成果を発揮したディベートだった」と総括した。
Project Debaterは貧困に関する言及に際して、「貧困について、私の立場から語れるものではないが」と前置きしたことに、会場から笑いが起きていた。
なおProject Debaterは、2018年6月に、少数の観客の前で初の公開ディベートを行ったほか、30を超える論文を発表し、研究成果をまとめている。
公開ディベートは、今回でひとまず終了となるが、これらの成果をもとに、さまざまな領域で利用される。クイズチャンピオンに勝利したAIシステムが、その後、医療分野での医師支援に活用されたのと同じ考え方だ。
例えば、オンライン意見交換フォーラムで人々の議論を促進したり、弁護士を対象に、模擬裁判での議論の検証に利用したり、といった活用ができるという。
日本IBMの森本執行役員は、「Project Debaterは、人の意見を論破することを目的に開発されたわけではなく、人の判断などを支援することを目的に開発したものである。この技術を活用することで、社長の補佐役として経営判断の裏付けに意見を求めたり、新たな経営戦略に関して論拠が弱い部分を指摘してもらう、といった活用も可能になるだろう」とする。
実際、今回の公開ディベートで聴衆に与えた情報量としては、Project Debaterが60%と圧倒的であった。「スタンスチェンジでチャンピオンが勝ったのは、人の思考を変えるだけの説得力では、人が優位であるというこの証左。その部分は人の方が得意だ。一方で、圧倒的な情報量をもとに議論することはProject Debaterが得意であることがわかった。ここからも、AIは人の役割を置き換えるのではなく、得意な分野から人を支援する役割を担うことが証明できた」(日本IBMの森本執行役員)と振り返った。
今後、どんな形でProject Debaterが進化し、実用化されるのかが楽しみだ。
量子コンピュータ「IBM Q System One」
さらに、もうひとつ技術的な観点での動きを付け加えるとすれば、量子コンピュータへの取り組みが挙げられる。
展示会場には、米国ラスベガスで開催されたCES 2019のIBMブースで展示されたのと同じ、量子コンピュータ「IBM Q System One」が設置され、その前で熱心に説明を聞いたり、記念撮影をしたりする来場者の姿が見られた。
IBMリサーチのダリオ・ジル ディレクターは、「IBM Q System Oneによって、いよいよ量子コンピュータが商用段階に入り、多くの人が利用できる環境が整う」と前置き。「IBM Qシステムは、従来型のコンピュータで対処するには複雑な課題の解決に適している。財務データをモデル化する新たな方法の発見や、より良い投資を行う上で鍵となる世界的リスク要因の特定、極めて効率的な物流の実現に向けた、グローバルシステムをまたがる最適パスの発見と輸送車両運用の最適化などがある」と語った。
また「IBM Q System Oneは、IBMの科学者とシステムエンジニア、デザイナーによって設計されたものであり、モジュール型のコンパクト設計を採用。これまでは、IBMの研究所のなかにしか設置できなかったものを、研究所の外にも設置できるようにした。安定性と信頼性を維持しながら、継続的にビジネス利用できる環境を提供できる」とした。
IBM Q System Oneでは、「再現性を持つ予測可能な良質の量子ビットを生成できる安定性と自動較正機能を備えた量子ハードウェア」、「継続的に低温の分離された量子環境をつくり出す超低温工学技術」、「大量の量子ビットを精密に制御するためのコンパクトなフォームファクターを採用した高精度エレクトロニクス」、「システムの正常性を管理し、ダウンタイムを発生させることなくシステムをアップグレードできる、量子ファームウェア」、「安全なクラウドアクセスと量子アルゴリズムのハイブリッドな実行環境を提供する従来型のコンピューティング」といった5つの特徴を持つ。
さらに特徴的なのは、厚さ約1.3cmの透明のガラスで囲まれた高気密環境までを含めて、IBM Q System Oneとしていることで、これにより、相互接続された機器の振動や温度変動、電磁波による環境雑音などの影響によって壊れやすい量子ビットの質を継続的に維持できるという。展示会場でも全辺約2.7mのケースのなかに、量子コンヒュータが展示されており、実際にこのケースを含めて納入されるとした。
IBMでは、2019年後半には、米国ニューヨーク州ポキプシーに、初の企業顧客向け「IBM Q Quantum Computation Center」を開設することも明らかにしており、「IBM Q Networkの商用量子コンピューティングプログラムを拡張できる」としたほか、「現在、20Qビットまで完成されているが、年内には50Qビットを完成させることができる」と述べている。
Think 2019で見られたいくつかの変化
今回のThink 2019では、いくつのかの変化を見ることができた。
最大の変化は、やはりRed Hatの存在だろう。
エンタープライズシステムにいち早くLinuxを採用したIBMは、Red Hatの買収によって、クラウドのエンタープライズ利用を促進する体制を整えたことを強調。その方向性として、ハイブリッドクラウドを強く打ち出してみせた。
昨年のThink 2018では、「Watsonの法則」という言葉を使ってまで、先行するクラウドプロバイダーとの差別化にWatsonを位置づけていたIBMだったが、Red Hatの買収によって、もうひとつの切り札として、オープンソースを活用したエンタープライズ活用への提案を明確に打ち出すことができるようになったといえる。
これに伴って、IBMのメッセージにも変化があった。
それは、デジタル・リインベンションの「第2章」という表現に集約されているだろう。
日本IBMの山口明夫取締役専務執行役員 グローバル・ビジネス・サービス事業部長は、「第1章では、モバイルを活用したエンドユーザーのデジタル化への対応、ITコスト削減や導入スピードを短縮するためのクラウドの導入、コールセンターなどの一部の業務エリアへのAIテクノロジーの活用が進展した。その結果、ハイブリッドなクラウド環境を使用している企業は94%、複数のパブリッククラウドを使用している企業は67%に達している。だが、ワークロードの20%がクラウド化されているに過ぎず、80%の業務変革が必要である。また、ベンダーロックインのクラウド環境で利用されているケースが多く、プラットフォームとアプリケーションの間をもっと柔軟に対応できるようにしなくてはならないという課題もあった。そこにRed Hatを買収する意味がある」と発言。
「ユーザーは、さまざまな業務に必要なパプリッククラウドの利用環境を手に入れ、アプリケーションを動作させることができるようになる。これにあわせて、ミッシンクリティカルに必要な堅牢性の高い環境も提供する。すでに、東京(豊洲)、神奈川(川崎)、埼玉(大宮)に続き、関西にデータセンターを2019年中に開設することを発表している。これによって、日本に4つのアベイラビリティゾーンを設置でき、堅牢なIBMクラウドのプラットフォームを構築できると考えている。これらの取り組みは、第2章に向けた準備であった」とした。
そしてIBMは、第2章によって実現されるこれからの企業の姿として、「コグニティブエンタープライズ」を打ち出した。
日本IBMの山口取締役専務執行役員は、「ここでは、7つのレイヤーにおいて、お客さまにとって最適なインフラの上で次世代のアプリケーションを構築し、内外のデータを組み合わせて活用。テクノロジーを駆使しながら業務ワークフローにAIを適用し、企業や業界をまたがったビジネスプラットフォームを構築して、企業文化やスキル、仕事の質を変革することができるものになる」(日本IBMの山口明夫取締役専務執行役員)と定義している。
「第2章」を構成する要素は、クラウドにおける基幹システムの稼働と、プライベートクラウドとパブリッククラウド、オンプレミスを問わないハイブリッドクラウド環境で利用となる。つまり、戦う土俵を、IBMが得意とする領域に持ち込んだものとなり、IBMがクラウドで戦う領域をより明確にしたというわけだ。
さらに、データの重要性についても改めて強調してみせた。
ロメッティCEOは、昨年来、「データが、世界で最も重要な天然資源」になることを示し、データがAIを進化させたり、社会的課題解決の資源になることを強調しているが、これに加えて、IBM独自のデータおよびAIに関する原則的な考え方に言及しながら、クライアントのデータが安全であること、クライアントがデータの管理を維持できること、AIの進化におけるデータ活用においても信頼できる立場にあることを示した。
一方で、Think 2019の中心となるスピーカーが変わったことも、IBMの変化を象徴するものだったといえるだろう。
これまで最先端研究領域の発表は、ジョン・E・ケリー 3世氏が務めていたが、今回のThink 2019では、いまやその役割を担っているアーヴィン・クリシュナ氏が、多くの講演でホスト役を務める姿が目立った。
また、ここ数年のIBMのイベントでは主役ともいえる役割を担っていたデビット・ケニー氏が退任し、2018年12月にニールセンのCEOに就任したため、その姿を見ることはできず、代わって、新たにRed Hatのスピーカーが登壇する新たな動きが見られていた。
さらに日本IBMでは、Watson事業などを推進し、昨年のThink 2018では日本からの参加者向けセッションで中心的役割を務めた吉崎敏文氏が、Think 2019の会期中の2月14日付けで退任したことも変化のひとつとだったといえるかもしれない。
Think 2019を振り返ると、IBMが打ち出した「第2章」のメッセージは、これまでのIBMの取り組みの延長線上におけるひとつの通過点であり、IBMの得意分野における差別化策であるといえる。
日本IBMの山口取締役専務執行役員は、「IBMは、日本では70年以上に渡る顧客の業務システム、基幹システムの深い知識と経験を持ち、東京のアベイラビリティゾーンに加えて、関西データセンターの設置を発表している。さらにハイブリッドクラウド、マルチクラウドの推進体制強化、それに向けたRed Hatの買収、プラットフォームフリーのサポート体制の実現、AIの信頼性や透明性の実現、複雑なアルゴリズムを解析するための量子コンピュータの開発などに取り組んできた。こうした、これまでの取り組みは、第2章に向けた準備であったと捉えることができる」とし、「IBMの総合力を発揮できるタイミングに入ってきた」と位置づける。
そして、「今回のThink 2019に参加したパートナー会社からは、これまで投資してきた資産を活用することができることを感じたという言葉をもらった。これは我々にとっても、うれしいことである」とした。
IBMには、同社の製品を担当する部門とは別に、あらゆるブランドの製品を取り扱い、ソリューションを提供するグローバル・ビジネス・サービス部門がある。「ここでは、Google AIやAWS、Azureといった製品も扱っている。グローバル・ビジネス・サービス部門では、これらのスキルも蓄積しており、これも第2章において、IBMが力を発揮できる要素になる」(日本IBMの山口取締役専務執行役員)とする。
一方で、朝海孝 常務執行役員 システム事業部長は、「持たざる経営で成長を遂げてきたスタートアップ企業に注目が集まった時代が終わり、パプリッククラウドですべてができるということに、限界を感じている企業が増えてきた。一度、振り子が振り切ったあとに、現実解を求める動きに戻ってきた。そこに、今回打ち出した『第2章』の動きが合致している」と指摘する。
2019年秋には、Red Hatの買収が完了する予定である。それはエンタープライズのクラウド化を推進するために欠かせないピースになる。
「第2章」という新たなフェーズに向けて動きだしていることを強調したのがThink 2019であり、それはIBMが得意する領域において、クラウドビジネスを推進する体制が整ったことを、狼煙(のろし)としてあげるものになったといえそうだ。