大河原克行のクローズアップ!エンタープライズ
“Lumadaの実践工場”――、日立が「大みか事業所」を公開 高効率生産モデルを確立した最先端の工場
2020年2月19日 06:00
株式会社日立製作所(以下、日立)は、Lumadaの実践工場と位置づける茨城県日立市のサービス&プラットフォームビジネスユニット 大みか事業所の様子を公開した。
大みか事業所は、鉄道や電力、上下水道、産業分野などの重要社会インフラ事業者向けの情報制御機器、およびシステムの設計・製造を行う拠点。先ごろ、世界経済フォーラム(WEF)から、世界の先進工場である「Lighthouse」のひとつに、日本の企業として初めて選出されたという。
本稿では、大みか事業所の取り組みをレポートする。
操業から50年以上が経過した大みか事業所
大みか事業所は、1969年に操業を開始しており、東京ドーム約4個分にあたる20万1000平方メートルの敷地に、従業員や関係会社社員などを含めて約4000人が勤務している。
情報制御システムに関する技術、コンポーネントの設計製造から、システム全体の取りまとめ、システム試験による品質確保、運用保守までを一貫して対応できる。また操業以来、「世界に冠たる総合システム工場」を目指してきた生産拠点であり、同時に、発電、送配電の制御、列車運行の制御、生産ラインの制御といった、社会インフラを支える制御システムの開発、生産を行っている。
日立 サービス&プラットフォームビジネスユニット制御プラットフォーム統括本部 大みか事業所 所長の花見英樹氏は、「モノやリアル、サイバーをつなげて、新たな知見や価値を創出するCPS(Cyber Physical System)に取り組んでいるのが、いまの大みか事業所である」と位置づける。
「総合システム工場」が持つ意味
大みか工場が「総合システム工場」と自らを定義するのは、システム設計、保守、運用支援、部品調達のほか、アーキテクチャー/ミドルウェア、制御機器設計などの共通技術開発、アプリケーション開発、制御機器製造、システム化、導入支援や保守、セキュリティ、品質保証までを一貫した体制で提供。それにより顧客課題や社会課題を解決することができるからだ。
さらに、「生産工程全体でIoTを活用し、設計から開発、製品化までの個々の顧客ニーズに対応するとともに、品質保証部門が設計段階からかかわり、製品の信頼性を確保する一貫した生産体制をとっている」ことも含まれる。
また大みか工場では、生産システムにおいて成熟度モデルを当てはめ、工場を進化させているのも特徴だ。
ここでは、「見える」「つなげる」「流れを制御する」「問題を把握・対策する」、「将来を予見する」「連携と協調」という6つのレベルを設定。「見える」をレベル1として、「連携と協調」をレベル6に設定しているという。
花見所長は、「成熟度モデルベースのアプローチと循環システムの実現によって、工場を進化させている。現時点では、各工程において、レベル3からレベル5といった段階の成熟度に達しているものが多い。これをさらに進化させるための努力をしていきたい」と語る。
高効率生産モデルを確立
大みか工場の特徴のひとつにあげられるのが、ハードウェアの設計、製造においてIoTを活用し、生産リードタイムの短縮などを実現した「高効率生産モデル」の確立だ。
制御システムの生産において、「RFID生産監視システム」を導入。板金生産、部品調達、プリント基板製造、組み立てのあらゆる工程において、約8万個のRFIDタグを活用することで、すべての工程を見える化。ムダを排除することに成功している。
例えば、部品調達の工程において、次の組み立て工程で、作業がしやすいように、組み立ての順番に配慮して部品を配置。調達工程では時間がかかるようになったが、組み立て工程において速度が速まるとともに、組み立て精度が向上。トータルとしてメリットが生まれるといった部門をまたいだ改善活動も行われている。
さらに、個別受注生産比率を縮小して、個別設計を削減。設計、調達工程における生産リードタイムの短縮を図る「モジュラー設計システム」により、高効率で、柔軟性、持続性が高い多品種少量生産を実現している。
そして、IoTを活用して、サプライチェーン全体と、工場の生産活動をデジタル化。人員や部品などのリソースを最適配分し、需要の変化にあわせて、生産全体の最適化と品質向上を図る「Optimized Factory」の実現に向けた取り組みも行っている。
ここでは、「作業改善支援システム」と「工場シミュレーター」を導入。「RFID生産監視システム」と「モジュラー設計システム」を連携させることで、人、モノ、設備の情報を循環させる高効率生産モデルを確立した。
「RFID生産監視システム」を通じて、各工程の進捗を把握。遅延が発生した工程の対策を検討する一方、「作業改善支援システム」によって、通常よりも作業時間が長い生産工程を検出し、画像分析技術などを活用することで問題点を可視化。対策および改善を図る。
ここでは、1作業に1枚の作業手順書を画面に表示。3Dによるわかりやすい画像で表示することで、従来は、経験者しかすぐに理解ができなかった設計書からの作業指示の読みとりといった課題をなくし、多くの作業者がすぐに作業に取りかかれたり、作業ミスがなくなったりといった成果があがっている。
「作業に時間がかかっているところを、作業者を撮影した映像で検証したところ、その作業のためには特別な工具が必要であり、それを調達するのに時間がかかっていたことがわかった。制御システムの組み立てはほとんどが一品一様の生産であるため、生産品目によっては、想定外のことが発生する。設計図から作業手順書を自動で生成し、特別な工具が必要な場合には、事前にそれを作業者に知らせて工具を準備してもらうことで、効率的に作業が行えるようにした」という。
RFIDの活用と、作業手順書のページを送る作業によって、だれが、いつ、どこで、何の作業を行い、ひとつの作業にどれぐらいの時間がかかったのかを算出。さらには、ひとつの作業台に8台のウェブカメラを搭載した画像も改善活動に活用している。
一方で、蓄積した改善結果をもとに、「モジュラー設計システム」を通じて製品設計に反映。また、生産実績データと納期などの情報をもとにした「工場シミュレーター」によって、受注品の生産仕様や要求納期に応じて、各システムから得られた、各工程の最新の生産能力と、原単位をもとに工場全体の生産計画を最適化することにも取り組んでいる。最適な生産計画に基づく、人員や部品などのリソースを最適に配分を行うことで、生産リードタイムの短縮と、部品の早期入荷を抑制することにも成功している。
同社によると、生産リードタイムは50%もの短縮ができたほか、データをもとにした改善提案が増加。現場では、やりやすいところの改善からではなく、改善効果が高いところから着手するという手法が定着しはじめているという。
なお、高効率生産モデルは、「Lumada」のソリューションコアとして、ユーザー企業への提供を開始している。
さまざまな改善活動を実施
このほかにも、大みか工場の生産ラインでは、いくつもの改善を行っている。
もともとは、作業の効率化を目的に、そろった部品から組み上げていくという方式を採用していたが、結果として、半製品が工場内に増えたことで準備の手間などが増え、かえって作業効率が高まらないという課題が生まれてしまったという。
そこで、すべての部品がそろった段階で組み立てを開始する仕組みへとシフト。これにより、最適な作業工数での生産を実現するとともに、組み立てエリアのスペースを半減させ、検査エリアに場所を割くことができるようになった。
また板金生産ラインでは、3D CADデータを活用して、設計データを、加工装置に直接活用するダイレクト生産を導入することで、効率的な生産を実現しているという。
一方、プリント基板生産ラインにおいては、JUKIと協業し、設備データを活用して、変種変量生産を最適化する「プリント基板生産最適化ソリューション」を導入している。
同ソリューションは、「生産進捗・実績管理」「稼働実績分析」「不具合解析」「設備保全」「在庫管理」の5つのソフトウェアパッケージで構成。作業現場の見える化や、生産性や品質の向上、管理工数の低減などを実現する。
大みか工場では、3つの基板実装ラインを稼働させており、月産3万枚を生産している。
このラインにJUKIの自動倉庫を導入するとともに、JUKIの実装統合システム「JaNets(ジャネッツ)」とも連携。実装機や検査機、自動倉庫の稼働データを吸い上げ、大みか工場で培ってきた高効率生産モデルや運用ノウハウを生かして、生産ラインの見える化を行っている。実装機では、部品を装着する前、アームで吸着したところ、実装したあとの画像をすべて収集しており、どの時点が不具合が発生したのかも細かく確認できるという。
また、多間接ロボットとAGV、自動倉庫の組み合わせで、使用頻度の高い部品を自動的に管理。生産工程における部品の在庫管理から、設備の保守、予防保全までの全体最適化を実現し、作業現場のリアルタイムな把握、品質不良の原因究明、在庫管理や設備保全への迅速な対応が可能になり、生産性向上やロスコスト削減に貢献できるとした。
同社によると、設備状況の監視や、生産進捗による問題の見える化、設備の先読みメンテナンス、在庫の自動補給などにより、生産性を約30%向上させたという。
「プリント基板生産最適化ソリューション」は、外部の電子基板製造装置ユーザー向けにも提供。すでに多くの企業からの視察があるとしている。
サイバー防衛訓練施設を設置
大みか事業所には、サイバー攻撃対応のための総合訓練および検証施設である「NxSeTA(Nx Security Training Arena:サイバー防衛訓練施設)」が設置されている。
重要インフラ事業者向けのサイバー防衛訓練サービスを提供するための施設で、電力事業者や鉄道事業者などを対象に、実システムを模したシステム環境を施設内に構築して、システム監視や指揮命令を行う関連部門の組織訓練を目的としたプログラムを実施。サイバー攻撃に備えた運用手順の検証やセキュリティ製品の評価を行うことができる。
「高まる重要インフラへのサイバー攻撃の脅威に備えて、人材育成や組織運営強化を目的とした訓練施設であり、情報システム担当者、制御システム担当者、経営者/マネージャーがブルーチームとなって参加。サイバー攻撃に対して、インシデントへの対応だけでなく、現場からの報告、経営層の判断といったところまでを検証することになる。ホワイトチームとして、講師や指導者を配置しており、判断に困った場合には、ブルーチームを支援したり、訓練終了後にはフィードバックを行い、レポートとしてまとめて、改善点や課題を明確化する」という。
また、「訓練を受けた企業からは、組織や運用を前提にした評価が必要であることや、事業継続の視点からの対応が必要であること、社内および社外の連携が大切であることを理解したといった声があがっている。一度あたりに20人規模で参加したり、3~4回を分けて訓練を受ける企業もある」としている。
稼働してから2年以上を経過しているが、NxSeTAの稼働率は高いという。
自律分散フレームワークやシミュレーターを活用したシステム試験なども導入
そのほか、ソフトウェアの設計、開発フェーズでは、「自律分散フレームワーク」を採用しており、これも大みか事業所の差別化策のひとつとなっている。
鉄道や鉄鋼などの約4000種類の重要インフラに適用したノウハウをもとに、システムを止めずに保守性、拡張性、障害耐性を実現する。
「自律分散フレームワークは、全体をサブシステムの集合体と考えるシステムコンセプトであり、サブシステムの不稼働状態が全体のシステムに影響せず、ほかのサブシステム同士が、自動で協調し、動かすことができる。新たな機能を持ったサブシステムを追加する際にも容易である点も特徴だ。拡張容易性、オンライン保守性、高信頼性、リアルタイム性を実現することができるフレームワークであり、大みか事業所では、長年に渡り、この仕組みを利用している」という。
さらに、本番と同じ環境をサイバー空間上に模擬したシミュレーション環境の活用による徹底した品質管理も実現。これを、「SST(System Simulation Test)」と呼び、試験工数の削減と品質向上を図る取り組みも行っている。
例えば、稼働中の環境では実施できないようなシステム試験を行っているほか、改造リハーサルもカバーして、顧客へのシステム引き渡し後の安全、安心なオペレーションを行えるようにするという。
大みか事業所では、インフラ事業者が導入しているシステムのシミュレーションをいくつか行っているが、そのなかのひとつに、JR東日本に導入している東京圏輸送管理システム「ATOS」に関するシミュレーションがある。
実際に稼働しているシステムと同じものを大みか事業所内に設置。駅設備や信号、ポイントなどを模擬するとともに、列車の走行を模擬シミュレーションを行い、絶対品質の確保と、24時間365日の安定稼働を実現しているという。ここでは、予約ダイヤシステム、保守作業管理システム、通告伝達システムという「ATOS」か持つ3つの特徴についても常に検証が行われている。
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こうしたさまざまな取り組みを行っているのが、大みか事業所の特徴であり、実際に見学してみると、先ごろ、日本の企業として初めて、世界経済フォーラムから、第4次産業革命をリードする世界の先進工場である「Lighthouse(灯台:企業の指針)」に選出されたことも理解ができる。
大みか事業所の花見所長は、「OT、IT、プロダクトを融合したLumadaソリューションの実践工場として、各分野の技術やノウハウを結集させ、さまざまな課題解決や新たなビジネスの創出に取り組んでおり、これを通じたバリューチェーンの全体最適化や高度化が評価され、今回の選定に至った」と語っているほか、「今回の選出により、日本の製造業の底上げに向けてヒントを与えられる工場になりたい」などと述べた。
50年目を迎えた大みか事業所が新たな勲章を得て、さらに進化を遂げることになる。