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日立の情報制御システムの中核拠点――、大みか事業所の新たなる挑戦を追う

 日立製作所(以下、日立)の大みか事業所(茨城県日立市)は、社会インフラシステムを中心とした情報制御システムの設計や開発、製造、運用、保守を担う拠点だ。

 1969年に設立された大みか事業所は、今年で55年目を迎えており、多品種少量生産の高効率化なハードウェア生産を実現しながら、高品質・安定稼働が求められる電力、鉄道、鉄鋼、水分野などを支える、情報制御システムに関わる事業全般を担っている。

 また、世界経済フォーラムが選出する先進的工場「Lighthouse」に日本企業で初めて選ばれたほか、技能五輪では数多くの入賞者を排出するなど、技術の伝承にも力を注いでいる。そして、GX(Green Transformation)の実証フィールドとしても活用されており、カーボンニュートラルを実現するための脱炭素支援ネットワークである「大みかグリーンネットワーク(OGN)」では、日立市とも連携しながら、顧客や地域、社会における環境DXへの取り組みを支援している。

 日立の大みか事業所の新たな挑戦を追ってみた。

日立製作所 大みか事業所

“世界に冠たる総合システム工場”を目指して操業を開始した大みか事業所

 大みか事業所は、「世界に冠たる総合システム工場」を目指して、1969年に操業を開始。情報制御システムの中核拠点として、東京ドーム約4個分にあたる20万1000平方メートルの敷地に、従業員や関係会社社員などを含めて約4000人が勤務している。

大みか事業所の概要
JR常磐線大甕駅から徒歩約15分の位置にある

 大みか事業所で生産する情報制御システムの多くは、24時間365日の連続稼働が前提となる重要インフラに活用されるものであり、安全性、信頼性の確保、長期稼働の保証とともに、時代に合わせた機能の刷新が求められている。

 鉄道分野や鉄鋼分野では、日立独自の自律分散によりサブシステムが自律的に機能し、故障したときにもシステム全体に影響を与えずに修復ができる仕組みを採用。システムを止めることなく、更新・拡張が可能であり、すでに40年以上に渡って、この仕組みが利用されている。

 昨今では、ミッションクリティカルIoTにより、現場システムや基幹システム、外部システムともさまざまなデータを共有し、これをAIなどにより解析して、最適解を現場にフィードバックする提案を加速。社会の変化を感知した柔軟な対応を可能にしているという。

 日立 制御プラットフォーム統括本部の千葉大春統括本部長は、「近年では、複雑化した社会課題を解決するために情報制御システムのDX化が進んでいる。例えば、エネルギー分野においても、運用制御技術(OT)にIT、デジタル技術を取り込むことで、新たな技術の開発・実証を通じた社会課題の解決につなげる事例が増えている」としながら、「大みか事業所は、優れた自主技術、製品の開発を通じて、安心安全な情報制御システムを提供し、社会に貢献していくことが役割になる」と述べた。

大みか事業所が提供する情報制御システム

 大みか事業所には、5つの特徴があるという。これらが、世界経済フォーラムのLighthouseの選定において評価された部分だとする。

Lighthouse工場としての取り組み

ハードウェアの設計・製造における高効率生産モデルの実現

 ひとつめが、ハードウェアの設計・製造における高効率生産モデルの実現である。

ハードウェアの設計・製造における高効率生産モデルの実現

 情報制御システムは、分野ごとやシステムごとに異なる要件を満たす必要があるため、多品種少量の受注生産が基本になる。大みか事業所では、現場から得られる4M(huMan、Machine、Material、Method)データを収集、分析し、属人化していた暗黙知をモデル化。最適解を現場へフィードバックすることを繰り返しており、代表製品のひとつでは、生産リードタイムが50%短縮した例があるという。

 例えば、制御盤の組立ラインでは、約8万枚のRFIDと、500台のRFIDリーダーを活用。管理者の生産管理板には、板金、基板、組立配線を工程ごとに作業の進捗が表示される。また、現場の作業者は、作業指示カードを読み取ることで、工程別作業図をモニター上に表示。多品種少量生産でも、作業者が正確な作業が行えるようにしている。さらに、作業者の画面には、品質向上ボタンが表示されており、工程において改良すべき提案があった場合には、現場から設計部門に直接フィードバックを行える環境を構築。改善のPDCAサイクルを短くするというメリットが生まれている。

モニターには作業指示が表示される

 ここで、C棟で行われているプリント基板の生産工程と、B棟で行われている制御盤の組立配線工程を見てみよう。

 プリント基板や板金塗装、組立配線などを行う製造部には約330人が在籍。プリント基板の生産ラインでは月8000枚~1万枚を生産しているという。基板サイズが異なる約1200種類の基板が生産の対象となり、そのうち600~800種類の基板が毎年生産されている。1回のオーダーで、同一作番で生産するのは4枚単位や10枚単位となる。顧客ごとに仕様が異なるため、基板の種類が多くなる傾向にあるが、生産し、在庫した基板のなかから、引き当てを行い、制御盤の組立工程に投入することになる。

 1枚の基板に700~1000種類の部品が使われており、約9割の部品は実装機で自動的に実装するが、異形部品などの約1割は人手によって搭載される。最小で0.5×1mmの部品も搭載されるという。

 多品種少量生産で最適化するために、部品の在庫管理や自動供給、生産進捗管理を行い、生産の最適化を図っているのも特徴だ。

部品を保管する自動倉庫。AGVで自動的に補給する

 また、板金工程では、1~6mmの厚さの鉄板を使用して成形し、それを塗装工程に移送。それぞれの工程の最後に検査工程を用意して、品質を管理している。これらの工程で約90人が勤務し、月200~300個の筐体を生産しているという。制御盤の筐体は標準サイズが幅および奥行が800mm、高さ2300mmであり、溶接加工だけでなく、寸法の誤差が少ないリベット加工方式も併用しているという。

プリント基板の生産ライン。月1万枚を生産する

 一方、制御盤の組立配線工程では、RFIDや画像分析技術を活用した進捗管理や課題の見える化を進めることで、品質の高いモノづくりを実現している。

 制御盤は1台あたり300~500種類の部品が組み込まれ、200種類のケーブルのなかから最適なものを選択して配線することになる。組立配線および検査を経て、2日のリードタイムで完成させるという。

制御盤の組立が行われているエリア
B棟の制御装置生産ラインの様子
制御盤の組立配線を行っている様子
制御盤を生産している様子

システム試験環境やサイバー防衛訓練施設などを保持

 大みか事業所の2つめの特徴は、ソフトウェア設計および開発による自律分散フレームワークの実現だ。先にも触れたように、日立独自の自律分散の仕組みは、システム全体をサブシステムの集合体と考え、サブシステムが自らを制御し、サブシステムの不稼働状態が、システム全体には影響しない仕組みになっている。

 「情報制御システムを、安全に拡張・保守ができるアーキテクチャーをフレームワーク化し、高信頼なシステムの安定開発を可能にしている。自律分散フレームワークは、これまでに約4000の重要インフラシステムに適用している」という。

ソフトウェア設計および開発による自律分散フレームワークの実現

 3つめは、「総合システムシミュレーション」と呼ばれるシステム試験環境である。大みか事業所では、本番環境と同じ状況をデジタルツインとして構築し、稼働中の環境では実施できないシステム試験や改造リハーサルなども行えるようにしており、変更などの要望にも柔軟に対応。同時に、顧客システムの安定稼働を支える遠隔監視サービスも大みか事業所から行っている。システム稼働後も、安全安心な運用と、ニーズに合わせた進化をサポートしているというわけだ。

総合システムシミュレーション環境

 4つめが、社会インフラに対するサイバー攻撃に備えて、専用の訓練および検証施設である「NxSeTA(Nx Security Training Arena:サイバー防衛訓練施設)」を設置していることだ。2017年から稼働している同施設は、顧客のシステムを模擬した環境において、インシデント発生時の実践的な訓練を可能にしており、世界の先端知見を取り込んだ高度な訓練ができるため、企業における人材育成や運営強化に直結させることができるという。

NxSeTA(Nx Security Training Arena=サイバー防衛訓練施設)
トレーニングをしている様子。指導員がついてサポートする

 日立 制御プラットフォーム統括本部 制御セキュリティ設計部の藤江友喜技師は、「サイバー攻撃は、ITシステムを対象としたものが多かったが、昨今では、電力や鉄道などの重要インフラ設備に対する攻撃が世界各国で発生している。防御することも大切だが、すべてを防御することは難しい。そのため、攻撃を受けることを前提とした対策が必要であり、被害にあった場合の対応能力を高めること、それを実行できる人材育成が必要であると考えている。サイバー攻撃に対する監視、分析、判断、行動を行うために、組織的にスムーズな連携を行うことに着目した訓練を行っており、NxSeTAでは、担当者から責任者、経営層までを含めたトレーニングが可能となっている。参加した企業の多くがリピートしている」という。

サイバー防衛訓練・検証設備/安定稼働サービス

環境エネルギーマネジメントへの取り組み

 そして、最後が、環境エネルギーマネジメントである。エネルギーマネジメントシステム(EMS)と生産計画を連動させて、夜間電力を使用したエネルギーのピークシフトを実現したり、太陽光発電や蓄電池の自立運転によるBCP対応などにより、省エネで災害に強いサステナブルな工場運営を行ったりしているという。

環境エネルギーマネジメント

 日立では、環境目標として、2030年度に、工場やオフィスなどの事業所でのカーボンニュートラル達成を目標に掲げており、そのなかでも、大みか事業所は2024年度にカーボンニュートラルの達成を目指すほか、さらに省エネ、創エネ比率を高め、オフセット購入の最小化を推進。大みか事業所を実証フィールドとして、脱炭素に関わる知見やノウハウ、ニーズを蓄積し、これらをCO2削減ソリューション、可視化ソリューション、アドバイザリーコンサルティングとして提供することになる。日立のカーボンニュートラルの取り組みにおいて、大みか事業所は、いわば牽引役を担うことになるというわけだ。

 日立 制御プラットフォーム統括本部 事業主管の松本一人氏は、「大みか事業所は、生産改革やエネルギーマネジメント、工場経営DXを通じて、データドリブンなオペレーションを確立している。環境経営DXに取り組むとともに、カーボンニュートラル計画に対応した適切な実績管理と、計画見直しを含めたPDCAサイクルを推進し、確実に目標を達成し、持続可能な社会の実現に貢献したい」と述べた。

 大みか事業所では、約900カ所に電力センサーを設置し、建屋別の電力使用量や、太陽光パネルの発電状況などを可視化する一方、カーボンニュートラルに向けたロードマップを策定し、建屋ごとの計画立案、実績管理を可能にしている。

大みか事業所での実証事例 ロードマップ策定・運用

 現在、海側駐車場やサンバレーを呼ばれるエリアなどに太陽光パネルを設置し、大みか事業所全体の約6%の電力を発電。2025年度にはB棟の屋上、2026年度以降にはE棟、F棟の屋上にも太陽光パネルを設置し、現在の2.5倍となる2062kWの発電容量にまで拡大する計画だ。また、太陽光パネルや蓄電池の活用、電力料金単価が安い夜間電力の使用によるピークシフトによって、系統電力の使用量を29%削減した実績も出ている。

海側駐車場や左側にあるサンバレーを呼ばれるエリアなどに太陽光パネルを設置

 さらに、日立市内にある日立グループの4事業所と連携し、マイクログリッド型エネルギーサービスによるグリーン調達を実施し、4事業所合計で、年間約4500トンのCO2排出量を削減できると試算している。

 加えて、次世代EV充電器規格である「CHAdeMO3」の実証サイトを国内で唯一設置。EVを活用した取り組みを加速し、将来的には従業員向けにEVをリースしたり、急速充電機の利用拡大の検証なども行ったりするほか、系統安定化型水素エネルギーマネジメントシステムの実証実験も開始しており、2024年度中には大みか事業所における水素利活用を進める予定だという。

 そして、大みか事業所における環境エネルギーマネジメントの取り組みにおいて、重要な取り組みのひとつになるのが、「大みかグリーンネットワーク」である。

 大みか事業所をハブとして、さまざまな脱炭素実証を行い、脱炭素に関わる技術やノウハウを蓄積し、その成果を足がかりにステークホルダーとの脱炭素支援ネットワークを構築することで、カーボンニュートラルという共通の社会課題解決に地域とともに取り組むことになる。

大みかグリーンネットワーク

 これらの経験を生かして、日立市との協創によって、脱炭素経営支援システムを日立市の中小企業に提供。環境情報管理サービス「EcoAssist-Enterprise」をベースに、CO2排出量の可視化や計画の立案を経て、達成状況の把握、削減計画の管理などを行えるようにする。

 また日立市とは、2023年12月に、スマートシティ実現に向けた共創プロジェクトに関する包括連携協定を締結。「グリーン産業都市」、「デジタル医療・介護」、「公共交通のスマート化」の3点から、スマートシティの実現に取り組むことになるが、「グリーン産業都市」においては、「大みかグリーンネットワーク」とも連携することになる。

自治体との共創
スマートシティ実現に向けた共創プロジェクト

 日立 代表執行役執行役副社長の德永俊昭氏は、「日立市との包括連携締結後、プロジェクトメンバーは日立市への駐在を開始し、具体的な検討を加速している」と前置きし、「グリーン産業都市においては、日立市の中小企業脱炭素コンソーシアムにおいて、地域GX推進分科会を設立し、中小企業のGXの取り組み状況のヒアリングを開始しているほか、大みか事業所における燃料電池の活用や、EV充電器の設置についても検討を進めている。日本には、地域生産額において第2次産業が占める割合が40%以上を占め、人口が10万人以上という日立市と同様の特性を持つ都市が100以上ある。日立が創業以来110年以上に渡って受け継いできた社会イノベーションへの取り組みの集大成として、日立市との共創プロジェクトを通じて、Society 5.0が目指すスマートシティのモデルを確立し、全国に展開していく」との意気込みを語った。

人材育成への取り組み

 一方、大みか事業所では、人材育成にも力を注いでいる。

 その取り組みのひとつが、技能五輪の工場電気設備部門に毎年選手を派遣していることだ。

技能五輪工場電気設備部門は、発電および上下水道プラントの制御や、生産システムに欠かせない制御装置の知識や技能を有した技術者を対象に実施しているもので、配電盤および制御盤と、電気設備異常診断の課題に対する技術を競うことになる。大みか事業所では、1970年の第8回大会から現在まで、これまでに67人が参加。全国大会での実績は、金メダル24個、銀メダルは19個、銅メダルは22個を獲得。国際大会の出場回数は10回。国際大会でも金メダルを1個獲得するという実績を持つ。

 「大みか事業所では、1970年に制定したGO(Greater Omika)綱領において、技術力と人間力の両方のスキルを兼ね備えた人材育成に取り組んでいる。技能五輪の取り組みもそのひとつであり、若手技能者の育成およびベテランの技術継承の機会にもなっている」(日立の千葉統括本部長)とする。

 大みか事業所B棟には、技能五輪訓練室が設置され、若手技能者が日々訓練を行っている。技能五輪終了後には、現場に配属され、品質の高い組立配線作業を工程に反映。現場で活躍したあとには、指導員や設計部門への配属転換などによって、大みか事業所全体での品質向上への取り組みにも貢献していくことになるという。

技能五輪訓練室でトレーニングする若手技能者
若手技能者が組み立てた配電盤および制御盤。正確できれいな配線となっている

 このように大みか事業所は、社会インフラを支える情報制御システムのライフサイクル全体を網羅するとともに、環境への取り組みや人材育成においても、重要な役割を果たす拠点となっている。そして、自らが実証フィールドとなり、新たなことに取り組んでいることも特徴のひとつである。日立グループにおいて、新たな挑戦を牽引する役割も担っている拠点だといえるだろう。