大河原克行のクローズアップ!エンタープライズ

クラウドネイティブ時代の“攻めの人事システム”――、存在感を増す「Workday」とは

 企業向け財務・人事アプリケーションプロバイダであるWorkdayが、存在感を増している。

 全世界でのユーザー数は、2016年6月時点では1100社だったものが、2016年12月末時点では1350社にまで拡大。日本でも日産自動車や日立製作所(以下、日立)などの大手企業の大型導入に加えて、日本国内だけで事業を展開するような中堅・中小企業へも導入が広がりはじめている。

 なぜ、いまWorkdayが注目を集めるのか。米Workday プロダクトマネジメント担当ディレクターであり、HCM Japanプロダクトリーダーを務める宇田川博文氏に聞いた。

米Workday プロダクトマネジメント担当ディレクター兼HCM Japanプロダクトリーダーの宇田川博文氏

全世界で1350社、国内でも300社以上の導入実績

 Workdayは、クラウドネイティブな財務・人事向けソリューション「Workday」を開発。2005年の設立以来、大手企業を中心に、全世界で1350社への導入実績を持つ。1350社というと規模が小さく聞こえるが、日立では数百の関連会社にもWorkdayを導入している。だが、これも1社とカウントしており、導入社数の実態としてはこの数字を大きく上回ることになる。

 同社が明らかにしたデータによると、Workdayのトランザクション数は1カ月に33億、従業員によって実施されたイベント数は630万、処理された給与の総額は118億ドルに達するという。

 また、Workdayが5分ごとに監視するデータポイントは50万件以上であり、特定の時点ごとの計測回数とログの行数は34億、Hadoopクラスタ内の利用データ量は2TBと膨大だ。それでいて、インフラストラクチャの変更においては90%がダウンタイムがなく、トランザクションの99%はレスポンス時間が2秒未満で処理を行っているという。

 日本においては、2013年に日本法人を設置して以降、2015年から営業活動を本格化させた。これまでに300社以上の導入実績を持ち、先に触れた日立のほか、日産自動車、ソニー、東京エレクトロン、ファーストリテイリングなどの企業がWorkdayを採用していることを明らかにしている。

トランザクションシステムそのもので分析できる点が特徴

 宇田川氏は、「Workdayは、消費者向けインターネットアプリケーションにヒントを得ながら、現代の人々の働き方にあわせて、ゼロから設計された財務・人事アプリケーション。クラウドネイティブという部分ばかりがクローズアップされるが、それは新たな時代のビジネスに対応するにはそれは当たり前のこと。これからのビジネスは、データに基づいて意思決定が行われ、それによって戦略が立案される。データをビジネスに活用するために最も適したソリューションがWorkdayである」と語る。

 競合他社のエンタープライズアプリケーションのほぼすべてが、データベースなどのトランザクションシステムと、データを分析するためのBIツールが別々に構成されているのに対して、Workdayは、トランザクションシステムそのもので分析できる点が特徴だとする。

 「現在のビジネス環境では、勘や経験が通用せず、いかに正確なデータを収集し、分析し、そこから最適な意思決定を行えるかが重視されている。そこでは、トランザクションシステムとBIツールが一体化されていることそのものが、直接的な価値の創出につながる。クラウドネイティブな環境に移行するのは、痛みを伴う改革であるが、Workdayを導入している企業の多くは、いまこそ、痛みを伴ってでも、新たなビジネス環境に対応できるシステムに移行をしておくべきと判断している」と、宇田川氏は語る。

 トランザクションシステムと分析ツールを一体化したことで、スコアボードやダッシュボードを通じ、リアルタイムでトランザクションデータと予測分析を利用でき、財務や人事、プロジェクトに関する迅速な意思決定や、インタラクティブなコミュニケーションが行えるようになる。さらに、一体化したシステム環境を活用することで、データ管理においてもセキュアな環境を実現できることにもつながる。

 また、モバイル環境への対応もWorkdayの特徴の1つであり、モバイルアプリをWorkday上の同一プラットフォームで稼働。「Power of One」のコンセプトに基づき、誰でも、どこでも、いつでも利用できる環境を実現しているという。

 「Workdayを活用することにより、セキュアな環境において、いつでも必要な情報に、タイムリーにアクセスでき、賢明な意思決定を行うことができる」とする。こうした環境の実現は、現場への権限委譲などにおいても、柔軟性を発揮することになる。

Workdayの機能の1つ、スコアカードの画面イメージ

単一バージョンしか存在しないことの強み

 もうひとつ、Workdayの特徴として見逃せないのが、Workdayは単一のバージョンしかないということだ。そして、顧客が使用するコードラインはすべて同一であり、カスタマイズは一切存在しない環境が前提だ。これも、「Power of One」のコンセプトをもとにしたWorkdayの基本姿勢である。

 そして、新たな機能の追加は、カスタマコミュニティ内で要望が出され、それをもとに決定されることになる。「すべての顧客が連携し、アイデアを共有することで、多くのユーザーが欲しい機能や便利な機能をまとめ、これをWorkdayが新たな機能として実装するすることになる。コミュニティのなかでは、この機能があればこの機能はいらないといった議論や、将来の発展を考えればこの機能は不要である、といった意見が出され、多くのユーザーにとって、メリットのある形での機能強化が進められることになる」という。

 これは、ローカルで求められる機能についても同じだ。

 例えば、日本ではマイナンバー制度の実施によって、それに関連する機能の実装が求められた。このときには、米国ですでに導入されているソーシャルセキュリティナンバーや、欧州で導入されている国民ID制度などの仕組みをベースに機能を提供するといったことが行われている。

 だが日本では、日本固有の機能を求める声が多いのも事実。日産自動車などを中心に、日本企業のユーザーグループとして、日本語SIGと呼ばれるコミュニティが設置されており、日本からの要望の声を高めていくための活動が始まっている。

 日産自動車 グローバル情報システム本部一般管理システム部主担の住野琢磨氏は、「Workdayに対する要望の1つが、日本市場向けの機能をもう少し早くリリースしてほしいという点。日本市場向けの機能を増やすには、日本のユーザーの声を大きくしていく必要がある。日本におけるユーザー企業同士が連携して、機能要求をしていくことが必要だ」と語る。

 だが、Workdayを採用している企業の多くは、グローバル標準にこそ価値があると考えており、日本からの機能要求もそれを前提としたものにしている。

 「こうした仕組みの採用によって、グローバルで標準化された機能を利用できたり、他社のノウハウを活用したりといったことが可能になるメリットは大きい」と、日産自動車 グローバルデジタルHR部門のゼネラルマネージャーであるラジュ・ヴィジェイ氏は語る。

 2016年から、日本においても、日本だけで事業を展開する1000人規模の中堅・中小企業が、Workdayを導入しはじめているのも、日本固有の財務管理システムにあわせるのではなく、グローバル標準の仕組みを導入する方がビジネスの成長にプラスになる、との判断が働いていることが大きい。そしてこうした考え方は、日本のスタートアップ企業の間にも広がっているという。

 「統一されたプラットフォーム、統一されたコードラインにより、さらなるイノベーションの推進、迅速なアップデートを可能できる。これは、管理の複雑性を排除し、ビジネスのスピードにあわせた変化を可能にすることにもつながる」(Workdayの宇田川氏)というわけだ。

「Know」「Change」「Grow」の観点で機能強化するWorkday 28

 Workdayのアップデートは、毎年3月と9月に定期的に行われる。6カ月ごとに年2回のペースだ。

 2017年3月に行われるアップデートは「Workday 28」と呼ばれ、2017年9月には「Workday 29」と呼ばれるアップデートが提供される予定だ。

 Workday 28で提供される機能のすべてが、カスタマコミュニティから出された要望をもとに追加されたもの。そしてその進化は、「Know」「Change」「Grow」という3つの観点からの機能強化に分類できるという。

 「Know」では、Workday 28で追加される「組織チャート分析」が代表だ。組織の状態を部門ごとにダッシュボードに表示し、それぞれの組織のいわば「健康状態」を確認することができる。営業実績などのほかに、組織に在籍する社員の情報をもとに、目標とする女性比率や定着率、従業員の昇進レート、離職の可能性などのデータを組み合わせ、重視すべき項目が課題になっていないかを確認することができる。

 さらに、2016年9月のWorkday 27で追加された機能では、1つのデータを深堀する複合レポートや、スコアカードによる「レポートプラットフォーム」の強化、システム環境を検証する「システムヘルスダッシュボード」、それをもとに安定稼働につなげる「リソーススケジューリング」などに加え、結果と経過をモニターすることができる「キャンペーン分析」、常にライブデータに対応し、組織計画やオフィス計画、予算管理、採用プロセスなどにも活用できる「ワークシート」なども、「Know」の領域での機能強化だという。

 なおワークシートの提供は、現時点では米国で事業を行っているユーザー企業などに限定しているとのこと。

ワークシート機能のイメージ

 「Change」では、アプリケーションのライフサイクル管理の進化に触れ、「カスタマセントラル」による包括的なテナント管理のほか、「オブジェクトトランスポーター」により、約3倍の高速化を実現しながらコンフィギュレーションを移行したり、「クラウドローダー」により、約10倍の高速化によるデータ移行を実現したり、といった機能が提供された。なおカスタマセントラルは、Workday 28で一般提供が開始されるという。

 また、ユーザーエクスペリエンスの強化として、顧客のワークフォースに沿った形で、テナント情報などを表示する「ガイドツアー」、ローカリゼーションを強化しタスクごとに必須項目フィールドを設けたり、非表示にしたりといったことを可能にしたほか、ADPとのインテグレーションによって給与システムとの連携を図る、といったことが行われている。

 「ADPとの連携により、RESTサーバーを立ち上げずに、REST APIを活用して、ADP側で入力した情報を活用できる。こうしたASPとの連携のほかにも、Workday以外のソースからの統合データの活用について検討したい。要望にあわせて、日本のベンダーが製品化している給与ソフトとの連携も強化していく可能性がある」などとした。

 またWorkdayデザイナーの導入により、コーディングを不要にし、ドラッグ&ドロップで画面のパーソナルライズが可能だという。さらに、マイクロソフトのOutlook GroupsやFlowとの統合なども図った。「これらは米国のユーザーから高い要望があった機能強化の1つ」だという。

 さらに「Grow」としては、トランザクションの負荷分散、顧客ワークロードへの対応、Apache Igniteを利用して大規模なクエリとキャッシングサービスを実施する分散型メモリーグリッドの提供に加えて、ゼロダウンタイムに向けた取り組みの推進、ステップアップ認証の提供も行っているとした。

 宇田川氏は、「今後も定期的な機能強化を続けていることになる。アベイラビリティゾーンの提供、データ・アズ・ア・サービス(DaaS)への進化、ビジネスプロセスへのDocusignの統合、面接スケジュール管理の提供、期ごとの予測機能の提供なども行っていくことになる」と語る。

人事システムの取り組みは競争力維持のために不可欠

 昨今では、「HRtech」という言葉で表現されるように、タレントマネジメントをはじめとして、人事システムに対する関心が高まっている。

 従来の人事システムでは、導入効果を数値で評価しにくいということもあり、結果として、経営層やIT部門が、人事システムに投資しにくいという環境が生まれ、レガシーシステムとして残るという状況に陥っていたケースが少なくないのが実態だ。

 日本に拠点を置くグローバル企業としては初めて、クラウド型人事ソリューション「Workday ヒューマン キャピタル マネジメント(Workday HCM)」を、グローバル人事システムに導入する日産自動車の場合、従来の日本、欧州、米国にそれぞれに導入していた人事システムを一本化し、「統一したマスターシステムを活用し、グローバルで統一した評価の実現と、全世界で有効に人材を活用するのが狙い」(日産自動車のヴィジェイ ゼネラルマネージャー)だという。

 同社のグローバル人事システムは、すでに一部稼働を開始しているが、2017年上期には全世界規模で稼働。全世界12万4000人の従業員を対象に運用することになる。

 ヴィジェイ氏は、「日産自動車にとって、人は財産である」とし、「人材をしっかりと評価し、スキルを活用し、育成するためにグローバル人事システムを導入する必要があった。グローバル共通タレントプールを通じて、人材を選び、評価し、管理し、育成し、ローテーションプログラムに反映し、後継者育成やリーダーシップの継続性にも生かすことができる」と述べた。

 こうした人事システムの取り組みは、競争力維持のためには不可欠との認識が広がってきている。

 Workdayの宇田川氏は、「離職率を減らしたり、優秀な人材を退職させたりしないために人事システムを活用するといったことは、データをビジネスに活用する手法の1つとして、さまざまな企業が取り組みはじめていること」と前置き。その上で、「新たなプロジェクトを開始する際に最適な人材を配置したり、将来に向けたキャリアデベロップメントのために、ひとりひとりが活用できる人事システムが求められている」とする。

 そして、宇田川氏は、こんな例を挙げる。

 「世の中には、転職に関する情報があふれている。そこには、自らのキャリアデベロップメントにプラスになると感じたり、成長につながると感じるものも多い。しかし、社内の人事システムからはそうした情報が発信されない。社内にいては、自らの成長にはチャンスがない、あるいはキャリアデベロップメントが構築できないと感じてしまう社員も多いのではないだろうか。本来ならば、外部の転職情報以上に、社員が魅力を感じる情報を、人事システムを通じて発信する必要があるのではないか」。

 確かにこれまでの人事システムは、人を管理することが中心となり、人の育成や、自らのキャリアデベロップメントなどに活用するといった用途は想定されていなかった。だが、Workdayでは、こうした「攻めのIT」ともいえる活用を視野に入れた人事ソリューションとして進化を遂げてきた。

 Workdayでは、現在、リクルーティング、ラーニング、タレントマネジメントの機能を提供。こうしたデータをビジネスに活用し、人材を生かすことができる人事ソリューションとしての導入が可能だ。

 クラウドネイティブ環境へと移行するWorkdayの場合、移行に伴う「痛み」が発生するともいえる。だが、新たなビジネス環境において、これまでのシステムのままでは、企業の成長と競争力維持に危機感を持つ企業こそが、Workdayを選択しはじめているといえそうだ。