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ヤマハが7年分の知見を生かした――、最新アクセスポイント「WLX212」に詰まった“コダワリ”【前編】

 ヤマハ株式会社は、企業向け無線LANアクセスポイントのエントリー製品「WLX212」を2020年7月に発売した。2015年12月に発表された「WLX202」の後継となる。

 WLX212では、WLX202に比べて管理機能を強化している。特に管理負担の軽減のため、設定管理を自動化する「クラスター機能」を新しく搭載したのが大きな変更点だろう。またアクセスポイントで初めて、同社のクラウド型ネットワーク統合管理サービス「Yamaha Network Organizer(YNO)」による統合管理に対応し、複数拠点の無線LAN環境を一括管理できるようになった。

 そのほか、IEEE 803.11ac wave2やWPA3などのより新しい通信に対応しつつ、互換性を維持して、WLX202からのリプレース、そして新規市場の開拓を狙っているという。

 前編となる本稿では、こうしたWLX212の特徴とその狙いについて、ヤマハ株式会社の平野尚志氏(コミュニケーション事業部 MS部 マーケティングG 主幹)と秦佑輔氏(コミュニケーション事業部 CC開発部 ソフトウェアG 主事)にオンラインで話を聞いた。

WLX212

これまでのWLXシリーズで得た知見を生かす

 ヤマハは2013年に、初代モデルの「WLX302」を発売し、アクセスポイント事業に参入した。もともとSOHOルータ市場で大きなシェアを持つ同社だが、そこから次の顧客の課題として拠点のLANの管理にも目を向けた結果、スイッチやアクセスポイントといったLAN製品を作り始めたと、平野氏は流れを説明した。

 その後7年ほどWLXシリーズを販売してきて、ヤマハが得た知見として、主に小規模な拠点を複数管理するときの「実践的な管理の必要性」があったのだという。

 例えば、小規模拠点でも活用が進むと複数台のアクセスポイントを運用することが必要になるが、そのときに“ちょうどいい機能と性能の無線LANコントローラー”が必要だったというのだ。複数台の設定を行う場合には、1台目との設定の整合性をどうするか、といった点には神経を使うし、冗長構成や機器連携を行おうと思うと、作業はさらに増えてしまう。

 また無線LANの活用が進めば、複数拠点への導入を行うことになるだろう。全国に散らばった小規模拠点を管理するためにも、“ちょうどいいコントローラー”が必要とされており、そのためにクラウド型管理なども求められていたとのこと。

 一方では、WLXシリーズのヤマハルータへの“依存”も、足かせになっている部分があったという。ヤマハではWLXシリーズにおいて、ヤマハルータ経由で管理や見える化などの機能を提供してきたが、現場では他社のルータやスイッチが入っているところも多く、またルータとアクセスポイントとで管理者やSIerが分かれている場合もあった。ルータとの連携を前提としている限り、そうしたところではWLXシリーズが選ばれにくくなってしまうのだ。

 そのほか管理の問題と並んで、小規模拠点では「理想的な場所」にアクセスポイントが設置されるとは限らないことも実感した。アクセスポイントは見通しのよい壁や天井に設置することが理想で、従来のWLXシリーズもそれを想定して薄型に作られている。しかし例えば、学校において、職員室の机に平置きされていたため、アクセスポイントの電波が行き届かないといったケースもよくあったという。

 「理想的な状態を想定した性能では間にあわない」と平野氏。秦氏も「アクセスポイントは、ルータやスイッチと違って、技術者ではないエンドユーザーの方が設置することも多い」と語る。

 さらに置き場所という意味では、カフェや飲食店などでもアクセスポイントの利用が増えてきたものの、そうした場合、従来の白1色だけでは周囲に合わず、ほかのカラーが望まれる場合があることもわかった。

WLXシリーズで得られた知見

「安心してばらまける無線アクセスポイント」

 こうした背景から生まれたのが、今回のエントリー向け製品であるWLX212だ。「シンプルな無線LAN管理を いつでも、どこからでも」をコンセプトとしており、これを平野氏は「『安心してばらまける無線アクセスポイント』ということなんじゃないかなと思っている」と説明する。

ヤマハ株式会社の平野尚志氏(コミュニケーション事業部 MS部 マーケティングG 主幹)

 平野氏が挙げるポイントは3つ。1つ目は、すでに動いているWLX202やその他のアクセスポイントから、そのまま「リプレースしやすい」ことだ。リプレースすることで、通信方式をIEEE 802.11ac wave2にアップし、最新のセキュリティでも、WPA3やEnhanced open、192ビット暗号などに対応する。

 WLX202や302からのリプレースでは、性能や機能がアップしながら、PoE受電がIEEE 802.3af準拠の15.4Wのままで、スイッチ側の変更が必要ないのも特徴だ。他社エントリー製品からのリプレースでは、無線見える化やRADIUSサーバーの機能がある。そのほか、クラスター機能やYNO対応などにより、ヤマハルータなしでしっかり運用管理できる。

 2つ目は、「対応環境の柔軟性」だ。WLX212では、指向性アンテナと無指向性アンテナの切り替えに対応し、ハードウェアではなく設定から切り替えられるようになっている。これにより、さまざまな設置場所に対応しやすくなった。

 また、カラーバリエーションに黒を追加。デザインも、これまでの薄さ重視から、机上や棚などに置いても小さく感じるようなものに変更した。

 3つ目は、「管理負担の軽減」だ。「買うときのコストも大事だが、買ってから数年運用し続けるコストも大きい」と平野氏。そのために、設定を自動化するクラスター機能を新しく採用した。「運用コストを最小化するためには、メンテナンスの自動化も重要だということで、今回は従来のコントローラー機能を捨ててクラスター機能に切り替えました」(平野氏)。

 一方、複数拠点の統合管理のために、YNOをコントローラーとしてクラウドから管理できるようにした。WLX212では、コントローラーで統合管理する場合はYNOをコントローラーにすることで、どこからでも設定管理ができるようになった。また、複数のネットワークセグメントをまたがる統合管理は、これまでのWLXシリーズで内蔵するコントローラー機能ではできなかったが、YNOで可能になった。

 なお、YNOによるアクセスポイントの統合管理はシリーズでも初の機能である。「まずは体験してもらいたい」(平野氏)ということで、WLX212を購入すると1年間(12カ月)無料で使えるYNOのライセンスが付属することになった。ちなみに、ライセンスは月単位なので、開始日によっては実際に使えるのは11カ月と何日というケースがあり得るとのことだ。

WLX212で目指したこと

アクセスポイントを追加するだけで自動設定するクラスター機能

 新しく登場したクラスター機能については、秦氏が解説した。クラスター機能では、一緒に管理される“クラスター”という単位は自動的に構成されるため、ユーザーが指定することはできない。

 その代わりアクセスポイントの追加や交換は、同じネットワークセグメントに接続したり外したりするだけだ。現状では、1つのネットワークセグメントには1クラスターのみが構成できる。

 まず1台目のWLX212をネットワークセグメントに接続して設定し、さらに設定から仮想コントローラー機能を有効にすると、その1台目のWLX212内に仮想コントローラーが作られる。

 このネットワークセグメントに2台目のWLX212を接続すると、仮想コントローラーから2台目にネットワーク情報が流し込まれる。さらに3台目を接続した場合も同じだ。

 ネットワークセグメント上のWLX212どうしは、ヤマハ独自のプロトコルにより一定時間間隔で相互通信し、監視しあっている。WLX212が追加されたときは、追加されたWLX212と仮想コントローラーの間でやりとりが行われて設定がなされる。仮想コントローラーがいなくなったときも、残りのWLX212が互いに話し合って、新しい仮想コントローラーを決める。

 2台目を接続してから、自動的に設定がなされて使えるようになるまでにどのぐらい時間がかかるか。秦氏は「場合によるが、5分以内には設定される」と答えた。

 なお、仮想コントローラーが動作している1台目が故障などで居なくなった場合は、2台目以降のWLX212が仮想コントローラーの不在を検知し、別の1台に仮想コントローラーの役割を移すことで運用を継続できる。元の1台目が復旧しても、仮想コントローラーは移ったままだ。

クラスター機能による自動構成の動作

YNOがアクセスポイントの設定に対応

 クラスター機能による自動設定とともに、本格的な管理にはYNOからの設定管理が新しく用意された。

 YNOは2016年に開始したヤマハのサービスで、これまでクラウドからヤマハルータを統合管理するものとして提供されてきた。今回、WLX212のリリースにあたり、YNOが直接、WLX212の管理機能を持つことになった。

 WLXを直接設定するのと同等の設定機能を持つほか、一括設定機能も持ち、グルーピングして設定を配布できると、秦氏は説明する。「YNOという共通のプラットフォーム上だが、Nアクセスポイントはルータとは管理体系が分かれており、メニューも分かれているので、特にとまどうことなく利用してもらえるだろう」(秦氏)。

 なお前述のとおり、WLX212には1年間のYNO無料ライセンスが付属する。YNOから設定された内容はWLX212に保存されるため、もしライセンスが切れてもYNOが使えなくなるだけで、WLX212は特に設定を変更することなく、そのまま使うことができる。

YNOによるアクセスポイント管理

設置形態を選べるようアンテナの指向性を切り替え可能に

 また、WLX212は指向性アンテナと無指向性アンテナの切り替えに対応した。

 例えば、きちんと部屋に向けて壁や天井にWLXシリーズを設置するのであれば、特性の方向に電波が向いた指向性アンテナがよい。一方で、部屋の中の机や棚に設置するのであれば無指向性アンテナが適している。「こうした設置のしかたを柔軟に選んでもらえるようにした」と平野氏は説明する。

 「指向性と無指向性のアンテナを切り替えられる機能は、(ミドルレンジの2世代目である)WLX313に初めて導入したが、好評だったため、当社のアクセスポイントの特徴になると思い、WLX212にも採用した」と秦氏は語る。

 特に特筆すべき点は、WLX313では物理的に異なるアンテナを取り付けることで指向性と無指向性を切り替えていたが、WLX212では2種類のアンテナをいずれも内蔵し、ソフトウェア的に切り替えられるようにした点だ。この設定は、YNOからでも変更できるという。

 そのほか、電波特性を考慮した場合、アクセスポイントのベタ置きは望ましくないため、製品にスタンドを付属させたという。「WLX313以降では設置ガイドも用意し、無線LANに詳しくない人にも伝わるように努力している」(秦氏)。

WLX212のアンテナ指向性

気温50℃に対応、高温になっても性能が落ちないよう設計

 なお、WLX212を含めた現行のWLXシリーズは、動作環境として50℃までの気温に対応している。「動作温度にはこだわっている。50℃対応は当社からではないか」(秦氏)。

 空調の効いたサーバールームや、営業中のオフィスであれば、そこまで高温になることはないだろう。しかし、昨今では真夏には外気温でも40℃を越える。さらに、小規模拠点では、例えば天井裏や工場などに置かれることにも想定する必要がある。

 「しかも、高温になって50℃に近づいても性能が落ちないように設計したというのが、隠れたウリだ」と、秦氏は続ける。通常の製品では温度が高くなると性能が落ちるという。そこを耐えられるように、設計の工夫や品質の高い部品などで対応。形状も、機能的にはより小さくできるところを、温度に耐えられる大きさにとどめた。

 「特にコンシューマ製品では、温度でだいぶ性能が落ちてくると思います。こうした信頼性は、コンシューマ機器との大きな違いと考えている」(秦氏)。

ヤマハ株式会社の秦佑輔氏(コミュニケーション事業部 CC開発部 ソフトウェアG 主事)

 一方で、Wi-Fi6には対応していない。これも法人向けの安定性を重視したためだ。「Wi-Fi6はまだ安定していない部分があるほか、Wi-Fi6にすると温度が上がるという問題もある。単純なスループットではなく、安定して多数が接続できるということで、Wi-Fi5(IEEE 802.11ac)がベストと判断した」と秦氏は説明する。

 ちなみにWLX212の今後のアップデートとしては、クライアント証明書対応が予定されている。「エントリーでもセキュリティを高めていきたい。こうした機能は、エントリーモデルで出会わないと一生出会えない」と平野氏は説明した。

今後のクラスター機能対応は?

 ここまで見てきたように、WLX212では管理体系がWLX202から一新された。リプレースしやすさを重視しているとはいえ、WLX202が残る環境ではWLX212は導入しにくい。

 これについて尋ねると、秦氏は「その点はよく言われます。そういうお客さまは、WLX202も併売しているので、そちらをご購入ししてください」と答えた。

 新しいクラスター機能も、いまのところWLX212でしか対応していないため、ほかのモデルが導入されているところでは導入しにくい、といった問題も残っている。今後の新機種での対応に加えて、既存機種でのファームウェアアップデート対応に期待したいところだ。

 なお、近日公開予定の後編では、こうした管理機能の使い勝手など、WLX212の実機レポートをお伝えする。