大河原克行のクローズアップ!エンタープライズ

日本の企業には本気でDXに取り組む勇気を持ってほしい――、米Microsoft・沼本健EVP

 米Microsoftのエグゼクティブ バイスプレジデント(EVP)兼コマーシャルチーフ マーケティングオフィサーである沼本健氏が、単独インタビューに応じた。ビジネス目的で日本に戻ったのは、コロナ禍以降では今回が初めてだ。

 沼本氏は、Microsoft CloudをはじめとするMicrosoft製品全般のグローバルマーケティングの責任者であり、日本人としては米本社で最も高い職位にある。コロナ禍において、米Microsoftはどう変化したのか、日本の企業がいまなすべきことはなにか、そして、先ごろ開催されたテクニカルカンファレンス「Microsoft Ignite」において打ち出された「Do more with less」という新たなメッセージの意味などについて聞いた。

米Microsoft エグゼクティブ バイスプレジデント(EVP)兼コマーシャルチーフ マーケティングオフィサーの沼本健氏

新時代のハイブリッドワークで発生するニーズに対して、さまざまなことを提案してきた

――コロナ禍において、Microsoftの製品の開発や、市場へのアプローチにはどんな変化がありましたか。

 コロナ禍において働き方が大きく変わり、その流れは不可逆的なものであるということは、すべての人たちが感じていることだと思います。日本の企業を例に取ると、コロナ前まではほとんどの企業において、ほぼ100%の社員がオフィスに出社していました。政府が旗振りをしても、テレワークにはなかなか踏み出せない状況だったといえます。しかしコロナ禍でテレワークをやってみると、意外にも効果が大きいことが理解できた。もはや、2019年以前のやり方には戻らないというのが共通した認識だと思います。

 同時に、Microsoft製品に対するエンゲージメントモデルも大きく変化しました。例えば、Microsoft Teamsの利用量はコロナ禍で劇的に増加しました。それにあわせて多くのフィードバックがユーザーから発生し、開発が促進されるという循環が生まれました。

 また働き方が変わるということは、いままでやっていなかったことをやるということでもあります。新たなニーズにあわせて、新たなビジネスオポチュニティが発生し、それに向けた製品の開発も推進されることになります。Microsoft Vivaはその一例です。これまでのように生産性を高めると同時に、社員とのエンゲージメントをどうするか、スキリングはどうするか、チームのモラルをどうするか。新たな時代のハイブリッドワークで発生するニーズに対して、Microsoftはどんな製品やサービスを提供できるのかといったことを提案してきたといえます。

 Microsoftでは、全世界の働く人を対象に調査し、そこから得られる知見をまとめた「Work Trend Index」を定期的に発表しているのですが、それによると、ハイブリッドワークの広がりによって、多くの従業員は、自分は生産性が高くなったと回答しているのですが、同様の比率で、リーダーは従業員の生産性に課題があると回答しています。では、この課題を解決するためにはどうするか。そこで、Microsoft Viva GoalsでOKRモデルを活用してみようといった選択肢を提案することができます。

 2022年10月13日から開催したテクニカルカンファレンスの「Microsoft Ignite」で新たに発表したコネクテッドワークプレースのMicrosoft Placesも、会議の参加者が、インパーソンで参加するのか、オンラインで参加するのかを相互で確認でき、ある人がインパーソンで参加するならば、仕事をキャッチアップしたり、コラボレーションをより深めるために、私もインパーソンで参加しようといったことが決めやすいようにサポートするなど、ハイブリッドワークを最適化するためのつながりやエンゲージメント、生産性の向上が実現できます。

 オフィスでの勤務が少しずつ増加していますが、このときに重要なのは、ポリシーをどうするかではなく、いかに生産性や効率性をあげられる環境を作るかという点です。せっかく出社したのに、相手の予定がわからず、会いたいと思っていた人に会えなかったとしましょう。一度会えないと、次に出社するためのモチベーションがなかなか高まりません。これも、全員が出社していた従来にはなかった新たな課題であり、これらの課題を、ツールを活用して解決することがますます重要になっています。Productivity Paranoiaともいえる状況を解決することが大切です。Microsoft Placesは、施設管理などのデータとも連動しながら、人の出会いや協業する環境を「空間」から「場所」に変えて支援するツールであり、新たな働き方を支援するものになります。

 このように、新たな働き方にあわせて、Microsoft Teamsのような既存製品を進化させる取り組みとともに、Microsoft VivaやMicrosoft Placesのような新たな製品で新たなニーズに対応していくというアプローチを同時に行っています。

――これまでは、テクノロジーの進化をもとに製品やサービスを提供していた姿勢を強く感じましたが、この2年半は、働き方の変化やニーズの変化、求められる使い方にあわせて製品やサービスが生まれていると感じます。

 クラウドビジネスは、かつてのライセンス販売とは異なり、お客さまからのフィードバックのサイクルが短くなり、お客さまと開発チームが直結するような関係も生まれます。それは、お客さまのニーズを知るという点では、従来とはまったく次元が異なるものだといえます。こうしたニーズに対して、既存の製品の進化で対応するもの、新たな製品によって対応するものがあり、対応するスピードも加速しています。

どの開発チームが開発した製品であっても顧客最適な商流を考え、最適なパッケージの仕方を考える

――沼本EVPの仕事のやり方にはどんな変化がありましたか。

 私のチームもそうなのですが、Microsoftの社員の3~4割はコロナ禍の時期に入社した人たちです。Microsoftは、コロナ禍でも事業成長のために採用を続けたわけですが、これらの人たちは対面で働く機会がない、あるいは少ない状況にあります。Microsoftのカルチャーや仕事の仕方を教え、定着させ、戦力化するかという点には、以前よりも意識的に力を注ぎました。隣に座って仕事をしていればわかったようなことも、働く環境が変わったことで、それが理解しにくくなったということもあります。これまでとは状況が違うわけですから、意図してやらないと、伝わるものも伝わらなくなります。

 ただ、仕事というのは課題を見つけて、みんなで力をあわせ、課題を克服することの繰り返しです。状況が変化したことで課題は変わりますが、仕事の本質という点から見れば、これまでと何も変わらないわけですよ(笑)。

――マーケティングの手法には変化がありましたか。

 コマーシャルチーフマーケティングオフィサーという私の仕事をとらえたときに、「上流」と「下流」の2つがあると思っています。上流は製品やサービスを作る開発チームであり、下流は市場ということになります。開発チームに対して、こういう製品にしてくれたらこう売っていくという提案をしますし、市場に対しては、開発チームによって作られたアウトプットを、Go To Market施策として展開していくことになります。

 私が気をつけていることは、どの開発チームが開発した製品、サービスであっても、お客さまに最適な商流を考え、最適なパッケージの仕方を考えることです。従来、Microsoftでは、7つの事業部がありましたが、これを基本的に廃止し、One Microsoftで事業を推進する体制へと移行しています。

 かつての体制であれば、ひとつの事業部が開発した製品は、その事業のなかでパッケージングして販売していました。しかし、いまは、どの開発チームが開発した製品であっても、これを使うお客さまは誰かということを考え、製品同士を組み合わせて、パッケージングしています。

 例えば、Power BIはもともとはSQL Serverのチームが開発したものですが、お客さまの利用環境を考えれば、Microsoft 365にパッケージして、Excelと連携して使ってもらう形で販売した方がいいと判断したわけです。同様に、Power Appsを開発したのはDynamics 365のチームですが、ローコードツールはMicrosoft 365のなかで使ってもらった方がいいと考えて、パッケージしています。製品の定義の仕方、パッケージングの仕方、商流も柔軟に変えているわけです。このように、上流では、いかにお客さま中心で考え、テクノロジーのアウトプットをうまく市場につなげていくかを常に考え、そこに多くの時間を割いています。

 一方、下流では、マーケティングとセールスを、デジタルを使っていかにエンドトゥエンドにつなげるか、というところに力を注いでいます。これまでは、セールス部門が、製品に興味があるお客さまを探していましたが、新たな取り組みでは、デジタルシグナルを集め、製品に興味を持っていただいているお客さまを探し出し、そこにセールス部門が集中できる仕組みを構築することになります。

 例えば、Microsoft Igniteに参加しているお客さまが、どんな属性で、どんなセッションに参加しているかを知り、資料を見たり、ウェビナーに参加してもらったり、製品を試用してもらったりといった提案を、デジタルを通じて行います。これらのデータから生まれるシグナルを集めて、興味を持っていただいたお客さまにセールス部門がアプローチすることになります。

 場合によっては、お客さまに対して、セールス部門にフォローアップしてほしいですか、と問いかけることもできます。これにより、セールス部門のリソースをお客さまとの接点に集中させることが可能になります。これをハンドレーザーと呼んでいますが、実は、技術的には実現できても、社内カルチャーを変えたり、ビジネスプロセスの変化が必要だったりと、かなり苦労を伴うのです(笑)。社内のカルチャー変革を含めて、だいぶ仕上がってきました。Microsoftは、やり方はどんどん変化させています。常に新しいやり方を常に模索するという姿勢はこれからも変わりません。

“Do more with less”で顧客の課題を支援していく

――今回のMicrosoft Igniteは、どんな意味を持ったイベントになりましたか。

 3年ぶりにリアル会場で開催するイベントになり、同時に、オンラインでの開催を含めたハイブリッド開催としたことで、日本をはじめとした全世界をつなぎ、それぞれの地域なおいても連動した形でイベントを開催する形になりました。リアル開催だけだったときには、最大で3~4万人規模の参加でしたが、オンラインを組み合わせることで30万人以上が参加しています。さまざまな産業の人や、さまざまな立場の人、さまざまな目的意識を持った人に、ヒントや気づきを与えることができたイベントになったと思っています。

 Microsoft Igniteでの最大のメッセージが、「Do more with less」です。日本語に直せば、「より少ない資源や時間を使い、より多くのことに取り組めるようにする」となります。Microsoft Igniteでは、Microsoftは、あらゆる人に対して、「Do more with less」を実現することを示しました。これを具体化するのが、Microsoft Igniteで発表した数々の製品群ということになります。

Do more with less

――なぜ、いま「Do more with less」というメッセージを発信したのでしょうか。

 ひとことでいえば、それが、お客さまから一番、Microsoftが聞かれることだからです。世界中のお客さまは、いかに「Do more with less」をするかが課題になっており、Microsoftにそれを助けてほしいと言っています。

 例えばコスト削減という観点では、Microsoft 365を使えば、プロダクティビティも、コラボレーションも、セキュリティもセットになっており、ニッチなツールを集めてSIerにインテグレーションしてもらうよりも、約6割のコスト削減が可能であるという提案ができます。Microsoft Azureにおいても、既存のワークロードを、よりコストを削減した形で最適に運用できるようになります。コスト削減した分を新たな投資に回すことができます。

 ただ、Lessという言葉には、コスト削減という観点の話だけでなく、人手の観点でも求められている要素ですし、スキルセットという観点でも求められています。例えば、セキュリティプロフェッショナルは、世界中で人材不足となっています。こうした専門スキルを持った人が足りないだけでなく、雇用における人材不足はあらゆる産業、職種で発生しています。Microsoftは、テクノロジーカンパニーとして、こうした課題解決のお手伝いができるということを示したのです。

 そして、サステナブルという観点でも、「Do more with less」による貢献ができます。オンプレミスのデータセンターよりも、Microsoftのクラウドデータセンターの方が効率的であり、PUE(電力使用効率)も低く、環境にも対しても、「Do more with less」が実現します。あらゆることを「Less」にしたいというのがMicrosoftのメッセージです。

――Microsoft Igniteでは、驚くほど多くの新製品が発表されましたが、注目しておくべき隠れた製品はありますか(笑)

 ど真ん中という点では、やはりAIということになります。Microsoftの Azure OpenAI ServiceにDALL E 2が招待制で提供開始され、Azure AIの一部のお客さまが、テキストや画像を使ってカスタムイメージを生成できるようになることが発表されるなど、AIに関する発表は、Microsoft Igniteでは最重要テーマとなりました。

 一方、あまり記事で取り上げられていないものの、注目してほしい製品のひとつに、Microsoft Syntexが挙げられます。AI BuilderとPower Automateの機能を利用することで、大量のコンテンツを自動的に読み取り、タグ付けやインデックス付け、必要な場所への表示を可能にするものです。請求書から情報を抽出して、ビジネスプロセスを自動化するといったワークフローを、コードを書かなくても実装することができます。

 Power Appsに近い発想ともいえるのですが、Power Appsはアプリのスクリーンをデザインする用途などに利用するのに対して、Microsoft Syntexは、コンテンツを起点にし、Azure上のAIを活用するのとは別に、SharePoint上にツールを実装し、ワークフローにコンテンツAIを統合できる点が鍵になります。日本では、多くのお客さまがSharePointを利用していますので、よりメリットがあるツールだといえます。個人的には、Power Appsと同じように注目を集める製品になると見ています。

――メタバースには、どんな姿勢で取り組んでいますか。

 メタバースは、インターネットやAIのような位置になる技術です。これは、横ぐしですべての製品に影響するということを意味しています。インターネットという名前の製品はありませんが、OS、アプリケーション、開発ツール、サーバー、PC、クラウドのすべての製品に影響を与えています。AIも同様に、AI技術というコアはあっても、それはありとあらゆる製品に影響を及ぼします。

 メタバースも同様です。Microsoft Igniteでも、Metaとの提携による「Microsoft Teams immersive meeting experiences for Meta Quest」を発表したり、自らのアイデンティティを反映したアバターによって会議などに参加できる「Mesh Avatars for Microsoft Teams」のプレビュー版を発表したり、インダストリアルメタバースの分野では、メルセデスベンツやコカ・コーラなどの事例を紹介したりしました。

 デジタルツインによって、工場や倉庫の様子をシミュレートし、現場のリアルの情報をオーバーレイしてみることができたりといったことも可能です。HoloLensを利用したり、デバイスの処理能力が低い場合にはクラウドの性能を活用して、3Dオブジェクトを表示するといったこともできます。

 メタバースとひとことで言っても切り口はさまざまです。Microsoftは、プラットフォームプロバイダーとして、コンシューマ、コマーシャル、インダストリアルのすべてのメタバース領域に関わっていくことになります。メタバースのすべてに参加するというのがMicrosoftの姿勢です。

メタバースは、横ぐしですべての製品に影響していくという

世界中でDXを推進している企業を見ると、まず本丸の部分から取り掛かっている

――日本では、企業のDXがなかなか進んでいません。デジタル競争力ランキングでも最新の発表では29位となり、順位を下げました。デジタル化という観点で見た場合、日本の企業の問題点はなんでしょうか。

 私は、日本の企業に、本気でDXに取り組む勇気を持ってほしいと思っています。日本でDXの話を聞くと、コア部分での変革は難しいので、コアに隣接したところで、DXを模索しているというケースが多いのです。しかし、世界中でDXを推進している企業を見ると、共通しているのは、まず本丸の部分から取り掛かっているということなのです。コア部分を動かすことでDXが進んでいるのです。

 もちろん、リスクはあります。しかし、トップが責任を取り、基幹システムをMicrosoft Azureに移行し、アジリティを高め、大幅な効率を図るといったことに挑戦しているのです。リーダーが不退転の決意を持って取り組むことを明確にすると、社内にエネルギーが生まれます。またお客さまが本気であれば、Microsoftも本気になってコミットメントします。双方のエネルギーが重なり、それにパートナーのエネルギーが加わることで、成果につながるのです。

 私は、スポーツと同じ考え方を用いるべきだと思っています。私は昔からテニスをやっているのですが、スキルがついてからテニスをするわけではなくて、やっているうちにスキルがつきます。日本では、「スキルがない」とか、「経験がない」ということが言われますが、それは誰もやったことがないことに挑戦するのですから当たり前のことなのです。

 米国の企業では、人にスキルがつくまで様子を見ようということではなく、まずはやると決めて、そのためにはスキルをつけて、新たなことに挑戦していくというやり方です。これが結果として、日本の企業とのスピード感の違いになっています。

 日本マイクロソフトは、2025年までに20万人のデジタル人材を育成するための支援を行ったり、認定資格取得のための仕組みを用意したりしていますし、そのためのコンテンツづくりにも投資をしています。こうしたものも活用しながら、挑戦をしてもらいたいですね。

 日本のすべての企業が足並みをそろえることは難しいですし、突き詰めれば、これは個々の企業の問題で、個々の企業のリーダーシップの問題です。

 私が日本に戻るたびに、できるだけお会いしているお客さまの1社に北國銀行があります。勘定系システムをすべてMicrosoft Azureで稼働させ、運用状況を公開し、透明性を担保しながら、事業を拡大しています。また、Microsoft TeamsやPower Appsなどを活用し、業務の効率化にも取り組んでいます。私は、話を聞くたびに、いつも元気をもらっています。

 さらに、ソニーセミコンダクタソリューションズでは、インテリジェントビジョンセンサーである「IMX500」を、Microsoft Azureと連携させ、エッジAIセンシングプラットフォーム「AITRIOS(アイトリオス)」の提供を開始しています。これも経営トップの決断によって実現したものです。

 トップが決断し、会社が動き出すと、私たちもそれに対して、どうやってサポートしていくかを真剣に考えることができます。本当にアクセラレートしたいと考えるのならば、まずは大事なものほどDXするということが、一番大切だと思います。

 私個人としても、コロナ前のように、年3~4回のペースで、日本に戻りたいと思っています。Microsoftが、日本の企業に対して、どんな支援ができるのかをより深く考えたいと思っています。