大河原克行のクローズアップ!エンタープライズ

正式社長不在で半年を経過した日本マイクロソフトの現在地

 日本マイクロソフトの同社2023年度(2022年7月~2023年6月)が、12月末で折り返し点を迎える。この半年間、マイクロソフトアジアのプレジデントであるアーメッド・ジャミール・マザーリ氏が、日本マイクロソフトの暫定社長として、経営のかじ取りを担う一方、7月からスタートしたインダストリー特化型営業体制の推進や、10月のデジタル庁のガバメントクラウドへの選定、提供開始から1年を経過したWindows 11への取り組みなど、新たなフェーズにおける新たな日々への取り組みが進んでいる。日本マイクロソフトのこの半年の動きを振り返った。

東京・品川の日本マイクロソフトの本社

いまだに発表されていない今年度事業方針

 日本マイクロソフトでは、毎年7月から同社新年度がスタートすると、グローバルの社員総会などを通じて発表される米国本社の事業方針を踏まえ、日本における事業戦略を発表するのが定番となっていた。だが今年度の場合、7月から、アーメッド・ジャミール・マザーリ氏を暫定社長とする新体制をスタート。シンガポールの拠点から月1・2回のペースで来日するなど、日本法人の経営には積極的に関与しているが、現時点でも新社長が決定していないことなどが理由となって、同社経営トップから2023年度の事業方針が対外的に打ち出される場が設けられないまま、半年を経過し、現在に至っている。

 では、日本マイクロソフトは、2023年度にどんな方針で事業を進めているのだろうか。取材を通じて、日本マイクロソフトの現在地を確認してみる。

日本マイクロソフトの暫定社長であるアーメッド・ジャミール・マザーリ氏

「Do more with less」が基本戦略に

 現在、日本マイクロソフトが、対外的に発信している2023年度のメッセージは、「Do more with less(より少ないリソースでより多くのことを実現)」となる。

 これはグローバル共通の新たなメッセージであり、2022年10月に、グローバル同時開催となった年次テクニカルカンファレンス「Microsoft Ignite」を機に、同社が積極的に発信している言葉だ。

マイクロソフトが基本戦略に掲げるDo more with less

 マイクロソフトでは、「地球上のすべての個人とすべての組織が、より多くのことを達成できるようにする」ことをミッションに掲げてきたが、Do more with lessは、このミッションとも連動。2022年11月17日に、わずか半日の滞在時間で来日した米マイクロソフトのサティア・ナデラCEOは、「いまは、『より多くを達成する』という意味を、より明確に定義する必要がある。より少ないもので、より多くのことを成し遂げ、社会や世界を前進させなくてはならない。それが、マイクロソフトが提供するクラウドの原動力になっている」と、日本の顧客やパートナーを前に、この言葉の狙いを示してみせた。

 日本における2023年度の事業戦略も、この言葉に沿って推進するというのが、基本姿勢となる。

11月にわずか半日だけ来日したナデラCEOは精力的に活動。写真は若宮正子さんとの面談で

インダストリー別営業体制を強化

 2022年7月以降の半年間の日本マイクロソフトの取り組みを見ると、いくつかの注力ポイントが明確になる。

 ひとつめは、インダストリー別営業体制を強化している点だ。

 2022年7月からスタートした組織体制では、業種別に体制を細分化し事業責任を明確化するとともに、一部組織の陣容を拡大している。

 具体的には、自動車産業を担当する「モビリティサービス事業本部」を新設したほか、製造分野を担当する「インダストリアル&製造事業本部」、金融分野を担当する「金融サービス事業本部」、小売、流通、建設、通信などの業界を担当する「エンタープライズ事業本部」を独立。官公庁や自治体などの公共市場、教育分野、ヘルスケア分野を担当する「パブリックセクター事業本部」、中堅中小企業を担当する「コーポレートソリューション事業本部」といったように、インダストリーごとの営業体制を敷いている。

 これは、同社が推進している製造や金融、ヘルスケア、小売、NPO法人といったインダストリー特化型クラウドの戦略とも連動。さらに、日本の産業構造とも連動したものになっている。特に、日本の基幹産業であり、グローバルカンパニーが多く存在する自動車産業向けには、日本マイクロソフトが直接、主要顧客のグローバル拠点もカバーする体制を敷き、マイクロソフトの現地法人と連動するという仕組みを数年前から採用している。その成果として、トヨタ自動車や日産自動車などとの協業事例が増え、それらの事例も積極的に公開している。

 日本マイクロソフトの2022年4月時点での社員数は3040人。2021年7月時点では2752人であったことに比較すると、コロナ禍においても、年間で1割以上も人員を増やしており、着実に拡大傾向にあることがわかる。これらの人材をインダストリー特化型組織の強化に充てていることになる。

 またパートナー戦略においても、インダストリーごとの取り組みを強化している点も、2023年度において見逃せない動きだ。

ガバメントクラウドへの初選定でスタートラインに

 対外的にも組織体制の大幅な強化を公表しているのが、パブリックセクター事業本部に含まれるデジタル・ガバメント統括本部である。

 その名の通り、デジタルガバメントに対応した取り組みを行う組織で、公共分野に精通している人材を積極的に採用。陣容は前年比で3割増とし、デジタル庁専任チームを強化している。パートナーを通じたビジネスが基本となっている日本マイクロソフトとしては異例となる、直接契約を行う窓口をデジタル庁専任チームのなかに用意。さらに、米本社の公共部門や技術部門との連携強化や、自治体、独立行政法人を含めた公共分野の顧客に対するきめ細かな対応を行える体制を敷いている。

 こうした取り組みの成果もあり、2022年10月には、デジタル庁が、ガバメントクラウド対象クラウドとして、Microsoft Azureを選定。この分野に向けて、最初の一歩を踏み出したところだ。日本マイクロソフトのビジネスパートナーにとっても、自治体向けに事業を拡大するチャンスが生まれたといえる。

2022年10月に発表したガバメントクラウド対象クラウド一覧(デジタル庁の資料より)

 そのほか、6つの自治体やJICA(独立行政法人国際協力機構)と包括連携協定を結び、それぞれのDXを全面的に支援した。

 また、防衛省および自衛隊向けには、デジタルを活用できる人材の育成を支援。セキュリティやAI、IoT分野の最新技術に関するトレーニングを提供して、ICT技術の活用を支援した実績などもある。ここでは、海上自衛官が1年間に渡り、日本マイクロソフトで研修を行った例もあるという。

 文部科学省でも、中央省庁初のフルクラウド化に向けて、Microsoft AzureとMicrosoft 365 E5を全職員向けに展開。基盤ネットワークシステムの利便性および災害耐性の向上、セキュリティ強化を図っている。

「市民開発」の促進も重要な施策に

 もうひとつ、2023年度の注力ポイントとして挙げられるのが、日本における市民開発の促進である。

 日本マイクロソフトでは、プロフェッショナルスキル開発本部を通じて、パーソルなどとの連携によりデジタル人材の育成を継続的に推進し、2023年までに15万人のクラウド&AIに関する認定資格取得者の創出を目標に掲げるなど、人材育成支援策やリスキリングに向けた提案、各種カリキュラムの開発などを加速している。2030年には最大で79万人が不足すると言われるデジタル人材の確保をサポートしているが、それとともにもうひとつの柱として、Power Platformを活用したローコード/ノーコードによる市民開発の促進を進めている。

Power Platformの製品体系

 具体的には、Power Platformの活用事例を積極的に紹介。オフィスワーカーによる市民開発だけでなく、工場現場での市民開発が進んでいることも強調している。

 例えば、トヨタ自動車ではアクティブな市民開発者は約3000人となり、全社員の3%を占めているほか、花王では中核的な生産拠点である和歌山工場で、生産現場における業務のデジタル化や工事の進捗管理、設備の稼働状況の見える化などを行うアプリをITの専門知識を持たない現場社員が開発。同社SCM部門全体では、Power Platformを活用して263件のアプリケーションを開発するといった成果が生まれている。

トヨタ自動車での市民開発の推進
Power Platformを使い、花王で開発されたアプリケーションの状況

 また国内のパートナー18社が、Power Platformの導入支援サービスや内製化支援サービス、技術トレーニング、ヘルプデスクサービスなどを提供している。日本マイクロソフト自身でも市民開発者の育成支援に乗り出しており、Power AppsやPower Automateなどの利用方法を1日で習得できるトレーニングプログラム「App in a Day」や、Power Platformの基礎を無料で学べる「Power Platform Virtual Training Days」を提供。これまでに2万人以上がトレーニングを完了したという。

 Power Platformは、Dynamics 365などを担当するビジネスアプリケーション事業本部が統括。営業活動については、それぞれの業種別の営業部門が担当。クラウド&ソリューション事業本部がテクノロジー面での支援などを行うことになっている。いわば、全社規模でPower Platformを推進する体制を強化している状況にあるというわけだ。この体制を生かし、Power Platform をきっかけにして、IT部門だけでなく、現場部門との接点を強化するといった取り組みにもつなげているという。

 日本マイクロソフトでは、市民開発者の目標数字などは設定していないが、Power Platformコミュニティを企業のなかに広げ、あらゆる人が市民開発を行える環境を実現するとともに、先行事例などを積極的に紹介していくことに力を注いでいる。

 日本マイクロソフトがかつて、現場でMicrosoft Officeが利用されている環境を生かしてAzureの普及を図ったように、現場でのPower Platformの活用を広げることにより、市民開発の動きのなかでマイクロソフトの存在感を広げていく考えだ。

日本において増加する「戦略的提携」

 ここ数年に渡って、日本マイクロソフトの基本戦略は、日本の企業における「DXの推進」だといえる。それは2023年度も重要な取り組みのひとつである。

 DXの基盤となるMicrosoft Azureを活用した成果は、日本でも相次いでいる。しかも、商談の規模が拡大していたり、テクノロジーに関する商談にとどまらず、顧客企業の中期経営計画と連動するような形での共創が増えたりしている。

 それは、日本の大手企業との戦略的提携が増えていることからもわかる。マイクロソフトの戦略的提携とは、協業に関する長期間に渡るロードマップを策定し、それに向けて協業のステップを着実に広げていくものであり、まさに先進テクノロジーと経営を一体化させた提携を推進していくことを指す。

 三井住友フィナンシャルグループとの戦略的提携では、複数年にわたる協業を通じて、Azureを活用したIT環境のモダナイズや、ミッションクリティカルなワークロードのサポートのほか、従業員のデジタルスキルの向上や、アジア太平洋地域におけるデジタル取引とサプライチェーンファイナンス分野への取り組みを支援することになる。

 そのほかにも、NECやソニー、NTT、クボタなどが、マイクロソフトと戦略的提携を発表している。

最先端技術を組み合わせるDX事例も

 DXの推進において、日本マイクロソフトが力を注いでいるのが、最先端技術を活用した提案だ。

 そのひとつがMR(Mixed Reality)を活用したイノベーションである。川崎重工では、設計、開発から試験までのすべての工程において、デジタルツイン環境を構築。仮想空間上での過去、現在、未来の動作状態を把握し、物理的に離れた拠点でのトラブル原因特定と解決を可能にしているほか、遠隔地にいるエキスパートのアドバイスや支援を、複数の拠点で、同時に、リアルタイムに得られるようにしている。

川崎重工の現場で利用されているMRの事例

 北海道電力では、2022年7月から、火力発電所の巡視点検業務にMRを活用。点検作業の指示や参考資料が、自動的に空間上に表示され、若手従業員1人でも、正確で迅速な巡視点検ができるように支援する。

北海道電力でのMRを利用した巡回点検の事例

 エンターテイメント分野でもMRの活用が促進されており、生け花のパフォーマンスや、博物館や歌舞伎での実証実験のほか、佐賀市に建設中の九州最大級の多目的施設となるSAGAアリーナでは、MRを使って完成後の臨場感を体感できる内覧会を開催した例がある。ANAでは訓練施設である ANA Blue Baseを利用した「見学×体感 ~運航乗務員特別編~」で、コックピットの計器の動きや景色を、MRで体感できるようにした。

SAGAアリーナでは、MRを使って完成後の臨場感を体感できる内覧会

 さらに、ニコンクリエイツは、Microsoft Mixed Reality Capture Studiosの日本初のパートナーとして、次世代自由視点3D映像ボリュメトリックビデオ撮影システムを、2022年10月から提供を開始。12月にはバーチャルプロダクションも稼働し、最新映像技術による撮影が可能になる。これも国内におけるMRの利用促進につながる。

ニコンクリエイツのMicrosoft Mixed Reality Capture Studios

 メタバースの提案も一部で開始している。プレビュー版として提供しているMesh avatars for Teamsでは、「外出先にいるためカメラはオンにはできないが、インタラクティブに参加したい」という場合にアバターを利用して会議に参加できるようになり、製品化時点では、カメラを通じて自分の表情をアバターが表現したり、リアクションできたりするようになる。日本マイクロソフト社内や、グローバル企業が試験的な運用を開始しており、来年以降、ハイブリッドワークの新たな提案につながりそうだ。

プレビュー版が提供されているMesh avatars for Teams

 また、量子コンピューティングへの取り組みも、2023年度の新たなトピックスのひとつだ。ENEOSでは、QunaSysとの提携により、Azure Quantumを用いて計算アルゴリズムを実証。持続可能な水素燃料の実現に取り組みはじめている。また豊田通商では、道路の信号最適化にAzure Quantumを採用。さらに、日本のスタートアップ企業であるJijがAzure Quantum Networkに参加しており、米本社技術部門と日本の企業とのパートナーシップの強化も進んでいる。

 マイクロソフトでは、2022年3月に、Azure Quantumにおいて「トポロジカル量子ビット」と呼ぶ独自の量子ビットを生成することに成功している。今後、こうした最新技術についても活用できる環境が整うことになるだろう。

マイクロソフトのAzure Quantumチームが開発した量子デバイス

 加えて、2年前に発表した宇宙インフラストラクチャのAzure Spaceについても、2023年度からは、日本マイクロソフトに専任担当者を配置。宇宙関連企業との協業成果も近いうちに明らかになりそうだ。

セキュリティを独立した組織に格上げ

 さらに、セキュリティに関する取り組みも加速している。

 アサヒビールは、ゼロトラストの実現に向けてマイクロソフトの統合セキュリティ対策スイートを採用したほか、富士フイルムでは、モバイルデバイス管理(MDM)をグローバルで統一。そこにIntuneを導入し、セキュリティ強化と業務効率向上を両立させている例などがある。

 同時に、サイバーセキュリティに関する顧客向けセミナーの開催にも力を注いできた。米国本社のセキュリティ組織に所属する日本人のチーフセキュリティアドバイザーが、日本の顧客に対して最新情報やグローバルの調査データなどを提供しながら、サイバーセキュリティに対する課題解決を支援しているという。

マイクロソフトが提供する高いセキュリティレベル

 2022年7月には、モダンワーク&セキュリティ本部がモダンワークビジネス本部となり、セキュリティ製品を切り出し、Azure、Microsoft 365(モダンワーク)、ビジネスアプリケーション、Surfaceとともに、独立した製品担当マーケティング部門に位置づけた。このことからも、日本マイクロソフトが、セキュリティをより重要な製品分野に位置づけたことがわかるだろう。

2023年に迎える3つのEOS

 2023年1月からスタートする下期において、マイクロソフトでは、3つの重要なEOSを迎える。これをきっかけにした提案活動も加速することになる。

2023年はEOSが相次ぐ

 ひとつめは、2023年1月10日にサポートが終了するWindows 8.1である。同社の試算によると、コンシューマ領域では約100万台のWindows 8.1搭載PCが稼働しているという。2022年夏からは、Windows 8.1を搭載しているPCにおいて、サポート終了することが画面に表示されるようにしているほか、郊外や地方都市の量販店との連携によって、Windows 8.1搭載PCを所有しているユーザーに対するPCの買い替え提案を進め、同時に、新たなPCに移行した際の初期設定や、データ移行のサポートなどを行っているという。

 2つめは、2023年4月11日にサポートが終了するOffice 2013である。これも新たな環境への移行を提案している。ここでは、PCの買い替えだけでなく、Microsoft 365への移行提案も推進していくことになる。プリインストールされているOfficeの機能をさらにアップさせるという用途としても、Microsoft 365を提案。新たに追加したMicrosoft 365 Familyでは、ひとつのパッケージで6ライセンスまで使用可能できるメリットを訴求し、家族や友人が同時に使えるメリットも提案する。具体的な用途として、小中学校のPTA活動で、ライセンスを持っていないPTA役員に、Familyで余っているライセンスを一定期間利用してもらうといった新たな使い方も示している。

Microsoft 365を中核とした提案を推進

 そして3つめが、Internet Explorer 11(IE11)である。IE11はすでに、2022年6月にサポートが終了しているが、2023年2月14日に予定されているWindowsセキュリティ更新リリースでIE11を完全無効化し、起動できなくする。回避策としては、Microsoft EdgeのIEモードを利用する手があるが、サポート終了期間が2029年に設けられており、IE対応で開発されたWebサービスやWebアプリの移行を呼び掛けている。特に、日本の中堅中小企業では、出勤管理をはじめとして、IEに特化した社内アプリが利用されているケースが、海外に比べて多いことを指摘。IE11の終了をきっかけに、中堅中小企業のDX推進につなげる提案を進める考えだ。日本マイクロソフトの独自の中堅中小企業向けDX提案としても、活用していくことになる。

中堅中小企業ビジネスも加速

 EOSは、日本の企業数の99.7%を占める中堅中小企業のDXを推進するためにも大きなきっかけとなるが、中堅中小企業のDXの推進は、日本マイクロソフトの2023年度においても、重要なテーマのひとつだ。日本マイクロソフトでは、2025年までに中小企業向けビジネスを、10倍に拡大することを打ち出しており、2023年度も中堅中小企業への支援を最大化することを明確にしている。

 具体的には、ハイブリッドワークの推進のほか、ビジネスプロセスのデジタル化、スタートアップ企業と連携したインダストリーDXの推進などに取り組んでいる。

 日本マイクロソフトでは、2021年4月に設置したITよろず相談センターをベースに、2万社以上の中堅中小企業と直接つながり、課題解決への取り組みと、クラウドシフトを支援してきた。パートナー企業と連携したハイブリッドワークの提案、さらに、Power Platformの中堅中小企業での利用促進などに取り組んでいる。また、2026年6月までに、1000社のスタートアップ企業の支援を行う計画に取り組んでおり、これも順調に増加している。

 今後は、Windows 11へのアップグレードの提案、Microsoft 365の利用提案が加速していくことになりそうだ。

ITよろず相談センターは、中堅中小企業の駆け込み寺の役割を果たす

提供開始から1年を経過したWindows 11は?

 2023年度においては、提供開始からすでに1年を経過したWindows 11の普及戦略も鍵となっている。

 コンシューマ分野では、販売されているPCの90%以上がWindows 11搭載となっており、発売1年間の販売実績は、かつてのWindows 10の販売実績と比べて6ポイント増になっていると手応えを示す。

 2021年10月の提供開始以降、日本では年末年始商戦向けにテレビCMを実施し、2022年春にはデジタル広告を通じた訴求により、若年層に対する認知度を向上。量販店店頭などでは、コロナ禍で広がった在宅勤務やオンライン授業などに最適なPCとして訴求してきた成果があがっている。

 個人向け市場を担当するコンシューマ事業本部では、今後の取り組みとして、主要都市に加えて、全国各地の拠点に直接足を運んで市場調査を実施したり、顧客の声に耳を傾けたりといった活動を強化。コロナ禍で減速していた「対話」を拡大し、市場からの要望を拾って、日本で求められる新たなライフスタイルの提案に結びつける考えだ。ここでは、Windows 11を前面に打ち出すよりも、モダンPCと呼ばれるPC製品群やMicrosoft 365などの製品群などを組み合わせたソリューション提案により、ライフスタイルの変化を支援するといった訴求が中心となりそうだ。

 また、法人向けWindows 11の提案活動も、地方都市や中小企業を中心とした取り組みを強化する。ここでも、中小企業のDXの一環としてWindows 11を位置づける。企業のDXを推進したり、新たな働き方を推進する上で、よりセキュアな環境を実現するという意味で、Windows 11の採用を呼び掛けるという提案が前面に出ることになる。

 これまでは、新たなWindowsが登場すると、最新機能を利用するには新たなWindowsに最適なPCに置きかえ、環境をアップグレードしてほしいといった提案が中心であったが、Windows 11では、その手法を変更している点が特筆できる。これは、Windows 11から新たに始まったマーケティング戦略ともいえる。

 Windows 11を担当している製品担当マーケティング部門は、モダンワークビジネス本部となる。同部門では、Microsoft 365を頂点に置き、そのなかに含まれるWindows 11、Office 365、Microsoft Teams、Microsoft Vivaなど、モダンワーク(新たな働き方)に関する製品を統括。Windows 11にフォーカスするのではなく、これらの製品を組み合わせた形で新たな働き方を提案している。組織体制から見ても、DXや働き方改革、新たな生活スタイルといった提案を前面に打ち出すマーケティングのなかにおいて、Windows 11はひとつのツールでしかないと位置づけていることがわかる。

 このように、いまは、2025年10月14日の延長サポート終了による買い替えを訴求するよりも、新たな働き方や新たな暮らし方を提案するなかで、その結果としてWindows 11へのアップグレードを提案するという手法を行っている。見方を変えれば、Windows 11への移行提案を積極的には打ち出すことはしていないが、DXという文脈のなかで、間接的にWindows 11への移行提案を開始しているというわけだ。この姿勢は、2023年度下期はさらに強化していくことになるだろう。

 Windows 11へのアップグレードは、Windows 11搭載PCへと買い替えることや、一定のスペックを持ったPCであれば、OSだけを入れ替えるといったことで対応が可能になる。だが一部試算では、現在稼働しているWindows 10以前のOSを搭載したPCの約半分が、スペックの関係から買い替えが必要だとも言われている。

 買い替えというハードルは高いが、マイクロソフトでは新たな提案として、PCを入れ替えずに最新環境が利用できるクラウドPCのWindows 365を、法人市場に向けて提案することになりそうだ。最近では、日本におけるWindows 365の導入事例を積極的に発信しているのもその姿勢の表れだといっていい。OSのアップグレード、デバイスの買い替えに加え、Windows 365による第3の選択肢としての提案は、これから増えていくことになりそうだ。

 だが、日本市場の場合、Windows 10の延長サポートが終了する時期が近づくに従い、Windows 11に強くフォーカスした訴求を開始する可能性がありそうだ。日本では、古いOSを利用しているユーザーが多いという背景があるからだ。とはいえ、こうした直接的な提案は少なくとも来年度以降になりそうである。

PCメーカー各社から発売されているWindows 11搭載PC

成長分野となるゲーミング分野

 一方、日本マイクロソフトでは新たな取り組みとして、ゲーミング事業の強化を挙げる。2023年度に入っても、日本におけるゲーミングPCの成長は、グローバル市場と比べても高いようだ。

 同社によると、国内PC市場全体は、現時点ではマイナス成長が続いているが、ゲーミングPCの成長率は、最近四半期でも前年同期比プラスで推移。コンシューマ市場全体でも構成比は上昇しており、3年前の7%弱に対して現在では13%強にまで拡大しているという。

 日本マイクロソフトでは、定額料金で数百種類のゲームがプレイできるXbox Game Passを提供しているが、新たに2023年1月20日から「モンスターハンターライズ」を提供。追加料金なしで利用できる。

 2022年9月に開催した東京ゲームショウでは、日本マイクロソフトが3年連続で出展し、数多くのタイトルを展示。それにあわせて、マイクロソフトゲーミングのフィル・スペンサーCEOが来日し、米本社が日本市場を重視していることを示すとともに、今後も継続的な投資を行う姿勢を明らかにした。日本における陣容も拡張しており、ゲームタイトルを持つ国内パブリッシャー各社との連携強化も、2023年後半は、より推進されることになりそうだ。

 同時にMicrosoft Azureによるゲーム開発環境の提案の加速、Xbox Series Sによる市場開拓なども進めていくことになる。

ゲーミング分野は成長分野のひとつ

新社長の登板時期はいつに?

 日本マイクロソフトの2022年度(2021年7月~2022年6月)の業績は、売上高が前年比13%増の8858億円、営業利益は13%増の420億円、経常利益は10%増の383億円、当期純利益は11%増の274億円となり、売上高、利益ともに2桁の増収増益となっている。

 また、米本社が発表した2023年度第1四半期(2022年7~9月)業績では、Office 365などのProductivity and Business Processesの売上高は、前年同期比9%増の164億ドル、AzureなどのIntelligent Cloudは同20%増の203億ドル、WindowsやXboxなどのMore Personal Computingが前年同期比1億円減の133億ドルとなった。そのなかでも、Azureをはじめとするクラウドサービスが前年同期比35%増、企業向けOffice 365は11%増、個人向けMicrosoft 365は13%増となる一方で、Windows OEMは15%減となっている。

 日本での数値は明らかにしていないが、本社の決算内容と同様に、クラウドビジネスなどは順調に拡大しているようだ。

 暫定社長による経営体制のまま半年を経過した日本マイクロソフトだが、そろそろ新社長が決定してもいい時期に入ってきているのではないだろうか。そして、2022年7月の同社2023年度のスタートで、インダストリー体制を強化したように、2023年1月以降は、日本マイクロソフト初となる体制づくりにも注目したいところだ。2023年度を折り返した日本マイクロソフトが、今後、国内IT市場にどんなインパクトをもたらすのかが楽しみだ。