われわれはテクノロジーの大きな変曲点にいる――、米IBM ジョン・ケリーSVPが語る“データ”の重要性

IBMの「エンタープライズAI」

――IBMでは、「エンタープライズAI」という言葉を使い始めました。これは、コンシューマ領域で利用されているAI、あるいは他社がエンタープライズ領域で活用しているAIとはどこが違うのでしょうか。

　コンシューマ領域で活躍している企業の多くが、単純なAIを活用しています。また、狭い意味でのAIを活用しています。例えば、音声認識によるボットの活用や、画像認識によって個人を特定したり、これまでの嗜好をもとに、音楽のリクエストに応えたり、いったものが挙げられます。

　コンシューマAIは、どの楽曲をかければいいのか、どのピザを注文すればいいのか、ということさえ判断できればいいわけです。

　しかし、エンタープライズAIはもっと複雑なものであり、より多くのデータを対象にしています。そして、ビジネスプロセスの変革や、エンタープライズビジネスにおける重要な判断を支援するものになっています。

　例えばエンタープライズAIは、医療や銀行業務、石油の取引などにおいて、どんな規制やルールがあるのかということも深く理解し、それをもとに判断する必要があります。

　データを使ったトレーニングも、コンシューマAIとはまったく違った次元のものが求められてくるわけです。

――エンタープライズAIを構成する要素とは、どんなものになりますか。

　ひとつは、エンタープライズや、固有のユースケースを対象にしたデータを扱っているという点です。このデータは、企業にとって非常に重要なデータです。しかも、インターネット上にあるデータではなく、設計や知財にかかわるデータなど、保護されなくてはならないデータともいえます。企業が個別に持っているデータであり、公の知識をベースにしたデータとは異なり、顧客に特化したデータとなります。

　2つ目には、エンタープライズAIでは、多くのAIを使ってひとつの解答を導き出すということです。コンシューマAIは、単純な音声認識や画像認識など、ひとつか、2つの形式のAIがあればいいのですが、エンタープライズAIは、そうはいきません。医療分野では、自然言語を使ったり、専門知識をベースにしながらカルテを理解したり、ラボの数値データやがんに関するデータを理解したり、といった、その分野で重要な、特化したデータについて習熟したAIでなくてはいけません。

　そして、3つ目には、セキュリティやプライバシーにも配慮しているということです。これはもっとも重要なものだといえます。

　実は、コンシューマAIのプライバシーはそれほど気になるものでないという場合が多いといえます。私がどんな種類のピザが好きなのか、どんな曲が好きなのかということを他人に知られても、それほど心配ではないからです。

　しかし、医療情報や銀行の残高、家族の情報などについては、セキュリティやプライバシーという点で非常に重要になってきます。その点でもエンタープライズAIとコンシューマAIとには大きな差があるといえます。

――エンタープライズ領域にAIを活用している競合他社も、「エンタープライズAI」という表現を用いることはできますか。

　他社がそうした表現を使うことは可能でしょう。しかし、エンタープライズAIを実行したり、実現したりすることは可能ではないと考えています。

　第一に、エンタープライズユーザーは、その重要なデータをIBMに預けることについて信頼をしてくれています。IBMの長年の信頼があるからこそ、そのデータを預けてくれるわけです。それらのデータは、世界中の広い範囲にわたっており、IBMは、所有者であるユーザーの許可のもとで利用できる環境が整っています。

　2番目には、AIの技術力から見て、われわれに近づいている競合他社がないという点です。そこには3～5年ぐらいの差があるといえますし、これが他社にとって大きなギャップになっていることは間違いありません。

　そして3つ目には、IBMが顧客のドメインをしっかり理解しているという点です。銀行業務に関しては、IBMは100年という経験を持っており、医療業務でも100年近い経験を持っています。エンタープライズユーザーが求める機能や役割を知っており、AIを、そのプロセスのどこに使うべきか、といったことも把握しています。

　データ量、先行性、誰よりも深い知識を持ち、それを業界のなかで応用できる能力を持っているのがIBMの特徴です。この3つの要素のうち、ひとつか2つを持っている企業があるかもしれません。しかし、3つをそろえている企業はありません。

　これらの要素は、エンタープライズAIのなかで重要な要素であり、どれひとつが欠けても、エンタープライズAIを実現することはできません。