大河原克行のクローズアップ!エンタープライズ

ソラコム創業秘話を玉川社長が語る~福島県喜多方市で會津熱中塾を開催

IT産業関係者が講師で参加する會津熱中塾とは?

なぜ玉川氏はソラコムを起業したのか?

 「起業家精神について」をテーマに講義を行ったソラコムの玉川社長は、ソラコムを創業した経緯などに触れながら、玉川社長が考える起業家精神について説明した。

ソラコムの玉川憲社長

 ソラコムは、AWSでエバンジェリストおよび技術本部長を務めた玉川憲氏が2015年に創業した企業で、AWSをベースとしたIoTサービス向けのデータ通信SIMを、MVNOとして提供している。

 「日本IBMでエバンジェリストをしていたときに、クラウドサービスの存在を知り、背筋がゾクゾクとした」と、クラウドに出会った当時の様子を振り返り、「1990年代のビール工場はビールを作るために、自分で電気を発電することから始めていた。しかし、中央発電所が完成し、それから各企業は電気を引くようになった。これと同じことが起こっているのがクラウド。2006年ごろは、なにか新たなことをやりたいと思っても、まずはサーバーを導入するための費用を集める必要があった。だがクラウドが登場したことで、1時間10円で、いつでもサーバーが使えるようになった。やる気があって、アイデアと技術があれば、ビジネスを成功させることができるようになった。私自身も、パッションを持つ人の成功を支援することができる仕事はクールだと考え、(AWS日本法人の)アマゾン・データ・サービスに移籍した。当時、AWSには2人しかおらず、私はエバンジェリストとして、日本全国を渡り歩く旅に出ることになった。2011年には160回以上も全国で講演をした」などとし、AWSでのエバンジェリスト当時の話に触れた。

 宮城県では、地主さんが会場を提供してくれると聞き、そこまでAWSは名前が売れたのかと思ったら、名字が地主さんというAWSユーザーだったことや、南下するに従って参加人数が減少し、自信が無くなってきたときにたどり着いた場所に、日本で布教活動をしていたフランシスコ・ザビエルの銅像があり、AWSのエバンジェリストの活動と照らし合わせながら、「ここでザビエルの像に偶然巡り合ったことは、自分のやっていることは間違っていないという自信につながった」というユニークなエピソードも披露した。

 だが、ある日、アマゾンの本社があるシアトルに出張した際に、のちにソラコムのCTOとなる安川健太氏と飲みながら、ソラコムのビジネスにつながるアイデアを創出。部屋に帰ってから、アマゾンのカルチャーである「モノを作る前に、プレスリリースを書く」という文化を実践。クラウドの上で通信サービスを提供するというアイデアをまとめたという。

 「なにもない時点でリリースを書くというのは、可能性や方向性などを検証するには最適な作業であるためと教えられた。朝起きてみて、もう一度、その内容を読み直してみたら、これはいけるのではないかと感じた」(玉川社長)。

 ソラコムが目指したのは、AWSのサービスを活用し、IoTをやりたい人に通信環境を低価格で提供して、簡単に始められるよう支援するというサービスだ。

 約半年間、実証実験を行い、技術的なめどは立ったものの、ここで立ちはだかったのが技術的問題ではなく、AWSを辞めるか、ベンチャーを立ち上げるかのどちらかを選択しなくてはならないという決断だった。

ソラコム起業を決断したときの玉川社長のつぶやき

 「新たなことをやれる楽しみや、AWSを立ち上げてきた自信がある一方で、たくさんのものから離れる恐れも感じた。最初に日本IBMに入社したときの夢が、日本IBMのCTOになりたいということだった。AWSでは、その夢としていたポジションに就くことができた。これを諦めなくてはならないこと、また、安定した給与もあきらめなくてはならない。そのときに読んだ本が、ピーター・ティール氏の『ZERO to ONE』であった。ここでは、『多くの人が真ではないと思っていても、君が真だと考えていることはあるか』と書いてあった。また、『テクノロジーは、人間の根源的な能力を押し上げ、より少ない資源で、より多くの成果を可能にしてくれる』としていた。クラウド上で通信システムを実現したら大きなことができると思うのと同時に、ゼロからイチを作ることが格好いいと思った」とする。

 AWSのなかで、描いたアイデアを実現するには、時間がかかると判断したことも、独立を後押しした。

 そして、「AWSを活用した多くの人にチャレンジしてもらったのに、なぜ、自分がチャレンジしないのかという疑問もあった」と笑う。

ピーター・ティール氏著の「ZERO to ONE」の影響を受けたという