事例紹介
9900万人の会員データからスピーディな価値創造を実現する――、Streamlitを導入したNTTドコモが挑む全社規模でのデータ活用
2024年3月15日 06:00
Snowflakeは2月22日、同社が2023年3月に買収したStreamlitが開発するオープンソースのPythonライブラリ「Streamlit」をNTTドコモが導入、すでに全社規模での運用が開始していることを発表した。
Pythonでスクリプトを書くだけで簡単にアプリケーションを作成できるStreamlitは、開発者とビジネスユーザーのどちらのニーズにも迅速に応えることができるとツールして、現在は「Fortune 50企業のうち80%がStreamlitを使用」(Snowflake)するほど広く普及している。
その中にあって今回発表されたNTTドコモの導入事例は、約9900万という膨大な数の会員のデータを擁する同社のデータ基盤からStreamlitを使って業務特化型アプリケーションを開発し、わずか数日で運用開始に至っているという点でも非常に興味深いケースだ。NTTドコモは現在、経営層から現場の担当者までを含む全社規模でのデータ活用推進を掲げているが、そのゴールの実現に向けてStreamlitはどんな役割を果たしているのだろか。
以下、NTTドコモ データプラットフォーム部 部長 鈴木敬氏が発表したStreamlit導入事例の内容を紹介する。
「その場で誰でも簡単に使えるデータ活用ツール」の存在が求められていた
ドコモの会員データ基盤には約9900万会員のIDに、個々の会員のリアル/ネット行動の履歴や顧客属性など多種多様な情報がひもづいて格納されている。
これは「ひとりひとりの顧客を解像度高く、多面的/多角的に理解し、顧客の体験価値を高めつつ事業価値も高めていく」(鈴木氏)ことを目的としているためで、同社ではデータ活用のありたい姿として「IDにひもづく会員データをあらゆる役割/業務で使いこなし、価値創出につなげている」を掲げ、文字通り全社/全グループをあげて会員データ基盤を進めている。
具体的には、
・データ基盤の整備 … すべてのデータが一IDにひもづいたかたちで一元管理され、サイロ化などもなく、ストレスなく業務で活用できる状態を保つ
・ナレッジ/プロセスの整備 … いろいろな現場でのデータ活用事例をノウハウ化し、ベストプラクティスとしてプロセスを型として構成して全社に展開する
・人材育成 … 事業でデータ活用を実践できる人材を体系的に育成する「docomo DATA X Camp(データクロスキャンプ)」をローンチ、すでに2400名ほどの修了生を輩出し、今後も継続
といった3つの柱を軸に、9900万会員という膨大なデータ基盤からの価値創出を図っている。
だがやはり、この理想の実現に向けてはまだ多くの課題が残っている。鈴木氏は「データ活用における理想と現実のギャップ」として以下の2つのポイントを挙げている。
・ビジネスのスピード … 理想は「事業課題やニーズを抱えるビジネスオーナーが待ち時間なしで直接データを扱う」だが、現実は「データを抽出するためにIT部門に依頼しなければならず、しかも抽出に時間がかかる」
・アクションにつながる分析 … 理想は「会員IDにひもづいた高解像度なデータを使ってAIや機械学習を駆使した高度な顧客分析を行い、事業の施策につなげていく」だが、現実は「事業部門の従業員がデータのパイプライン構築やAI/機械学習プログラミングを自分で行うことは難しい」
・スケール …理想は「あらゆる業務/現場のニーズに応じられる柔軟なデータ活用環境」だが、現実は「データを活用するためのツールの使い方が難しくて、ちょっとした変更すらビジネス部門のユーザーは自分で行うことができず、データ分析までのハードルが高い」
鈴木氏は「事業に生かすためにデータを活用しようとしても、データ抽出に2週間かかる場合もあったり、事業部門のユーザーがプログラミングが不得手だったりツールを使いこなせないことも多く、スピーディなデータ分析という環境にはほど通い。この理想と現実のギャップをなくしていきたい」と語る。特にビジネスサイドが欲しいデータを自分ですぐに用意できないことのフラストレーションは大きく、「その場で誰でも簡単に使えるデータ活用ツール」の存在が求められていた。
事業部門とIT部門の双方に大きなメリットを提供
ビッグデータ基盤の効率的な活用に試行錯誤するドコモが出会ったのが、Streamlitだった。鈴木氏はStreamlitが事業部門とデータ部門(IT部門)の双方に大きなメリットがあったことが採用の決め手だったと話す。
「データ部門の開発者にとっては、慣れ親しんだPythonだけでWebアプリやフロントエンドのGUIを作ることができ、さらに作成したプログラムはほかのビジネス部門で再利用してもらうことも可能。また事業部門のユーザーも(データ部門が作成したStreamlitアプリを通して)ノーコードで柔軟に分析を行うことができ、データを用意してもらうまでの待ち時間も不要になる。これまでよりもずっとスピーディに分析が行えるようになり、開発/ビジネス部門の双方に好評」(鈴木氏)。
ドコモでは2023年3月から、社内で頻繁に行うデータ分析のいくつかを個々のユースケースに特化したアプリとしてStreamlitで作成し、それらをメニュー化して「Pochi」と呼ばれるプラットフォーム上から事業門のユーザーに提供している。
メニューには「機械学習による多角的な会員分析/可視化」「その場で横断的な会員プロファイル分析」「d払い加盟店の決済状況を集約/可視化」といった、機能が少なめのアプリが用意されており、事業部門のユーザーはそれらのアプリを使ってターゲットユーザーや時間/場所、加盟店などを「ポチポチと選択するだけ」(鈴木氏)でマニュアルなども使うことなく、すぐに結果を確認することが可能だ。
例えば特定の施設(スタジアムやイベント会場)の来訪者のプロファイルを分析したい場合は、「その場で横断的な会員プロファイル分析」を行うアプリを選択し、続けてアプリ上で施設や時間帯、ターゲットユーザーなどを選択すると、訪問者の属性や行動の分析結果をリアルタイムに得ることができる。また、最近では「Streamlitアプリを通して得られた分析結果を生成AIでサマライズする機能」(鈴木氏)の追加にも取り組んでいるという。
「顧客の声を分析するアプリ、d払いがどこで使われているかを地図上で可視化するアプリなど、さまざまなアプリが簡単に作成でき、事業部門でもひろく使われるようになった。Streamlitでここまでできるのかと正直驚いている」(鈴木氏)。
全社規模での自主的なアプリ開発と活用促進に取り組む
ドコモでは現在、会員データ分析のゴールとして掲げている「ひとりひとりの顧客を解像度高く、多面的/多角的に理解し、顧客の体験価値を高めつつ事業価値も高めていく」の実現に向け、全社規模での自主的なアプリ開発と活用を促すことに取り組んでおり、Streamlitに関しても「一部の組織のツールではなく、ドコモ全体にスケールさせたい」(鈴木氏)として、Streamlitの開発者育成プログラムと社内コンテストという2つの施策を展開中だ。
開発者育成においては「どんなに便利なツールでも、ルールやポリシーを設定することなく拡大するとプラットフォームとして使いにくくなる」(鈴木氏)というコンセプトのもと、アプリ開発のガイドラインとして「プロセスの確立とドキュメント化」を進めており、UI/UXの一定品質を担保するようにしている。
また、開発ガイドラインにもとづいた研修も実施しており、これまでに180名ほどの開発者が参加、鈴木氏によれば「8営業日くらいの受講期間で開発からユーザーへの提供し、その後はさらにユーザーから週次でフィードバックを受けて改善するまでを実業務に適用できている。これまでデータ分析に要していた工数を54%削減できた」と大幅な成果を挙げていることがうかがえる。
また、社内におけるStreamlitデータアプリ開発/活用をより広げていく観点からSnowflakeと協力してドコモ社内コンテスト「SNOW CAPM in docomo」を2023年11月から実施、優秀なアイデアはStreamlitでアプリ化し、実際に業務で使用して効果測定までを行い、最優秀アイデアを2月22日に選出している。
鈴木氏によれば「11月の募集で約70件のアイデアが集まり、そのうちアプリ化されたものは24件、さらに業務での効果測定の結果、最終選考までに残ったものは7件となる。開発した24アプリを1カ月間業務に適用したところ、3800時間もの削減効果を実現することができた」という。Streamlitアプリ開発をさらに全社に拡大していけば月間4万時間もの削減効果が期待できるとして、同社は今後、さらにアプリ開発を支援していく構えだ。
「将来的にはドコモグループ全体、さらにパートナーまで会員データアプリの開発/活用を進め、データアプリのマーケットプレースを実現したいと考えている。さまざまなビジネスオーナーがデータアプリを活用し、それが新しい価値創出となって、社会に貢献するソリューションを生み出す流れを作っていきたい」(鈴木氏)。
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「Streamlitが出せるバリューを3つ挙げるなら“Fast, Fast and Fast” - これに尽きる」――、2023年12月に来日したStreamlit創業者で現在はSnowflakeに所属するアマンダ・ケリー(Amanda Kelly)氏は、報道関係者向けの説明会でStreamlitのアドバンテージをこう表現した。
ドコモの事例からもわかるように、Streamlitは開発者にとってもビジネスユーザーにとっても「欲しい機能を簡単に、速く手に入れることができる」ところが高く評価されている。特に特定の機能にフォーカスしたパーパスビルトなアプリを作ることに長けており、今回、ドコモが大きな成果を出すことができたのも、Streamlitの良さを十分に引き出した使い方(単機能アプリのメニュー化)である点が注目される。
ケリー氏はこれについて「世界もデータも1カ所にとどまっていることはない。ビジネスのニーズも同じで常に変化しており、アプリはそうした変化についていく必要がある。ユーザーが求める分析をすぐに提供できないアプリ、構築するのに時間がかかるアプリはユーザーが得られるものが少なく、それはビジネスのためにならない」と語っており、ビジネスのニーズにしたがって具体的なインサイトを導き出せるアプリを迅速に作成する重要性を強調している。
また「ビジネスで使われ続けるアプリ」であるためには、事業部門のフィードバックを受けて改善を続けるイテレーションが重要であり、Streamlitはエディタと同一画面で変更/プレビュー/実行ができるなどイテレーションがしやすいところも特徴のひとつとなっている。ドコモの事例でもこの点が高く評価されており、特に今後、開発部門と事業部門が一緒にアプリ開発に関わっていくのであれば、イテレーションの高速性は開発ツールにおいて重要なケイパビリティとなりそうだ。
ケリー氏の12月の来日時にはドコモのデモデイ(社内開発されたStreamlitアプリのデモンストレーション)にも登壇するなど、今後もStreamlit/Snowflakeでドコモのデータ活用を支援していく姿勢を表明している。Streamlitにとっても大きなマイルストーンとなった今回の事例だが、今後はドコモグループ/エコシステムでのさらなる活用促進を期待したい。