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独自LLM、デジタルバディ、デジタルヒューマン――、リコーが進めるAIへの取り組み

 株式会社リコーが、AIの開発および活用提案を加速している。

 同社では、700億パラメータの大規模言語モデル(LLM)の開発を進める一方、2024年10月には、経済産業省の国内生成AI開発力強化プロジェクト「GENIAC」に採択され、業務DXを促進するマルチモーダルLLMの開発を推進。2024年12月には、生成AIアプリ開発プラットフォームである「Dify(ディファイ)」の開発元、米LangGeniusと販売および構築パートナー契約の締結を発表した。

 さらに、AIエージェントを活用したソリューション提案を開始しており、その一環として、2024年11月には教育分野への活用を発表してみせた。さらに、リコー自らのAI活用も積極化し、この経験を顧客提案に生かしている点も見逃せない。

 リコーのAIへの取り組みを追った。

リコーのAIへの取り組み

 リコーがAIの開発に取り組んだのは1990年代からであり、長年の歴史を持つ。

 2015年からは、画像認識技術を生かした深層学習AIの開発をスタート。外観検査や振動モニタリングなどに適用してきた経緯がある。

 2020年からは自然言語処理技術を活用して、オフィス内の文書やコールセンターに蓄積したデータなどを分析し、業務効率化や顧客対応に生かす「仕事のAI」の提供を開始している。

 また2022年からは、大規模言語モデル(LLM)の研究開発に着目し、2023年3月には、MetaのLlamaをベースにしたリコー独自のLLMを発表。さらに、オンプレミスでの導入も可能にした700億パラメータのLLMを開発し、日英中の3言語に対応させた。2024年9月には、Llama-3-Swallow-70Bをベースに、同社のInstructモデルからベクトル抽出したChat Vectorと、リコーのChat Vectorを、リコー独自のノウハウでマージしたLLMを新たに開発。GPT-4と同等レベルの高性能を実現し、企業のデータを学習したプライベートLLMとして提供することになるという。

 現在では、画像認識、自然言語処理に、音声認識を加えた音声対話機能搭載のマルチモーダルAIエージェントの提供も開始している。同社では、AIを活用した画像認識やOCR技術を持つ独スタートアップ「natif.ai」を買収するなど、マルチモーダルAIに向けた技術力強化も進めているところだ。

 リコー リコーデジタルサービスビジネスユニット AIインテグレーションセンター所長兼デジタル戦略部 デジタル技術開発センター所長の梅津良昭氏は、「リコーが提案するAIは、企業の個別に持つ業務マニュアルなどで企業固有の用語やルールを追加学習し、これをファインチューニングすることで、企業に最適化したプライベートLLMを開発し、業務で活用できるようにしている。ベースとなるLLMは問わないが、リコー独自のLLMを活用すると追加学習やファインチューニングがやりやすくなる」と説明。

 「リコーは、業務で活用するためのAIソリューションを用意しており、2024年7月から、業務文書を活用するためのリコー製RAGであるRICOHデジタルバディの提供を開始。さまざまな業務に適応するためのAIエージェント、デジタルヒューマンなども用意している。また、ノーコードツールを活用することで、多様なAIアプリケーションを簡単に作成できるようにしている。さらに、マルチAIエージェント活用フレームワークであるReactにより、複数のAIエージェントを活用した高度な業務適用が可能になる」などと述べた。

リコー リコーデジタルサービスビジネスユニット AIインテグレーションセンター所長兼デジタル戦略部 デジタル技術開発センター所長の梅津良昭氏

 RICOH デジタルバディは、2024年6月から提供を開始したもので、RAGを活用し、AIと社内情報を連携することでナレッジを活用。AIの回答精度を向上させ、業務でのAIの活用の定着や業務効率化を実現する。現在、構築中のインテリジェントキャプチャ技術を活用することで、図表を含めたドキュメントを、高い精度でテキスト化することが可能で、「欧米のレポートに比べて図表が多い日本の複雑なビジネス文書を読解することで、RAGの検索性低下の要因を排除できる」としている。

RICOH デジタルバディ

 インテリジェントキャプチャ技術に関しては、経済産業省が推進するプロジェクト「GENIAC(Generative AI Accelerator Challenge)」に採択されたことで、開発を加速する環境が整った。

 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が、2024年8月に公募した「ポスト5G情報通信システムの開発(委託、助成)/計算可能領域拡大のための計算基盤技術開発(委託、助成)/競争力ある生成AI基盤モデルの開発(助成)」に採択され、生成AIのコア技術である基盤モデルの開発に対する計算資源の提供や、データやAIの利活用に向けた実証調査の支援などが行われることになる。

 リコーでは、インテリジェントキャプチャ技術を活用することで、テキスト、画像、音声、動画など、複数の種類のデータを一度に処理できるマルチモーダルLLMを実現。請求書や領収書などのトランザクションデータ、事業戦略や計画などの経営資料、サービスマニュアルや社内で定める技術標準、品質管理基準などの技術文書といったさまざまな形式の文書を、図や表組み、画像を含めて認識できるようにすることで、日本企業が活用しやすいLLMが開発できるとしている。

 例えば、文書に含まれている図の矢印が一方向ではなく、上下左右に示されている複雑なフローチャートの場合でも、それを正しく理解したり、製品の価格設定がサービスとの組み合わせによって複雑になり、それが一覧表として表示されている場合も、価格を正確に抽出したりできるようになるという。この技術の実現には、リコーが長年に渡って蓄積してきたドキュメントに関するノウハウを活用できる強みが発揮されているとしている。

 リコーの梅津氏は、「リコーは、企業の知の結晶であるさまざまな企業内ドキュメント群を読み取るマルチモーダルLLMの本格的な開発を開始することになる。RAG導入の課題になるドキュメントのエンベディング(テキスト化)を強化することになる。2025年以降には市場に提供したい」と述べた。

 また、ノーコードツールについては、2024年12月に発表した米LangGeniusとの販売および構築パートナー契約の締結によって、さらに利用提案を促進できることを強調した。

 さらに、米LangGeniusが開発したノーコードツールのDifyエンタープライズプランの販売を開始。AIエージェントをクローズドで、セキュアなオンプレミスの環境下においても利用できるように、Difyと、リコー製の700億パラメータのLLM、ハードウェア、構築保守サポートを組み合わせて、ワンストップソリューションとして提供するほか、クラウド環境での活用も促進するという。また、Difyのライセンス導入に合わせた教育サービスや技術支援サービスも提供する。

 リコーでは2024年秋からDifyの社内実践を開始し、マーケットインテリジェンス支援AIエージェントを開発。市場動向や競合情報などを抽出することができようにしている。「ワープロのような画面で利用でき、現場の担当者自らがAIを開発する『AIの民主化』を実現できる。リコー社内においても、営業現場などにおける市民開発が進んでいる」と紹介した。

 リコーでは、すべて部署において、2割の業務の効率化を目指す「GGプロジェクト」を推進しており、その実現に向けて、AIは重要なツールに位置づけている。ここでも、ノーコードツールのDifyを活用し、AIの民主化を進めながら、現場主導でのAIアプリを開発しているという。

Difyを活用した「AIの民主化」の推進
リコージャパンが提供するDify関連メニュー

デジタルヒューマン「アルフレッド」を開発

 リコーの特徴的な取り組みのひとつが、デジタルヒューマンである。

 リコーのLLMと音声認識、感情認識、音声発話技術を組み合わせて開発した「アルフレッド」という名前のデジタルヒューマンが、対話を通じて、必要な情報を提供し、営業活動を支援してくれる。サイネージやタブレットに組み込むことで、顧客への製品提案や営業活動の支援などに活用できるという。

 デジタルヒューマンの活用は、観光ガイドや接客、質問応答などでの用途が多く、1対1での対話を前提としたサービスが目立つが、アルフレッドの場合は、営業活動の支援に特化し、複数の顧客に対応できる用途を想定している。まずは、顧客が持つ課題を聞き、それに対して、最適な製品やサービスの説明を行うところから開発をスタート。現在では、顧客の話をより深く理解し、質疑への対応、商談の議事録作成、提案書の作成といったように、幅広い商談プロセスに対応できるように進化している。

アルフレッドが商談に参加している様子

 また、マイクから離れたFar-Field(遠方界)と、話し言葉による音声認識技術を採用しており、この実現に向けて、社内の会議音声などを大量に学習させたほか、独自の音響処理技術を開発することで、他社技術を上回る認識精度にまで高めることができているという。

 リコーが、2024年2月に開設した東京・品川のRICOH BUSINESS INNOVATION LOUNGE TOKYO(RICOH BIL TOKYO)では、高さ2.5メール、幅4.5メートルの大型LEDモニターを設置しており、これを利用して、アルフレッドがメタバース空間を案内したり、アルフレッドを交えた商談を行ったりする様子をデモンストレーションできるようにしている。対話を理解し、顧客に最適なソリューション提案を行うほか、アルフレッドが商談の議事論をまとめるといった支援も体験できる。2025年にはアルフレッドの外販を開始する予定だ。

 なお、RICOH BIL TOKYOは、企業の経営層などを対象にした「共創」のきっかけづくりを目指した空間であり、これまでに約280社が来場しているという。

 デジタルヒューマンでは、高齢者の話し相手になる介護支援AIエージェントも開発しており、認知症の予防やリハビリに適した心理療法である回想法を用いた対応が可能にするほか、Kintoneとの連携により、介護日誌アプリにユーザー情報や対話履歴を出力することができるようにしている。

 また、リコーでは、岐阜県飛騨圏域で行われている中高生向け探究スクール「Edo New School」において活用されている対話型AIサービス「ぐりん」に、AIエージェント技術を提供。OpenAIの最新AIモデルGPT-4oをベースにしたリコーのRAG技術を組み合わせることで、生徒からの地域に関する質問に対して、高い精度で回答することができるという。

 「ぐりん」は、Edoとイトーキが開発したサービスで、AIエージェントの活用により、生徒の探究学習を支援。生徒の興味を醸成し、自発的な学びの実現に寄与するという。

岐阜県飛騨圏域で生徒の探究学習をAIとの対話で支援する

リコーにおけるAIの社内活用

 一方、リコーでは、社内におけるAIの活用も促進している。

 リコージャパンでは、2023年2月から、自然発生的に社内での生成AIアプリの利用がはじまったことを受けて、同年6月には、社内で安心して利用できる環境の構築に向け、ChatGPTを正式導入するととともに、利用のためのガイドラインなどを整備。2024年4月には業務に特化した活用として、複合機の保守業務にAIチャットボットと、プライベートLLMの活用を開始し、同年4月には経理業務への問い合わせを生成AIで対応。全社員がAIの利用を開始している。

リコージャパンは率先してAI活用を試行錯誤中という

 保守業務でのAI利用では、サービスマンの自己解決率が21%向上し、サポート部門への入電件数は74%削減。経理業務でのAI活用では、開始4カ月で2114時間の削減、年間では約6300時間の業務効率化が見込まれているという。

保守業務で検索型AI botとプライベートLLMの検証を開始
経理業務の問い合わせを生成AI(RAG)を活用

 さらに、2024年8月から、営業現場で活用する社内SFAおよびCRMシステムに、自社開発のAIレコメンド機能を搭載し、顧客に向けた高付加価値提案と、営業活動の生産性向上に向けた取り組みも開始している。

 ここでは、顧客セグメントごとに、販売実績や購買履歴、営業担当が日々作成している日報や市場トレンドの情報などをもとにして、ターゲット顧客へのおすすめ商品やサービスを提案。これまでの営業活動を通じてCRMに蓄積された顧客情報や、SFAで管理する幅広い業種における情報、顧客層との取引履歴などを活用してAIで分析および学習し、蓄積データを最大限活用した営業活動を可能にしているという。AIがレコメンド理由を提示するため、営業担当者は納得感を持ち、不安感を払しょくして営業活動が行えるようにしている。

営業での活用状況
AI活用の不安感を払しょくする取り組み

 さらに、営業提案支援エージェントでは、商談の際に困ったことや、発生した課題、新たなテーマを、上司や先輩に相談するのと同じような使い方ができるようにしており、営業活動のヒントや、課題解決に最適な商材を教えてくれる。

 また、リコージャパンでは、営業ロールプレイングにAIエージェントを活用し、新人営業マンに対して、上司役のAIエージェントが指導することにも取り組んでいる。商談の現場を再現し、圧迫気味に話をする顧客なども再現できる。今後、ブラッシュアップを行い、本格的な導入を検討していくことになる。

 マルチAIエージェントの社内実践にも取り組んでいる。社内では、製品情報検索AIエージェント、顧客情報検索AIエージェント、メール検索AIエージェント、スケジュール検索AIエージェント、メール作成AIエージェントなどを活用。これらを統合する司令塔AIエージェントを導入することを紹介した。司令塔AIエージェントに質問をするだけで、それに関連する情報を、それぞれのAIエージェントから引き出して、取るべきアクションについても指示し、それにのっとってAIエージェントに作業を依頼することも可能になる。ここでは、マルチAIエージェント活用フレームワークであるReactを使用しているという。

 リコーの梅津氏は、「リコーは、AIエージェントに力を注いでいる。AIエージェントは、RPAが行っていた領域もカバーしつつあり、その動きはますます加速するだろう。また、AIエージェントの出来、不出来が、製品やサービスの良しあしを決定する因子になる。24時間365日、さまざまな言語で対応できるAIエージェントを活用している旅行代理店と、昼間にメールでしか対応しない旅行代理店では、サービスの差が歴然であることからのわかるように、AIエージェントを顧客接点の場に、積極的なに適用することが肝要になる」とした。

 また、リコー リコーデジタルサービスビジネスユニットAIインテグレーションセンター副所長兼リコージャパンAIソリューションセンターセンター長の児玉哲氏は、「リコージャパンでは、お客さまが使えるAI、使いこなせるAIを提供することを目指している。そのために、率先してAIを活用し、試行錯誤を繰り返し、ユースケースを創出している。同時に内部の人材育成を進めている。お客さまに寄り添うことで、AI導入を成功に導くことを目指す」と述べた。

 なお、リコージャパンでは、AIエバンジェリストの育成に力を注いでいる。2025年度には300人の認定を目指し、全社でのAI知識の底上げとAI活用のノウハウを蓄積するとともに、地域密着での業種業務に合わせたAI活用を提案し、業務効率化に貢献できるとしている。2026年度には、より高度な知識を有した「高度AIエバンジェリスト」の認定を開始する予定も明らかにしている。